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10章 死霊術師の覚悟

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「あのファルマナとかいうドワーフの言ってること、信用できるの?」

宿へと戻る道すがら、隣を歩くフランがジト目で言った。メイフィールドは俺たちの数歩先を、口笛を吹きながら歩いている。
俺たちはあの後、ファルマナの穴倉の中で、色々な話を聞いた。死霊術のことから、ドワーフたちの死生観にいたるまで。俺は終始興味津々だったが、逆にフランは常に疑わし気だった。

「わたし、あのドワーフの言ってること、半分も理解できなかったけど」

「そうか?まあ、ちょっと驚く話は多かったけどな。ドワーフの葬式では、花じゃなくて採掘用のペグを供えるとか、あれはびっくりしたなぁ」

「それもそうだけど、そういうんじゃなくて。ほら、ネクロマンサーの能力に関する話とかもしてたでしょ。あんなの本気にして、もしも間違ってたらどうするの?」

「ああ、そっちか。けど、疑わなくてもいいんじゃないかなぁ。何となくだけど、正しいことを言っている気はしたんだよ」

「何となくって……」

「まぁ、死霊術師のカンってやつかな。それに、もっと強くなれるかもしれないんだ。そんなら、信じない訳にはいかないだろ?」

ファルマナの言っていた、死霊術の新たな可能性の話は、俺の胸を大いに熱くしてくれた。そんなワクワクする話、信じないほうが無理だ。

「……あんまり無茶しないでよ」

呆れたようにため息をつくフランに、俺はにっと笑った。

「もちろん。野望を果たすまでは、死んでも死ねないさ。ははは」

「……さいあく、死んだらさっきのドワーフに蘇らせてもらおうか。そしたら、死んでも死なないよ」

「え……」

ふ、フラン?フランは口元に、妖しい笑みを浮かべている。

「いいと思わない?わたしたちと同じになるのも。なんだったら、いっそ、今……」

ごくり。俺は思わず足を止めて、生唾を飲み込んだ。

「……くすっ。冗談だよ」

「……そ、そうだよな。ははは……」

「ほら、早く戻ろ」

「ああ……」

すたすたと先を行くフランの後を追う。ち、ちょっとドキッとした。うわ、手のひらが汗でべちょべちょになっている……冗談、だったんだよな?



宿に戻ってきた俺は、適当に飯を食って、適当な時間に寝た。自堕落に過ごしたわけじゃなくて、メイフィールドいわく、この町には明確な昼夜の概念は存在しないらしいのだ。

「でも、それならどうやって寝る時間とかを決めてるんだよ?」

「そんなもの、なぜ決める必要があるんじゃ?この町は常に暗く、常に明るい。起きたい時に起き、寝たい時に寝ればよかろうて」

「はあ……でも、それだといろいろ困らないか?」

「何が困るというのじゃ?眠たい時に無理して起きても、ろくな働きはできまい。逆に元気な時間に働かないのも考えものじゃ。仕事なぞ、みんなが万全の時から始めるのが一番じゃ。わしらからすれば、お主らの方がよほど窮屈に見えるがのう」

ふーむ。そう言われるとそうな気もするし、違っている気もする……まあとにかく、ドワーフの時間感覚はかなりアバウトな事がわかった。では、ドワーフの言う“明日”とはいつなのかというと、「ぐっすり寝た後」のことらしい。目が覚めてから鍛冶屋をたずねるころには、修理費の査定が出ていた。

「おう、来たか」

俺たちが顔をのぞかせるやいなや、この前の若いドワーフが駆け寄ってきた。ドワーフは首にかけたタオルで顔の汗をぬぐうと、困ったような顔で笑った。

「待ってたぜ。オヤジをせっついて、ちゃんと答えを出させといたからよ」

「そっか……けど、なんだってそんな顔してるんだ?」

「いやぁ……まぁ、言っちまったほうが早いか。んじゃ、伝えるぜ。まずは金額な」

ごくり……俺たちは、王都で七十枚の金貨を稼いだ。それを超えられたら、予算オーバーでハンカチを噛む羽目になるが……

「剣の修理費、その材料費、調達費合わせて、六千セーファだ」

「ろくせん……?」

セーファっていうのは、二の国の通貨だ。確か、金貨一枚が百セーファの価値を持つから……

「金貨、六十枚か?ふうぅ~、よかった」

王都の親方の、金貨五十枚っていう見積もりはニアピンだったな。気持ち多めに稼いでおけてよかった。

「よし、金額はオッケーだ」

「そうかそうか。そんじゃ次は、そもそも直せるかどうかだけど、そこも問題ないってさ。よく鍛えられた粘り強い剣だから、ほとんど傷も残らないだろうって、オヤジが」

「おお、それは行幸です」とエラゼム。

「けど、そんじゃ三つめはなんだ?」

話の流れを察するに、三つ目の理由が、おそらく話しづらいことなのだろう。

「あー……三つめはだな、納期についてなんだ。実は、今うちの工房には、アダマンタイトのストックが全くないんだよな」

なんだって。俺とエラゼムは、そろって顔を見合わせた。

「それがないと、修理ができないのか?」

「ああ。いちおう、他の工房も当たってみたけど、どこも似たようなもんだった。この前の人間との取引ん時、どこもアダマンタイトを全部出しちゃったっぽいんだ。アレは貴重な金属だけど、俺たちはそこまで重宝しないからな」

「じゃ、じゃあ修理はどうなるんだよ?」

「そいつなんだけど、近々アダマンタイトが採れる坑道に、探掘隊が入るんだ。たぶんそん時に手に入れることはできると思う」

なんだ、よかった。俺はほっと胸をなでおろしたが、エラゼムは硬い声でたずねる。

「して、それの入手にはどれくらいの時間が掛かりそうなのですか?先ほど、納期とおっしゃっていたようですが」

「それなんだよ。探掘隊が戻ってくるのに一週間、それから修理に掛かるのが一週間、合計二週間は掛かっちまいそうなんだ」

二週間……また、微妙な数字だな。待てないわけじゃないが、かといってぼーっと潰すには長い時間だ。

「それでも良ければ引き受けようって、オヤジは言ってるんだけど」

「……桜下殿、いかがなさいますか?」

「つっても、ここでしか直せないんだろ。だったら、頼むしかないよな」

それが目的でここまで来たのだ。この際、どんな条件だろうと飲むしかないだろう。
ずっしり重い巾着から、俺は若いドワーフと手分けして、金貨六十枚を拾い上げた。

「よっし、契約成立だ。確かに引き受けたぜ」

若いドワーフは金貨をポケットに突っ込むと、工房の奥へと駆けて行った。さっきまで重かった巾着は、すっかりしぼんでしまった。
鍛冶場を出ると、俺は仲間たちを振り返る。

「しかし、二週間てのは、そこそこあるよなぁ」

「二週間、ずっとここにいるの?」

ライラは、真っ暗な天井を見上げて、どこか陰りがちな表情で言った。彼女にとって穴の中というのは、あまりいい思いがしないのかもしれない。

「正直、俺もちょっと……ずっとここにいたら、モグラにでもなっちまいそうだ」

この町で過ごすのは二日目だが、俺は早くも地上が懐かしくなってきていた。暖かい日差しや、頬を撫でるそよ風が恋しい。

「申し訳ございませぬ、吾輩の剣のために……」

「いや、エラゼムが謝るなよ。けど、ちょっと審議は必要かもな」

「あ、でしたら」

ウィルが、ポンと手を打った。

「確かこの山脈の向こうに、最北端の町があるんでしたよね。エラゼムさんの探している人がいるかもしれないっていう」

あ、そうじゃないか。そもそも俺たちが北を目指した最初の理由は、エラゼムの城主がそこに居たかもしれないからだった。それがマスカレードに邪魔されて、剣の修理が必要になっちゃったんだよな。

「そうだったな。二週間もあれば、行ってこれるんじゃないか?ここでずーっとぼーっとしてるのも暇だし」

俺がうなずくと、エラゼムはずいぶん驚いた声を出した。

「え……し、しかし」

エラゼムは、自分の都合でみんなを振り回して申し訳ないと恐縮していたが、俺にはずいぶんいい案に思えた。どうせいずれは行くことになるんだ、いい機会だよな。

「遠慮すんなって。ちょうどいいじゃないか。時間も無駄にしなくて済むし」

「……桜下殿が、そうおっしゃるのならば」

「よし。それじゃ行ってみようぜ。北の最果ての町へ」

決まりだ。そのためにもまず、荷物を取りに宿へ戻らなければ。
宿に戻ると、俺たちはメイフィールドに事情を説明した。

「なるほどの。ということは、おぬしらは戻ってくるんじゃよな?」

「ああ。剣を受け取りに帰ってくるよ」

「わかった。鍛冶屋の連中にはわしから言っておこう。行って来なされ」

「ほんとか?サンキューな」

「しておぬしら、北へ行くと言っておったが。どの町に用があるのじゃ?」

「んっと……とりあえず、行けるところまで、かな。北の端っこまで」

「ほっほ、北を目指す渡り鳥のようじゃの。では、ここを出てすぐの“アラガネ”の町から出ておる汽車を使うとよかろう。歩いて行くよりずっと早いはずじゃ」

へー、この世界にも汽車があるんだな。俺は電車には乗ったことあるけど、汽車はない。どんな感じなんだろう?ちょっと楽しみだな。

「わかった。じゃ、行ってくるな」

「うむ」

メイフィールドはこくりとうなずくと、とんがり帽子をちょこっと持ち上げてあいさつした。
さあ、いよいよ目指すぞ、この国の最北端だ。果たして、本当にエラゼムの探し人は見つかるのだろうか?



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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