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7章 大根役者
9-2
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俺が扉を開けると、仲間たちが一瞬、ちらりと俺の目を見た。メッセージは伝わったみたいだ。
「遅かったな。君を待っていたので、まだ料理には手を付けてはおらん」
クライブ神父は怪しむような目つきで俺を睨んだ。少し時間がかかったかな……俺は何食わぬ顔で返す。
「ああ、そりゃお待たせしました。もういいですよ」
「うむ。では、いただこう」
クライブ神父は厳粛に手を合わせると、自分の皿に手を付けた……自分の皿には、毒が入っていないと分かっているらしい。そういえば、この部屋に入った時点で、飯の準備はされていた。あらかじめ自分の席を決めておいたんだろう。
「どうした?食べないのかね?」
「いえ、いただきます……」
俺はお粥をスプーンですくうと、口に近づけた。隣でウィルがごくりと唾をのむ音が聞こえる……ええい、アニを信じよう。パクリ!
「……」
口当たりは、特に変わったところはない。アニの魔法のおかげなのか、もともとこうなのかはわからないが。
俺がお茶とお粥、両方に手を付けたのを見ると、クライブ神父は満足そうに笑みを浮かべた。通常であれば、ふるまった料理を食べてくれたことに対する笑顔に見えるんだけど……フランたちはアンデッドなので、料理を口にすることは難しい。そこでティーカップを傾け、中身を飲むふりをしていた。これで、俺たちはまんまと罠にかかったように見せられたはずだ。
「ああ、ところで。君たちのほうから、何か私に話があったとか?」
ある程度食事が進んだところで、クライブ神父が切り出した。
「なにやら、わが教団のシスターにいろいろと聞いていたそうだな。勉強熱心で、何よりだ」
「ええ、そうなんです……」
ちょうどいい、向こうから来てくれるなら、こちらも受けて立とう。俺たちが罠に引っ掛かったと思って油断している、今がチャンスだ。
「……実は、この町に潜む怪物について、俺たちは調査をしていたんですよ」
「……ほう?」
クライブ神父の目つきが変わった。俺が切り込んだのを見て、仲間たちにもピリッと緊張が走る。
「怪物、かね。そんなものがこの町にいるとは、初耳だな」
「そうですか。巷じゃ結構有名みたいですよ?旅人が大勢行方不明になっているってね」
「それが本当なら、ゆゆしき事態だな。しかし、そのような証拠は見つかったのかね?」
「いいや。残念ながら、確証はつかめなかった」
クライブ神父は、そうであろうとばかりに、鼻から息を吐き出した。
「けど、俺はある仮説を立ててみたんです……それを、ぜひ神父さんに聞いてほしくて」
「ほぉ?正直あまり興味はないが、食事の雑談の一つだと思おう」
クライブ神父はこちらを見向きもしないまま、コーン粥を一口すくった。
「じゃあ、話させてもらいますけど……俺たちが最初にこの町に来たときの第一印象は、奇妙の一言に尽きます。それは、コウモリをシンボルに捧げ、地下に御神堂を持つ宗教……シュタイアー教のせいですよ」
「ふむ……気分のいい話ではないな」
「すみません。けど、あまりにも異質だったんですよ。俺たちも最初は、そういう信仰もあるのかとも思ったんですけど……でも、さすがに度が過ぎていた。シスターは祝福ができないし、それに気づいてすらいない。儀式の内容も不気味だ。酒を浴びるほど飲んで、気が付いたら終わっている?酒に酔いつぶれたシスターは、その間何をされているんだろうな」
「……」
「それに極めつけは、シスターたちが神父さんとやらに奉仕する、お勤めの内容だ」
「……!」
初めて、クライブ神父の顔に動揺が走った。
「何のことか……」
「知ってますよ、全部。あんたらがリンたちにさせてる事」
「……本人から聞いたのか?」
「いいや、話してくれなかったから、覗き見た。悪いことしちまったよ。あんなもの、覗かれたくはなかったろうに」
クライブ神父は、何も言わない。俺はあえて核心に触れるようなことは言わなかったが、神父が何も言わないということは、おおむね察しているのだろう。
「それで、あんたたちが一気に胡散臭くなった。あんたたちは、シスターと町の人たちをだまして、金でも吸い上げようとしているんじゃないかって」
「はっ……なにを、ばかばかしいことを」
「ああ、その通りだ。金を巻き上げるなんて、そんなかわいいもんじゃなかったからな」
「……なに?」
「いろいろ考えたんだけどさ……あんたたちの目的は、ただ一つ。今夜の儀式の成功、それだけなんじゃないか?」
「……っ」
クライブ神父は、一瞬言葉に詰まった。
「……教団として、祭事である儀式の成功を望むことは当然だ」
「そうか、そうだな。でもさ、それって違うんじゃないかな」
「……何がだね」
「だからさ、前後が逆なんだ。“教団ができたから儀式を行うようになった”んじゃなくて、“儀式を行うために教団が作られた”んじゃないか?」
フランが怪訝そうに目を細める。
「……どういうこと?宗教はでっちあげで、最初から儀式が目当てだったってこと?」
「そうだ。だれが最初に始めたのかは知らないけど、この町ではのちに“満月祭”と呼ばれる儀式を行う必要があった。それをもっともらしくする為に、シュタイアー教という隠れ蓑が作られたんだ」
かちゃり。クライブ神父はスプーンを置くと、にやりと笑った。
「なかなか面白い発想だ。では聞くが、その儀式とやらの目的は何だね?乙女一人で執り行えるような行為に、いったいどれほどの価値がある?」
「そうだな。俺もそれは思ったよ。内容はすごく簡単に聞こえるのに、シスターは念入りな準備をして、大々的な告知までされるほど大がかりだ。おまけに、毎年失敗するシスターが後を絶たないそうじゃないか」
「……その話を、どこで」
「どこだっていいだろ。考えればわかることだ。毎年儀式をしてるのに、歴代のシスターたちは全然見当たらないんだからな。で、問題は儀式の目的だ」
満月祭。内容は至極単純。シスターが一人で山上の城におもむき、そこで神の血と称した赤い酒を飲む。それだけだ。
「俺は、儀式のこまこました手順には何の意味もないと思ってる。重要なのは、シスターが一人だけで、あの城に向かうってことだ」
俺の言いたいことが分かったのか、ウィルは隣で、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「生贄だ。あの城に巣くっている何か……それにささげるための、な。最初に俺は、この町に怪物が住み着いているって言ったよな。訂正するよ……怪物は、あの城に巣くっていたんだ」
「……怪物、か。シスターは、それにささげられる羊である、と?」
「そうだ。シスターだけじゃない。旅人、商人、この町を訪れた人間を片っ端から捕まえて、あんたたちはあの城の主に捧げていたんじゃないか。失踪者の原因はそれだ」
クライブ神父は机に肘をつくと、自分のこめかみを指でとんとん叩いた。
「なるほど。筋は通っているように見えるね。だが、それはおかしいな」
「何がだ?」
「君、常識的に考えたまえよ。それだけ多くの人がいなくなっておきながら、なぜ我々シュタイアー教は、全幅の信頼を寄せられていると思う?町の人間たちは、儀式のたびにシスターがいなくなることを不審に感じないと思うのかね?」
「ああ、そうだな……俺も最後まで、それがわからなかった。けど、こう考えると、全部納得できるんだよ」
俺は、最後に気づいた一かけらを。この町を覆う最大の闇を、クライブ神父に突き付けた。
「あんたたち教団は、町と、シスターを騙していたんじゃない……この町全部と教団が、一緒になってシスターを騙していたんだ」
「……っ!」
俺が言い終わると、部屋の温度が一気に下がったような気がした。
「で、でも!」
ライラが椅子から立ち上がって身を乗り出す。
「町の人たちは、みんなシスターに優しくしてたじゃん!シスターも、この町の人が大好きだって……」
「ああ……リンの言葉に嘘はないと思う。けど、町の人たちの言葉は……親切な態度も、にこにこ笑う顔も、全部……シスターと、旅人。この町にとって、大事な生贄を逃がさないようにするための演技としか思えないんだよ」
「そ、んな……」
ライラは眉根を下げて、すっかり元気をなくしてしまった。だから、あまり話したくなかったんだ……そんな暇はなかったとはいえ、せめてライラだけでも、この場から外したかったな。
「違いますか、クライブ神父」
俺は神父に向き直った。神父は表情を崩さないが、こめかみをたたく指の動きは速くなっていた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「遅かったな。君を待っていたので、まだ料理には手を付けてはおらん」
クライブ神父は怪しむような目つきで俺を睨んだ。少し時間がかかったかな……俺は何食わぬ顔で返す。
「ああ、そりゃお待たせしました。もういいですよ」
「うむ。では、いただこう」
クライブ神父は厳粛に手を合わせると、自分の皿に手を付けた……自分の皿には、毒が入っていないと分かっているらしい。そういえば、この部屋に入った時点で、飯の準備はされていた。あらかじめ自分の席を決めておいたんだろう。
「どうした?食べないのかね?」
「いえ、いただきます……」
俺はお粥をスプーンですくうと、口に近づけた。隣でウィルがごくりと唾をのむ音が聞こえる……ええい、アニを信じよう。パクリ!
「……」
口当たりは、特に変わったところはない。アニの魔法のおかげなのか、もともとこうなのかはわからないが。
俺がお茶とお粥、両方に手を付けたのを見ると、クライブ神父は満足そうに笑みを浮かべた。通常であれば、ふるまった料理を食べてくれたことに対する笑顔に見えるんだけど……フランたちはアンデッドなので、料理を口にすることは難しい。そこでティーカップを傾け、中身を飲むふりをしていた。これで、俺たちはまんまと罠にかかったように見せられたはずだ。
「ああ、ところで。君たちのほうから、何か私に話があったとか?」
ある程度食事が進んだところで、クライブ神父が切り出した。
「なにやら、わが教団のシスターにいろいろと聞いていたそうだな。勉強熱心で、何よりだ」
「ええ、そうなんです……」
ちょうどいい、向こうから来てくれるなら、こちらも受けて立とう。俺たちが罠に引っ掛かったと思って油断している、今がチャンスだ。
「……実は、この町に潜む怪物について、俺たちは調査をしていたんですよ」
「……ほう?」
クライブ神父の目つきが変わった。俺が切り込んだのを見て、仲間たちにもピリッと緊張が走る。
「怪物、かね。そんなものがこの町にいるとは、初耳だな」
「そうですか。巷じゃ結構有名みたいですよ?旅人が大勢行方不明になっているってね」
「それが本当なら、ゆゆしき事態だな。しかし、そのような証拠は見つかったのかね?」
「いいや。残念ながら、確証はつかめなかった」
クライブ神父は、そうであろうとばかりに、鼻から息を吐き出した。
「けど、俺はある仮説を立ててみたんです……それを、ぜひ神父さんに聞いてほしくて」
「ほぉ?正直あまり興味はないが、食事の雑談の一つだと思おう」
クライブ神父はこちらを見向きもしないまま、コーン粥を一口すくった。
「じゃあ、話させてもらいますけど……俺たちが最初にこの町に来たときの第一印象は、奇妙の一言に尽きます。それは、コウモリをシンボルに捧げ、地下に御神堂を持つ宗教……シュタイアー教のせいですよ」
「ふむ……気分のいい話ではないな」
「すみません。けど、あまりにも異質だったんですよ。俺たちも最初は、そういう信仰もあるのかとも思ったんですけど……でも、さすがに度が過ぎていた。シスターは祝福ができないし、それに気づいてすらいない。儀式の内容も不気味だ。酒を浴びるほど飲んで、気が付いたら終わっている?酒に酔いつぶれたシスターは、その間何をされているんだろうな」
「……」
「それに極めつけは、シスターたちが神父さんとやらに奉仕する、お勤めの内容だ」
「……!」
初めて、クライブ神父の顔に動揺が走った。
「何のことか……」
「知ってますよ、全部。あんたらがリンたちにさせてる事」
「……本人から聞いたのか?」
「いいや、話してくれなかったから、覗き見た。悪いことしちまったよ。あんなもの、覗かれたくはなかったろうに」
クライブ神父は、何も言わない。俺はあえて核心に触れるようなことは言わなかったが、神父が何も言わないということは、おおむね察しているのだろう。
「それで、あんたたちが一気に胡散臭くなった。あんたたちは、シスターと町の人たちをだまして、金でも吸い上げようとしているんじゃないかって」
「はっ……なにを、ばかばかしいことを」
「ああ、その通りだ。金を巻き上げるなんて、そんなかわいいもんじゃなかったからな」
「……なに?」
「いろいろ考えたんだけどさ……あんたたちの目的は、ただ一つ。今夜の儀式の成功、それだけなんじゃないか?」
「……っ」
クライブ神父は、一瞬言葉に詰まった。
「……教団として、祭事である儀式の成功を望むことは当然だ」
「そうか、そうだな。でもさ、それって違うんじゃないかな」
「……何がだね」
「だからさ、前後が逆なんだ。“教団ができたから儀式を行うようになった”んじゃなくて、“儀式を行うために教団が作られた”んじゃないか?」
フランが怪訝そうに目を細める。
「……どういうこと?宗教はでっちあげで、最初から儀式が目当てだったってこと?」
「そうだ。だれが最初に始めたのかは知らないけど、この町ではのちに“満月祭”と呼ばれる儀式を行う必要があった。それをもっともらしくする為に、シュタイアー教という隠れ蓑が作られたんだ」
かちゃり。クライブ神父はスプーンを置くと、にやりと笑った。
「なかなか面白い発想だ。では聞くが、その儀式とやらの目的は何だね?乙女一人で執り行えるような行為に、いったいどれほどの価値がある?」
「そうだな。俺もそれは思ったよ。内容はすごく簡単に聞こえるのに、シスターは念入りな準備をして、大々的な告知までされるほど大がかりだ。おまけに、毎年失敗するシスターが後を絶たないそうじゃないか」
「……その話を、どこで」
「どこだっていいだろ。考えればわかることだ。毎年儀式をしてるのに、歴代のシスターたちは全然見当たらないんだからな。で、問題は儀式の目的だ」
満月祭。内容は至極単純。シスターが一人で山上の城におもむき、そこで神の血と称した赤い酒を飲む。それだけだ。
「俺は、儀式のこまこました手順には何の意味もないと思ってる。重要なのは、シスターが一人だけで、あの城に向かうってことだ」
俺の言いたいことが分かったのか、ウィルは隣で、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「生贄だ。あの城に巣くっている何か……それにささげるための、な。最初に俺は、この町に怪物が住み着いているって言ったよな。訂正するよ……怪物は、あの城に巣くっていたんだ」
「……怪物、か。シスターは、それにささげられる羊である、と?」
「そうだ。シスターだけじゃない。旅人、商人、この町を訪れた人間を片っ端から捕まえて、あんたたちはあの城の主に捧げていたんじゃないか。失踪者の原因はそれだ」
クライブ神父は机に肘をつくと、自分のこめかみを指でとんとん叩いた。
「なるほど。筋は通っているように見えるね。だが、それはおかしいな」
「何がだ?」
「君、常識的に考えたまえよ。それだけ多くの人がいなくなっておきながら、なぜ我々シュタイアー教は、全幅の信頼を寄せられていると思う?町の人間たちは、儀式のたびにシスターがいなくなることを不審に感じないと思うのかね?」
「ああ、そうだな……俺も最後まで、それがわからなかった。けど、こう考えると、全部納得できるんだよ」
俺は、最後に気づいた一かけらを。この町を覆う最大の闇を、クライブ神父に突き付けた。
「あんたたち教団は、町と、シスターを騙していたんじゃない……この町全部と教団が、一緒になってシスターを騙していたんだ」
「……っ!」
俺が言い終わると、部屋の温度が一気に下がったような気がした。
「で、でも!」
ライラが椅子から立ち上がって身を乗り出す。
「町の人たちは、みんなシスターに優しくしてたじゃん!シスターも、この町の人が大好きだって……」
「ああ……リンの言葉に嘘はないと思う。けど、町の人たちの言葉は……親切な態度も、にこにこ笑う顔も、全部……シスターと、旅人。この町にとって、大事な生贄を逃がさないようにするための演技としか思えないんだよ」
「そ、んな……」
ライラは眉根を下げて、すっかり元気をなくしてしまった。だから、あまり話したくなかったんだ……そんな暇はなかったとはいえ、せめてライラだけでも、この場から外したかったな。
「違いますか、クライブ神父」
俺は神父に向き直った。神父は表情を崩さないが、こめかみをたたく指の動きは速くなっていた。
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