じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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9章 金色の朝

9-2

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日がかなり傾いたころになって、俺は営舎へと戻ってきた。昼飯をとりに一度戻った後、再びライラたちのもとを訪れ、その後にフランとエラゼムを様子見して、今に至るってわけだ。

「ただいま、ウィル」

「ああ、おかえりなさい、桜下さん。お疲れ様です」

部屋に戻ると、ウィルが出迎えてくれた。傍らには、またしてもパンパンになった麻袋が、どでんと置かれている。中身は魔よけのポプリでいっぱいだ。一人でこれだけの量を仕上げるなんて……さすがだな。

「ウィルもお疲れ。はかどったみたいだな」

「ええ、まあ。話し相手がいなくて、少し寂しかったですけど」

「はは、そっか。悪いな」

幽霊であるウィルと話せるのは、俺たちくらいしかいない。下で働いている侍女たちは、彼女の姿すら見ることはできない。

「まあ、それはいいです。お昼の時も一度聞きましたけど、あれからはどうでした?」

「ああ。特に問題なし、順調だった……と、言いたいどころだけど」

「え?なにか、あったんですか?」

「トラブルはなかったんだ。ただやっぱり、まだ馴染み切れないらしくて。トラブルに“なりかけた”ことは、一度や二度じゃなかったんだよ」

俺が見ている範囲では、ライラは三回、他の魔術師と衝突しかけた。ヘイズが顔を利かせてくれていたので、無理な勧誘はこない。が、引き込むのが無理だと悟ると、魔術師たちは一転、ライラを敵視し始めたのだ。あのキセルの魔女もそうだったように、連中はたいていがプライド高く、負けず嫌いらしい。別ギルドの魔術師同士でもしょっちゅういがみ合っているようだが、その中でも別格の腕を持つライラには、意地悪をするヤツは多かった。

「出る杭は打ってもいい、ってことですか……」

あらましを聞いたウィルが、眉間にしわを寄せる。

「うーん、確かにいけ好かない連中ではあるんだけど……あっちが全部悪いかというと、そうも言いきれないんだよな」

「え、そうなんですか?」

そうなのだ。年下の子ども相手に意地悪するだけでも、たいがい大人げないとは思うのだが、さすがにそこまで露骨なことをしてくるやつはいない。ちょっと体をぶつけてみたり、わざとローブをはためかせて、くっついた砂埃を飛ばしてきたり。いじめと言うほどのこともない、ちょっとした嫌がらせ程度だ。イラっとはするけど、無視しようと思えばできない範囲ではないだろ?
けどライラは、大人に対して強い恨みと偏見を持っている。少しでも敵意を向けてくる人物に対して、あの子は容赦しないのだ。

「足元に落とし穴を作って落っことそうとしたし、頭上に雨雲を作って超局所的豪雨を降らそうとしたし、ひげを燃やして短くしようとした。どれも未遂で止められてよかったよ」

「それは……少し、やりすぎですね」

さすがに、ウィルも苦笑いを浮かべている。

「だよなぁ。あの子の過去を思えば、無理ない気もするんだけど……エラゼムたちも、そんな感じだった。やっぱり鎧と女の子じゃ、どうしても浮くみたいでさ。さすがにすぐ喧嘩とはならなかったけど、イライラしてんなぁってのはすぐに分かったよ」

「みなさん、苦労されてるんですね……」

そういう点では、一番お利巧なのは意外にもアルルカだった。あいつは仕事に精力的ではなかったけれど、そもそもあまり人と関わろうとしないので揉めづらいし、なにより血の誘引力がすごい。一番問題児っぽいのに……

「てわけだからさ、明日も俺は現場に行ったほうがいいかなって」

「そう、ですか。でも、確かに少し不安ですしね。わかりました」

「悪いな。また一人にしちゃうけど」

「あはは、さっきの、真に受けてます?冗談ですから、気にしないでください」

ウィルは、からからと笑った。他のみんなと違って、ウィルだけはほっといても安心だ。みんなのように、深い憎しみを背負って死んでいったということはないから。そういう意味でも、ウィルといると落ち着いた。

「ふぅ……」

首をコキコキ鳴らす俺を見て、ウィルが気づかわしげにこちらを見る。

「桜下さん、そんなにくたびれたんですか?」

「ちっとな。仲裁役ばっかりやってたから、気疲れしたよ」

「ああ、それは疲れそうですねぇ。あ、もしよかったら……」

ウィルが何かを言いかけたとき、部屋の扉が控えめにノックされた。俺が返事をすると、昨日と同じ侍女が、ぺこりと頭を下げて入ってきた。

「そろそろ日暮れですので、本日分を回収に来ました」

「あ、はい。これです」

「また、ずいぶんたくさん……あの、失礼ですけど。あなた、今日一日、ずっとここにいましたか?」

「はぇ!?い、いやだな。そうじゃなきゃ、こんなにできないじゃないすか……」

「……まぁ、そうなんですが。何度か部屋の前を通りましたが、異様に人の気配がなかったもので」

「は、はは。俺、影薄いってよく言われるんで……あ、下まで運ぶんでしょ?手伝いますよ」

俺は、なおもいぶかしむ侍女をごまかすように、パンパンの袋を抱えて、ほらほらと急かした。部屋を出るとき、ウィルが何か言いたげな顔をしていたのだが、俺はそれに気づくことはできなかった。

袋を倉庫に運び終えると、昨日とほとんど同じタイミングで、四人の仲間たちが帰ってきた。

「桜下ー、ただいま!」

いの一番に、ライラが俺の下へ走ってくる。

「おう、おかえり。あれから大丈夫だったか?」

「うん。夕方からはちょこっと眠かったけどね」

ライラは片目をつぶると、こしこし擦った。一日中魔法を使っても持ったんだ、上出来だろう。

「ところで……どうしてアルルカは、またボロボロなんだ?」

なぜだかアルルカは、今日も土埃まみれになっていた。おかしいな、今日は何もなかったはずじゃ……

「そいつの弊害を受けたのよ」

アルルカがぎろりとライラを睨むと、ライラは気まずそうに目線をそらした。

「どういうことだ?」

「あ、あはは。その、ちょこっとウトウトしかけた時があって。その時に、つい」

「ああ~……」

「冗談じゃないわよ。こうも連日尻を拭かされちゃ、たまったもんじゃないわ」

「お、お前だって、ボケーっと突っ立ってたじゃん!」

「なっ、あんですって!」

「あー、はいはい。ケンカしないの」

すーぐ小競り合いして。こいつら、意外と息が合うんじゃないか?いがみ合う二人の背中を押して、ひとまず部屋へ引き上げる。

「みなさん、おかえりなさ、ぃ……」

アルルカを見て、案の定ウィルが目を丸くする。

「みなさん、ずいぶん泥んこですね……」

む、確かに。アルルカが突出しているが、ライラも大概ほこりまみれだ。赤い髪が、土埃でうっすら白くなっている。エラゼムも鎧のあちこちにススをくっつけているし、フランも似たようなもんだな。彼女の場合、肌も髪も色素が薄いから、汚れが目立つ。

「これは……一度、風呂を借りたほうがいいな」

「えー」と、めんどくさそうな顔をするライラ。すると何かをひらめいたのか、ポンと手を打った。

「あっ。じゃあ、桜下もいっしょに入ろ!」

「は?」

ぽかんとする俺に、ライラは名案だとばかりにしきりにうなずいている。

「それで、桜下が洗ってくれるの。これならラクチンだ!ねぇー、いいでしょ。前もいっしょだったじゃん」

「いや、前はお前が後から入ってきたんじゃ」

すると、がしっ。俺の右手を、フランがむんずと掴んだ。な、なんだろう。すごく嫌な予感がする……

「その子がいいなら、わたしもいいよね」

「え?いや、いいなんて一言も」

というか、今日はむしろ余計に……さっきのことがあるから……
俺は藁にもすがる思いで、アルルカを見た。やつが一番汚れているから、きっと風呂にも入りたがるはずだ。そしてあいつが、俺と一緒に風呂に入りたがるわけが……

「へぇ~え、三助を買って出ようってわけね。あんたにしては、殊勝な心掛けじゃない」

「は、さんす?誰?ていうか、あれ?俺の声聞こえてる?」

後でアニに聞いたら、三助とは人名じゃなく、昔の垢すり屋のことだそうだ。なんでそんな言葉知っているんだ……

「まあいいわ。トクベツに、あたしの肉体美を拝謁するコトを認めてあげる」

「いいのかよ!」

「ほら。往生際が悪いよ」

「まてって……!うお、力つよ……!」

「いいじゃん、べつに。桜下いっつも言ってるでしょ、男に二言はないって」

「一言目を言ってな……うおおぉぉぉぉぉ」

抵抗むなしく、というかフランの馬鹿力にかなうはずもなく、俺はずりずりと風呂場へ引きずっていかれた。断言してもいい。このあとの数十分間は、俺の十うん年の人生の中で、一番疲れる時間だった。



「……ご武運を、桜下殿」

エラゼムのつぶやきは、桜下の耳には届かなかった。彼が完全に見えなくなってから口にするあたり、エラゼムもまた、確信犯だった。

「さて、吾輩も表でススを落としてまいります」

「……」

「……ウィル嬢?どうなされた?」

「え?いえ、何でもありませんよ」

「左様ですか。では、行ってまいります」

「はい」

エラゼムは兜をかしげながらも、深くは気にせず、扉から外へと出て行った。
後にはぽつんと、ウィルだけが、誰もいない部屋に残された。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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