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6章 風の守護する都
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「え?……ほん、しん?」
「そうだ。上っ面じゃなくて、あんたの腹の底を見せてほしい」
ロアはさっきっから、特典だとか金だとか、いかにも王女みたいなことばっかり言っていたじゃないか。まあ、ほんとに王女なんだけども……俺にはそれがどうにも、ロアが王女という仮面を被って話しているように感じて仕方なかった。
「ホントのことを言うとさ。俺があんたを助けたのは、もちろん俺たちの目的のためってのもあるけれど……あんたが、敵の兵士たちの前で切った啖呵。あれに惚れこんだからっていうのもあるんだぜ」
「ほ、惚れ……!」
ロアとフランが、同時にぴくっと肩を揺らした。もちろん、言葉の綾ってやつだが……二人とも分かっているよな?
「あん時のあんたの言葉は、それこそ魂から叫んでるみたいだった。けど今のあんたの言葉は、まるで他人にしゃべらせてるみたいだ。そんなのに付き合えるほど、俺はお人好しじゃない」
「……」
ロアはしばらく呆けていたが、やがてぎりっと眉根を寄せて俺を睨んだ。へへ、まだこっちの方が、さっきの笑顔よりらしいぜ。
「……それで?私が本音を話せば、お前は私にかしずくのか?」
「さてな。けど、考えはするかもしれないだろ」
「……結局言い逃れできるではないか。卑怯者めっ」
俺はにやっと笑って肩をすくめた。ロアは目元をぐいっとこすると、エドガーにもう大丈夫だと手で指示した。エドガーはなおも心配そうだったが、とりあえず元の席に戻った。
「フラン、お前も。たぶんこれ以上、ややこしくもならないだろうから」
「……」
フランはしぶしぶと言った様子で、俺の前から退いた。ロアはソファにどさりと腰掛けると、すこしかすれた声で話し出した。
「本音、か……ふん、確かにお前の言う通りかもしれんな。私はいままで、お前をどうにか丸め込もうと進めていたのだから。お前が損得勘定もできない愚か者だとは、思いもしなかった」
「そりゃ、どうも。お褒めに預かり……」
ロアはふんと鼻を鳴らすと、ティーカップに残った茶をぐいっと一気に飲み干した。カチャン!
「いいだろう。私の本音を話してやる。しかし、その前に約束しろ。たとえこの先何があっても、セカンドのように我が国に被害をもたらすようなことはしないと」
「それは、聞いてみなくちゃわからないな」
「……くそったれ。それでも勇者か!あ、勇者じゃないのだっけ……」
ロアががっくり肩を落とす横で、ごりりとおかしな音が聞こえた。見れば、エドガーが歯を剥きだしにして、ぎりぎり歯ぎしりしている。心の中でこう言っているのが目に見えるな。
(今度おかしなことを口走って見ろ。もう二度と生きて城から出さんぞ……)
エドガーの怨怒のこもった視線を、エラゼムが余裕たっぷりに受け返していた。
(やれるものなら、やってみるがいい……)
俺はひとまず二人を無視して、ロアにたずねた。
「あんた、どうしてそんなにセカンドにこだわるんだ?そりゃもちろん、そんなどえらい悪人がまた出てきたら困るだろうけど……」
「困るだと?そんなことが起これば、悪夢の再来だ……だが、それ以上に私は、この体を流れる血に誓って、それを防がなければならないのだ」
「血……?」
ロアは天井を見上げて大きく息を吸い込んだ。
「……このことは、誰にも話したことはない。城のものにも、エドガーにさえ。このことを知っているのは、私と、今は亡き母様だけだ」
ごくり。そんなすごい秘密を、話すつもりなのか……?
「ろ、ロア様。お待ちください、よろしいのですか?」
エドガーがにらみ合いをやめて、不安そうにロアにたずねる。
「いい。もうここまで来たら、失うものは何もないだろう」
「しかし!このような信用のおけない人間に打ち明けて、万が一外部に漏れでもしたら……!」
「それならそれで構わん。もう勇者をわが手に収められない以上、どうあっても私はティアラを手放すことになるだろうから」
え?ロアは、王女を辞めるのか?
「ロア、どういうことなんだよ?」
「言葉のままだ。これだけ大きな反乱がおき、私への民の信頼は完全にどん底だろう。それでいてまだ勇者をとらえられぬとなれば、私の首を跳ね飛ばすことに誰も異存はないだろうな」
「いっ……!?首を……?」
「ふん、言葉の綾だ、本気にするな。女王の座を降りると言っても、私にはまだ世継ぎがおらぬから、摂政を立てる形にはなるだろうがな……それとも、私が殺されるならば、お前は勇者の役目を引き受けるか?」
「……冗談じゃないぜ」
ロアは何が楽しいのか、くすくすと笑った。自分の今後の進退がかかっているっていうのに……となりでフランがイライラと膝をゆすっているのが、ちらっと見えた。
「さて。お前は旅先でセカンドの悪行を耳にしたそうだが、そこで“セカンドミニオン”とう言葉を聞いたことはなかったか?」
「……セカンド、ミニオン?いや、初耳だ」
「そうか……セカンドミニオンとは、つまりはそのまま、セカンドの子どもたちを指す言葉だ」
「……は?セカンドの、子どもたち?」
「そうだ。生まれながらにして、呪われた子どもたち……セカンドに強姦され、哀れにも子を孕んでしまった娘たちが産み落とした、悪魔の子だ」
ドクン!心臓がわなないた。それって……それってつまり、俺の隣にいる少女のことじゃないか……?フランの様子はうかがえなかった。この状況で、隣を向く勇気が出なかったんだ。
「セカンドミニオンは、特定の一人や二人を指す言葉ではない。奴の被害にあった娘は数百に及ぶ……おそらく、百人単位で存在しているだろうな」
「……でっ、でも!その被害者たちは、自分からは名乗り出なかったんだろ?だったら、奴の子どもかどうかはわからないじゃないか」
「その通りだ。娘たちは自分が襲われたことも言えず、人知れず子を産み落としたのだろう。その子どもも、“見かけ上は”ほかの子どもたちと何ら変わりはない……」
「……引っかかる言い方だな。なんか、違うところがあるのか?」
「ああ。ある年になって突如、異様な力を持った子どもたちの報告が相次いだ。その力のあり方は様々だったが、力が強い、何かしらの特技に秀でる、頭がいいなど……いわゆる、優秀な子どもというやつだ」
「それの、どこがおかしいんだ?別に、なくもない話だろ?」
「いいや。その子たちは、秀で方がずば抜けすぎていたのだ。大人を投げ飛ばす子どもがいるか?職人顔負けの技術を有する子どもがいるか?学者レベルの算術をこなす子どもがいるか?それも、一人や二人ではない。国の各地で、同時多発的に、何人もだ」
「そ、それは……」
天才ってやつは、そりゃ一人か二人はいるだろう。けど、そんなにまとまって出てくると……さすがに違和感を覚えるな。
「その子たちの年齢は、二十代前半から十代後半だ。それは逆算すると、セカンドが各地で強姦を行っていた期間とぴたり一致する」
「……」
「この事実に気付いたとき、王城は震え上がったという。死んだはずのセカンドの怨念が、子どもたちに乗り移っているのではと、大騒ぎになったものだ。城の権威たちはセカンドの呪いの残滓という意味を込めて、その子らを“セカンドミニオン”と名付けたのだ」
「でも、子どもたちは子どもたちだろ!その子たちが全員悪者なわけないじゃないか!」
俺はロアに言い返した。フランのことを馬鹿にされているような気がしたのだ。さっきロアが挙げた特徴の数々……フランの怪力や俊足、これらはゾンビだからではなく、フランがもともと持っている力なのかもしれない……
「まったくその通りだ。実際、セカンドミニオンたちはなにがしかの能力を有する以外は、特にほかの子どもと変わらなかった。だが大人たちは、そんな子どもたちを恐れ、忌み嫌ったのだ」
「そんな……」
「まあ、正直わからなくもない。大人顔負けの力を持つ子どもというだけでも、いい顔をしないものは多いだろう。それに加えて、あの憎むべき大罪人の子どもだというのだから。可哀想に、子どもたちはその身に流れる血のせいで、謂れのない悪意を受けることになってしまったのだ」
謂れのない、悪意……俺はフランが、村ではほとんど無視されていたことを思い出した。ほかのセカンドミニオンたちも、フランのような目にあってきたのだろうか。
「……ん、でもさ。その、セカンドミニオンってのは分かったけど。それとあんたの本音と、いったい何の関係があるんだ?」
「……関係は、ある。そのせいで、私は勇者を憎んでいるのだから」
「あんたの知り合いに、セカンドミニオンがいるのか?」
俺の問いかけに、ロアは首を横に振った。そして、自分の胸に手を当てた。
「いいや…………本人だ」
「え?」
「私が。私自身が、セカンドミニオンなのだ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「そうだ。上っ面じゃなくて、あんたの腹の底を見せてほしい」
ロアはさっきっから、特典だとか金だとか、いかにも王女みたいなことばっかり言っていたじゃないか。まあ、ほんとに王女なんだけども……俺にはそれがどうにも、ロアが王女という仮面を被って話しているように感じて仕方なかった。
「ホントのことを言うとさ。俺があんたを助けたのは、もちろん俺たちの目的のためってのもあるけれど……あんたが、敵の兵士たちの前で切った啖呵。あれに惚れこんだからっていうのもあるんだぜ」
「ほ、惚れ……!」
ロアとフランが、同時にぴくっと肩を揺らした。もちろん、言葉の綾ってやつだが……二人とも分かっているよな?
「あん時のあんたの言葉は、それこそ魂から叫んでるみたいだった。けど今のあんたの言葉は、まるで他人にしゃべらせてるみたいだ。そんなのに付き合えるほど、俺はお人好しじゃない」
「……」
ロアはしばらく呆けていたが、やがてぎりっと眉根を寄せて俺を睨んだ。へへ、まだこっちの方が、さっきの笑顔よりらしいぜ。
「……それで?私が本音を話せば、お前は私にかしずくのか?」
「さてな。けど、考えはするかもしれないだろ」
「……結局言い逃れできるではないか。卑怯者めっ」
俺はにやっと笑って肩をすくめた。ロアは目元をぐいっとこすると、エドガーにもう大丈夫だと手で指示した。エドガーはなおも心配そうだったが、とりあえず元の席に戻った。
「フラン、お前も。たぶんこれ以上、ややこしくもならないだろうから」
「……」
フランはしぶしぶと言った様子で、俺の前から退いた。ロアはソファにどさりと腰掛けると、すこしかすれた声で話し出した。
「本音、か……ふん、確かにお前の言う通りかもしれんな。私はいままで、お前をどうにか丸め込もうと進めていたのだから。お前が損得勘定もできない愚か者だとは、思いもしなかった」
「そりゃ、どうも。お褒めに預かり……」
ロアはふんと鼻を鳴らすと、ティーカップに残った茶をぐいっと一気に飲み干した。カチャン!
「いいだろう。私の本音を話してやる。しかし、その前に約束しろ。たとえこの先何があっても、セカンドのように我が国に被害をもたらすようなことはしないと」
「それは、聞いてみなくちゃわからないな」
「……くそったれ。それでも勇者か!あ、勇者じゃないのだっけ……」
ロアががっくり肩を落とす横で、ごりりとおかしな音が聞こえた。見れば、エドガーが歯を剥きだしにして、ぎりぎり歯ぎしりしている。心の中でこう言っているのが目に見えるな。
(今度おかしなことを口走って見ろ。もう二度と生きて城から出さんぞ……)
エドガーの怨怒のこもった視線を、エラゼムが余裕たっぷりに受け返していた。
(やれるものなら、やってみるがいい……)
俺はひとまず二人を無視して、ロアにたずねた。
「あんた、どうしてそんなにセカンドにこだわるんだ?そりゃもちろん、そんなどえらい悪人がまた出てきたら困るだろうけど……」
「困るだと?そんなことが起これば、悪夢の再来だ……だが、それ以上に私は、この体を流れる血に誓って、それを防がなければならないのだ」
「血……?」
ロアは天井を見上げて大きく息を吸い込んだ。
「……このことは、誰にも話したことはない。城のものにも、エドガーにさえ。このことを知っているのは、私と、今は亡き母様だけだ」
ごくり。そんなすごい秘密を、話すつもりなのか……?
「ろ、ロア様。お待ちください、よろしいのですか?」
エドガーがにらみ合いをやめて、不安そうにロアにたずねる。
「いい。もうここまで来たら、失うものは何もないだろう」
「しかし!このような信用のおけない人間に打ち明けて、万が一外部に漏れでもしたら……!」
「それならそれで構わん。もう勇者をわが手に収められない以上、どうあっても私はティアラを手放すことになるだろうから」
え?ロアは、王女を辞めるのか?
「ロア、どういうことなんだよ?」
「言葉のままだ。これだけ大きな反乱がおき、私への民の信頼は完全にどん底だろう。それでいてまだ勇者をとらえられぬとなれば、私の首を跳ね飛ばすことに誰も異存はないだろうな」
「いっ……!?首を……?」
「ふん、言葉の綾だ、本気にするな。女王の座を降りると言っても、私にはまだ世継ぎがおらぬから、摂政を立てる形にはなるだろうがな……それとも、私が殺されるならば、お前は勇者の役目を引き受けるか?」
「……冗談じゃないぜ」
ロアは何が楽しいのか、くすくすと笑った。自分の今後の進退がかかっているっていうのに……となりでフランがイライラと膝をゆすっているのが、ちらっと見えた。
「さて。お前は旅先でセカンドの悪行を耳にしたそうだが、そこで“セカンドミニオン”とう言葉を聞いたことはなかったか?」
「……セカンド、ミニオン?いや、初耳だ」
「そうか……セカンドミニオンとは、つまりはそのまま、セカンドの子どもたちを指す言葉だ」
「……は?セカンドの、子どもたち?」
「そうだ。生まれながらにして、呪われた子どもたち……セカンドに強姦され、哀れにも子を孕んでしまった娘たちが産み落とした、悪魔の子だ」
ドクン!心臓がわなないた。それって……それってつまり、俺の隣にいる少女のことじゃないか……?フランの様子はうかがえなかった。この状況で、隣を向く勇気が出なかったんだ。
「セカンドミニオンは、特定の一人や二人を指す言葉ではない。奴の被害にあった娘は数百に及ぶ……おそらく、百人単位で存在しているだろうな」
「……でっ、でも!その被害者たちは、自分からは名乗り出なかったんだろ?だったら、奴の子どもかどうかはわからないじゃないか」
「その通りだ。娘たちは自分が襲われたことも言えず、人知れず子を産み落としたのだろう。その子どもも、“見かけ上は”ほかの子どもたちと何ら変わりはない……」
「……引っかかる言い方だな。なんか、違うところがあるのか?」
「ああ。ある年になって突如、異様な力を持った子どもたちの報告が相次いだ。その力のあり方は様々だったが、力が強い、何かしらの特技に秀でる、頭がいいなど……いわゆる、優秀な子どもというやつだ」
「それの、どこがおかしいんだ?別に、なくもない話だろ?」
「いいや。その子たちは、秀で方がずば抜けすぎていたのだ。大人を投げ飛ばす子どもがいるか?職人顔負けの技術を有する子どもがいるか?学者レベルの算術をこなす子どもがいるか?それも、一人や二人ではない。国の各地で、同時多発的に、何人もだ」
「そ、それは……」
天才ってやつは、そりゃ一人か二人はいるだろう。けど、そんなにまとまって出てくると……さすがに違和感を覚えるな。
「その子たちの年齢は、二十代前半から十代後半だ。それは逆算すると、セカンドが各地で強姦を行っていた期間とぴたり一致する」
「……」
「この事実に気付いたとき、王城は震え上がったという。死んだはずのセカンドの怨念が、子どもたちに乗り移っているのではと、大騒ぎになったものだ。城の権威たちはセカンドの呪いの残滓という意味を込めて、その子らを“セカンドミニオン”と名付けたのだ」
「でも、子どもたちは子どもたちだろ!その子たちが全員悪者なわけないじゃないか!」
俺はロアに言い返した。フランのことを馬鹿にされているような気がしたのだ。さっきロアが挙げた特徴の数々……フランの怪力や俊足、これらはゾンビだからではなく、フランがもともと持っている力なのかもしれない……
「まったくその通りだ。実際、セカンドミニオンたちはなにがしかの能力を有する以外は、特にほかの子どもと変わらなかった。だが大人たちは、そんな子どもたちを恐れ、忌み嫌ったのだ」
「そんな……」
「まあ、正直わからなくもない。大人顔負けの力を持つ子どもというだけでも、いい顔をしないものは多いだろう。それに加えて、あの憎むべき大罪人の子どもだというのだから。可哀想に、子どもたちはその身に流れる血のせいで、謂れのない悪意を受けることになってしまったのだ」
謂れのない、悪意……俺はフランが、村ではほとんど無視されていたことを思い出した。ほかのセカンドミニオンたちも、フランのような目にあってきたのだろうか。
「……ん、でもさ。その、セカンドミニオンってのは分かったけど。それとあんたの本音と、いったい何の関係があるんだ?」
「……関係は、ある。そのせいで、私は勇者を憎んでいるのだから」
「あんたの知り合いに、セカンドミニオンがいるのか?」
俺の問いかけに、ロアは首を横に振った。そして、自分の胸に手を当てた。
「いいや…………本人だ」
「え?」
「私が。私自身が、セカンドミニオンなのだ」
つづく
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