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7章 大根役者
6-3
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6-3
俺たちがマーステンの宿に戻ってくる頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。血のような真っ赤な空に、真っ黒な木々と建物のシルエットが浮かび上がっている……血、か。うぅ、気味悪いことを考えてしまった。
宿の受付は相変わらずひどい匂いだったが、二階に上って部屋に入ると少しはましになった。部屋に入ったとたん、目をしょぼつかせていたライラはすぐにベッドにもぐりこみ、すぅすぅ寝息を立て始めてしまった……フランとウィルはまだ戻ってきていないみたいだ。
「お二人が部屋の場所をわかるよう、吾輩は表におります」
エラゼムは目印代わりとして、外へ出て行った。さて、一人になってしまったな。ぼーっとしているのもなんなので、俺は今日得た情報を整理してみた。
(まずは、シュタイアー教だな)
この町の全土に広まっている宗教だ。シュタイアー神という神様を、守り神として崇拝している……だが、その信仰には独特な点が多い。俺はもちろん、エラゼムもこんな宗教は見たことがないと言っていた。どうにも怪しい気がしてしまうが、リンはこの神を完全に信用していた。
(二番目の手掛かりは、リンだな)
シュタイアー教のシスター、リン。まだ新人だという彼女は、シュタイアー教に一点の疑いも抱いていない様子だった。その様子を見る限り、まっとうな宗教の可能性もなくはないけど……しかし、そのリンにも不審な点がある。手首の謎のケガに、ライラの言っていた、血の匂いの染み付いた御神堂……完全にシロだと決めるのは早計な気がした。
「リンに、もうちょっと話を聞きたいな。また明日、どこかで会えないもんか……」
「……リンさんって、どなたですか?」
わっ!びっくりした。
「ウィル!戻ってきたなら言えよ」
いつの間にか帰ってきたウィルが、俺のすぐ隣に浮かんでいた。
「……ずいぶん驚かれるんですね。聞かれて困ることだったんですか?」
「へ?いや、そんなことはないけど……」
ウィルはずいぶんぶすっとした顔をしている。な、なんか、怒ってる?
「どうしたんだよ、フランみたいな顔して……」
「その自覚はあるんですね……はぁ、まあいいです。ウィル、ただいま戻りました」
「ん、おかえり。これ、戻しとくぜ」
俺は預かっていたロッドをウィルに返した。
「はい。あ、ライラさん寝ちゃったんですね。エラゼムさんに聞いたんですけど、フランさんはまだ戻ってないんですか?」
「そうなんだ。町はずれに城が見えたって言ってさ。あいつのことだから大丈夫だとは思うんだけど……」
「そうですか……あ、そうだ。一つ言っておきますけど、さっきのこと、フランさんに直接言っちゃだめですからね」
「へ?なんだよ、さっきのことって」
「だから、顔が怖いとか、そんなことですよ」
「ええ?まあ、そりゃ本人には言わないけど……フランがそんなこと気にするかなぁ」
「あたりまえでしょう!フランさんだって女の子なんですからね!そりゃちょっとは、分かりづらいところがあるかもしれないですけど……でも、フランさんは」
「わたしが、どうかしたの」
うおっ。今度は俺と一緒に、ウィルも飛び上がった。いつの間にか扉が音もなく開いていて、フランその人が戸口に立ってこちらを見つめていた。
「ふ、フラン。いつから……」
「あー!フランさん、おかえりなさい!戻るのが遅いから心配していたんですよ!ね!桜下さん!?」
「え、あ、うん。お、おかえり……」
「………………うん」
フランはしばらく俺とウィルを凝視していたが、特に何も言うことなく部屋に入ってきた。別に、変なことを話していたわけじゃないのに……ヒヤッとしちまった。俺が避難がましくウィルをにらむと、ウィルはべーっと舌を出した。こいつ……
「これで、全員戻られましたな……おや?いかがなさったので?」
最後に扉を閉めたエラゼムが、俺たちの間の微妙な空気に、きょとんとした声を出した。
「ははは……さて、みんな戻ってきたことだし。今日の成果について報告しようぜ」
場の空気を切り替える。ウィルもふてくされるのをやめて、まじめな顔になった。
「それじゃあ、私からでもいいですか。と言っても、ものすごく有力な情報とは言えないんですけど……」
「半日もなかったんだし、みんなそんなもんだ。それより今は、どんな些細な情報でも大事だよ」
俺が促すと、ウィルはこくりとうなずいた。
「私は酒場にいたお客さんの近くで、会話を盗み聞きしていました。ただ、皆さん寡黙で、あんまりお喋りはしていなかったんですけど……」
そういや、あの酒場はえらいシンとしていたな。俺たちが出会った町民たちはみんな気さくだったのに。
「聞いたところによると、この町には大きな教団がいるみたいなんです」
「ああ、うん。それは俺たちも聞いたよ」
「あ、そうなんですね。私のほうでは、何とか教があるってことしか分からなかったんですけど……どうやら、近日中に大きな儀式が執り行われるみたいなんです」
「大きな、儀式?」
「はい。詳しい内容は分からずじまいなんですが、それを話す人のたちが、いやーな顔をしてるんです……まるで、誰かを悼むような。神殿での葬儀の時に何度も見た、慣れ親しんだ人がいなくなってしまうような、そんな顔と声でした」
「それって……儀式の日に、誰かが犠牲になるってことか……?」
「わかりません。でも、うきうき楽しみにするようなものではないことは確かだと思います」
そりゃそうだ、だったらもっと明るく話すだろう。
「私が聞けたのは、それくらいです。すみません、情報が少なくて」
「いや、そんなこともないぞ。俺たちが調べたのは、その教団についてだったからな。次は俺が話すよ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺たちがマーステンの宿に戻ってくる頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。血のような真っ赤な空に、真っ黒な木々と建物のシルエットが浮かび上がっている……血、か。うぅ、気味悪いことを考えてしまった。
宿の受付は相変わらずひどい匂いだったが、二階に上って部屋に入ると少しはましになった。部屋に入ったとたん、目をしょぼつかせていたライラはすぐにベッドにもぐりこみ、すぅすぅ寝息を立て始めてしまった……フランとウィルはまだ戻ってきていないみたいだ。
「お二人が部屋の場所をわかるよう、吾輩は表におります」
エラゼムは目印代わりとして、外へ出て行った。さて、一人になってしまったな。ぼーっとしているのもなんなので、俺は今日得た情報を整理してみた。
(まずは、シュタイアー教だな)
この町の全土に広まっている宗教だ。シュタイアー神という神様を、守り神として崇拝している……だが、その信仰には独特な点が多い。俺はもちろん、エラゼムもこんな宗教は見たことがないと言っていた。どうにも怪しい気がしてしまうが、リンはこの神を完全に信用していた。
(二番目の手掛かりは、リンだな)
シュタイアー教のシスター、リン。まだ新人だという彼女は、シュタイアー教に一点の疑いも抱いていない様子だった。その様子を見る限り、まっとうな宗教の可能性もなくはないけど……しかし、そのリンにも不審な点がある。手首の謎のケガに、ライラの言っていた、血の匂いの染み付いた御神堂……完全にシロだと決めるのは早計な気がした。
「リンに、もうちょっと話を聞きたいな。また明日、どこかで会えないもんか……」
「……リンさんって、どなたですか?」
わっ!びっくりした。
「ウィル!戻ってきたなら言えよ」
いつの間にか帰ってきたウィルが、俺のすぐ隣に浮かんでいた。
「……ずいぶん驚かれるんですね。聞かれて困ることだったんですか?」
「へ?いや、そんなことはないけど……」
ウィルはずいぶんぶすっとした顔をしている。な、なんか、怒ってる?
「どうしたんだよ、フランみたいな顔して……」
「その自覚はあるんですね……はぁ、まあいいです。ウィル、ただいま戻りました」
「ん、おかえり。これ、戻しとくぜ」
俺は預かっていたロッドをウィルに返した。
「はい。あ、ライラさん寝ちゃったんですね。エラゼムさんに聞いたんですけど、フランさんはまだ戻ってないんですか?」
「そうなんだ。町はずれに城が見えたって言ってさ。あいつのことだから大丈夫だとは思うんだけど……」
「そうですか……あ、そうだ。一つ言っておきますけど、さっきのこと、フランさんに直接言っちゃだめですからね」
「へ?なんだよ、さっきのことって」
「だから、顔が怖いとか、そんなことですよ」
「ええ?まあ、そりゃ本人には言わないけど……フランがそんなこと気にするかなぁ」
「あたりまえでしょう!フランさんだって女の子なんですからね!そりゃちょっとは、分かりづらいところがあるかもしれないですけど……でも、フランさんは」
「わたしが、どうかしたの」
うおっ。今度は俺と一緒に、ウィルも飛び上がった。いつの間にか扉が音もなく開いていて、フランその人が戸口に立ってこちらを見つめていた。
「ふ、フラン。いつから……」
「あー!フランさん、おかえりなさい!戻るのが遅いから心配していたんですよ!ね!桜下さん!?」
「え、あ、うん。お、おかえり……」
「………………うん」
フランはしばらく俺とウィルを凝視していたが、特に何も言うことなく部屋に入ってきた。別に、変なことを話していたわけじゃないのに……ヒヤッとしちまった。俺が避難がましくウィルをにらむと、ウィルはべーっと舌を出した。こいつ……
「これで、全員戻られましたな……おや?いかがなさったので?」
最後に扉を閉めたエラゼムが、俺たちの間の微妙な空気に、きょとんとした声を出した。
「ははは……さて、みんな戻ってきたことだし。今日の成果について報告しようぜ」
場の空気を切り替える。ウィルもふてくされるのをやめて、まじめな顔になった。
「それじゃあ、私からでもいいですか。と言っても、ものすごく有力な情報とは言えないんですけど……」
「半日もなかったんだし、みんなそんなもんだ。それより今は、どんな些細な情報でも大事だよ」
俺が促すと、ウィルはこくりとうなずいた。
「私は酒場にいたお客さんの近くで、会話を盗み聞きしていました。ただ、皆さん寡黙で、あんまりお喋りはしていなかったんですけど……」
そういや、あの酒場はえらいシンとしていたな。俺たちが出会った町民たちはみんな気さくだったのに。
「聞いたところによると、この町には大きな教団がいるみたいなんです」
「ああ、うん。それは俺たちも聞いたよ」
「あ、そうなんですね。私のほうでは、何とか教があるってことしか分からなかったんですけど……どうやら、近日中に大きな儀式が執り行われるみたいなんです」
「大きな、儀式?」
「はい。詳しい内容は分からずじまいなんですが、それを話す人のたちが、いやーな顔をしてるんです……まるで、誰かを悼むような。神殿での葬儀の時に何度も見た、慣れ親しんだ人がいなくなってしまうような、そんな顔と声でした」
「それって……儀式の日に、誰かが犠牲になるってことか……?」
「わかりません。でも、うきうき楽しみにするようなものではないことは確かだと思います」
そりゃそうだ、だったらもっと明るく話すだろう。
「私が聞けたのは、それくらいです。すみません、情報が少なくて」
「いや、そんなこともないぞ。俺たちが調べたのは、その教団についてだったからな。次は俺が話すよ」
つづく
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