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10章 死霊術師の覚悟
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底深い縦穴を下る道のりは、穴の深度に比例して、果てしなく続くかのようだった。壁をくりぬいて作られた簡素な道を、俺たちは縦一列になってひたすら進む。横に並べる程の道幅がないから、否応無しにこうなるんだ。一番最初にこの道を作った人は、いったいどうやって工事をしたんだろうか?
俺とフランの前には、荷袋の他にライラを腕に担いだエラゼムが歩いている。ライラは、フランが俺を背負うことになったので、ここまで自力で歩いてきていたが、とうとうグロッキーになってしまった。いつもは毛嫌いしているエラゼムに反発する気も起きないようで、おとなしく抱かれている。あの二人も、いい加減仲直りしてきたのだろうか。一方、空を飛べるアルルカは、道など我関せずで穴の中心に浮かんでいた。ぐるぐるとらせん状の道を行く俺たちを退屈そうに眺めては、空中で優雅に足を組んであくびをしている。くそ、暇そうにしやがって……あいつに命じて、俺たちを一人一人運んでもらったらどうだろうと提案してみたが、あいつを信用するならワラジムシを信用したほうがマシ、というフランの意見に却下された。
「……だんだん暗くなってきたな」
かなり下まで降りてきた。穴の入り口は(最初に比べれば、ではあるけど)、ずいぶん小さくなった。陽の光が弱まり、代わりに地熱が増したのか、気温は上がってきている気がした。
崖に掘られた道は所々、老朽化の影響か、崩れ落ちてしまっていた。そういう場所には、応急処置的に長い木の板が何枚か渡されていて、細い橋のようになっていた。こんな簡易的な橋を、橋と呼べるならだが……当然、手すりも何にもない。ギシギシとしなる板をフランが渡る間、俺はなるべく下を見ないようにしていた。
「なあ、これさ。ひょっとして、一番下の底まで行かないといけないのかな?」
「さあ……わたしも知らない。その鈴に聞いてよ」
俺が胸元を見下ろすと、アニが察したようにチリンと揺れた。
『確か、どこかに搬入口があると聞きましたが。外とやり取りする際はそこを使うそうで、地上にほど遠くない場所に設けられているそうです』
「搬入口、ねぇ」
しかし、行けども行けども岩壁ばっかりに見えるんだけどなぁ。もしかしたら非常口なんかもあるんじゃないかと視界を巡らせていると、ふと岩壁に、小さな穴が開いていることに気付いた。これ、なんだろう?俺が首をかしげた、その時だった。
シュシュシュ!突然、岩壁の四方八方から、何かを発射するような空気音が炸裂した。
「わっ。何だ!?」
「っ!」
フランはとっさに身を翻し、俺ごと背中を壁に押しつけた。ぐえっ。エラゼムもさっと身を固めたが、どうやら狙われたのは、俺たちではなかったようだ。
「え?あイタっ!」
宙に浮かんでいたアルルカが、急に身を捻った。フランの頭越しに様子を見てみると、何かが足に刺さっているようだ……紐付きのスパイク、いやフックか?次の瞬間、アルルカの体のあちこちに、似たようなフックが何本も突き刺さった。
「いたたたた!ちょ、ちょっと、何よコレ!」
アルルカは抵抗しようとしたが、フックから伸びる紐がぴーんと引っ張られると、蜘蛛糸に掛かった蝶のように、宙に磔にされた。
「アルルカ!くそっ、敵か!?」
姿は見えないが、どこからか狙撃されているんだ!飛んでいて目立つアルルカが真っ先に狙われたんだろうが、いつ俺たちも……
「動くな!」
ほら、やっぱり!俺たちの前後に、ずんぐりとした人影が全部で五、六人ほど現れた。手には、ボウガンのようなものを構えている。
「お前たち、何者だ!ヴァンパイアの仲間か!?」
しわがれたダミ声が、脅すように訊ねる。フランとエラゼムは警戒して口を開かないので、失礼承知で俺が背中越しに応対する。
「そうだ!そうだが、俺は人間だ!」
「なにぃ?ならば、ヴァンパイアに付き従う者か!」
「それも違う!逆だ、ヴァンパイアの方が俺たちに従っているんだ!」
この答えに、あちらは心底呆れたようだった。少し力の抜けた声で言い返してくる。
「馬鹿なことを。ヴァンパイアは服従を知らぬモンスターだ。適当を言うと、ひどいぞ!」
「いや、そうじゃなくて……」
俺はわずかに迷ったが、ええい、もうこの際だ。言ってしまえ!
「俺は、ネクロマンサーなんだ!だから、本当にあいつは仲間なんだよ!」
「……ネクロ、マンサー?」
「そうだ!あいつは俺がいれば安全だ!だから手荒な真似は……」
ガチャリ。ボウガンから大きな音が出て、俺たちはぐっと身を固くした。だが、取り越し苦労だった。彼らは、ボウガンにつがえていた矢を外したのだ。
「そうかそうか、交霊師だったのか。これは失礼した」
あ、あれ?拍子抜けするほどあっさり、彼らは武装を解いた。
「おおい、大丈夫だぁー!こいつら、ネクロマンサーだとよぉ!」
ずんぐりした集団の一人が、だみ声で叫んだ。すると、アルルカを捕えていた紐はとたんに緩んだ。どうやら、紐が切られたようだ。アルルカは長い紐を無数にぶら下げたまま、俺たちの方へすっ飛んできた。
「まったくもう、何なのよ!これ、あんたたちが仕組んだんじゃないでしょうね!」
「んなわけないだろ、俺たちもびっくりしたんだ」
「びっくりしたのはこっちよ!これ、全然抜けないんですけど!針に返しがあんのよ!」
アルルカは全身にフックが刺さったまま喚き散らす。哀れなことこの上なかったが、生憎と今はそれどころではない。さっきのずんぐりした連中が、こちらにぞろぞろ近づいてきている。
「武装は解除したみたいだけど、油断しないでよ」
フランが低い声でささやいた。
距離が縮まったことで、ようやく集団の全貌が明らかになった。彼らは揃いも揃って、身長が低く、だが体はがっしりしていた。道理でずんぐりに見えるわけだ。全員が質素な作業着風の服を着ていて、全員が地面に付きそうなほど長いひげを蓄えている。人間にしちゃ、変わった風貌だが……
『ドワーフ……ですか』
アニがつぶやいたことで、確証が得られた。彼らは、ドワーフなのだ。
「そうだ。俺たちゃ、ここの鉱山のもんだ。ま、じゃなきゃこんな辺鄙なところまで来んだろうがな」
ドワーフの一人がだみ声で言うと、しげしげと俺たちを眺めまわした。な、なんだなんだ。いつの間にか、俺たちの後方にいたドワーフたちも寄ってきている。というか、壁の隙間とか、天井の穴とかから、ぞくぞくとドワーフが出てくるんだけど。あんな穴、あったっけ?さっき通ってきたはずの道なのに、ぜんぜん気づかなかった……俺たちはすっかり、ドワーフに取り囲まれてしまった。
「はぁー。これ、見てみろ。こいつら、全員人間じゃねぇぞ」
「こりゃ驚いた。こっちの小っちゃいのはゾンビだ。さらに小っちゃいのは……こいつも、ゾンビか?」
「おい!この鎧、中身がねぇぞ!気配がまるでせんわ!」
……なんだろうか、これ。俺たち、いつ有名人になったんだ?警戒はされていないようだが……
「ちょっと!わたしたちは見世物じゃない!」
フランが一喝すると、ようやくドワーフたちは、じろじろ見るのをやめた。
「いや、すまんすまん。人間のネクロマンサーを見るのは珍しくてな。ほれ、連中は死霊術を毛嫌いしとるだろうが」
「ハハ……そうみたいだな」
俺は苦笑いしながら相槌を打った。
「けど、そういう風に言うってことは、あんたたちにはないのか?そういう偏見みたいなの」
「うん?ネクロマンサーへのか?そりゃ、無いに決まっとろうが。親の仇でもないものを、どうして憎む必要がある?」
おお、まさかこんなにまっとうな返しをされるとは。まっとうすぎて、逆に新鮮なくらいだ。俺はぽかんとドワーフを見つめるばかりで、返事ができなかった。
「なんだ、意外そうな顔だな?俺たちが憎むのは、坑道に住み着くオークと、鉱山を荒らすモグリだけだ。お前さんたちはどっちでもあるめえ。さて、そいじゃ付いてきな」
「え?どこへ?」
「ここの坑道に用があって来たんだろうが?案内してやるよ、俺たちの地下の国へ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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底深い縦穴を下る道のりは、穴の深度に比例して、果てしなく続くかのようだった。壁をくりぬいて作られた簡素な道を、俺たちは縦一列になってひたすら進む。横に並べる程の道幅がないから、否応無しにこうなるんだ。一番最初にこの道を作った人は、いったいどうやって工事をしたんだろうか?
俺とフランの前には、荷袋の他にライラを腕に担いだエラゼムが歩いている。ライラは、フランが俺を背負うことになったので、ここまで自力で歩いてきていたが、とうとうグロッキーになってしまった。いつもは毛嫌いしているエラゼムに反発する気も起きないようで、おとなしく抱かれている。あの二人も、いい加減仲直りしてきたのだろうか。一方、空を飛べるアルルカは、道など我関せずで穴の中心に浮かんでいた。ぐるぐるとらせん状の道を行く俺たちを退屈そうに眺めては、空中で優雅に足を組んであくびをしている。くそ、暇そうにしやがって……あいつに命じて、俺たちを一人一人運んでもらったらどうだろうと提案してみたが、あいつを信用するならワラジムシを信用したほうがマシ、というフランの意見に却下された。
「……だんだん暗くなってきたな」
かなり下まで降りてきた。穴の入り口は(最初に比べれば、ではあるけど)、ずいぶん小さくなった。陽の光が弱まり、代わりに地熱が増したのか、気温は上がってきている気がした。
崖に掘られた道は所々、老朽化の影響か、崩れ落ちてしまっていた。そういう場所には、応急処置的に長い木の板が何枚か渡されていて、細い橋のようになっていた。こんな簡易的な橋を、橋と呼べるならだが……当然、手すりも何にもない。ギシギシとしなる板をフランが渡る間、俺はなるべく下を見ないようにしていた。
「なあ、これさ。ひょっとして、一番下の底まで行かないといけないのかな?」
「さあ……わたしも知らない。その鈴に聞いてよ」
俺が胸元を見下ろすと、アニが察したようにチリンと揺れた。
『確か、どこかに搬入口があると聞きましたが。外とやり取りする際はそこを使うそうで、地上にほど遠くない場所に設けられているそうです』
「搬入口、ねぇ」
しかし、行けども行けども岩壁ばっかりに見えるんだけどなぁ。もしかしたら非常口なんかもあるんじゃないかと視界を巡らせていると、ふと岩壁に、小さな穴が開いていることに気付いた。これ、なんだろう?俺が首をかしげた、その時だった。
シュシュシュ!突然、岩壁の四方八方から、何かを発射するような空気音が炸裂した。
「わっ。何だ!?」
「っ!」
フランはとっさに身を翻し、俺ごと背中を壁に押しつけた。ぐえっ。エラゼムもさっと身を固めたが、どうやら狙われたのは、俺たちではなかったようだ。
「え?あイタっ!」
宙に浮かんでいたアルルカが、急に身を捻った。フランの頭越しに様子を見てみると、何かが足に刺さっているようだ……紐付きのスパイク、いやフックか?次の瞬間、アルルカの体のあちこちに、似たようなフックが何本も突き刺さった。
「いたたたた!ちょ、ちょっと、何よコレ!」
アルルカは抵抗しようとしたが、フックから伸びる紐がぴーんと引っ張られると、蜘蛛糸に掛かった蝶のように、宙に磔にされた。
「アルルカ!くそっ、敵か!?」
姿は見えないが、どこからか狙撃されているんだ!飛んでいて目立つアルルカが真っ先に狙われたんだろうが、いつ俺たちも……
「動くな!」
ほら、やっぱり!俺たちの前後に、ずんぐりとした人影が全部で五、六人ほど現れた。手には、ボウガンのようなものを構えている。
「お前たち、何者だ!ヴァンパイアの仲間か!?」
しわがれたダミ声が、脅すように訊ねる。フランとエラゼムは警戒して口を開かないので、失礼承知で俺が背中越しに応対する。
「そうだ!そうだが、俺は人間だ!」
「なにぃ?ならば、ヴァンパイアに付き従う者か!」
「それも違う!逆だ、ヴァンパイアの方が俺たちに従っているんだ!」
この答えに、あちらは心底呆れたようだった。少し力の抜けた声で言い返してくる。
「馬鹿なことを。ヴァンパイアは服従を知らぬモンスターだ。適当を言うと、ひどいぞ!」
「いや、そうじゃなくて……」
俺はわずかに迷ったが、ええい、もうこの際だ。言ってしまえ!
「俺は、ネクロマンサーなんだ!だから、本当にあいつは仲間なんだよ!」
「……ネクロ、マンサー?」
「そうだ!あいつは俺がいれば安全だ!だから手荒な真似は……」
ガチャリ。ボウガンから大きな音が出て、俺たちはぐっと身を固くした。だが、取り越し苦労だった。彼らは、ボウガンにつがえていた矢を外したのだ。
「そうかそうか、交霊師だったのか。これは失礼した」
あ、あれ?拍子抜けするほどあっさり、彼らは武装を解いた。
「おおい、大丈夫だぁー!こいつら、ネクロマンサーだとよぉ!」
ずんぐりした集団の一人が、だみ声で叫んだ。すると、アルルカを捕えていた紐はとたんに緩んだ。どうやら、紐が切られたようだ。アルルカは長い紐を無数にぶら下げたまま、俺たちの方へすっ飛んできた。
「まったくもう、何なのよ!これ、あんたたちが仕組んだんじゃないでしょうね!」
「んなわけないだろ、俺たちもびっくりしたんだ」
「びっくりしたのはこっちよ!これ、全然抜けないんですけど!針に返しがあんのよ!」
アルルカは全身にフックが刺さったまま喚き散らす。哀れなことこの上なかったが、生憎と今はそれどころではない。さっきのずんぐりした連中が、こちらにぞろぞろ近づいてきている。
「武装は解除したみたいだけど、油断しないでよ」
フランが低い声でささやいた。
距離が縮まったことで、ようやく集団の全貌が明らかになった。彼らは揃いも揃って、身長が低く、だが体はがっしりしていた。道理でずんぐりに見えるわけだ。全員が質素な作業着風の服を着ていて、全員が地面に付きそうなほど長いひげを蓄えている。人間にしちゃ、変わった風貌だが……
『ドワーフ……ですか』
アニがつぶやいたことで、確証が得られた。彼らは、ドワーフなのだ。
「そうだ。俺たちゃ、ここの鉱山のもんだ。ま、じゃなきゃこんな辺鄙なところまで来んだろうがな」
ドワーフの一人がだみ声で言うと、しげしげと俺たちを眺めまわした。な、なんだなんだ。いつの間にか、俺たちの後方にいたドワーフたちも寄ってきている。というか、壁の隙間とか、天井の穴とかから、ぞくぞくとドワーフが出てくるんだけど。あんな穴、あったっけ?さっき通ってきたはずの道なのに、ぜんぜん気づかなかった……俺たちはすっかり、ドワーフに取り囲まれてしまった。
「はぁー。これ、見てみろ。こいつら、全員人間じゃねぇぞ」
「こりゃ驚いた。こっちの小っちゃいのはゾンビだ。さらに小っちゃいのは……こいつも、ゾンビか?」
「おい!この鎧、中身がねぇぞ!気配がまるでせんわ!」
……なんだろうか、これ。俺たち、いつ有名人になったんだ?警戒はされていないようだが……
「ちょっと!わたしたちは見世物じゃない!」
フランが一喝すると、ようやくドワーフたちは、じろじろ見るのをやめた。
「いや、すまんすまん。人間のネクロマンサーを見るのは珍しくてな。ほれ、連中は死霊術を毛嫌いしとるだろうが」
「ハハ……そうみたいだな」
俺は苦笑いしながら相槌を打った。
「けど、そういう風に言うってことは、あんたたちにはないのか?そういう偏見みたいなの」
「うん?ネクロマンサーへのか?そりゃ、無いに決まっとろうが。親の仇でもないものを、どうして憎む必要がある?」
おお、まさかこんなにまっとうな返しをされるとは。まっとうすぎて、逆に新鮮なくらいだ。俺はぽかんとドワーフを見つめるばかりで、返事ができなかった。
「なんだ、意外そうな顔だな?俺たちが憎むのは、坑道に住み着くオークと、鉱山を荒らすモグリだけだ。お前さんたちはどっちでもあるめえ。さて、そいじゃ付いてきな」
「え?どこへ?」
「ここの坑道に用があって来たんだろうが?案内してやるよ、俺たちの地下の国へ」
つづく
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