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5章 幸せの形

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ミシェルに追い払われて、俺たちはあてがわれた部屋へとやってきた。質素な木造の部屋は、表のボロさのわりにずいぶんキレイだった。だが、手入れが行き届いているというよりは、単に使われてなくて真新しいだけみたいだ。うっすらと窓に積もったほこりが、それを物語っている。
部屋に付くなり、ウィルが口を開いた。

「桜下さん、よかったんですか、あんな仕事受けて?」

「そりゃあ、もちろん。だいぶ割のいい仕事だろ?」

俺は荷物を投げ出すと、ギシギシきしむベッドに腰掛けながら言った。

「え?だ、だって、あのおばさんも言ってたじゃないですか。危険なグールが出るんですよ!?」

「だからこそだよ。俺の能力が活かせる、いい機会じゃないか」

俺が得意げに腕を回すと、ウィルは当惑した様子で眉根をよせた。あれ、ちょっと意外だな、てっきり賛成してくれると思ったのに。

「あの、どういう意味です?桜下さんの能力って……」

「え?だから、ネクロマンスだよ。これがあれば、こんな仕事楽勝じゃないか。相手がアンデッド・・・・・なんだから」

俺がそういうと、ウィルだけじゃなくフランとエラゼムまで目を点にして、俺を穴が開くほど見つめるじゃないか。

「な、なんだよみんなして。俺、なんかおかしなこと言ったか……?」

『主様、もしかしてなんですが』

アニが、俺の胸の上で気づかわしげに揺れる。

『グールは、アンデッドではありませんよ?』

「え」

うそ。てっきりそうだと思ってたんだけど!

「だ、だって。グールって、あれだろ?人の死体を食って生きる、ゾンビみたいなやつらだろ?剣で突き刺したって死なない、アンデッドだろ?」

『いいえ。死体を主食とする、生き物です。普通に死にますし、アンデッドではありません』

「うそだろ……」

『やはりそうでしたか。性質上、アンデッド扱いされることも多いんですがね。死体をあさるのは、あくまで食料として摂取するため、すなわち生きるためです。死んでいる存在であるアンデッドが食事を必要としないことは、主様もよくお判りでしょう?』

あ……そういわれりゃ、確かにそうだ。いままでフランたちが食事をしないのを、さんざん見てきたじゃないか。

「まさか……桜下さん、グールがアンデッドだから楽勝だと思って、あの依頼を受けたわけじゃありませんよね……?」

そう言うウィルの声は、一ミリも信用していないという色がありありと出ていた。

「は、ははは。まさかぁ……どうしよう!」

「しんっじられません!今すぐキャンセルしてきてください!」

「お、おう!そうだな!」

俺はベッドから跳び上がって、カウンターに戻ろうとしたが、フランが俺の手をむんずとつかんだ。

「それは、ダメ」

「な、なぜ止めるフラン。アンデッドなら勝算があると思ったんだよ、けど……」

「契約書の内容。読んでなかったの?書いてあったじゃん、こっち都合の理由でキャンセルしたら、百セーファの違反金を取るって」

俺は頭からさーっと血の気が引いていくのを感じた。雨に打たれて冷えたせいではない。うまい儲け話を見つけたと浮かれていて、読み飛ばしていた……

「や、やばい……今からでも逃げ出そうか?」

「あのカッパとの約束はどうするの」

「そうだった……」

あれだけ啖呵を切っておいてトンズラというのは、ハクにも、それにミシェルにも申し訳が立たないよなぁ……俺が困り果てていると、エラゼムが助け舟を出してくれた。

「桜下殿、ではこうしませぬか。ひとまずは仕事の内容通り、明日墓場に向かってみましょう。このひどい雨では、どのみちこれ以上先には進めますまい。明日一日程度でしたら、追手もそう距離を詰めることはできないでしょう。それに、桜下殿のおっしゃった通り、グールが出てこぬやもしれません……もしも出たとしても、その時は全力で相手すればよいことです」

「え、エラゼムぅ……そうだな、それが一番だよな。ウィルとフランも、それでいいよな!?」

俺がごり押し気味にうかがうと、しょうがないといいつつも、二人とも了承してくれた。

「今更言っても仕方ないですしね。どうせならしっかり報酬ももらいましょう」

「ほっ……悪いなぁ、すっかり勘違いしちまった。元の世界だと、なんとなくそういうイメージだったもんだから」

二人の賛成を得られて俺はほっとしていたが、ウィルはなおも不安そうにしていた。

「けど、魔法みたいなものを使う、というのが気になりますよね。そんなグールがいるなんて、聞いたことない……」

「なぁ、そもそもモンスターが魔法を使えるなんてあり得るのか?」

「うーん、賢い魔物は使えると聞きますが。ユニコーンとか、ペガサスとか」

ユニコーンか、それなら確かに納得だ。そこへフランがちょいちょいと口をはさんできた。

「ちょっと。目の前にいるじゃない」

「あん?」

「魔法が使えるモンスター。ゴーストだって、立派な魔物の一種でしょ」

「あ」「あ……そうでした」

俺とウィルは声を揃えてうなずいた。ウィルだって、アンデッドモンスターじゃないか。

「うん、フランさんのいう通りです。魔法が使える前提でいるくらいの方が、いいのかもしれませんね。あぁ、今朝魔法の攻撃に弱いって話し合ったばっかりだっていうのに……」

「へへ、弱点克服のいい機会だって思うことにしようぜ。どんな相手かはわからないけど、墓を掘り起こされてばかりじゃ、眠ってる人たちもかわいそうだ。やるだけやってみよう」

「……そうですね、その通りです」

墓の下の人たちだって、アンデッドの立場からしたら遠い親戚みたいなもんだ。ちょっと想定外なこともあったけど、俺たちの総意は固まった。

「それじゃ、どうせ今日はやることもないし、とっとと休むことにすっか」

俺が濡れた服のすそを絞りながら言うと、ウィルが目を閉じて呪文を唱え、小さな火の玉をぽんっと呼び出してくれた。

「これで、少しは乾くといいんですけど」

「お、さんきゅーウィル。ふぃー、助かるぜ……」

「どういたしまして。それより桜下さん、今日の夕飯はどうします?またあそこに行くんですか?」

「あ~……」

俺はさっきの酒場の様子を思い出した。できることなら、またすぐあそこを訪れるのは遠慮したいところだ。

「……やめとこうぜ。さっき食ったもんが、まだ腹の中でゴロゴロしてるし……食欲わかないや」

俺がそういうと、ウィルはほっとしたように胸を撫でた。あの酒場に行きたくないのは、俺だけじゃないらしい。
結局その日は、部屋に引っ込んだまま日没を迎えた。降り続いた雨は夜にピークを迎え、打ち付ける雨脚で会話もままならないほどだった。俺はベッドに耳を押し付けるようにして眠り、寝不足で迎えた翌朝には、雨はずいぶん弱まっていた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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