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6章 風の守護する都
11-1 決別と協力
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11-1 決別と協力
シー…………ーン。
部屋の空気が、一瞬で凍り付いた。ロアは美しい顔を石のように強張らせたまま固まっている。ウィルが口をパクパクさせて必死に何かを訴えているが、俺は無視して、金貨の入った袋をずいと押し返した。
「今言った特典は、確かに悪い話じゃなかった。けど、俺はもう“勇者”をやめるって決めたんでね。なのにいまさら、勇者でーすなんて名乗れないよ」
「……それは、どういう意味だ?勇者とは、特定の職業のことではない。いわば、そなたの存在そのものが勇者なのだぞ。やめるといって、やめられるものでは……」
「いいや。俺は、俺だ。俺は、あんたが求めるような勇者像をかたどるつもりはないよ。そんなやつを、勇者とは呼べないだろ?」
バン!エドガーが立ち上がり、テーブルに激しく手をついた。
「貴様ぁ……気を付けて発言をしろよ。発言いかんでは、冗談では済まされんぞ……!」
「俺は大まじめだ。勇者をするつもりは、ない」
エドガーの手が、そろそろと腰に伸びていく。怪我人だってのに、エドガーの腰には短剣が差してあった。ガチャリと鎧を鳴らして、エラゼムも背中の剣に手を伸ばす。一触即発、ピリリとした空気があたりを包み込んだ。
「……詳しく、その理由を聞かせてくれぬだろうか」
ロアが、高ぶる感情を無理やり抑え込んだような、いやに静かな声で言った。
「私の提案に、なにか足りないものがあっただろうか?もしも不満があるのなら、教えてほしい。可能な限り善処しよう」
「いや、あんたの話は魅力的だったって。けどさ、何を提示されても、俺は勇者にならないよ」
「……だから、その理由を申せとッ……!……言って、いるのだが」
「理由、か。簡単に言えば、俺はもうこんな戦いうんざりなんだよ。こんなってのは、人がいっぱい死ぬようなことな」
「今回の、ハルペリンとの戦いのことか?」
「ああ。俺たちが、結果的にあんたたちを助ける形になったのは、言っちまえばたまたま、偶然だ。たまたま王都での戦いのことを聞いて、たまたま人がいっぱい死ぬかもしれないことを知って、たまたま会った人にあんたを守れって頼まれて、たまたま敵がゲス野郎だったからこうなっただけのことさ」
「……その発言だと、そなたにとっては、どちらが勝っても構わなかったという風にも聞こえるが……?」
「そうとってくれて構わないよ。俺たちはどっちかの味方をしに行ったんじゃなくて、死人を出さないように動き回ってただけなんだから」
「……まぁ、どちらの敵味方かは、今は置いておこう。しかし、勇者になることと、そなたの死人を出さぬようにするという理念は、必ずしも異なる道ではないと思うのだが。そなたが勇者となって戦うことは、この国の大勢の民を救うこととなるのだぞ」
「でもそうなったら、俺たちは戦争に投入されることになるんだろ?そしてそこで、敵である魔物をいっぱいぶっ殺すことになる」
「そうだ。敵は人間ではなく、魔族だ。やつらは怪物であり、我々人類の敵で……」
「そうかな。俺の仲間は、俺以外全員アンデットだ。つまり、みんな魔物ってことになるんだけど」
俺の一言に、ロアは口をつぐんだ。
「……すまない、失言だった。私が言いたいのは、人間に仇なす魔物を倒すという意味で……」
「けど、魔物だって生きてるだろ。あいつらだってたぶん、百パーセント悪意で人間と戦ってるわけじゃないんじゃないか?今回の戦いだって、兵士たちはみんなそれぞれ、いろんな理由があって剣を握ってたんだ。けど誰一人だって、死んでもいいなんて思ってるやつはいなかったはずだぜ」
「……では、そなたは!我々が魔物どもに蹂躙されようが、どうでもいいというのか!?」
「そんなことは言ってないだろ。俺はただ、人だろうが魔物だろうが、殺しはしたくないってだけだ。自分勝手な意見だろ?戦争のさなかでそんなこと言っても、お偉いさんは聞いてくれないだろ?だから俺は、勇者になれないんだ」
「……ま、まて。わかった、ではそなたたちが参加する戦いにおいては、極力死者がでない作戦を練るよう、兵隊長たちに指示しよう。それならば……?」
「いいよ、他人の手を煩わせてまでワガママを通したいわけじゃないし。俺たちは俺たちで勝手にやってるだけだからな。あんたたちを俺たちのやり方に巻き込もうとは思わないよ」
「…………」
ついにロアは、二の句が継げなくなってしまったようだ。しばらくぽかんと口を開けていたが、気が抜けたように背もたれに寄りかかると、ずるずるとうなだれてしまった。
「……悪いな、王女さま」
さすがに気の毒になって、俺は一言添えた。ロアは俺の言葉を聞きたくないというように首を振ると、片手で顔をつかむように覆い隠した。
「……くそが。いっそのこと、見殺しにしてくれればよかった」
「え?」
「だったら……だったら、なぜ!なぜ私を助けたのだ!」
ロアは顔を隠したまま、大声で叫んだ。
「いっそのこと、そのまま傍観していればよかったではないか!あそこで死んでいれば、それならば、余計な期待など抱くこともなかったのに!」
「お、おいおい。まさか、さすがにそんなことは……」
「そうだろう!これ以上、どうしろというのだ!反乱軍を倒しても、また再び勇者が野放しにされてしまっては……」
そこまで叫ぶと、ロアは突然、はっとしたように体を起こした。な、なんだ?その目はぎょろっと見開かれ、俺の顔を穴が開くほど見つめている。
「ね、ねえ。お前まさか、さっきの話を聞いて、同じことしようとは思ってないでしょうね?」
「え?さっきのって……」
「お願い、それだけはやめて。お願いよ!」
ロアは突然立ち上がると、よろよろと俺のほうへ近づいてきた。フランがさっと身を乗り出し、俺とロアの間に入る。するとロアは、がくりと床に膝をついた。
「お願い……なんでもする、お金でもなんでもあげるから……あいつと同じ事だけは……」
ロアはあろうことか、床に伏して土下座に近い恰好をした。エドガーが大慌てで立ち上がり、ロアのそばにかがみこむ。
「ろ、ロア様!おやめください……!」
「たのむ……お願い……それだけは、それだけは……」
ひたすら懇願するロアを見て、フランがぐっと身を引いた。
「狂ってる……この人、おかしいよ」
「んー……」
錯乱するロアは、確かに傍から見れば常軌を逸している。けど、なぜだろう……俺には、こちらのロアのほうが、本当の姿なんじゃないかと思えたんだ。
「……ロア。そこまで言うんだったら、あんたの、本心を教えてくれないか?」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……それは、どういう意味だ?勇者とは、特定の職業のことではない。いわば、そなたの存在そのものが勇者なのだぞ。やめるといって、やめられるものでは……」
「いいや。俺は、俺だ。俺は、あんたが求めるような勇者像をかたどるつもりはないよ。そんなやつを、勇者とは呼べないだろ?」
バン!エドガーが立ち上がり、テーブルに激しく手をついた。
「貴様ぁ……気を付けて発言をしろよ。発言いかんでは、冗談では済まされんぞ……!」
「俺は大まじめだ。勇者をするつもりは、ない」
エドガーの手が、そろそろと腰に伸びていく。怪我人だってのに、エドガーの腰には短剣が差してあった。ガチャリと鎧を鳴らして、エラゼムも背中の剣に手を伸ばす。一触即発、ピリリとした空気があたりを包み込んだ。
「……詳しく、その理由を聞かせてくれぬだろうか」
ロアが、高ぶる感情を無理やり抑え込んだような、いやに静かな声で言った。
「私の提案に、なにか足りないものがあっただろうか?もしも不満があるのなら、教えてほしい。可能な限り善処しよう」
「いや、あんたの話は魅力的だったって。けどさ、何を提示されても、俺は勇者にならないよ」
「……だから、その理由を申せとッ……!……言って、いるのだが」
「理由、か。簡単に言えば、俺はもうこんな戦いうんざりなんだよ。こんなってのは、人がいっぱい死ぬようなことな」
「今回の、ハルペリンとの戦いのことか?」
「ああ。俺たちが、結果的にあんたたちを助ける形になったのは、言っちまえばたまたま、偶然だ。たまたま王都での戦いのことを聞いて、たまたま人がいっぱい死ぬかもしれないことを知って、たまたま会った人にあんたを守れって頼まれて、たまたま敵がゲス野郎だったからこうなっただけのことさ」
「……その発言だと、そなたにとっては、どちらが勝っても構わなかったという風にも聞こえるが……?」
「そうとってくれて構わないよ。俺たちはどっちかの味方をしに行ったんじゃなくて、死人を出さないように動き回ってただけなんだから」
「……まぁ、どちらの敵味方かは、今は置いておこう。しかし、勇者になることと、そなたの死人を出さぬようにするという理念は、必ずしも異なる道ではないと思うのだが。そなたが勇者となって戦うことは、この国の大勢の民を救うこととなるのだぞ」
「でもそうなったら、俺たちは戦争に投入されることになるんだろ?そしてそこで、敵である魔物をいっぱいぶっ殺すことになる」
「そうだ。敵は人間ではなく、魔族だ。やつらは怪物であり、我々人類の敵で……」
「そうかな。俺の仲間は、俺以外全員アンデットだ。つまり、みんな魔物ってことになるんだけど」
俺の一言に、ロアは口をつぐんだ。
「……すまない、失言だった。私が言いたいのは、人間に仇なす魔物を倒すという意味で……」
「けど、魔物だって生きてるだろ。あいつらだってたぶん、百パーセント悪意で人間と戦ってるわけじゃないんじゃないか?今回の戦いだって、兵士たちはみんなそれぞれ、いろんな理由があって剣を握ってたんだ。けど誰一人だって、死んでもいいなんて思ってるやつはいなかったはずだぜ」
「……では、そなたは!我々が魔物どもに蹂躙されようが、どうでもいいというのか!?」
「そんなことは言ってないだろ。俺はただ、人だろうが魔物だろうが、殺しはしたくないってだけだ。自分勝手な意見だろ?戦争のさなかでそんなこと言っても、お偉いさんは聞いてくれないだろ?だから俺は、勇者になれないんだ」
「……ま、まて。わかった、ではそなたたちが参加する戦いにおいては、極力死者がでない作戦を練るよう、兵隊長たちに指示しよう。それならば……?」
「いいよ、他人の手を煩わせてまでワガママを通したいわけじゃないし。俺たちは俺たちで勝手にやってるだけだからな。あんたたちを俺たちのやり方に巻き込もうとは思わないよ」
「…………」
ついにロアは、二の句が継げなくなってしまったようだ。しばらくぽかんと口を開けていたが、気が抜けたように背もたれに寄りかかると、ずるずるとうなだれてしまった。
「……悪いな、王女さま」
さすがに気の毒になって、俺は一言添えた。ロアは俺の言葉を聞きたくないというように首を振ると、片手で顔をつかむように覆い隠した。
「……くそが。いっそのこと、見殺しにしてくれればよかった」
「え?」
「だったら……だったら、なぜ!なぜ私を助けたのだ!」
ロアは顔を隠したまま、大声で叫んだ。
「いっそのこと、そのまま傍観していればよかったではないか!あそこで死んでいれば、それならば、余計な期待など抱くこともなかったのに!」
「お、おいおい。まさか、さすがにそんなことは……」
「そうだろう!これ以上、どうしろというのだ!反乱軍を倒しても、また再び勇者が野放しにされてしまっては……」
そこまで叫ぶと、ロアは突然、はっとしたように体を起こした。な、なんだ?その目はぎょろっと見開かれ、俺の顔を穴が開くほど見つめている。
「ね、ねえ。お前まさか、さっきの話を聞いて、同じことしようとは思ってないでしょうね?」
「え?さっきのって……」
「お願い、それだけはやめて。お願いよ!」
ロアは突然立ち上がると、よろよろと俺のほうへ近づいてきた。フランがさっと身を乗り出し、俺とロアの間に入る。するとロアは、がくりと床に膝をついた。
「お願い……なんでもする、お金でもなんでもあげるから……あいつと同じ事だけは……」
ロアはあろうことか、床に伏して土下座に近い恰好をした。エドガーが大慌てで立ち上がり、ロアのそばにかがみこむ。
「ろ、ロア様!おやめください……!」
「たのむ……お願い……それだけは、それだけは……」
ひたすら懇願するロアを見て、フランがぐっと身を引いた。
「狂ってる……この人、おかしいよ」
「んー……」
錯乱するロアは、確かに傍から見れば常軌を逸している。けど、なぜだろう……俺には、こちらのロアのほうが、本当の姿なんじゃないかと思えたんだ。
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