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5章 幸せの形
5-1 少女の行方
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5-1 少女の行方
「ん。あんたたち、昨日はよく眠れなかったみたいだね?」
翌朝、俺たちがカウンターまで出ていくと、ミシェルがあいさつもそこそこに声をかけてきた。
「ふぁ~……そのとおりだよ。なんでわかったんだ?」
「くくく。この店は、屋根が薄いからね。大雨が降った日の翌朝は、みーんなそうなるのさ」
わかってるんだったら、どうにかしてくれよ……と言ったところで、このおばさんは聞く耳なんか持たないだろう。
「今も降ってるけど、これくらいの雨だったら、夜には止んでるだろ。今夜はクエストに出てもらうよ。あんたたち、怖気づいちゃいないだろうね?」
「おう。日が沈む前に、ここに戻ってくりゃいいんだよな?」
「そうだよ。どっかでかけるのかい?」
「ああ。昨日教えてもらった、旧市街ってとこに行ってこようかと思ってさ」
今日の予定は、日中はハクに頼まれた赤髪少女の捜索のつもりだった。俺たちもあんまりのんびりはしていられないからな、今日中に片をつけたいところだ。
「……ああ、あそこに行くつもりかい」
「うん。町はずれにあるっていってたよな?」
「そうだよ。この店を出て、ずーっと道なりに進みゃあ、入り口が見えてくるはずさ」
「わかった。そんじゃあ、行ってくるな」
俺はミシェルにひらひらと手を振ると(ミシェルは俺を無視した……)、扉を開けて宿の外に出た。外はまだ曇っていて、ずいぶん弱まったが、まだ小雨が降っている。長引く雨だな、夜には止んでいるといいんだけど。俺たちは水たまりでぬかるむ通りを歩きながら、村のはずれにあるという旧市街を目指した。
旧市街とやらがある村はずれは、宿からずいぶん距離があった。そりゃ村はずれなんだから当たり前なんだけど、下手すると同じ村とは思えないくらいで、小さな別の村があるみたいだ。
そして俺たちは、旧市街への入口を見つけるのにもかなり苦労した。べつに入り組んだ場所にあるわけじゃないんだ。ただ、それが人の住む場所だと気づかなくて、二度も通り過ぎてしまっただけで。
「これは……名前から多少はそんな予感がしてたけど、それよりすごいな……」
そこは、どう見ても廃墟にしか見えない……貧民窟だった。まともな屋根がある家は一つもない。目に入る全ての家は潰れているか、半壊していた。あとは申し訳程度に木の板を組み合わせた家?や、汚い布きれを継ぎ合わせたテントすら見える。俺は小さなころに作った秘密基地を思い出していた。違いは、そこがれっきとした家であり、人が暮らしているということだ……
「桜下さん……ここで聞き込みをするんですか?」
ウィルはすぐ目の前のがれきの山を見ながら、こわごわ言う。
「ま、まあちょっとおっかないけどな。ミシェルがすすめてくれたんだから、大丈夫じゃないか?それにほら、ハクが女の子は村はずれに住んでたって言ってたし……」
俺たちは……というか俺とウィルは、なるべく仲間のそばに固まって、おそるおそるスラムの中へ入っていった。ウィルが怖がって(幽霊のくせに)俺のすぐそばまで近寄るもんだから、俺はずっと左の肩がひんやりしていた。
スラムの廃墟たちは、相当の年月を感じさせるものだった。外壁は崩れ、屋根板は腐り、雑草が生い茂る。それでも、基礎があるだけマシなようだ。ここに住む人たちの多くは、廃屋をぼろ布や廃材を使って“繕って”いた。
ところで廃墟の中には、巨大な施設、だったらしい建物の残骸まであった。今は壁だけ残して完全にぺしゃんこになっているが……
「当時は、いまよりよっぽど立派な村だったらしいな。人も家もたくさんあったんだ……」
「それがどうして、こんなことに……それに、おかしくないですか?」
「何が?」
「だってさっきから、お家はあっても、誰とも出会わないじゃないですか」
そうなんだよな。みんな出かけているのか?それとも、崩れかけの屋根の中から、俺たちの様子をじっとうかがっているのか……道中で見かけたのはやせ細った野良犬だけだった。犬は見慣れない訪問者にワンと一声吠え、俺とウィルは飛び上がった。
「ん……」
ふと、フランが足を止めた。
「フラン?」
「なんか、こげくさい。こっち……」
フランは鼻をクンクンさせて、ひっくりかえったトロッコと廃屋の間をすり抜けて行ってしまった。俺たちは顔を見合わせて、フランの後に続く。廃屋の隙間を抜けたその先は空き地になっていた。大きく枝を茂らせた背の高い木が一本生えていて、その根元で何人かが火を焚いて囲んで座っている。フランがかぎつけたのは、このにおいか。
「……!」
向こうが俺たちに気づいた。白髪の老婆と、やせ細った体にぼろ布の眼帯をまいた男と、小柄な男の子の三人組だった。三人は俺たちを見て、というかエラゼムの鎧を見て目を丸くしている。
「あー、えーっと。こんにちは」
俺はとりあえずあいさつしたが、向こうはいぶかしげにこちらを見るだけで、何も返さない。こ、困ったな。
「あー、俺たちもそっちに入っていいかな。この雨だろ、雨宿りしたくてさ」
俺がそういうと、男の子はさっと立ち上がり、老婆の後ろに隠れてしまった。しかしそのおかげで、火の近くにはスペースができた。ここに来い、と受け取ってもいいだろうか。
「ありがとう」
俺たちが近づいても、老婆たちは文句を言わなかった。焚き火の一角に腰を下ろす。そのすぐそばにフランも座った。エラゼムは自分が警戒されているとわかっているのか、俺たちよりもずいぶん離れた場所で片膝をついた。
「長い雨だな。ここの木は傘みたいになってて、すてきな雨宿り場所だ」
「……」
「あー……俺たち、昨日この村に来たばかりなんだよ。すぐそこの宿に泊まってるんだ、ほら、あのミシェルおばさんのいる」
老婆は眼だけでうなずいた。リアクションは薄いが、話を聞いてくれてはいるらしい。それじゃあ本題に入ろう。
「それで、ここに来た目的なんだけど。俺たち、ある人に会ってみたいんだ。おばさんに聞いたら、ここの人たちなら話を聞いてくれるだろうって。こんな子を知らないかな?赤い髪の女の子で、お母さんとお兄さんの三人家族、名前はえっと確か……ライラっていうんだ」
ライラ、といった瞬間、ぼんやりしていた眼帯男の体が、ぴくっと揺れた。
「もしかして、知ってるのか?たぶん俺と同い年かそこいらなんだけど」
「……」
しかし、眼帯男は何もしゃべらない。それどころか、下を向いて俺の目を見ないようにした。
「……なんでなんじゃ?」
老婆が、初めて口をきいた。しわがれ、つぶれたような声だ。
「理由か?えっと、その子は、俺たちの知り合いの友達なんだ。そいつから、その子を訪ねてみてほしいって頼まれたんだよ」
「訪ねてどうする?」
「え?そりゃ、世間話したりとか……最近元気か?とか……様子を見て、その友達に伝えてやりたいんだ」
「……」
老婆はむっつり黙り込んでしまった。まるで俺の腹の底を探りかねているようだ。
「……その子は、もういない」
「え?いない?」
「いなくなったのじゃ。わしらの知るところじゃない」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。どこかに引っ越したってことか?この村にはもういないの?」
「さあ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。わしは知らん」
「……」
うそだ。俺は直感的に思った。この老婆はぜったい何か知っている、俺はそう思えてならなかったが、老婆はそれきり頑として口を開こうとはしなかった。眼帯男のほうも、うつむいてこちらを見ようとしない。男の子は老婆の背中に隠れたままだった……これ以上は、無理か。
「そっか……わかった。ありがとな、話を聞いてくれて。ほかにも知ってる人がいないか当たってみるよ」
俺は立ち上がった。フランとエラゼムも続く。老婆は何も言わなかった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「くくく。この店は、屋根が薄いからね。大雨が降った日の翌朝は、みーんなそうなるのさ」
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「わかった。そんじゃあ、行ってくるな」
俺はミシェルにひらひらと手を振ると(ミシェルは俺を無視した……)、扉を開けて宿の外に出た。外はまだ曇っていて、ずいぶん弱まったが、まだ小雨が降っている。長引く雨だな、夜には止んでいるといいんだけど。俺たちは水たまりでぬかるむ通りを歩きながら、村のはずれにあるという旧市街を目指した。
旧市街とやらがある村はずれは、宿からずいぶん距離があった。そりゃ村はずれなんだから当たり前なんだけど、下手すると同じ村とは思えないくらいで、小さな別の村があるみたいだ。
そして俺たちは、旧市街への入口を見つけるのにもかなり苦労した。べつに入り組んだ場所にあるわけじゃないんだ。ただ、それが人の住む場所だと気づかなくて、二度も通り過ぎてしまっただけで。
「これは……名前から多少はそんな予感がしてたけど、それよりすごいな……」
そこは、どう見ても廃墟にしか見えない……貧民窟だった。まともな屋根がある家は一つもない。目に入る全ての家は潰れているか、半壊していた。あとは申し訳程度に木の板を組み合わせた家?や、汚い布きれを継ぎ合わせたテントすら見える。俺は小さなころに作った秘密基地を思い出していた。違いは、そこがれっきとした家であり、人が暮らしているということだ……
「桜下さん……ここで聞き込みをするんですか?」
ウィルはすぐ目の前のがれきの山を見ながら、こわごわ言う。
「ま、まあちょっとおっかないけどな。ミシェルがすすめてくれたんだから、大丈夫じゃないか?それにほら、ハクが女の子は村はずれに住んでたって言ってたし……」
俺たちは……というか俺とウィルは、なるべく仲間のそばに固まって、おそるおそるスラムの中へ入っていった。ウィルが怖がって(幽霊のくせに)俺のすぐそばまで近寄るもんだから、俺はずっと左の肩がひんやりしていた。
スラムの廃墟たちは、相当の年月を感じさせるものだった。外壁は崩れ、屋根板は腐り、雑草が生い茂る。それでも、基礎があるだけマシなようだ。ここに住む人たちの多くは、廃屋をぼろ布や廃材を使って“繕って”いた。
ところで廃墟の中には、巨大な施設、だったらしい建物の残骸まであった。今は壁だけ残して完全にぺしゃんこになっているが……
「当時は、いまよりよっぽど立派な村だったらしいな。人も家もたくさんあったんだ……」
「それがどうして、こんなことに……それに、おかしくないですか?」
「何が?」
「だってさっきから、お家はあっても、誰とも出会わないじゃないですか」
そうなんだよな。みんな出かけているのか?それとも、崩れかけの屋根の中から、俺たちの様子をじっとうかがっているのか……道中で見かけたのはやせ細った野良犬だけだった。犬は見慣れない訪問者にワンと一声吠え、俺とウィルは飛び上がった。
「ん……」
ふと、フランが足を止めた。
「フラン?」
「なんか、こげくさい。こっち……」
フランは鼻をクンクンさせて、ひっくりかえったトロッコと廃屋の間をすり抜けて行ってしまった。俺たちは顔を見合わせて、フランの後に続く。廃屋の隙間を抜けたその先は空き地になっていた。大きく枝を茂らせた背の高い木が一本生えていて、その根元で何人かが火を焚いて囲んで座っている。フランがかぎつけたのは、このにおいか。
「……!」
向こうが俺たちに気づいた。白髪の老婆と、やせ細った体にぼろ布の眼帯をまいた男と、小柄な男の子の三人組だった。三人は俺たちを見て、というかエラゼムの鎧を見て目を丸くしている。
「あー、えーっと。こんにちは」
俺はとりあえずあいさつしたが、向こうはいぶかしげにこちらを見るだけで、何も返さない。こ、困ったな。
「あー、俺たちもそっちに入っていいかな。この雨だろ、雨宿りしたくてさ」
俺がそういうと、男の子はさっと立ち上がり、老婆の後ろに隠れてしまった。しかしそのおかげで、火の近くにはスペースができた。ここに来い、と受け取ってもいいだろうか。
「ありがとう」
俺たちが近づいても、老婆たちは文句を言わなかった。焚き火の一角に腰を下ろす。そのすぐそばにフランも座った。エラゼムは自分が警戒されているとわかっているのか、俺たちよりもずいぶん離れた場所で片膝をついた。
「長い雨だな。ここの木は傘みたいになってて、すてきな雨宿り場所だ」
「……」
「あー……俺たち、昨日この村に来たばかりなんだよ。すぐそこの宿に泊まってるんだ、ほら、あのミシェルおばさんのいる」
老婆は眼だけでうなずいた。リアクションは薄いが、話を聞いてくれてはいるらしい。それじゃあ本題に入ろう。
「それで、ここに来た目的なんだけど。俺たち、ある人に会ってみたいんだ。おばさんに聞いたら、ここの人たちなら話を聞いてくれるだろうって。こんな子を知らないかな?赤い髪の女の子で、お母さんとお兄さんの三人家族、名前はえっと確か……ライラっていうんだ」
ライラ、といった瞬間、ぼんやりしていた眼帯男の体が、ぴくっと揺れた。
「もしかして、知ってるのか?たぶん俺と同い年かそこいらなんだけど」
「……」
しかし、眼帯男は何もしゃべらない。それどころか、下を向いて俺の目を見ないようにした。
「……なんでなんじゃ?」
老婆が、初めて口をきいた。しわがれ、つぶれたような声だ。
「理由か?えっと、その子は、俺たちの知り合いの友達なんだ。そいつから、その子を訪ねてみてほしいって頼まれたんだよ」
「訪ねてどうする?」
「え?そりゃ、世間話したりとか……最近元気か?とか……様子を見て、その友達に伝えてやりたいんだ」
「……」
老婆はむっつり黙り込んでしまった。まるで俺の腹の底を探りかねているようだ。
「……その子は、もういない」
「え?いない?」
「いなくなったのじゃ。わしらの知るところじゃない」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。どこかに引っ越したってことか?この村にはもういないの?」
「さあ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。わしは知らん」
「……」
うそだ。俺は直感的に思った。この老婆はぜったい何か知っている、俺はそう思えてならなかったが、老婆はそれきり頑として口を開こうとはしなかった。眼帯男のほうも、うつむいてこちらを見ようとしない。男の子は老婆の背中に隠れたままだった……これ以上は、無理か。
「そっか……わかった。ありがとな、話を聞いてくれて。ほかにも知ってる人がいないか当たってみるよ」
俺は立ち上がった。フランとエラゼムも続く。老婆は何も言わなかった。
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