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7章 大根役者
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「……違いますか、と言われてもね。君の言うことには、まるで証拠がないではないか。なにかそれを証明するものがあるのかね?」
「ありませんよ、そんなもの。町の人たち全員がグルなんだ。証拠なんて、もみ消されて残るはずがない。けど、そこまで至った経緯なら説明することができる」
「……言ってみたまえ」
「まず、あんたが言ったことだ。毎年シスターがいなくなるのに、どうして疑問を抱かない?答えは簡単だ、町はそれを百も承知なんだから。シスターが年々消えていることを知らないのは、シスターと、外から来た人間だけだ。町の人から聞いた話だから、確かなはずだぜ」
「それだけかね?」
「まだある。シスターに選ばれる人選だ。今いるシスターと見習いは、どっちもノーマだったところを拾われたらしいな。ほかならぬ、あんたの手によって?」
「……それで?」
「不思議に思ったんだ。毎年毎年生贄を伴う儀式をするのに、シスターの不足はどうやって補うんだろうって。犠牲になるってわかってて、町の人間が志願するかな?何も知らない他の町から募集をかけるにしても、毎年募っていたらさすがに疑われるよな?そこで思い至った。この国には、便利な制度があるみたいじゃないか……」
ウィルが息をのむ。
「まさか……」
「……ノーマだ。彼ら彼女らなら、お金で買うことができるもんな」
リンは言っていた。自分を拾ってくれたクライブ神父に、とても感謝していると。けど、リンは拾ったと表現したが、結局それって、クライブ神父がリンを買ったってだけのことじゃないか?これは、身寄りのない女の子を保護した美談なんかじゃない。人が人を金で買った、ただの人身売買だ。
「あんたたちは、そうやって買ったシスター候補には、すこぶる優しくするんだろう。彼女たちは何の疑いも持たず、町のため、教団のために尽くそうとする。自分を救ってくれた人たちに恩返しをするために……あんたたちは、その心を利用したんだ」
ウィルは、わなわなと震えている。彼女も孤児だ。そして神殿に拾われ、育てられた経緯を持つ……ここから先は、あまり話したくないな。まだ一つ、気づいたことがあるのだけど……ウィルには聞かせたくない。もちろんライラにも、フランやエラゼムにアニだって……
「……無理だな」
え?クライブ神父は、ほとんどささやくような声量でそうつぶやいた。
「人を買うのに、いくらかかると思う?こんな田舎町で、毎年そんな金額を集められるものか」
こ、こいつ……!この期に及んで、まだそんなことを言うのか。それか、ひょっとすると神父は、俺がそのことに気付いていることを察しているのかもしれない。そして俺が、それを言い渋っていることも……くそったれが!
「……そうだな。でも、あんたたちにはそれが可能なんだ。町の人たちだって協力してくれるはずだ、自分たちが犠牲になりたくはないからな。それに……あんたたちは!あろうことか、その手伝いをリンたちにもさせていた!」
これが一番、俺が腹に据えかねていることだ。俺が声を荒げても、クライブ神父は何も言わなかった。ただ、その口元にだけは薄い微笑みを浮かべていた。
「リンたちにお勤めと称して、よその町の男たちにいかがわしいことをさせてたな!彼らが神父なわけあるか!外から来る客のことを、そう呼んでいただけだ!儀式の前には、町の人たちから寄付を募らせていたな!町の人たちは知っていたんだ!その金が来年、彼女たちの代わりを買うために使われるんだって!それなのに、リンたちは何も知らずに……」
自分で言っていて、吐き気がする。こんなこと、もう二度としゃべりたくなかった……
「……よくも」
ふと隣を見ると、ウィルが恐ろしい形相をして、こぶしを握り締めていた。
「よくも、そんな真似が!」
「っ!」
ウィルはクライブ神父に掴み掛ろうとした!いけない!俺はテーブルの下でウィルの片手をつかんで、ぐいと引き寄せた。
「はなしてください!この男は、あの子たちの代わりを買うお金を、あの子たち自身に稼がせていたんですよ!殴ってやる!殴って、痛めつけて、二度とそんな事ができないようにしてやる!はなしてっ!」
だめだ。口には出せないけど、ここでクライブ神父を警戒させるわけにはいかない。あくまでも、俺たちはクライブ神父の罠の上で踊っている必要があるんだ。
(こらえてくれ、ウィル……!)
そうすれば、神父は必ずすきを見せる。その時が、リンを救い、この町の闇を晴らすチャンスなんだ。
「……ふ。ふっふっふ」
俺が静かにウィルを押さえつけていると、クライブ神父は唐突に笑い出した。
「ふっはっはっは!ブラボー!まったく、大したものだ」
クライブ神父は、パチパチと仰々しく手をたたいている。そのあまりの異様さに、ウィルも怒りを忘れて呆然とした。
「君くらいだよ、この町の闇にここまでたどり着いたのは。あともう一息、城の主のことまで言い当てていたなら、百点満点をあげてもよかっただろう」
「……どうしたんだ?ついに観念する気になったのか」
「観念?まさか、ここまで君が述べたのは、すべて君の妄想だ。それを証明する手立てが何一つない以上、我々が罪を認める必要は一切ない」
「なっ……もしも町の人が」
「町の人間が口を割ることはありえないな。君は町の住人と我々教団を分けて考えていたようだが、それはとんだ間違いだ。この町は、一つの生命体だよ。一心同体、死ぬときはみな一緒だ。彼らが生き続けたいと願う限り、教団は不滅であり、住民の忠誠心もかわらないのだ」
ぐ……確かにそうだ。町の住人とシュタイアー教は、利害が一致している。というより、町の被害を出さないために生贄を確保する役割を、シュタイアー教が担っていると言えるだろう。つまり教団は町の希望であり、救世主なわけだ。
「君も、これで満足したかね?罪を暴いて探偵気取りだったのかもしれないが、あいにくと詰めが甘かったようだな」
「……どうやっても、自分たちの犯してきた事を認める気は無いってことだな?」
「はて、最初からそんなものは存在しない。我々は町のため、人々のため、成すべきことを成してきたまでだ……もういいかね。食事も冷めてしまった」
クライブ神父はハンカチで口元をぬぐうと、すっと席を立ちあがった。
「私はこれにて失礼する。諸君らはゆっくりしていきたまえ。我々は誇大妄想をひけらかす少年にさえも、ベッドを提供するくらいの心意気は持ち合わせている」
神父はするどい嘲笑を浮かべると、つかつかと扉の前まで歩いていった。俺はその背中に声をかける。
「神父、あと一つ答えてくれ。リンは、今どうしてるんだ?」
「君に教える義理はない……シスターは必ずや、我々の期待に応えてくれるだろう」
クライブ神父は冷たくそう言うと、扉を開いて部屋を後にした。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ありませんよ、そんなもの。町の人たち全員がグルなんだ。証拠なんて、もみ消されて残るはずがない。けど、そこまで至った経緯なら説明することができる」
「……言ってみたまえ」
「まず、あんたが言ったことだ。毎年シスターがいなくなるのに、どうして疑問を抱かない?答えは簡単だ、町はそれを百も承知なんだから。シスターが年々消えていることを知らないのは、シスターと、外から来た人間だけだ。町の人から聞いた話だから、確かなはずだぜ」
「それだけかね?」
「まだある。シスターに選ばれる人選だ。今いるシスターと見習いは、どっちもノーマだったところを拾われたらしいな。ほかならぬ、あんたの手によって?」
「……それで?」
「不思議に思ったんだ。毎年毎年生贄を伴う儀式をするのに、シスターの不足はどうやって補うんだろうって。犠牲になるってわかってて、町の人間が志願するかな?何も知らない他の町から募集をかけるにしても、毎年募っていたらさすがに疑われるよな?そこで思い至った。この国には、便利な制度があるみたいじゃないか……」
ウィルが息をのむ。
「まさか……」
「……ノーマだ。彼ら彼女らなら、お金で買うことができるもんな」
リンは言っていた。自分を拾ってくれたクライブ神父に、とても感謝していると。けど、リンは拾ったと表現したが、結局それって、クライブ神父がリンを買ったってだけのことじゃないか?これは、身寄りのない女の子を保護した美談なんかじゃない。人が人を金で買った、ただの人身売買だ。
「あんたたちは、そうやって買ったシスター候補には、すこぶる優しくするんだろう。彼女たちは何の疑いも持たず、町のため、教団のために尽くそうとする。自分を救ってくれた人たちに恩返しをするために……あんたたちは、その心を利用したんだ」
ウィルは、わなわなと震えている。彼女も孤児だ。そして神殿に拾われ、育てられた経緯を持つ……ここから先は、あまり話したくないな。まだ一つ、気づいたことがあるのだけど……ウィルには聞かせたくない。もちろんライラにも、フランやエラゼムにアニだって……
「……無理だな」
え?クライブ神父は、ほとんどささやくような声量でそうつぶやいた。
「人を買うのに、いくらかかると思う?こんな田舎町で、毎年そんな金額を集められるものか」
こ、こいつ……!この期に及んで、まだそんなことを言うのか。それか、ひょっとすると神父は、俺がそのことに気付いていることを察しているのかもしれない。そして俺が、それを言い渋っていることも……くそったれが!
「……そうだな。でも、あんたたちにはそれが可能なんだ。町の人たちだって協力してくれるはずだ、自分たちが犠牲になりたくはないからな。それに……あんたたちは!あろうことか、その手伝いをリンたちにもさせていた!」
これが一番、俺が腹に据えかねていることだ。俺が声を荒げても、クライブ神父は何も言わなかった。ただ、その口元にだけは薄い微笑みを浮かべていた。
「リンたちにお勤めと称して、よその町の男たちにいかがわしいことをさせてたな!彼らが神父なわけあるか!外から来る客のことを、そう呼んでいただけだ!儀式の前には、町の人たちから寄付を募らせていたな!町の人たちは知っていたんだ!その金が来年、彼女たちの代わりを買うために使われるんだって!それなのに、リンたちは何も知らずに……」
自分で言っていて、吐き気がする。こんなこと、もう二度としゃべりたくなかった……
「……よくも」
ふと隣を見ると、ウィルが恐ろしい形相をして、こぶしを握り締めていた。
「よくも、そんな真似が!」
「っ!」
ウィルはクライブ神父に掴み掛ろうとした!いけない!俺はテーブルの下でウィルの片手をつかんで、ぐいと引き寄せた。
「はなしてください!この男は、あの子たちの代わりを買うお金を、あの子たち自身に稼がせていたんですよ!殴ってやる!殴って、痛めつけて、二度とそんな事ができないようにしてやる!はなしてっ!」
だめだ。口には出せないけど、ここでクライブ神父を警戒させるわけにはいかない。あくまでも、俺たちはクライブ神父の罠の上で踊っている必要があるんだ。
(こらえてくれ、ウィル……!)
そうすれば、神父は必ずすきを見せる。その時が、リンを救い、この町の闇を晴らすチャンスなんだ。
「……ふ。ふっふっふ」
俺が静かにウィルを押さえつけていると、クライブ神父は唐突に笑い出した。
「ふっはっはっは!ブラボー!まったく、大したものだ」
クライブ神父は、パチパチと仰々しく手をたたいている。そのあまりの異様さに、ウィルも怒りを忘れて呆然とした。
「君くらいだよ、この町の闇にここまでたどり着いたのは。あともう一息、城の主のことまで言い当てていたなら、百点満点をあげてもよかっただろう」
「……どうしたんだ?ついに観念する気になったのか」
「観念?まさか、ここまで君が述べたのは、すべて君の妄想だ。それを証明する手立てが何一つない以上、我々が罪を認める必要は一切ない」
「なっ……もしも町の人が」
「町の人間が口を割ることはありえないな。君は町の住人と我々教団を分けて考えていたようだが、それはとんだ間違いだ。この町は、一つの生命体だよ。一心同体、死ぬときはみな一緒だ。彼らが生き続けたいと願う限り、教団は不滅であり、住民の忠誠心もかわらないのだ」
ぐ……確かにそうだ。町の住人とシュタイアー教は、利害が一致している。というより、町の被害を出さないために生贄を確保する役割を、シュタイアー教が担っていると言えるだろう。つまり教団は町の希望であり、救世主なわけだ。
「君も、これで満足したかね?罪を暴いて探偵気取りだったのかもしれないが、あいにくと詰めが甘かったようだな」
「……どうやっても、自分たちの犯してきた事を認める気は無いってことだな?」
「はて、最初からそんなものは存在しない。我々は町のため、人々のため、成すべきことを成してきたまでだ……もういいかね。食事も冷めてしまった」
クライブ神父はハンカチで口元をぬぐうと、すっと席を立ちあがった。
「私はこれにて失礼する。諸君らはゆっくりしていきたまえ。我々は誇大妄想をひけらかす少年にさえも、ベッドを提供するくらいの心意気は持ち合わせている」
神父はするどい嘲笑を浮かべると、つかつかと扉の前まで歩いていった。俺はその背中に声をかける。
「神父、あと一つ答えてくれ。リンは、今どうしてるんだ?」
「君に教える義理はない……シスターは必ずや、我々の期待に応えてくれるだろう」
クライブ神父は冷たくそう言うと、扉を開いて部屋を後にした。
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