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8章 重なる魂
7-3
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7-3
「戻ったぞ!ライラは……?」
部屋に戻ってくるなり、俺は開口一番にたずねた。すると、出迎えてくれたウィルが、口元に指を立てている。
「しーっ。しずかに。今ちょうど、寝てしまったところです」
「へ?寝た?」
ウィルはこくりとうなずくと、すっとわきによけた。その向こうには、ベッドの上で丸くなって眠る、赤毛の少女の姿が見えた。
「ライラ……!戻ってきたんだな」
俺は声を潜めながら、ウィルに笑いかけた。
「ほんとにありがとな、ウィル。ライラを連れ戻してくれて」
「いえ、したことと言えば、なだめすかしたくらいですから……」
だが俺と違って、ウィルの表情は曇っていた。なにか、あったのだろうか。
「ウィル?」
「……桜下さん。ライラさんのこと、誤解しないであげてください。ライラさんは……!」
そこまで言って、ウィルは口をぱくつかせた。言葉がつかえて、出てこない……というよりは、言おうか言うまいか、悩んでいるようだった。
(ライラを誤解しないでくれ、か……)
ウィルは、確かにそう言った。俺に怒って、飛び出して行ってしまったライラ。俺は、ライラを傷つけてしまったんだと思っていたけれど……
「……わかったよ、ウィル」
「え?」
「俺なりに、ライラと向き合ってみる。うまくいくかはわかんないけど……それでも、逃げたりしない。これでいいかな?」
「……ええ!お願いします。ライラさんもきっと、心の奥でそれを望んでいるはずです」
ウィルはどこかほっとしたような顔をしていた。
しかし、当のライラは眠ってしまっている。俺はベッドの淵にそっと腰かけて、眠るライラを覗き見た。手足を折りたたんで、ぎゅっと縮こまるような恰好。顔には髪がバラバラとかかっているが、隙間から見える頬には、涙の跡が見えた。胸が痛むな。
「……ライラは、どうだったんだ?もどってから」
ウィルが肩を落として答える。
「……ずっと、泣いていました。戻ってからと言うか、私が見つけてから、ずっと。部屋に戻ってくると、糸が切れたみたいに眠ってしまいました」
「そっか……外に出ずに、出迎えてやればよかったかな」
「それは……かえって、よかったかもしれませんよ。ライラさんも、すぐに顔を合わせるのは気まずかったでしょうし……それに」
ウィルは言葉を区切ると、眉をㇵの字にして微笑を浮かべた。
「もし私だったら、追いかけてきてくれたほうが嬉しいです。部屋で、ゆっくりのんびり待たれるよりは」
……うん、そうかもしれない。ほんの少しだけ、気持ちが救われた。
「桜下さんたちは、ライラさんを追いかけてきてくれたんですよね」
「ああ。結局追いつけなかったけどな……あ、そうだ」
俺はウィルと、それからエラゼムのほうへ向き直った。
「その途中で、フランに話したんだけどさ。みんなにも聞いておいてほしいんだ」
「なにを、ですか?」
ウィルが怪訝そうに首をかしげる。
「俺の、過去について。この帽子のこととか」
俺が頭を指さすと、ウィルは口を覆って、目を見開いた。エラゼムもわずかに体を固くしたのか、鎧がキィと音を立てた。
「桜下さん……それって……」
「ああ。今回の騒動の原因でもあるし、俺がみんなに隠してたことでもある……けど、フランに話して思ったんだ。このことは、隠しておくより、みんなに知っててもらいたいって。たぶん、聞いてて楽しい話ではないと思うんだけど……いいかな」
たずねるまでもなかった。ウィルは手を胸の前で組み合わせて、真剣なまなざしでこちらを見ている。エラゼムは直立不動だったが、その寡黙さが、実直な彼らしかった。
俺は口を開く。
「あのな……」
ライラが目覚めたのは、俺が話を終えたすぐ後だった。外はすでに日が暮れ、室内にはロウソクの明かりがチラチラとまたたいている。
「ん……」
「ライラさん、目が覚めたんですね」
目をこするライラのもとに、ウィルがすぅっと近寄る。俺は様子を見て、ライラに声をかけようとしたが……
「……っ」
ライラは俺の顔を見ると、さっとシーツをまくって隠れてしまった。
「ら、ライラ……」
オロオロするが、ライラは籠ったきり出てこない。ウィルは困り顔で、こちらを向いて首をゆるゆる振った。
(今はまだ、ダメみたいです)
(だな……)
無理に話してもしょうがない。頃合いを見計らうしかないだろう。
しかし、いいタイミングはなかなか訪れなかった。そのまましばらく待っても、食事の時間になって下に下りても、そして部屋に戻ってきても、ライラは一向に口を開かなかった。
「まいったな……」
俺はベンチに深くもたれて、ひとりごちた。俺が部屋にいると、ライラは言葉一つ発さないので、宿の裏手に来ていた。狭い裏庭の隅に忘れ去られたベンチを見つけ、そこに腰かけていたのだけれど……
「きっかけがあれば……」
そのきっかけがつかめず、俺はただただ空に浮かぶ月を見上げているのだが。天を仰ぐとは、まさにこういう時のことを言うのだろう。
「……ん?」
ガシャガシャと、鎧のこすれあう音。やがて、裏庭の扉がキィと開いた。俺は振り返りながら言った。
「エラゼムか?」
「はい。お邪魔してしまい、申し訳ございません」
エラゼムは戸口を窮屈そうにくぐると、こちらへ歩いてきた。
「いや、別に邪魔はしてないよ。結局、なーんの案も出てこなかったところだからな」
「そうでしたか……生憎と吾輩では、とても桜下殿のお役には立ちそうもございません。申し訳ないことです」
「難しいよなぁ、こればっかりは」
「……ですが、それでも桜下殿は、解決を諦めはしないのでしょうな」
「え?おいおい、当たり前だろ」
「……いや、失言でした。忘れてくだされ」
「うん?まあ、いいけど……」
「それよりも、桜下殿。宿の主人に聞いてきたところ、今の時間は、浴場を誰も使ってはいないとのことでした」
「は、浴場?ずいぶん唐突だな……それって、ここに備え付けの温泉のことだよな?」
「ええ。どうでしょう、一つ湯浴みに行かれてみては?体が温まれば、頭の血の巡りもよくなると聞きます。ひょっとすると、妙案も浮かぶやもしれませんぞ」
ああ、なるほど……それで風呂を勧めてくれたのか。たしかに、気分転換にはもってこいだ。ちょうど煮詰まっていたところだし……
「ん……そうだな。それもいいかもしれない。じゃあ、着替えを取りに……」
「それは、すでにこちらに」
エラゼムはそういって、俺に替えの服と、おそらく宿の物だろう、タオルとランタンを差し出してきた。
「おお……ずいぶん用意がいいな」
「え、まあ、はい。桜下殿のお手を煩わせるのも、どうかと思いましてな……」
「……?まあでも、サンキューな。せっかくだから、行ってみるよ」
「ええ。浴場はこの先にあるようです」
「へー。この先って、裏庭のってこと?」
「正確には、この下ですが。ここを少し進むと、ちょうど我々の部屋の真下に出られるそうです。急な坂道とのことでしたので、足元にお気を付けくだされ」
「ああ、それでランタンか」
俺はうなずくと、エラゼムから荷物を受け取った。
「それじゃ、行ってくるな」
「ええ」
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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部屋に戻ってくるなり、俺は開口一番にたずねた。すると、出迎えてくれたウィルが、口元に指を立てている。
「しーっ。しずかに。今ちょうど、寝てしまったところです」
「へ?寝た?」
ウィルはこくりとうなずくと、すっとわきによけた。その向こうには、ベッドの上で丸くなって眠る、赤毛の少女の姿が見えた。
「ライラ……!戻ってきたんだな」
俺は声を潜めながら、ウィルに笑いかけた。
「ほんとにありがとな、ウィル。ライラを連れ戻してくれて」
「いえ、したことと言えば、なだめすかしたくらいですから……」
だが俺と違って、ウィルの表情は曇っていた。なにか、あったのだろうか。
「ウィル?」
「……桜下さん。ライラさんのこと、誤解しないであげてください。ライラさんは……!」
そこまで言って、ウィルは口をぱくつかせた。言葉がつかえて、出てこない……というよりは、言おうか言うまいか、悩んでいるようだった。
(ライラを誤解しないでくれ、か……)
ウィルは、確かにそう言った。俺に怒って、飛び出して行ってしまったライラ。俺は、ライラを傷つけてしまったんだと思っていたけれど……
「……わかったよ、ウィル」
「え?」
「俺なりに、ライラと向き合ってみる。うまくいくかはわかんないけど……それでも、逃げたりしない。これでいいかな?」
「……ええ!お願いします。ライラさんもきっと、心の奥でそれを望んでいるはずです」
ウィルはどこかほっとしたような顔をしていた。
しかし、当のライラは眠ってしまっている。俺はベッドの淵にそっと腰かけて、眠るライラを覗き見た。手足を折りたたんで、ぎゅっと縮こまるような恰好。顔には髪がバラバラとかかっているが、隙間から見える頬には、涙の跡が見えた。胸が痛むな。
「……ライラは、どうだったんだ?もどってから」
ウィルが肩を落として答える。
「……ずっと、泣いていました。戻ってからと言うか、私が見つけてから、ずっと。部屋に戻ってくると、糸が切れたみたいに眠ってしまいました」
「そっか……外に出ずに、出迎えてやればよかったかな」
「それは……かえって、よかったかもしれませんよ。ライラさんも、すぐに顔を合わせるのは気まずかったでしょうし……それに」
ウィルは言葉を区切ると、眉をㇵの字にして微笑を浮かべた。
「もし私だったら、追いかけてきてくれたほうが嬉しいです。部屋で、ゆっくりのんびり待たれるよりは」
……うん、そうかもしれない。ほんの少しだけ、気持ちが救われた。
「桜下さんたちは、ライラさんを追いかけてきてくれたんですよね」
「ああ。結局追いつけなかったけどな……あ、そうだ」
俺はウィルと、それからエラゼムのほうへ向き直った。
「その途中で、フランに話したんだけどさ。みんなにも聞いておいてほしいんだ」
「なにを、ですか?」
ウィルが怪訝そうに首をかしげる。
「俺の、過去について。この帽子のこととか」
俺が頭を指さすと、ウィルは口を覆って、目を見開いた。エラゼムもわずかに体を固くしたのか、鎧がキィと音を立てた。
「桜下さん……それって……」
「ああ。今回の騒動の原因でもあるし、俺がみんなに隠してたことでもある……けど、フランに話して思ったんだ。このことは、隠しておくより、みんなに知っててもらいたいって。たぶん、聞いてて楽しい話ではないと思うんだけど……いいかな」
たずねるまでもなかった。ウィルは手を胸の前で組み合わせて、真剣なまなざしでこちらを見ている。エラゼムは直立不動だったが、その寡黙さが、実直な彼らしかった。
俺は口を開く。
「あのな……」
ライラが目覚めたのは、俺が話を終えたすぐ後だった。外はすでに日が暮れ、室内にはロウソクの明かりがチラチラとまたたいている。
「ん……」
「ライラさん、目が覚めたんですね」
目をこするライラのもとに、ウィルがすぅっと近寄る。俺は様子を見て、ライラに声をかけようとしたが……
「……っ」
ライラは俺の顔を見ると、さっとシーツをまくって隠れてしまった。
「ら、ライラ……」
オロオロするが、ライラは籠ったきり出てこない。ウィルは困り顔で、こちらを向いて首をゆるゆる振った。
(今はまだ、ダメみたいです)
(だな……)
無理に話してもしょうがない。頃合いを見計らうしかないだろう。
しかし、いいタイミングはなかなか訪れなかった。そのまましばらく待っても、食事の時間になって下に下りても、そして部屋に戻ってきても、ライラは一向に口を開かなかった。
「まいったな……」
俺はベンチに深くもたれて、ひとりごちた。俺が部屋にいると、ライラは言葉一つ発さないので、宿の裏手に来ていた。狭い裏庭の隅に忘れ去られたベンチを見つけ、そこに腰かけていたのだけれど……
「きっかけがあれば……」
そのきっかけがつかめず、俺はただただ空に浮かぶ月を見上げているのだが。天を仰ぐとは、まさにこういう時のことを言うのだろう。
「……ん?」
ガシャガシャと、鎧のこすれあう音。やがて、裏庭の扉がキィと開いた。俺は振り返りながら言った。
「エラゼムか?」
「はい。お邪魔してしまい、申し訳ございません」
エラゼムは戸口を窮屈そうにくぐると、こちらへ歩いてきた。
「いや、別に邪魔はしてないよ。結局、なーんの案も出てこなかったところだからな」
「そうでしたか……生憎と吾輩では、とても桜下殿のお役には立ちそうもございません。申し訳ないことです」
「難しいよなぁ、こればっかりは」
「……ですが、それでも桜下殿は、解決を諦めはしないのでしょうな」
「え?おいおい、当たり前だろ」
「……いや、失言でした。忘れてくだされ」
「うん?まあ、いいけど……」
「それよりも、桜下殿。宿の主人に聞いてきたところ、今の時間は、浴場を誰も使ってはいないとのことでした」
「は、浴場?ずいぶん唐突だな……それって、ここに備え付けの温泉のことだよな?」
「ええ。どうでしょう、一つ湯浴みに行かれてみては?体が温まれば、頭の血の巡りもよくなると聞きます。ひょっとすると、妙案も浮かぶやもしれませんぞ」
ああ、なるほど……それで風呂を勧めてくれたのか。たしかに、気分転換にはもってこいだ。ちょうど煮詰まっていたところだし……
「ん……そうだな。それもいいかもしれない。じゃあ、着替えを取りに……」
「それは、すでにこちらに」
エラゼムはそういって、俺に替えの服と、おそらく宿の物だろう、タオルとランタンを差し出してきた。
「おお……ずいぶん用意がいいな」
「え、まあ、はい。桜下殿のお手を煩わせるのも、どうかと思いましてな……」
「……?まあでも、サンキューな。せっかくだから、行ってみるよ」
「ええ。浴場はこの先にあるようです」
「へー。この先って、裏庭のってこと?」
「正確には、この下ですが。ここを少し進むと、ちょうど我々の部屋の真下に出られるそうです。急な坂道とのことでしたので、足元にお気を付けくだされ」
「ああ、それでランタンか」
俺はうなずくと、エラゼムから荷物を受け取った。
「それじゃ、行ってくるな」
「ええ」
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