じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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7章 大根役者

6-2

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6-2

御神堂の中は、無数の小さなロウソクの明かりで満たされていた。地下室特有の、むっとするにおい。正面の壁には、大理石でできた、翼の生えた天使の像が置かれ、その像を崇めるように、横長の椅子がずらりと並べられている。

「ここが、シュタイアー教の御神堂よ」

リンがおごそかな声で言う。リンの姿は、ロウソクのおぼろげな明りに照らされて、オレンジと黒の二色に染まっていた。
すると不意に、お堂の隅の暗闇の中で、何かが動いた。目の錯覚?……いや、違う。誰かが壁際にたたずんでいるんだ。

「シスター・リン。お客人かね?」

暗がりの中から、黒いローブを着た男が現れた。歳は四十代くらいだろうか、顔に刻まれたしわが、ロウソクのせいでくっきり浮き出ている。

「あっ、クライブ神父様!いらしていたのですね!」

リンが男の姿を見ると、声を弾ませた。この人、神父なのか。

「はい。町の中で出会いまして、神の教えに興味があるとのことでしたので、こちらにお連れしたんです」

「ほう……」

クライブ神父とやらは、俺たちを見て目を細めた。どういう表情だ、それ?

「お客人方。私は、クライブと申す。この御神堂で親父をしている者です」

「はぁ、どうも……」

「あなた方は、旅をされているのですかな?このセイラムロットにはどの様な目的で?」

「……旅の途中で立ち寄っただけですよ。ここの教えに興味を持ったんで、シスターに教えてもらおうと思いまして」

「そうなんですよ、神父様!私がご案内しているんです!」

リンがキラキラした目をクライブ神父へ向ける。

「……さようですか。旅人の方々は、今晩の宿はすでにお決まりで?」

クライブ神父が褒めてくれなかったので、リンはしょんぼりしょげていた。俺は神父の視線を真っ向から受け止める。

「マーステンって宿に泊まってますけど」

「ああ、あそこか……では、安心ですな。あそこはいい宿だ」

どこがだよ……とは言わないでおいた。

「それでは、リン。この方たちに神の教えを授けてあげなさい」

「は、はい!」

「私はこれで失礼する……それと、リン。日々の勤めを忘れるでないぞ。儀式の日も近いのだからな」

「はい。午後のお勤めはこの後まいります。ローズもいっしょに」

クライブ神父はうなずくと、出口のほうへと向かう。すれ違いざま、俺のほうに鋭い視線を残して、神父は階段を上って行った……

「……ちょっと、怖い人なのか?あの神父さん」

「クライブ神父が?まさか、とても優しい方よ。戒律に忠実で、自分にとても厳しいお方だから、そう見えるだけよ」

そうかねぇ……少なくともリンの目には、そう映っているらしいが。

「そっか。それじゃあ改めて、ここについて教えてくれるか、シスター?」

「はい、かしこまりました。それじゃあせっかく来てくれたんだし、あなたたちを祝福してあげるわね」

リンはお堂の一番奥に置かれた、天使の像のそばまで歩いていく。近づいてみると、その像は微妙に俺の知っている天使とは違った……輪っかもついてないし、月桂樹の冠もかぶっていない。長い髪と体つきを見るに、女性をかたどっているようだ。どっちかっていうと、実在する人物の彫像に羽を付け足したみたいだな。

「ごほん……汝らに、主の祝福を与えたまえ。ミラーカ」

リンが両手を合わせて祈祷する……しかし、何も起こらない。前にウィルに祝福してもらった時はこんなだったっけ?でもウィルの時は、胸元のプレートが緑色に光っていた気がするけど。

「はい。これで、シュタイアー神の加護があなたたちと共にあるわ」

「あ、ありがとうございます……」

とりあえず礼を言う。少なくともリン本人は満足げだった。

「ところでこのお堂は、いったい何をするところなんだ?」

「儀式や、祈祷会のときに使われているわ。でももっぱら使っているのは、私たちシスターと神父様くらいかしら。町の人はあまりここには来ないの」

「へー。その割には、町中でエンブレムを見かけたけど」

「それはそうよ。この町のほとんどはシュタイアー教の信者だもの。外の人以外では、信者じゃない人を見たことないわ」

「はー。それはすごいな」

町全体が信者か……言い換えれば、町全体がコウモリの神様を信仰していることになる。

「その、儀式ってのは?」

「そうねぇ。色々あるけれど、一番多いのは血の盃の儀式かしら」

「ち、血の盃?」

「ええ。神の血液である赤いお酒を、シスターがおっきな盃いっぱいに入れて飲むの。神の一部を取り込む事で、ご加護を受ける大切な儀式よ」

ああ、ビックリした。まさか、血を抜き取って盃を満たす儀式です、とか言われるんじゃないかと思った……しかし、酒を飲む儀式か。ウィルが聞いたら喜びそうだな。

「他にも色々な儀式があるけれど、どれもとっても大切なシスターの仕事よ。私、誇りを持ってこの仕事をしているの。まだ新人だけど、神に仕える気持ちは誰にも負けないつもりよ」

リンは、キラキラとした瞳で力強く言い切った。

「そっか。リンは、その神様のことをすごく信仰してるんだな」

「もちろんよ。だって神父様が……」

リンガ言いかけたその時、突然地下室の扉が開き、一人の女の子が飛び込んできた。

「あ、姉さん!こんなところにいた」

飛び込んできた女の子は、リンと似た長袖のワンピースを着ていた。リンを姉さんと呼んだが、髪の色は灰色だし、肌もリンと違って色黒だ。姉妹ではなく、シスター仲間だろう。



「ローズ。どうしたの?」

リンに、ローズと呼ばれたその少女は、俺たちの姿を見ると露骨に嫌そうな顔をした。

「……姉さん、その人たちは?」

「ああ、旅のお方よ。御神堂を案内してあげていたの」

「そう……それより、早くいかないと。神父様、もう到着しちゃってるよ!」

「え。大変!」

リンが大きくあけた口を手で覆った。

「そうだよ、今日の人は、二人じゃないとダメな人なんだから。ほら、急ご」

「ええ!ごめんなさい、皆さん。私、行かなきゃ!」

リンはぺこりと会釈し、ローズは一瞥だけして、地下の御神堂を飛び出して行ってしまった。後には俺たちだけが残される……シスターも意外と忙しいらしい。

「……ん~。どう思う?」

俺はライラとエラゼムに振り返った。エラゼムが首をひねる。

「少なくとも、吾輩の知っている宗派と、ここの教えは何一つ一致しませんな。地下の礼拝堂、コウモリの印……奇妙なことだらけです」

「だよなぁ」

俺の目から見ても、この町の宗教は変わって見える……けどそれは、俺たちがよそ者だからなのかもしれない。それに変わっているからと言って、必ずしも邪教だとは限らないからな。

「ライラは、何か気づくことあったか?」

「ん~?いや、あんまり……ふわ」

ライラは目をこすりながら小さくあくびをした。朝にあれだけおおはしゃぎしていたから、疲れが回ってきたのかもしれない。

「……ん?」

俺はふと、ライラの肩越しにある、白い女性の像に目をやった。翼の生えた像の、その羽の一枚に、何か文字が刻まれている。俺は像に近づいて、その文字をよく見てみた。

「アルルカ・ミル・マルク・シュタイアー……」

像には、そう記されている。シュタイアーってことは、やっぱりこの像はシュタイアー神をかたどったものなのか。じゃあ、これは神様のフルネームか何か?

「……ねぇ、とりあえずここを出ない?」

俺が像に顔を近づけていると、後ろでライラがぼやいた。

「ここの部屋、血の匂いだらけ。お腹がすいてきちゃいそうだよ」

「え?」

俺はライラのつぶやきに耳を疑った。血の匂い?

「ライラ、どういうことだ?」

「えー?部屋中に染み付いてるじゃん。墓場でしょっちゅう嗅いでたからわかるよ」

「酒の匂いとかじゃなくてか?ほら、リンが言ってただろ、赤い酒を血に見立てて飲むって……」

「んーん。そんなんじゃないよ。これは、人の血の匂いだ」

ライラは小さな鼻をヒクヒクさせながら、はっきりと言った。血……ライラは墓場で屍肉をあさって生きてきたから、血の匂いに敏感でも不思議じゃない。けど、それだとこのお堂で、血が流れるようなことが起こったってことに……?

「……一度、宿に戻ってはみませぬか?そろそろ日も暮れましょう」

エラゼムが提案する。俺も、なんだか急にこのお堂が気味悪くなってきた。ろうそくの赤い炎が、血のように見える気がして……
急くように御神堂をでると、太陽はだいぶ傾いていた。影の色がずいぶん薄くなってきている。もうすぐ夕暮れだ。遠くでカラスが一羽、寂しげに鳴く声が聞こえた。

「いくつか情報が得られましたが、それについては一旦置いて、あとで考えてはいかがでしょう。ウィル嬢とフラン嬢のお話を伺ってからのほうが、筋道も立てやすいのでは」

エラゼムの言うとおりだ。二人の話を聞いてから整理したほうが、情報の精度は上がるだろう。

「それもそうだな。二人もそろそろ戻ってくるかもしれないし」

俺たちはひとまず宿に戻り、別行動の二人の帰りを待つことにした。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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