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7章 大根役者
8-1 最後のピース
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8-1 最後のピース
セイラムロットの町に来てから、二度目の朝を迎えた。空は晴れ渡り、秋晴れのような淡い色をしている。思わず口笛でも吹きたくなるような爽やかな天気だが、あいにくと俺たちには浮かれている余裕はない。今日の夕方までに、この町の謎を全て解き明かさなくてはならないのだ。
「さて、今日はどうする?」
俺はウィルとフランにたずねた。ここ二日ほど、彼女たちとは別行動で情報を集めていた。恐らく最終日となる今日は、どうするのかという意味だったが……
「わたしは、みんなと一緒にいるつもり」
フランは俺たちと同行するようだ。
「あの城から分かることはもう少なそうだし、今日はこっちの護衛が多いほうがいい気がする」
なるほど。酒場のマスターから警告されたタイムリミットは今日の夜までだが、それより早く危険が訪れないとも限らない。
「ウィルはどうする?」
「……わたしも、今日はみなさんと一緒に行こうかと思います。一度、自分の目でこの町の信仰と、シスターのことを見てみたくて……昨日はいろいろ言ってしまいましたけど、偏見だったら嫌なので」
「ん、わかった」
てことは、今日はひさびさに全員行動だな。
「それじゃ、どこに行くかだけど……まず、俺が決めてもいいかな」
俺は昨日の夜から、一つ確かめたいことがあったのだ。みんなと話す中で感じた、一つの疑問……それを明らかにすべく、俺たちはリンを探して、町中を歩き始めた。
黒髪のシスターの姿は、小さな川の岸辺で見つけることができた。リンは昨日までの長袖のワンピースとは違い、白いローブのような服を身にまとっている。傍らにはタオルの入ったかごを持つローズもいた。
「あら、桜下さんたち!」
リンは俺たちの姿を認めると、笑顔で手を振った。
「おはよう、リンにローズ。こんなところで奇遇だな」
「おはよう、そうね。今日はどうしたの?」
「別に何も、ただ散歩してただけだ。リンたちこそ、こんなところで何してるんだ?」
「これから禊を行うの。今夜の儀式に備えてね」
禊……たしか、巫女さんとかが、水で身を清める事、だったかな?
「あ、じゃあごめん。お邪魔しちゃったかな」
「んん~、そうね。これからするところだけど、じっと見られるのは恥ずかしいかな……」
リンは赤らめた頬をぽりぽりかいた。ローズは俺のことを、のぞきに現れた変質者を見る目で睨んでいる。禊と言っても、水浴びみたいなもんだからだろう。
「そりゃ、悪かったな。すぐに行くよ……けど、リン。その前に一つだけ、聞いてもいいかな」
「え?いいけれど……なにかしら?」
リンはきょとんと首をかしげている。俺は彼女に、抱いていた疑問をぶつけた。
「今夜の儀式……満月祭は、一年に一度行われてるって言ってたよな」
「ええ、そうよ」
「それじゃあ、去年も儀式を行ったシスターがいるんだな。その人、今はどこにいるんだ?」
「っ!」
リンの表情が明らかに変わった。そう、前年の儀式を担当したシスター。つまりリンの先輩にあたる人物は、今まで一度も話題に上がることはなかった……しかし、これは正確ではない。なぜなら一度だけ、リンはその人物について口を滑らせそうになっているからだ。俺とリンが出会った最初の日。まだ間もない頃に一度だけ、リンはその存在をほのめかしている。ウィルたちと話す中で、俺はそれを思い出したのだ。
「……どうして、そんな事を聞きたがるの?」
リンは固い表情で問いかける。俺はできる限り何でもない風に、軽く答えた。
「別に、大したことじゃないんだ。ただ、去年も儀式は成功してるんだろ?だったらその人は今、どんな暮らしをしてるのかなって。気になったんだ」
「……」
リンは、迷っているようだった。話してしまっていいものかどうか、心の中で葛藤しているようだ。ローズはおろおろと、リンと俺たちとを交互に見つめている。
「……鋭いなぁ。あなたには、なんでもお見通しなのね」
リンはふっと息を吐くと、諦めたように薄く笑った。
「分かりました。ここまできたら、教えてあげるわ。でも、この事は誰にも言わないようにクライブ神父に言われているの。だから、絶対誰にも話しちゃだめよ」
「ごく……わかった。約束する」
「ええ。ふぅー……じゃあ、言うわ」
リンの緊張が、俺たちや、ローズにも感染したようだった。ピリピリッ。
「前任のシスター……私の、お姉さまに当たる人は、とても優しく、賢い人だったの……美人で、いい匂いがして、町の誰からも愛されるような、完璧なシスターそのものだったわ。私なんか全然ダメダメで、お姉さまの足元にも及ばなかったけど。お姉さまは何度だって、私を励まして、元気づけてくれたっけ……」
そんな人が……リンがやたらと熱心なのは、前任のシスターの影響が大きいせいもあるんだろう。そんな完璧な人が先輩じゃ、どうしても自分と比べてしまうだろうし。
「そんなお姉さまだったから、満月祭の儀式だって、そつなくこなせると誰もが思っていたわ。実際、儀式は順調に進んでいたの。でも、お姉さまが町から出て、お城に向かった後で……お姉さまは、二度と戻っては来なかったのよ」
「え……それは、どうして……?」
「逃げ出した、らしいの。神父様が、お姉さまの書置きを見つけたのよ。そこには、儀式に失敗してしまったこと、そのことへの責任が恐ろしくて、逃げ出すことを許してほしいってことが書かれていたんだって……私、信じられなかった。あれほど完璧で、優しかったお姉さまが、町を、神父様を、そして私を置いて逃げてしまったことが……」
逃げ、だした?俺は、どうしようもなく違和感を覚えた。儀式に失敗したというが、そんなに難しい内容だろうか?リンの話を聞く限り、やることはあの城に言って、そこで酒を飲むだけだ。失敗する方が難しい気がするぞ。もちろんそれ以外にも、こまこました決まりがあるのかもしれないが……
「だから私、それからは一生懸命シスターとして励んできたの。お姉さまができなかったことを、私が成し遂げるのよ。今夜の儀式が成功すれば、私は正式なシスターとして認められる。かつての妹弟子が頑張ってるって噂を聞いたら……お姉さまが、戻ってきてくれるかもしれないもの」
リンは目じりを指で拭った。いつの間にか、目頭が熱くなっていたらしい。
「だから、私は家が欲しいって神父様に頼んだの。これでいつお姉さまが帰ってきても、いっしょに暮らせるわ」
リンがにこりと笑うと、その腕をローズがぎゅっと胸に抱いた。
「姉さん……」
「ローズ……もちろん、あなたも一緒よ、ローズ。その時は、三人一緒に暮らしましょう」
「姉さん……!」
リンとローズは、ぎゅっと抱き合った。俺はそのときになって初めて、ローズの耳にもリンと同じピアスの穴が開いていることに気付いた。ローズもまた、リンと似たような境遇なんだ。二人は本当の姉妹ではないが、他に身寄りのない彼女らにとっては、かけがえのない姉妹なんだろう……
そしてそれは、リンの姉さんも同じで……だからこそ、リンはあれだけ熱心にシスターとしての仕事に精を出していたんだろうな。姉の後を必死に継ごうとしていたんだ。
「……リンなら、きっと成し遂げられるよ。応援してる」
俺がそう言うと、リンはにこりと笑った。
「ありがとう」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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セイラムロットの町に来てから、二度目の朝を迎えた。空は晴れ渡り、秋晴れのような淡い色をしている。思わず口笛でも吹きたくなるような爽やかな天気だが、あいにくと俺たちには浮かれている余裕はない。今日の夕方までに、この町の謎を全て解き明かさなくてはならないのだ。
「さて、今日はどうする?」
俺はウィルとフランにたずねた。ここ二日ほど、彼女たちとは別行動で情報を集めていた。恐らく最終日となる今日は、どうするのかという意味だったが……
「わたしは、みんなと一緒にいるつもり」
フランは俺たちと同行するようだ。
「あの城から分かることはもう少なそうだし、今日はこっちの護衛が多いほうがいい気がする」
なるほど。酒場のマスターから警告されたタイムリミットは今日の夜までだが、それより早く危険が訪れないとも限らない。
「ウィルはどうする?」
「……わたしも、今日はみなさんと一緒に行こうかと思います。一度、自分の目でこの町の信仰と、シスターのことを見てみたくて……昨日はいろいろ言ってしまいましたけど、偏見だったら嫌なので」
「ん、わかった」
てことは、今日はひさびさに全員行動だな。
「それじゃ、どこに行くかだけど……まず、俺が決めてもいいかな」
俺は昨日の夜から、一つ確かめたいことがあったのだ。みんなと話す中で感じた、一つの疑問……それを明らかにすべく、俺たちはリンを探して、町中を歩き始めた。
黒髪のシスターの姿は、小さな川の岸辺で見つけることができた。リンは昨日までの長袖のワンピースとは違い、白いローブのような服を身にまとっている。傍らにはタオルの入ったかごを持つローズもいた。
「あら、桜下さんたち!」
リンは俺たちの姿を認めると、笑顔で手を振った。
「おはよう、リンにローズ。こんなところで奇遇だな」
「おはよう、そうね。今日はどうしたの?」
「別に何も、ただ散歩してただけだ。リンたちこそ、こんなところで何してるんだ?」
「これから禊を行うの。今夜の儀式に備えてね」
禊……たしか、巫女さんとかが、水で身を清める事、だったかな?
「あ、じゃあごめん。お邪魔しちゃったかな」
「んん~、そうね。これからするところだけど、じっと見られるのは恥ずかしいかな……」
リンは赤らめた頬をぽりぽりかいた。ローズは俺のことを、のぞきに現れた変質者を見る目で睨んでいる。禊と言っても、水浴びみたいなもんだからだろう。
「そりゃ、悪かったな。すぐに行くよ……けど、リン。その前に一つだけ、聞いてもいいかな」
「え?いいけれど……なにかしら?」
リンはきょとんと首をかしげている。俺は彼女に、抱いていた疑問をぶつけた。
「今夜の儀式……満月祭は、一年に一度行われてるって言ってたよな」
「ええ、そうよ」
「それじゃあ、去年も儀式を行ったシスターがいるんだな。その人、今はどこにいるんだ?」
「っ!」
リンの表情が明らかに変わった。そう、前年の儀式を担当したシスター。つまりリンの先輩にあたる人物は、今まで一度も話題に上がることはなかった……しかし、これは正確ではない。なぜなら一度だけ、リンはその人物について口を滑らせそうになっているからだ。俺とリンが出会った最初の日。まだ間もない頃に一度だけ、リンはその存在をほのめかしている。ウィルたちと話す中で、俺はそれを思い出したのだ。
「……どうして、そんな事を聞きたがるの?」
リンは固い表情で問いかける。俺はできる限り何でもない風に、軽く答えた。
「別に、大したことじゃないんだ。ただ、去年も儀式は成功してるんだろ?だったらその人は今、どんな暮らしをしてるのかなって。気になったんだ」
「……」
リンは、迷っているようだった。話してしまっていいものかどうか、心の中で葛藤しているようだ。ローズはおろおろと、リンと俺たちとを交互に見つめている。
「……鋭いなぁ。あなたには、なんでもお見通しなのね」
リンはふっと息を吐くと、諦めたように薄く笑った。
「分かりました。ここまできたら、教えてあげるわ。でも、この事は誰にも言わないようにクライブ神父に言われているの。だから、絶対誰にも話しちゃだめよ」
「ごく……わかった。約束する」
「ええ。ふぅー……じゃあ、言うわ」
リンの緊張が、俺たちや、ローズにも感染したようだった。ピリピリッ。
「前任のシスター……私の、お姉さまに当たる人は、とても優しく、賢い人だったの……美人で、いい匂いがして、町の誰からも愛されるような、完璧なシスターそのものだったわ。私なんか全然ダメダメで、お姉さまの足元にも及ばなかったけど。お姉さまは何度だって、私を励まして、元気づけてくれたっけ……」
そんな人が……リンがやたらと熱心なのは、前任のシスターの影響が大きいせいもあるんだろう。そんな完璧な人が先輩じゃ、どうしても自分と比べてしまうだろうし。
「そんなお姉さまだったから、満月祭の儀式だって、そつなくこなせると誰もが思っていたわ。実際、儀式は順調に進んでいたの。でも、お姉さまが町から出て、お城に向かった後で……お姉さまは、二度と戻っては来なかったのよ」
「え……それは、どうして……?」
「逃げ出した、らしいの。神父様が、お姉さまの書置きを見つけたのよ。そこには、儀式に失敗してしまったこと、そのことへの責任が恐ろしくて、逃げ出すことを許してほしいってことが書かれていたんだって……私、信じられなかった。あれほど完璧で、優しかったお姉さまが、町を、神父様を、そして私を置いて逃げてしまったことが……」
逃げ、だした?俺は、どうしようもなく違和感を覚えた。儀式に失敗したというが、そんなに難しい内容だろうか?リンの話を聞く限り、やることはあの城に言って、そこで酒を飲むだけだ。失敗する方が難しい気がするぞ。もちろんそれ以外にも、こまこました決まりがあるのかもしれないが……
「だから私、それからは一生懸命シスターとして励んできたの。お姉さまができなかったことを、私が成し遂げるのよ。今夜の儀式が成功すれば、私は正式なシスターとして認められる。かつての妹弟子が頑張ってるって噂を聞いたら……お姉さまが、戻ってきてくれるかもしれないもの」
リンは目じりを指で拭った。いつの間にか、目頭が熱くなっていたらしい。
「だから、私は家が欲しいって神父様に頼んだの。これでいつお姉さまが帰ってきても、いっしょに暮らせるわ」
リンがにこりと笑うと、その腕をローズがぎゅっと胸に抱いた。
「姉さん……」
「ローズ……もちろん、あなたも一緒よ、ローズ。その時は、三人一緒に暮らしましょう」
「姉さん……!」
リンとローズは、ぎゅっと抱き合った。俺はそのときになって初めて、ローズの耳にもリンと同じピアスの穴が開いていることに気付いた。ローズもまた、リンと似たような境遇なんだ。二人は本当の姉妹ではないが、他に身寄りのない彼女らにとっては、かけがえのない姉妹なんだろう……
そしてそれは、リンの姉さんも同じで……だからこそ、リンはあれだけ熱心にシスターとしての仕事に精を出していたんだろうな。姉の後を必死に継ごうとしていたんだ。
「……リンなら、きっと成し遂げられるよ。応援してる」
俺がそう言うと、リンはにこりと笑った。
「ありがとう」
つづく
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読了ありがとうございました。
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