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8章 重なる魂
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「よし。そんじゃ、今月分だ」
俺は手を伸ばして、アルルカの口を覆うマスクに触れる。マスクは俺がふれただけで、カチャリと音を立てて外れた。アルルカは自由になった口元を触って驚いた顔をしている。続いて俺はコートを脱いで、シャツだけになった。離れたところから、ウィルがはらはらとこちらを見つめている。
「ほ、本当にするんですか?」
「男に二言があっちゃかっこ悪いだろ。大丈夫だって、アルルカも約束したんだし」
「それが信用できないんですよぅ……」
まあ、正直俺も少しドキドキしてるけど。いちおう、いつでもおすわりさせられるようにはしておこう……
「さて、アルルカ?リンと同じで、手首でいいか?」
「……あの子は、髪が長くて邪魔だったから……できれば、首のほうが……」
首か。俺はシャツのボタンをはずして、襟元を緩めた。
「これでいいか?」
「う、うん……」
さて、いよいよだ。アルルカがおどおどと、四つん這いで俺のほうへ近づく。その傍らに、仁王のような顔をするフランが立ち尽くしていた。フランがアルルカをにらみつける。
「……もしも、この人に妙な事したら。わたし、ためらわないから」
「わ、わかってるわよ……」
アルルカは唇を尖らせてぼそぼそ言い返した。
ついにアルルカが俺の正面にやってきた。こうして近くで見ると、意外と綺麗な顔立ちをしている。長いまつげ、真っ白でシミ一つない肌、つややかな黒髪……中身が最低なことを忘れれば、相当な美人といってもいいだろう。中身はほんとに最低だけど。
地面に手をついて迫る格好のアルルカは、その胸元を恥じらいもなくさらけ出す形になっている。下着かと思うくらい面積の少ない服(?)のせいで、豊かな谷間がくっきり浮かび上がっていて……くそ、俺のほうが恥ずかしくなってきちまった。俺が視線をそらすと、アルルカは身を乗り出して、俺の首筋へ唇を近づけた……
ペロッ。
「うひぇっ」
「ちょっと!」
ドカ!フランに蹴っ飛ばされて、アルルカが地面に転がった。
「あいた!なにすんのよ、痛いじゃない!」
「なにしてんのはこっちのセリフ!この変態!」
「違うわよ!ヴァンパイアの唾液は、麻酔の効果があんの!こうしないと痛いんだから!」
あ、そうなの?俺はいまだに鳥肌の立っている首筋に手をやった。確かに、アルルカに舐められたとこだけ、感覚がマヒしているようだ。
「フラン、大丈夫だよ。本当みたいだ」
「ほーらね!」
どや顔するアルルカを、フランは足をヒクヒクさせながら睨み付けていた。もう一蹴り入れてやりたくて、うずうずしているんだろう。
「じゃあ、もう一度するわよ」
「お、おう」
アルルカが再び俺の首元に顔をうずめる。アルルカはまるで犬のように、俺の首をペロペロ何度も舐めた。
「うっ、ひっ、うひゃ」
そのたび俺は気の抜けた声を出し、そのたびフランはまなじりをピクピクさせていた。ウィルはライラの目をふさいで、見せないようにしている。なんだと思っているんだ……
「……よし。これだけやれば十分かしらね。それじゃ、いくわよ」
「おひ、わかったから、そこでしゃべらないでくれ。くすぐったくてしょうがない……」
アルルカの唇から漏れた吐息が首筋に当たると、ぞわぞわした感覚が体中に走った。ひー、やるならさっさとしてくれ。アルルカはようやく、二本の牙を俺の首に突き立てた。
「いただきます……」
つぷ。痛みはないが、牙の刺さったところがかゆいような気がした。そこからじんわりと、生温かい感覚が広がっていくようだ……それは一瞬だった。ものの数秒ほどで、アルルカは俺から離れた。
「大丈夫?」
フランがすぐさま声をかけてくる。俺は噛まれた首筋をさすったが、特に痛みはなかった。血も止まっているようだ。
「ああ。俺のほうはなんともない、よ……」
俺は、そこで言葉を失った。アルルカの様子が、どう見てもおかしい……目をカッと見開き、何もない虚空を凝視して固まっている。両手の指で頬を引っ張っているものだから、下まぶたがめくれてしまっていた。
「な、な、なにこれぇ……」
う、うわ。アルルカの体がガクガク震えている。これ、もしかしてヤバイやつなんじゃ……俺とフランは、慌てて後ずさった。
「やば、やばやば。こんな血、はじめて飲んだぁ……の、脳みそまで、し、びれ、るゥ……!」
アルルカの体がひときわ大きくビクン!と跳ねると、アルルカは目をとろんとさせて、恍惚の表情を浮かべた。だらしなく開いた口から、よだれが垂れている……
「な、な、な、なんて顔してるんですか……」
ウィルは顔を真っ赤にさせていた。ライラの目はふさいでいるくせに、自分はがっつり目を見開いている。
「桜下さん、なにかエッチなことしたんですか……?」
「するわけないだろっ!というか、これ大丈夫なのか……?」
アルルカの顔、ヤバイ薬をキメ込んでいるようにしか見えないんだけど……俺の血のせい、なんだろうか。
「俺の血って、やっぱり普通の人とは違うのかな?ネクロマンサーだし、元勇者だし……」
するとフランは、完全に昇天しているアルルカを、冷ややかな目で見ながら言う。
「それか、こいつが血を吸う時は毎回こうなってる変態だってことだね」
血液フェチ……?
「そ、そんなわけ、ない……でしょ……」
お、アルルカが生き返った。アルルカはよだれを手でグイッと拭うと、信じられないと言う顔で俺を……というか、俺の首筋を見た。
「今まで、血を吸ってこんなにおいしいと思ったことはないわ。満たされるものはあったけど、今回のはそんなんじゃおさまらない……幸福とか、快感に近かった……」
か、快感……それで身悶えていたのか……
「ねえ、あんた何者?勇者って、みんなこんな血をしてるの?」
「知らないよ、勇者の血の味なんて。たまたまなんじゃないか?」
「ふーん……じゃあ、あんたは特別なんだ……」
アルルカの視線がまた首筋に動く。嫌な予感が……
「ね、ねえ。もう一度だけ吸っても……」
「ダメだ。次は来月!」
「え~~~。いーじゃないの、ケチ!減るもんじゃないでしょ!」
「減るもんだよ!」
人をウォーターサーバーかなにかと勘違いしてるんじゃないか?俺はぶーぶー文句を言うアルルカを無視して、地面に落ちていたマスクを拾い上げると、アルルカの背後に回った。
「ほら、またマスクをつけるぞ」
「ちぇっ……」
アルルカはふてくされてはいたが、今回は自分から長い髪をかき上げた。露わになった白いうなじに金具をはめる。カチャリ。
「これでよし、と」
「ねぇ、約束よ。来月の満月にはまた血を吸わせて頂戴、絶対だからね!?」
「わーったって。ちゃんといい子にしてたら、そん時は俺も約束を守るよ」
アルルカは意外にも素直にうなずいた。よほど俺の血が効いたらしい……俺は、エサを使う犬のしつけを思い出していた。アルルカは、待てができるようになったってことだな。
「よっと……傷、見えてないよな?」
俺は服を元通り着てから、近くのフランにたずねる。シャツとコートで、首筋は見えないはずだ。フランはうなずいたが、その顔はどこかぎこちなかった。
「フラン?」
「……」
フランはふいっとそっぽをむくと、俺から離れて行ってしまった……ありゃりゃ、アルルカの一件で不機嫌になっちまったらしい。
今までの経験則から言って、おそらくフランは破廉恥なことが大嫌いだ。俺が女の子と近づくといっつも怒っていたからな。その点、恰好からして破廉恥の塊みたいなアルルカは、フラン的にはイライラ度MAXなんだろう。
(一応は仲間なんだし、そのうち打ち解けられればいいんだけど)
常識がぶっこわれているアルルカには、たくさんの交流が必要だと思うんだ。俺だけじゃない、いろんな人と触れ合うことで、アルルカも人の心を思い出してくれるんじゃないか……うん。そのためにも、まずは俺が距離を縮めて見せないとな。
「……よし。なあ、アルルカ?」
「なにか?気安くわらわに話しかけないでもらえる?」
えぇ~……一瞬でアルルカは、ここ二、三日のようなむっすりした態度に戻ってしまった。
「勘違いしないでもらえるかのぅ。わらわは決して、おぬしらの仲間になどなった覚えはない。ましてや、平伏するなどもってのほかだ」
「いや……さっきまで、地べたを転がりまわってたじゃん……」
「う、うるさい!とにかく、仲よしこよしなんてまっぴらなんだからね!ふん!」
アルルカはつーんと顔を反らした……なんだか頭が痛くなってきたな。今からでも遅くない、こいつをセイラムロットのはしっこにでも捨ててきちまおうか?
俺がそんな世迷言を考えていた、その時だった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「よし。そんじゃ、今月分だ」
俺は手を伸ばして、アルルカの口を覆うマスクに触れる。マスクは俺がふれただけで、カチャリと音を立てて外れた。アルルカは自由になった口元を触って驚いた顔をしている。続いて俺はコートを脱いで、シャツだけになった。離れたところから、ウィルがはらはらとこちらを見つめている。
「ほ、本当にするんですか?」
「男に二言があっちゃかっこ悪いだろ。大丈夫だって、アルルカも約束したんだし」
「それが信用できないんですよぅ……」
まあ、正直俺も少しドキドキしてるけど。いちおう、いつでもおすわりさせられるようにはしておこう……
「さて、アルルカ?リンと同じで、手首でいいか?」
「……あの子は、髪が長くて邪魔だったから……できれば、首のほうが……」
首か。俺はシャツのボタンをはずして、襟元を緩めた。
「これでいいか?」
「う、うん……」
さて、いよいよだ。アルルカがおどおどと、四つん這いで俺のほうへ近づく。その傍らに、仁王のような顔をするフランが立ち尽くしていた。フランがアルルカをにらみつける。
「……もしも、この人に妙な事したら。わたし、ためらわないから」
「わ、わかってるわよ……」
アルルカは唇を尖らせてぼそぼそ言い返した。
ついにアルルカが俺の正面にやってきた。こうして近くで見ると、意外と綺麗な顔立ちをしている。長いまつげ、真っ白でシミ一つない肌、つややかな黒髪……中身が最低なことを忘れれば、相当な美人といってもいいだろう。中身はほんとに最低だけど。
地面に手をついて迫る格好のアルルカは、その胸元を恥じらいもなくさらけ出す形になっている。下着かと思うくらい面積の少ない服(?)のせいで、豊かな谷間がくっきり浮かび上がっていて……くそ、俺のほうが恥ずかしくなってきちまった。俺が視線をそらすと、アルルカは身を乗り出して、俺の首筋へ唇を近づけた……
ペロッ。
「うひぇっ」
「ちょっと!」
ドカ!フランに蹴っ飛ばされて、アルルカが地面に転がった。
「あいた!なにすんのよ、痛いじゃない!」
「なにしてんのはこっちのセリフ!この変態!」
「違うわよ!ヴァンパイアの唾液は、麻酔の効果があんの!こうしないと痛いんだから!」
あ、そうなの?俺はいまだに鳥肌の立っている首筋に手をやった。確かに、アルルカに舐められたとこだけ、感覚がマヒしているようだ。
「フラン、大丈夫だよ。本当みたいだ」
「ほーらね!」
どや顔するアルルカを、フランは足をヒクヒクさせながら睨み付けていた。もう一蹴り入れてやりたくて、うずうずしているんだろう。
「じゃあ、もう一度するわよ」
「お、おう」
アルルカが再び俺の首元に顔をうずめる。アルルカはまるで犬のように、俺の首をペロペロ何度も舐めた。
「うっ、ひっ、うひゃ」
そのたび俺は気の抜けた声を出し、そのたびフランはまなじりをピクピクさせていた。ウィルはライラの目をふさいで、見せないようにしている。なんだと思っているんだ……
「……よし。これだけやれば十分かしらね。それじゃ、いくわよ」
「おひ、わかったから、そこでしゃべらないでくれ。くすぐったくてしょうがない……」
アルルカの唇から漏れた吐息が首筋に当たると、ぞわぞわした感覚が体中に走った。ひー、やるならさっさとしてくれ。アルルカはようやく、二本の牙を俺の首に突き立てた。
「いただきます……」
つぷ。痛みはないが、牙の刺さったところがかゆいような気がした。そこからじんわりと、生温かい感覚が広がっていくようだ……それは一瞬だった。ものの数秒ほどで、アルルカは俺から離れた。
「大丈夫?」
フランがすぐさま声をかけてくる。俺は噛まれた首筋をさすったが、特に痛みはなかった。血も止まっているようだ。
「ああ。俺のほうはなんともない、よ……」
俺は、そこで言葉を失った。アルルカの様子が、どう見てもおかしい……目をカッと見開き、何もない虚空を凝視して固まっている。両手の指で頬を引っ張っているものだから、下まぶたがめくれてしまっていた。
「な、な、なにこれぇ……」
う、うわ。アルルカの体がガクガク震えている。これ、もしかしてヤバイやつなんじゃ……俺とフランは、慌てて後ずさった。
「やば、やばやば。こんな血、はじめて飲んだぁ……の、脳みそまで、し、びれ、るゥ……!」
アルルカの体がひときわ大きくビクン!と跳ねると、アルルカは目をとろんとさせて、恍惚の表情を浮かべた。だらしなく開いた口から、よだれが垂れている……
「な、な、な、なんて顔してるんですか……」
ウィルは顔を真っ赤にさせていた。ライラの目はふさいでいるくせに、自分はがっつり目を見開いている。
「桜下さん、なにかエッチなことしたんですか……?」
「するわけないだろっ!というか、これ大丈夫なのか……?」
アルルカの顔、ヤバイ薬をキメ込んでいるようにしか見えないんだけど……俺の血のせい、なんだろうか。
「俺の血って、やっぱり普通の人とは違うのかな?ネクロマンサーだし、元勇者だし……」
するとフランは、完全に昇天しているアルルカを、冷ややかな目で見ながら言う。
「それか、こいつが血を吸う時は毎回こうなってる変態だってことだね」
血液フェチ……?
「そ、そんなわけ、ない……でしょ……」
お、アルルカが生き返った。アルルカはよだれを手でグイッと拭うと、信じられないと言う顔で俺を……というか、俺の首筋を見た。
「今まで、血を吸ってこんなにおいしいと思ったことはないわ。満たされるものはあったけど、今回のはそんなんじゃおさまらない……幸福とか、快感に近かった……」
か、快感……それで身悶えていたのか……
「ねえ、あんた何者?勇者って、みんなこんな血をしてるの?」
「知らないよ、勇者の血の味なんて。たまたまなんじゃないか?」
「ふーん……じゃあ、あんたは特別なんだ……」
アルルカの視線がまた首筋に動く。嫌な予感が……
「ね、ねえ。もう一度だけ吸っても……」
「ダメだ。次は来月!」
「え~~~。いーじゃないの、ケチ!減るもんじゃないでしょ!」
「減るもんだよ!」
人をウォーターサーバーかなにかと勘違いしてるんじゃないか?俺はぶーぶー文句を言うアルルカを無視して、地面に落ちていたマスクを拾い上げると、アルルカの背後に回った。
「ほら、またマスクをつけるぞ」
「ちぇっ……」
アルルカはふてくされてはいたが、今回は自分から長い髪をかき上げた。露わになった白いうなじに金具をはめる。カチャリ。
「これでよし、と」
「ねぇ、約束よ。来月の満月にはまた血を吸わせて頂戴、絶対だからね!?」
「わーったって。ちゃんといい子にしてたら、そん時は俺も約束を守るよ」
アルルカは意外にも素直にうなずいた。よほど俺の血が効いたらしい……俺は、エサを使う犬のしつけを思い出していた。アルルカは、待てができるようになったってことだな。
「よっと……傷、見えてないよな?」
俺は服を元通り着てから、近くのフランにたずねる。シャツとコートで、首筋は見えないはずだ。フランはうなずいたが、その顔はどこかぎこちなかった。
「フラン?」
「……」
フランはふいっとそっぽをむくと、俺から離れて行ってしまった……ありゃりゃ、アルルカの一件で不機嫌になっちまったらしい。
今までの経験則から言って、おそらくフランは破廉恥なことが大嫌いだ。俺が女の子と近づくといっつも怒っていたからな。その点、恰好からして破廉恥の塊みたいなアルルカは、フラン的にはイライラ度MAXなんだろう。
(一応は仲間なんだし、そのうち打ち解けられればいいんだけど)
常識がぶっこわれているアルルカには、たくさんの交流が必要だと思うんだ。俺だけじゃない、いろんな人と触れ合うことで、アルルカも人の心を思い出してくれるんじゃないか……うん。そのためにも、まずは俺が距離を縮めて見せないとな。
「……よし。なあ、アルルカ?」
「なにか?気安くわらわに話しかけないでもらえる?」
えぇ~……一瞬でアルルカは、ここ二、三日のようなむっすりした態度に戻ってしまった。
「勘違いしないでもらえるかのぅ。わらわは決して、おぬしらの仲間になどなった覚えはない。ましてや、平伏するなどもってのほかだ」
「いや……さっきまで、地べたを転がりまわってたじゃん……」
「う、うるさい!とにかく、仲よしこよしなんてまっぴらなんだからね!ふん!」
アルルカはつーんと顔を反らした……なんだか頭が痛くなってきたな。今からでも遅くない、こいつをセイラムロットのはしっこにでも捨ててきちまおうか?
俺がそんな世迷言を考えていた、その時だった。
つづく
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