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10章 死霊術師の覚悟
10-3
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10-3
「コルト。ところで、この町の宿はどんな感じなんだ?」
宿まで向かう道すがら、俺はコルトにたずねた。これだけ寂れた町の宿だ、ベッドが虫食いだらけだったり、扉の鍵がぶっ壊れていたりしないか不安だったんだ。
「ああ、うん。まあ、ぶっちゃけちゃうとね。宿なんて、ここにはないんだよ。おととしだったかな、この町最後の宿屋の店主が死んじゃって」
「え?だって今、宿に向かってるんじゃ……」
「うん。だから、僕の家に向かってるんだよ。安心していいよ、じゅうぶん広いし、屋根も壁もちゃんとあるんだから」
「はぁ?おいおいおい……」
むしろ、安心できる要素が屋根と壁しかないことが、めちゃくちゃ不安なんだが。
「だって、ほんとに他にはないんだよ。この雪の中、野宿したいって言うなら止めはしないけど」
「ぐ……」
まあさすがに、かまくらよりはマシか……仕方がない、と俺がしぶしぶ了承した時だった。突然、エラゼムがバッと片手を上げた。わ、なんだ?俺がびっくりしていると、ぱかん!と、エラゼムの手甲になにかがぶつかった。
「雪玉……?」
「そのようです」
いったい、誰がこんなもの?俺は、雪玉が飛んできたと思われる方に目を向けた。が、そこにあるのは、ただただ静かな町角だけだ。降り続く雪以外に、動くものは見当たらない。
「……エラゼムは、見えたか?」
「いえ、吾輩も目を向けたときには、すでに姿はなく……」
ぬう。こんなもの勝手に飛んでくるわけないし、何かの嫌がらせだろうか。
「あーっと、あれかも。この町の人って、外の人に慣れてないから」
コルトが、取り繕うように手を振りながら言った。まあ、珍しい事じゃないな。直接突っかかってこない分、可愛いほうかもしれない。
「ほら、早く行こう?また絡まれたら大変だよ」
「そう、だな」
コルトはせかせかと歩き、俺たちはだんだん町から離れていく。建物がなくなると、一面真っ白な原野が広がるだけになった。その白い大地は、唐突に途切れ、真っ黒な水をたたえた海が姿を現す。いつの間にか、海のほうまでやってきていたんだ。湿った冷たい風が、遮るもののない原野をゴウゴウと吹き荒んでいる。時折、白い雪風が舞った。
「こっちだよ」
コルトは、海沿いの小さな丘へと進んでいった。
あ。よく見ると、丘と砂浜の境目のあたりに、一軒の石造りの小屋が建っている。雪のせいで、丘と屋根が地続きに見えるな。まるで地面に半分埋もれているようだ。
「あそこが僕の家。前は漁師が住んでたんだけど、その人は漁に行ったっきり戻ってこなかったんだ。あんまり目立たなくて、だれもそれに気づかないから、僕が借りてるってわけ」
「え……おい、それって大丈夫なのか?」
「へーきへーき。ちゃんと持ち主が帰ってきたら返すって」
そういう問題だろうか……?
小屋に近づいていくと、遠目で見るよりもかなり古い建物であることがわかった。石の壁には干からびた海藻がこびりつき、潮風に削られて角がほとんどなくなっている。コルトの言った通り、確かに壁と屋根はあるが……うーん、高波が来たら、床がびしょびしょになりそうだな。
「まあ、ちょっと古いけど、居心地はいい所だよ。さ、入って入って」
コルトが節穴だらけの木の戸を開いて、俺たちを招く。中に入ろうとすると、俺の前に、さっとフランの腕が差し出された。
「待って。その前に、聞きたいことがある」
え、フラン?フランは、コルトのことをまっすぐに見据えていた。
「僕?なにかな?」
「あなた、隠してることがあるでしょ。ごまかしても無駄だよ」
「えぇ?何かあったかなぁ。そりゃもちろん、今日あったばかりのあなたたちに、何でも教えてるわけはないだろうけど」
「だから、ごまかすなって言ったでしょ。分からないと思った?そっちの方が、心当たりがあるんじゃない?」
どういうことだ?フランは、コルトの何に引っかかっているのだろう。俺たちはまだ、コルトと出会って一時間も経っていないはずだが……今までの中に、何か兆しがあったのだろうか。
「……なんだろう。そこまで言うなら、ちょっと聞いてみたいけどね」
コルトは、フランの目を見つめ返して、不敵な微笑みを浮かべた。けどなんだか、さっきよりも余裕が無くなっている気がするのは、俺だけか……?
「じゃあ、言ってあげる。最初は、わたしたちに声を掛けてきた時」
えっ。そんな前から?
「あの時、わたしたちはお婆さんに声を掛けようとしてた。けど、あのお婆さんは“何か”に気付くと、慌てて家に引っ込んでしまった」
「へーえ。そうだったんだ」
「次に、あの屋敷に行った時。あの時、兵士がわたしたちに向かって、いろいろと叫んでた。『下賤の輩』『汚らわしいやつ』だとか」
「そうかい。相変わらず、口の悪い連中だね」
「けど、これっておかしい。わたしたちに向けた言葉なのだとしたら、汚らわしい“やつら”が正しいはずだ。だってわたしたちは、一人じゃなかったんだから」
「……そんなの、特に考えてなかったんじゃないのかな」
「まだある。さっき、雪玉が飛んできた時。わたし、あの玉の軌道を見ていたんだ。エラゼムが防いだけれど、もしも止めなかったら、あの玉は“わたしたちには”当たっていなかった」
「……」
ってことは、つまり……フランがあげた三つの出来事は、すべて“俺たち”が対象だと思っていた。けど、それは間違いだったことになる。
「あのお婆さんが、わたしたちの後ろに見ていた人。兵士が出てきた時、真っ先に逃げ出した人。あの雪玉が、本来なら当たっていたはずの人」
フランは、ガントレットのはまった手を、まっすぐに突きつけた。
「コルト。ぜんぶ、あなただ。嫌われていたのは、わたしたちじゃない。あなたなんだよ」
コルトは、まるでナイフでも突きつけられたかのように、びくりと肩を震わせた。思わず、俺はぽつりとこぼした。
「どうして、コルトが……」
「さあ。けど、村八分にされるくらいなんだから、相当のことをしでかしたんでしょ。強盗か、殺人か……」
「違うっ!!!」
コルトは、フランの声を遮るように、甲高い声で叫んだ。
「僕は……っ!僕は、何も悪い事なんか、していないっ!」
「なら、それを説明して。そんなことだけ言われたって、信用できるわけないでしょ」
フランは、あくまで冷徹だ。けど、確かにこれははっきりさせておかなければ。じゃないと、俺たちは犯罪者の家に泊まることになる。
「コルト……話してくれないか。俺、お前がそんなに悪いやつには見えないんだ。何か事情があるのか?」
俺が諭すと、フランはこっちを睨んで、また甘いことを……と、ぶつくさこぼした。けど、コルトは俺とほとんど歳が変わらないんだぜ?まだ子どもなのに、そんな悪いことをしているなんて……思いたくないじゃないか。
コルトはハァハァと息を荒げていたが、大きく深呼吸して息を整えると、ぼそぼそと語りだした。
「……僕は。僕は、何も悪くない。悪いのは、僕に流れる、この血なんだ」
「血……?」
「そうさ。町の人たちは、僕を呪われた子どもだと思っているんだよ。本当はそんなことないのに、除け者にして、ろくな仕事も与えてくれない。こんなに貧しいのに、それでも僕をいじめることだけは止めないんだ……ほんと、笑っちゃうよ」
「どういうことだ……?コルト、お前は一体……?」
「まだ分からないのかい?僕は、この国始まって以来の、大犯罪者の血を受け継いでいるんだよ。この国の住民なら、知らない人はいないだろう。あの、最凶最悪の男のことを……」
「……っ!お前、まさか……」
「……そう。僕の父は、勇者セカンド。僕は、セカンドミニオンなんだ」
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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宿まで向かう道すがら、俺はコルトにたずねた。これだけ寂れた町の宿だ、ベッドが虫食いだらけだったり、扉の鍵がぶっ壊れていたりしないか不安だったんだ。
「ああ、うん。まあ、ぶっちゃけちゃうとね。宿なんて、ここにはないんだよ。おととしだったかな、この町最後の宿屋の店主が死んじゃって」
「え?だって今、宿に向かってるんじゃ……」
「うん。だから、僕の家に向かってるんだよ。安心していいよ、じゅうぶん広いし、屋根も壁もちゃんとあるんだから」
「はぁ?おいおいおい……」
むしろ、安心できる要素が屋根と壁しかないことが、めちゃくちゃ不安なんだが。
「だって、ほんとに他にはないんだよ。この雪の中、野宿したいって言うなら止めはしないけど」
「ぐ……」
まあさすがに、かまくらよりはマシか……仕方がない、と俺がしぶしぶ了承した時だった。突然、エラゼムがバッと片手を上げた。わ、なんだ?俺がびっくりしていると、ぱかん!と、エラゼムの手甲になにかがぶつかった。
「雪玉……?」
「そのようです」
いったい、誰がこんなもの?俺は、雪玉が飛んできたと思われる方に目を向けた。が、そこにあるのは、ただただ静かな町角だけだ。降り続く雪以外に、動くものは見当たらない。
「……エラゼムは、見えたか?」
「いえ、吾輩も目を向けたときには、すでに姿はなく……」
ぬう。こんなもの勝手に飛んでくるわけないし、何かの嫌がらせだろうか。
「あーっと、あれかも。この町の人って、外の人に慣れてないから」
コルトが、取り繕うように手を振りながら言った。まあ、珍しい事じゃないな。直接突っかかってこない分、可愛いほうかもしれない。
「ほら、早く行こう?また絡まれたら大変だよ」
「そう、だな」
コルトはせかせかと歩き、俺たちはだんだん町から離れていく。建物がなくなると、一面真っ白な原野が広がるだけになった。その白い大地は、唐突に途切れ、真っ黒な水をたたえた海が姿を現す。いつの間にか、海のほうまでやってきていたんだ。湿った冷たい風が、遮るもののない原野をゴウゴウと吹き荒んでいる。時折、白い雪風が舞った。
「こっちだよ」
コルトは、海沿いの小さな丘へと進んでいった。
あ。よく見ると、丘と砂浜の境目のあたりに、一軒の石造りの小屋が建っている。雪のせいで、丘と屋根が地続きに見えるな。まるで地面に半分埋もれているようだ。
「あそこが僕の家。前は漁師が住んでたんだけど、その人は漁に行ったっきり戻ってこなかったんだ。あんまり目立たなくて、だれもそれに気づかないから、僕が借りてるってわけ」
「え……おい、それって大丈夫なのか?」
「へーきへーき。ちゃんと持ち主が帰ってきたら返すって」
そういう問題だろうか……?
小屋に近づいていくと、遠目で見るよりもかなり古い建物であることがわかった。石の壁には干からびた海藻がこびりつき、潮風に削られて角がほとんどなくなっている。コルトの言った通り、確かに壁と屋根はあるが……うーん、高波が来たら、床がびしょびしょになりそうだな。
「まあ、ちょっと古いけど、居心地はいい所だよ。さ、入って入って」
コルトが節穴だらけの木の戸を開いて、俺たちを招く。中に入ろうとすると、俺の前に、さっとフランの腕が差し出された。
「待って。その前に、聞きたいことがある」
え、フラン?フランは、コルトのことをまっすぐに見据えていた。
「僕?なにかな?」
「あなた、隠してることがあるでしょ。ごまかしても無駄だよ」
「えぇ?何かあったかなぁ。そりゃもちろん、今日あったばかりのあなたたちに、何でも教えてるわけはないだろうけど」
「だから、ごまかすなって言ったでしょ。分からないと思った?そっちの方が、心当たりがあるんじゃない?」
どういうことだ?フランは、コルトの何に引っかかっているのだろう。俺たちはまだ、コルトと出会って一時間も経っていないはずだが……今までの中に、何か兆しがあったのだろうか。
「……なんだろう。そこまで言うなら、ちょっと聞いてみたいけどね」
コルトは、フランの目を見つめ返して、不敵な微笑みを浮かべた。けどなんだか、さっきよりも余裕が無くなっている気がするのは、俺だけか……?
「じゃあ、言ってあげる。最初は、わたしたちに声を掛けてきた時」
えっ。そんな前から?
「あの時、わたしたちはお婆さんに声を掛けようとしてた。けど、あのお婆さんは“何か”に気付くと、慌てて家に引っ込んでしまった」
「へーえ。そうだったんだ」
「次に、あの屋敷に行った時。あの時、兵士がわたしたちに向かって、いろいろと叫んでた。『下賤の輩』『汚らわしいやつ』だとか」
「そうかい。相変わらず、口の悪い連中だね」
「けど、これっておかしい。わたしたちに向けた言葉なのだとしたら、汚らわしい“やつら”が正しいはずだ。だってわたしたちは、一人じゃなかったんだから」
「……そんなの、特に考えてなかったんじゃないのかな」
「まだある。さっき、雪玉が飛んできた時。わたし、あの玉の軌道を見ていたんだ。エラゼムが防いだけれど、もしも止めなかったら、あの玉は“わたしたちには”当たっていなかった」
「……」
ってことは、つまり……フランがあげた三つの出来事は、すべて“俺たち”が対象だと思っていた。けど、それは間違いだったことになる。
「あのお婆さんが、わたしたちの後ろに見ていた人。兵士が出てきた時、真っ先に逃げ出した人。あの雪玉が、本来なら当たっていたはずの人」
フランは、ガントレットのはまった手を、まっすぐに突きつけた。
「コルト。ぜんぶ、あなただ。嫌われていたのは、わたしたちじゃない。あなたなんだよ」
コルトは、まるでナイフでも突きつけられたかのように、びくりと肩を震わせた。思わず、俺はぽつりとこぼした。
「どうして、コルトが……」
「さあ。けど、村八分にされるくらいなんだから、相当のことをしでかしたんでしょ。強盗か、殺人か……」
「違うっ!!!」
コルトは、フランの声を遮るように、甲高い声で叫んだ。
「僕は……っ!僕は、何も悪い事なんか、していないっ!」
「なら、それを説明して。そんなことだけ言われたって、信用できるわけないでしょ」
フランは、あくまで冷徹だ。けど、確かにこれははっきりさせておかなければ。じゃないと、俺たちは犯罪者の家に泊まることになる。
「コルト……話してくれないか。俺、お前がそんなに悪いやつには見えないんだ。何か事情があるのか?」
俺が諭すと、フランはこっちを睨んで、また甘いことを……と、ぶつくさこぼした。けど、コルトは俺とほとんど歳が変わらないんだぜ?まだ子どもなのに、そんな悪いことをしているなんて……思いたくないじゃないか。
コルトはハァハァと息を荒げていたが、大きく深呼吸して息を整えると、ぼそぼそと語りだした。
「……僕は。僕は、何も悪くない。悪いのは、僕に流れる、この血なんだ」
「血……?」
「そうさ。町の人たちは、僕を呪われた子どもだと思っているんだよ。本当はそんなことないのに、除け者にして、ろくな仕事も与えてくれない。こんなに貧しいのに、それでも僕をいじめることだけは止めないんだ……ほんと、笑っちゃうよ」
「どういうことだ……?コルト、お前は一体……?」
「まだ分からないのかい?僕は、この国始まって以来の、大犯罪者の血を受け継いでいるんだよ。この国の住民なら、知らない人はいないだろう。あの、最凶最悪の男のことを……」
「……っ!お前、まさか……」
「……そう。僕の父は、勇者セカンド。僕は、セカンドミニオンなんだ」
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