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8章 重なる魂
9-1 異形の使者
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9-1 異形の使者
「ただいま」
「ただいま……」
俺とライラが部屋に戻ったのは、それから十数分してからのことだった。扉を開けるなり、ウィルがものすごい形相でこちらにすっ飛んでくる。
「桜下さん!ライラさんは……」
開口一番にそう叫んだウィルだったが、その目は俺とライラとの間へと移った。俺たちは、手を繋いで部屋まで戻ってきていたからだ。
「あ……じゃあ、仲直りできたんですね……」
照れ臭そうにはにかむライラを見て、ウィルはほっとしたように表情を緩めた。そしてそれと同時に、ぽろりと涙腺まで緩めてしまったらしい。
「う。ううぅ。よかった、ほんとによかった……」
ウィルは顔を覆うと、はらはらと泣き始めてしまった。わぁ、本当に、今日は泣かれてばっかりだ。
「ウィル、ありがとな。心配かけた。けどほら、この通りだから」
「うぅ、そうじゃないと困りますよ。せっかくみんなでライラさんを送り出したのに、これでうまくいかなかったら……」
「へ?」
「ぐす……あ」
目尻を指で拭っていたウィルは、途端にしまったという顔になった。ライラを、送り出しただって?
「んん~……あ、ウィルが教えたのか。俺のこと」
なるほど、合点がいった。だからタイミングよく、ライラが現れたんだな。となると、エラゼムが俺に風呂を進めたのも、偶然じゃないな。
「う~、あの~、その~……はい。だって、無理にでも二人っきりにさせなきゃ、仲直りできないと思って……」
ウィルは指をもじもじさせながら白状した。エラゼムもすまなさそうに頭を下げる。
「騙すような形になってしまい、申し訳ありません」
「いや、むしろこっちが礼を言うべきだ。助かったよ」
結局俺一人では、なにも考えつかなかったんだから。そう考えると、今回の一件、みんなの世話になってしまったな。
「みんな、ありがとな」
俺は心からそう言った。気遣ってくれたのもそうだし……なにより、俺の過去を知った上で、こうしてそばにいてくれることに。
それからしばらくして。俺とライラは、二人並んでバルコニーに立っていた。
「ウィルおねーちゃん、泣いてたね」
夜風に髪をなびかせながら、ライラが言う。俺は手すりに肘を乗せて、遠くに見える湖に浮かぶ月を眺めていた。ライラは背が足りないので、代わりにあごを乗っけている。
「そうだなぁ。心配かけちまった。ウィルは、優しいから」
「うん。ライラ、おねーちゃんのこと大好きだよ。だからね、なにかお礼をしてあげたいの」
「お礼?」
「うん。だから、桜下にお願いがあって……」
ライラに袖を引っ張られて、俺はライラへ顔を近づけた。
「あのね……」
翌朝。食堂で朝飯を済ますと、俺たちは早々に出発することにした。婆さんに手を振って、宿を出る。というのも、とある計画があったからだ。
「さてと……ウィル、ちょっと提案があるんだけど」
「はい?私ですか?」
ウィルが自分の顔を指して、きょとんとする。
「ああ。まだ朝も早い事だし、せっかくだから、ちょっと町を見て行かないか?」
俺がそう提案すると、ウィルはぱぁっと顔を輝かせた。
「え、いいんですか?」
「もちろん。昨日はゆっくりできなかったしな」
町を見て回りたがっていたウィルだったけど、昨日は俺たちの事でゴタゴタさせちまったからな。そのお詫びだ。
「実は昨日の夜、ライラに相談されてな。これを発案したのも、ライラなんだぜ」
「ライラさん……」
ウィルが感激のまなざしを送ると、ライラは照れくさそうに、頭の後ろで手を組んではにかんだ。
「素敵です!ほら、そうと決まれば早く行きましょう!」
「わわ、ちょっと待てって」
「あはは!」
ウィルは俺の手を引いて、楽しげに町へと駆け出した。はしゃぐウィルを先頭に、俺たちは朝のボーテングの、白くかがやく街並みを見て回った。旅程は少し遅れてしまったが、ウィルの楽し気な顔を見ていれば、別に悪い気はしなかった。
午後になり、あらかた町を巡り終えたところで、俺たちはそろそろ出発することにした。ウィルは十分満足げだったし、午後になって急に天気がぐずりだしたので、降り出す前に次の町を目指すことにしたのだ。
「はぁー、すてきな町でしたねぇ」
「満足できたか、ウィル?」
「ええ。桜下さんにライラさん、それにみなさんも、付き合っていただいてありがとうございました」
ウィルはぺこりと礼をした。
町はずれまで出ると、いよいよ空の雲の厚みが増してきた。鉛色の、重そうな雲が立ち込めると、辺りはまるで夕暮れのような薄暗さに包まれる。
「なんでしょう、急に雲が出てきましたね。まだ昼過ぎなのに……」
厚い黒雲を見あげて、ウィルが不安そうにつぶやく。
「だな。もうちょっともつかと思ったけど……どうしよう、出発するの、もう少し後らせようか?」
するといきなり、アルルカがふわりと羽を広げて、上空に舞い上がった。
「アルルカ?どうかし……」
「違うわね。この雲、ただの雨雲じゃないわ」
「え?」
俺がきょとんとしていると、フランが何かに気づいたようだ。ハッとすると、鼻を空に向けてふんふんさせる。
「……雨の匂いがしない。それに、空気も乾いたままだ」
「え、え?じゃあ、雨は降らないってことなのか?なら、出発しても……」
「それだけなら、そうだけどね。おかしいよ。こんな雲が、自然にできるはずない。何か、理由が……」
「へーえ。ご明察、だね」
……!この声!俺は声が聞こえてきた方に、急いで振り返った。薄暗い空に、ぼんやりと光って浮かぶ、銀色の仮面……
「お前……マスカレード!」
「御機嫌よう、勇者諸君。また会えたね」
マスカレードは、黒雲を背景に、俺たちの前方十メートルほどの上空に浮かんでいた。いつのまに来やがったんだ?本当に神出鬼没なやつだ!
「何しに来た!前に俺たちから逃げ出したこと、忘れたわけじゃないだろ!」
「覚えてるとも。あれからどうだい?みんな仲良くやってるかな。ひょっとして、喧嘩でもしたとか?」
ぐっ、コイツ……!マスカレードの声は、仮面越しでもわかるほどニヤ付いていた。俺にかけた闇の魔術の効果を、楽しんでやがる……!
「ふざけんな!お前の魔力なんかに、いちいち振り回されてたまるかよ!」
「……んん?本当だね、魔力の痕が消えている……驚いたな、自力で克服したのか」
「自力なもんか。みんなの力を借りたんだ」
俺の袖が、きゅっと握られた。振り向いてみると、ライラの藤色の瞳が、俺を見上げている。俺はニッと笑うと、マスカレードに向き直った。
「それで、なんだ?この前のリベンジでもしに来たのか?」
「それもいいねぇ。けど、今回は君たちを追ってきたわけじゃないんだよ」
なに?俺たちが目的じゃないのか?
「別の用事で移動していたら、たまたま君たちを見かけたもんでね。ちょっと挨拶しておこうかと思ったんだよ」
「はぁ?お前、何を企んでる?目的はなんなんだ!」
「言ったって、君たちには理解できないよ。それより、僕も忙しくってね。あんまり長居もしていられないのさ」
「けーっ!おお、そうか。引き留めたりなんかしないぞ。ほら、行ったいった」
俺がひらひらと手を振ると、マスカレードは声を上げて笑った。
「あっははは!いいねぇ、ぶっ殺してやりたいくらい生意気だよ。けど、それはまたの機会にね。今回はここらでお暇するけど、君たちに一つ、プレゼントを用意したんだ」
「は?プレゼント?」
「そう。これをね」
マスカレードが指をパチンと鳴らすと、突然空中に、青白い球体が浮かび上がった。なんだ、あれ……?球体の中には、何かが入っている。生き物……?いや、ちがう。生き物に見えるが、色々なものが削ぎ落されている。何かの臓器か、さもなくばただの肉塊……?俺はごくりとつばを飲んだ。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺とライラが部屋に戻ったのは、それから十数分してからのことだった。扉を開けるなり、ウィルがものすごい形相でこちらにすっ飛んでくる。
「桜下さん!ライラさんは……」
開口一番にそう叫んだウィルだったが、その目は俺とライラとの間へと移った。俺たちは、手を繋いで部屋まで戻ってきていたからだ。
「あ……じゃあ、仲直りできたんですね……」
照れ臭そうにはにかむライラを見て、ウィルはほっとしたように表情を緩めた。そしてそれと同時に、ぽろりと涙腺まで緩めてしまったらしい。
「う。ううぅ。よかった、ほんとによかった……」
ウィルは顔を覆うと、はらはらと泣き始めてしまった。わぁ、本当に、今日は泣かれてばっかりだ。
「ウィル、ありがとな。心配かけた。けどほら、この通りだから」
「うぅ、そうじゃないと困りますよ。せっかくみんなでライラさんを送り出したのに、これでうまくいかなかったら……」
「へ?」
「ぐす……あ」
目尻を指で拭っていたウィルは、途端にしまったという顔になった。ライラを、送り出しただって?
「んん~……あ、ウィルが教えたのか。俺のこと」
なるほど、合点がいった。だからタイミングよく、ライラが現れたんだな。となると、エラゼムが俺に風呂を進めたのも、偶然じゃないな。
「う~、あの~、その~……はい。だって、無理にでも二人っきりにさせなきゃ、仲直りできないと思って……」
ウィルは指をもじもじさせながら白状した。エラゼムもすまなさそうに頭を下げる。
「騙すような形になってしまい、申し訳ありません」
「いや、むしろこっちが礼を言うべきだ。助かったよ」
結局俺一人では、なにも考えつかなかったんだから。そう考えると、今回の一件、みんなの世話になってしまったな。
「みんな、ありがとな」
俺は心からそう言った。気遣ってくれたのもそうだし……なにより、俺の過去を知った上で、こうしてそばにいてくれることに。
それからしばらくして。俺とライラは、二人並んでバルコニーに立っていた。
「ウィルおねーちゃん、泣いてたね」
夜風に髪をなびかせながら、ライラが言う。俺は手すりに肘を乗せて、遠くに見える湖に浮かぶ月を眺めていた。ライラは背が足りないので、代わりにあごを乗っけている。
「そうだなぁ。心配かけちまった。ウィルは、優しいから」
「うん。ライラ、おねーちゃんのこと大好きだよ。だからね、なにかお礼をしてあげたいの」
「お礼?」
「うん。だから、桜下にお願いがあって……」
ライラに袖を引っ張られて、俺はライラへ顔を近づけた。
「あのね……」
翌朝。食堂で朝飯を済ますと、俺たちは早々に出発することにした。婆さんに手を振って、宿を出る。というのも、とある計画があったからだ。
「さてと……ウィル、ちょっと提案があるんだけど」
「はい?私ですか?」
ウィルが自分の顔を指して、きょとんとする。
「ああ。まだ朝も早い事だし、せっかくだから、ちょっと町を見て行かないか?」
俺がそう提案すると、ウィルはぱぁっと顔を輝かせた。
「え、いいんですか?」
「もちろん。昨日はゆっくりできなかったしな」
町を見て回りたがっていたウィルだったけど、昨日は俺たちの事でゴタゴタさせちまったからな。そのお詫びだ。
「実は昨日の夜、ライラに相談されてな。これを発案したのも、ライラなんだぜ」
「ライラさん……」
ウィルが感激のまなざしを送ると、ライラは照れくさそうに、頭の後ろで手を組んではにかんだ。
「素敵です!ほら、そうと決まれば早く行きましょう!」
「わわ、ちょっと待てって」
「あはは!」
ウィルは俺の手を引いて、楽しげに町へと駆け出した。はしゃぐウィルを先頭に、俺たちは朝のボーテングの、白くかがやく街並みを見て回った。旅程は少し遅れてしまったが、ウィルの楽し気な顔を見ていれば、別に悪い気はしなかった。
午後になり、あらかた町を巡り終えたところで、俺たちはそろそろ出発することにした。ウィルは十分満足げだったし、午後になって急に天気がぐずりだしたので、降り出す前に次の町を目指すことにしたのだ。
「はぁー、すてきな町でしたねぇ」
「満足できたか、ウィル?」
「ええ。桜下さんにライラさん、それにみなさんも、付き合っていただいてありがとうございました」
ウィルはぺこりと礼をした。
町はずれまで出ると、いよいよ空の雲の厚みが増してきた。鉛色の、重そうな雲が立ち込めると、辺りはまるで夕暮れのような薄暗さに包まれる。
「なんでしょう、急に雲が出てきましたね。まだ昼過ぎなのに……」
厚い黒雲を見あげて、ウィルが不安そうにつぶやく。
「だな。もうちょっともつかと思ったけど……どうしよう、出発するの、もう少し後らせようか?」
するといきなり、アルルカがふわりと羽を広げて、上空に舞い上がった。
「アルルカ?どうかし……」
「違うわね。この雲、ただの雨雲じゃないわ」
「え?」
俺がきょとんとしていると、フランが何かに気づいたようだ。ハッとすると、鼻を空に向けてふんふんさせる。
「……雨の匂いがしない。それに、空気も乾いたままだ」
「え、え?じゃあ、雨は降らないってことなのか?なら、出発しても……」
「それだけなら、そうだけどね。おかしいよ。こんな雲が、自然にできるはずない。何か、理由が……」
「へーえ。ご明察、だね」
……!この声!俺は声が聞こえてきた方に、急いで振り返った。薄暗い空に、ぼんやりと光って浮かぶ、銀色の仮面……
「お前……マスカレード!」
「御機嫌よう、勇者諸君。また会えたね」
マスカレードは、黒雲を背景に、俺たちの前方十メートルほどの上空に浮かんでいた。いつのまに来やがったんだ?本当に神出鬼没なやつだ!
「何しに来た!前に俺たちから逃げ出したこと、忘れたわけじゃないだろ!」
「覚えてるとも。あれからどうだい?みんな仲良くやってるかな。ひょっとして、喧嘩でもしたとか?」
ぐっ、コイツ……!マスカレードの声は、仮面越しでもわかるほどニヤ付いていた。俺にかけた闇の魔術の効果を、楽しんでやがる……!
「ふざけんな!お前の魔力なんかに、いちいち振り回されてたまるかよ!」
「……んん?本当だね、魔力の痕が消えている……驚いたな、自力で克服したのか」
「自力なもんか。みんなの力を借りたんだ」
俺の袖が、きゅっと握られた。振り向いてみると、ライラの藤色の瞳が、俺を見上げている。俺はニッと笑うと、マスカレードに向き直った。
「それで、なんだ?この前のリベンジでもしに来たのか?」
「それもいいねぇ。けど、今回は君たちを追ってきたわけじゃないんだよ」
なに?俺たちが目的じゃないのか?
「別の用事で移動していたら、たまたま君たちを見かけたもんでね。ちょっと挨拶しておこうかと思ったんだよ」
「はぁ?お前、何を企んでる?目的はなんなんだ!」
「言ったって、君たちには理解できないよ。それより、僕も忙しくってね。あんまり長居もしていられないのさ」
「けーっ!おお、そうか。引き留めたりなんかしないぞ。ほら、行ったいった」
俺がひらひらと手を振ると、マスカレードは声を上げて笑った。
「あっははは!いいねぇ、ぶっ殺してやりたいくらい生意気だよ。けど、それはまたの機会にね。今回はここらでお暇するけど、君たちに一つ、プレゼントを用意したんだ」
「は?プレゼント?」
「そう。これをね」
マスカレードが指をパチンと鳴らすと、突然空中に、青白い球体が浮かび上がった。なんだ、あれ……?球体の中には、何かが入っている。生き物……?いや、ちがう。生き物に見えるが、色々なものが削ぎ落されている。何かの臓器か、さもなくばただの肉塊……?俺はごくりとつばを飲んだ。
つづく
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