じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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10章 死霊術師の覚悟

3-2

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3-2

「桜下!?ねえ桜下、だいじょうぶ!?」

ライラが切羽詰まった声を上げた。雪の上にうずくまる桜下に触れて、ライラはびくっと手を引っ込めた。氷の塊に触れたのかと思うほど、彼の体は冷たくなっていたのだ。

「何があったの!」

フランが即座に駆け付け、桜下とライラのそばに膝をつく。他の仲間たちも駆け寄ったが、桜下は体を震わせるばかりで、まともに喋れそうにはなかった。

「わ、わかんない。何かから、桜下が守ってくれたんだと思うんだけど……」

ライラはパニックになって、目に涙を浮かべながら、弱弱しくかぶりを振った。フランは舌打ちをすると、桜下の胸元に顔を近づける。

「アニ!お前なら、これが何なのか知ってるんでしょ!教えて!」

『……分かっていたなら、もっと早く教えますよ。一瞬のこと過ぎて、何が起きたのか……』

「くそっ!」

フランは癇癪を起して、雪の積もった地面を力いっぱい殴りつけた。雪にはフランの拳型の穴が空いたが、それで状況が変わるわけはない。

「フラン嬢。落ち着いてくだされ。今は、感情に流されている場合ではありませぬ」

年長者のエラゼムが、静かな、だがよく通る声で言った。

「アニ殿、そしてウィル嬢。回復魔法を桜下殿に。何かに攻撃されたのなら、効果があるやもしれません」

「あっ、は、はい!」

ウィルは動転しながらも、ロッドを握り締めた。アニからも光がこぼれだす。

「キュアテイル!」
『キュアテイル!』

二人が同時に呪文を唱えた。青色の光が桜下を包み込む。

「どうですか!?」

ウィルが即座にたずねた。だが、桜下の症状は改善したようには見えなかった。ガタガタと震え、顔はろうのように真っ白だ。

「そんな、どうして……」

『治癒魔法が効かないとなると……毒の類か、あるいは……』

「毒?どういうこと?」

少し落ち着きを取り戻したフランが、早口でアニにたずねる。

『キュアテイルは、治癒能力を高める魔法です。つまり、物理的な外傷には効果がありますが、それ以外にはあまり効き目がありません』

「じゃあ、何かから毒を……っ!お前たしか、前に解毒魔法を使ってなかった?あのインチキ神父に、眠り薬を盛られたとき!」

『ええ……ですが、それも無理です。トードストーンの魔法は、そこまで万能ではないのです。毒の種類が分からなければ使えませんし、すでに摂取してしまった毒に効き目があるかどうか……』

「~~~っ!じゃあ、どうしろって言うの!このままじゃ、このままじゃ……」

フランは、またしても落ち着きを失いつつあった。桜下の状態は、とても楽観視できるものではない。いくら勇者とはいえ、生身の人間が、猛吹雪の雪山で凍えて、無事で済むものか。下手をすれば……
恐ろしい妄想を締め出そうと、フランが頭を激しく振った時だ。ウィルがか細い声で、ぽつりとつぶやいた。

「毒……毒なら、解毒の権能が……ロコロコ教のシスターに……」

文法がめちゃくちゃで聞き取りづらかったが、ウィルは確かに、“解毒”と言った。

「ウィル?解毒ができるの?シスターって、あなたのこと?」

フランはわずかな期待を込めてたずねたが、その希望はすぐに潰えた。

「い、いえ。ゲデン神には、その権能は……けど、薬草と治療の、ロコロコ教のシスターなら……」

「……ねぇ!今、ここにいない人の話をしてどうするの!?そんな暇があるならっ」

「ち、違うんです!確かに、今ここにはいません。けど、あの勇者のパーティーにはいたんです!あちらのシスターは、ロコロコ教のシスターなんです!」

必死に訴えかけるウィル。フランは胸に、わずかな希望がともるのを感じた。

「それ、確か?」

「た、たぶん……いえ……そのはずです!彼女のローブを、私は間近で見ました。あの紋様には、見覚えがあります。間違いありません!」

「わかった」

それだけ聞くと、フランはすっくと立ちあがり、桜下と自分を結んでいた革ひもをほどいた。それを見たウィルは、まさかという顔でフランを見上げた

「まさか……探しに、行くんですか?」

「行く。それしか方法がない」

「ですが……聖職者は、アンデッドを灰にできます……それに、どこにいるのかすら……」

「いい。体が灰になったなら、頭だけでやつらを引き摺ってきてやる」

フランの決意は固かった。ウィルは、口をつぐんだ。これ以上、水を差すことはできないと思ったのだ。エラゼムが重々しくうなずく。

「フラン嬢……頼みます。吾輩の鈍足では、貴女あなたの足かせにしかなりますまい」

「わかってる。その人のこと、頼んだよ」

フランはすぐにでも駆け出そうとしたが、すんでのところで、ライラがあっ!と呼び止めた。

「ま、待ってフラン!場所ならわかるかも!」

そう言うとライラは、返事も待たずに、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。足下に魔法陣が浮かび上がると、ライラが叫んだ。

「ディティクティブドッグ!対象、自我魔法剣エゴソード!」

魔法陣から、輝く何かが飛び出した。光の粒子で形作られたそれは、毛の長い犬の姿をしていた。

「そのこが勇者を探してくれるはずだよ!魔法剣なんて、そう何本もないはずだから」

「わかった」

光の犬はふんふんと雪の上を嗅ぎまわると、ワン!と一声吠えた。着いて来いと言っているかのようだ。フランはこくりとうなずくと、犬が鼻先で指し示した方角へと走り出した。
一人と一匹は、あっという間に、銀幕のかなたへと消えた。



「……」

「もう、いつまで拗ねてるのよ、クラーク。いい加減機嫌直して?ね?」

コルルの優しい声色でなだめられると、クラークはかぁっと耳を赤くした。急に自分が、駄々をこねる子どもに思えたからだ。

「はぁ……またしても逃げられた。あいつらの逃げ足の速さには、いつも驚かされるよ」

「ほんとね。はい、クラークの分よ」

コルルが差し出したマグカップを、クラークは礼を言って受け取った。カップの中では、甘い色をしたミルクがほこほこと湯気を吐いている。一口飲むと、ほのかに蜂蜜の味がした。
クラークたちは今、頑丈な屋外用天幕テントの中で、吹雪が過ぎるのを待っていた。天井が高く、おまけに煙が勝手に排出される優れもので、クラークたちはパチパチと爆ぜる焚火で暖を取ることができた。

「……でも」

カップに口を付けたコルルが、ぽつりとこぼす。

「私たちだって、驚いたのよ。まさか、あなたとあの勇者が知り合いだったなんて」

「あ、うん。僕もだよ」

「あなたが病院に居たなんてことも、知らなかったし」

「う、うん……ごめん、昔のことは、あまり思い出したくなくて」

「……いいけれど。誰にだって、話したくないことの一つや二つ、あるわよね」

そういうコルルの声は、いつになく冷ややかだった。クラークは内心で、戦々恐々していた。たぶんコルルは、クラークが尊について何も話していなかったことに怒っているのだろう。コルルとの間柄はまんざらでもないとクラークは思っている。彼は桜下とほぼ同年代だが、桜下ほど恋愛に無頓着ではなかった。純朴そうに見えて、実は色々考えているのだ。

「え、えっと、あの……」

気まずくなった空気を察して、ミカエルが何とか流れを変えようとする。

「す、すごい吹雪ですね」

「あ、う、うん。そうだね」

話題のパスをもらい、これ幸いとばかりにクラークが相槌を打つ。しかし、これだけしっかり準備ができたのも、いち早く吹雪の到来を察知できたおかげだと、クラークは思った。この手柄を立てたのは、小柄なシスター・ミカエルだった。彼女は北のはずれの寒村の出身で、雪山についての知識が豊富だった。それのおかげで、こうして快適に寒さをしのげているわけだ。

「ほんとに、ミカエルさまさまだね。きみのおかげで、吹雪の中でぶるぶる震えなくてすんだよ。ありがとう」

クラークは話を変えたかったので、心に思うさま、ミカエルを褒めた。まさかそういう流れになると思っていなかったミカエルは、露骨にうろたえた。

「そんな、私なんかにお礼なんて、もったいないです……」

「あはは、そんなことないよ。ミカエルがいたから、僕はアンデッド相手にも強気に出られたわけだしね」

「あ、あぅ……」

ミカエルは顔を赤くして、クラークから目を背けた。そしてコルルが恐ろしい目でこちらを睨んでいることに気付き、すぐに青ざめた。クラークは恋愛に関して色々考えてはいるが、決して経験豊富なわけではなかった。綺麗に地雷を踏みぬいた事にも気づいていない。

「あ、あの、ほんとに大したことじゃないんです。私のいた村では、吹雪なんてしょっちゅうだったので。これくらい、なんとも……」

ミカエルが必死に手を振って、これ以上クラークが何か言わないように遮ろうとした、その時だ。
ぼすん!という音がして、ミカエルは口をつぐんだ。天幕の屋根に、何かが当たったようだ。

「なんだろう?雪の塊でも降ってきたのかな」

「いえ、今のは雪の音では……」

するとまた、ぼすん、ぼすん。今度は続けざまに二度だ。

「……妙だな」

天幕の隅で、退屈そうに寝転がっていたアドリアが、むくりと体を起こした。片方しかない目を鋭く細めている。これは、彼女が戦う直前に、敵の動きを注意深く観察している目だと、クラークは気付いた。

「外を見てくる。お前たち、いつでも出られるようにしておけ」

「僕も行く」

アドリアは無言でうなずくと、弓と矢筒を担いだ。コルルとミカエルが、固唾をのんで二人を見送る。アドリアとクラークは、そろりと天幕の蓋をめくり、いまだ激しい吹雪の中へと出た。

「……アドリア、何か見えそうかい?」

「いいや……雪がひどいな。だが、気配でわかる」

アドリアはその先を言わなかったが、クラークには続きが分かった。自分たちを見ている奴がいるのだ。そしておそらく、敵対的だ。
ぼすっ。
神経をとがらせる二人のすぐそばに、一塊の雪玉が降ってきた。二人は即座に、玉が飛んできた方向を見つめた。白い雪の向こうの黒い闇の中には、十メートルほどの高さの崖があった。雪除けの意味もかねて、崖のそばに天幕を設置したのだ。その崖の上に、かすかにだが、小柄な人影が見えた気がした。

「何者だ!」

アドリアが鋭く叫んだ。彼女には、人影がはっきりと見えているらしい。
人影は返事をしない。だが、動きはあった。もそりと動くと、影が二倍ほどに大きくなったのだ。クラークが目を凝らしてみると、なにかとてつもなく大きなものを、頭上に構えているようだった……

「……っ!」

「二人とも、すぐに出ろ!」

アドリアが叫ぶのと、人影が構えた何かを放り投げるのはほぼ同時だった。天幕からコルルとミカエルが転がるように飛び出し、次の瞬間、巨大な岩が天幕を叩き潰した。メリメリ、グシャーン!柱が折れ、焚火が潰れたのか、あたりが闇に包まれる。

「二人とも、大丈夫かい!?」

「ええ!」

クラークが叫ぶと、すぐにコルルの声が返事をした。その後に遅れて、震えるミカエルの声が聞こえてきた。ひとまずは、怪我人はいないようだ。クラークがほっと息を吐いた、その時だった。
何かが崖を飛び降りて、天幕を潰した大岩の上にすとっと着地した。クラークは暗闇の中でも輝く銀色の髪と、深紅の瞳を見て、はっと息をのんだ。
そして、彼の碧色の瞳をまた、フランが見つめ返していた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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