じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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10章 死霊術師の覚悟

15-2

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15-2

望んでいた……エラゼムは確かに、そう言った。旅が終わらないということは、エラゼムの目的が果たされないということだ。なのに、どうして?

「桜下殿……吾輩は、実に身勝手な人間でした」

「え?お前が?そんなことないだろ」

「いいえ……吾輩は、自分の事ばかり考え、皆様の好意を無下にするような事をしたのです……」

そんなこと、エラゼムがしたか?俺は頭をひねってみたが、さっぱり思い当たる節がない。

「うーん、やっぱりわかんないな。少なくとも俺は、そんな風に感じた事はないけど」

「左様でございますか……桜下殿は、寛容なお方ですからな。きっと貴方ならば、気にしないと言ってくださるのでしょう。しかし、それに甘え、恩を仇で返すような真似を続けるのには耐えられませぬ。桜下殿がここへ現れた時、腹を括りました。どうか、吾輩の罪を聞いては下さいませんでしょうか」

そう、言われちゃな……うなずくしかないだろう。

「わかった……聞くよ」

エラゼムは俺の返事を聞くと、重々しくうなずいた。

「かたじけない……ご存じの通り、吾輩の使命は、メアリー様の消息を探り、その墓前にて、城の顛末をお伝えすることです」

うん、そうだ。だからこそ、はるばるこの町まで来たんだ。

「ですが、メアリー様がこの町にいたかもしれないとなった時……吾輩は、期待と同時に、一抹の恐れを抱きました」

「恐れ?」

「そうです。なぜなら、それは目標の達成……すなわち、旅の終わりを示していたからです」

「それは……だって、それがエラゼムの望みじゃないか」

エラゼムとのお別れは寂しいが、それが彼の本望だったはずなのに。

「その通りです。ですが……吾輩はいつの間にか、皆様と過ごすこの時間が、とても心地よくなっていました。桜下殿は、こんな吾輩を仲間として信頼してくださる。そして同時に、戦うべき時、戦わずに済む時とを見極める大局観もお持ちだ」

「そ、そうかな?」

「はい。吾輩は、安心して己の剣を振るうことができました。信頼できる御仁のもと、遺憾なく自らの力を発揮することができること。騎士として、これほどの幸福はございません」

「エラゼム……」

俺が大局観うんぬんっていうのは言い過ぎな気もするが……エラゼムは、楽しかったんだな。彼なりに、俺たちとの旅を楽しんでいてくれていたんだ。そういえば、この町に向かい始めてから、エラゼムはただでさえ少ない口数が更に減っていた気がする。行きの汽車でなんか、一言も話さなかったもんな。あれは、旅の終わりを予期してのことだったんだ。

「エラゼムがどう感じるか、わかんないけど……俺はそれを聞いて、嬉しいよ。でもさ、それって、悪い事じゃないだろ?」

「いいえ……吾輩は、すでに仕える主を持つ騎士の身。いくら心地よかろうが、己の使命を忘れては元も子もありませぬ。目的とその過程が入れ替わることなど、あってはならないはずでした……だというのに、吾輩はあの時、安堵してしまった。まだ旅を続けていたいという、身勝手な、我儘な理由で、です。桜下殿には、あれほど親身になっていただいたというのに……」

ああ、そういうことか。俺たちが成仏を手伝っているにもかかわらず、エラゼムはまだこの世に残りたいと思ってしまった……それが、彼の苦しんでいる理由なんだ。

「ひどい裏切りです。桜下殿も、そしてメアリー様、吾輩を送り出してくださったバークレイ様も……吾輩は、すべての方の信頼に背いたのです」

エラゼムは、今にも息絶えてしまいそうな、か細い息を吐いた。

「桜下殿……お分かりになったでしょう。吾輩は、こんなにも自分勝手な人間だったのです。国一の剣士だなんだと持て囃されても、所詮はこの程度です。恩義に報いることもできず、たった一人への忠義を、貫くことすらできない……騎士の風上にも置けぬような男です」

「……」

正直な話……エラゼムは、気にし過ぎだと思った。そこまで落ち込む必要があるのかな?俺も特には気にしていない。むしろ、楽しいと感じてくれていたのが嬉しいくらいだ。
だけど、彼にとっては、そうじゃないんだろうな。ならきっと、俺が気にしないと言っても解決にはならない。彼は、真面目だ。どこまでも実直で、それを曲げようともしない。今時古風なくらいだ……と思ったけど、実際彼は百年前の人だったな。

「……それは、しょうがないんじゃないか?だって、あんたは百年以上、たった一人で過ごしてたんだ。百年ぶりに誰かと旅をしたら、そいつらに愛着が湧いてもおかしくないじゃないか」

「それは、おっしゃる通りです。ですが、だからといって、目標を忘れていい理由にはなりえないでしょう。よしんば一時忘れたとしても、その時と場所を選べぬようでは……」

ぬう。ふと魔が差したのとはわけが違うって言いたいわけだな。

「でもさ、やっぱりエラゼムは、俺なんかよりメアリーさんが一番のはずだぜ。メアリーさんのお墓を見つけてたら、きっと今みたいにはならなかったって。メアリーさんも、バークレイも、裏切っちゃないよ」

「桜下殿……本当に、お優しい方ですな。そんな方の好意を、無下にした自分を……吾輩は、とても許せぬのです……」

エラゼムはうなだれるばかりで、顔を上げようとしない。うーん、こいつは重症だな……俺は腕を組んで、さっきよりも真剣に考えてみた。
エラゼムが悩んでいるのは、本来城主さまのことだけを考えなくちゃいけないところを、俺たちにまで愛着が湧いてしまったってことだ。板挟みになって、どうすればいいのかわからない、と。

(きっと、今までずーっと城主のことだけ考えてきたんだろうな)

生前のエラゼムは、今よりもっと堅物な印象があった。きっとあの事件がなければ、それは生涯変わらなかったに違いない。だからこそ、俺たちというイレギュラーに、うまく対処ができないんだろうな……

(たった一人に、一生をささげる、か……)

エラゼムにとってはそれだけ、城主さま……メアリーさんは、大切な人だったんだ。それこそ、死んでも死にきれないほどに。なら、俺たちは?エラゼムにとって俺は、彼の信念を惑わせるだけの、邪魔者に過ぎないのか?

(俺らがいなくなれば、エラゼムは楽になるのか?)

原因が俺たちなら、それを取り除けばいいのか?エラゼムがずっと一人だったら、こんなことにはならなかったのか?

(……違うよな)

そうじゃない。俺たちは、出会ったんだ。それが正解か間違いかは分からない。けど俺たちは、今まで一緒に旅をしてきたし、一緒に戦ってきたんだ。それが間違いだったなんて、思えない。思いたくない。

(だったら……)

だったら、俺たちの立場を、しっかり言葉にすればいいんじゃないか。思い返してみれば、俺とエラゼムは、なんともあいまいな関係のまま、ここまで来た気がする。
そもそも、彼が俺たちに同行したきっかけは、当時の城主、メアリーの弟バークレイに命じられたからだ。エラゼム自身の意志じゃない。それに俺だって、彼には心に決めた城主がいるってことを承知したうえで、彼を仲間に迎え入れたんだしな。エラゼムは“部下”ではなく、俺も“主”ではなかった。

(俺たちは、“仲間”だった。今まで考えたこともなかったけど、俺はそれに甘えていたのかもしれないな)

確かに今まで、俺はエラゼムから、はっきりと“主”と呼ばれたことはない。その時々の都合上、俺が主っぽく扱われることは度々あったけど、明言したことはなかった。そのあいまいさが、エラゼムを苦しめているのだろうか。俺の甘さが、彼を苛んでいたのか。

(……死霊術師の、覚悟)

ファルマナの言葉が、唐突に頭に浮かんだ。エラゼムの主はメアリーだ。なら、死霊術師である、俺は?俺にとってのエラゼムは……

「……決めた」

俺は、ゆっくりと腰を上げた。

(適当な慰めを言ったところで、エラゼムは楽にならない。だったらもう、やれることは一つっきゃない)

数歩進んでからくるりと踵を返し、エラゼムを正面から見つめる。エラゼムも視線を上げた。

「エラゼム、俺が悪かった。お前の苦しみの原因は、俺だ」

「なっ……なにを」

「お前さ」俺は、エラゼムを遮るように続けた。

「お前、俺に力は貸してくれてるけど、忠誠はくれてないだろ」

「っ……!」

「最初ん時からそうだったよな。お前は一度たりとも、俺を主君として扱ったことはないんだ。役割上、何となくそれっぽく扱われることはあってもさ」

エラゼムは、何も言い返さなかった。
エラゼムは、俺を信頼してくれている。自惚れじゃなければな。けどやっぱり、俺は主ではないんだ。今、この時点では。

「桜下殿、それを……?」

「わかってたよ。けど別に、その事に不満はなかったんだ。エラゼムの目的は知ってたし、俺もそういうのは好きじゃなかったしな。けど……この前の王都で、色々思ったんだ」

王都での、数々の出来事。それは俺に、一つの変化を与えていた。

「王城で働いてた時にさ。ライラが、泣かされたことがあっただろ?あんとき俺、エドガーに食って掛かった事を、後から謝ったんだ。そしたらさ、あいつ何て言ったと思う?気にするな、お前はあの時、怒って当然だった、ってさ。配下が傷つけられて、憤らない主がいるかって」

あの時の言葉は印象的だった。そして、間違っていないとも思う。

「あの後、アニにも怒られたんだ。アンデッドを人間扱いしすぎだって。実際、俺が目を離したら、いっぱいトラブルが起こったしな。そんで最近になって、スニードロで倒れるし……もし俺があそこで死んでたら、みんなの未練はどうなるんだ」

そうだ。こうして話しているうちに、だんだんと分かってきた。俺は、自分を誤解していた。自分の立場を、誤解していた。

「俺は、主なんだよな。死霊術で、みんなの魂に触れた時から。たとえ俺がどう思っていようが、その事実に変わりはなかったんだ」

「……」

「みんなのことは仲間だと思ってるし、偉そうにふんぞり返りたいわけじゃないけど。けど俺には、主としての“責任”があるんだ」

俺は知らず知らずのうちに、それから目を背けていた。仲間が傷つけられたら怒る責任。仲間がトラブルを起こしたら治める責任。仲間の未練を見つけて、成仏させてやる責任。
俺は、みんなに守られるだけじゃ駄目だと思っていた。けど、違うんだ。守られたっていい。その分だけ、みんなを守ってやればいい。みんなの心を、魂を、俺が守ってやればいい。
俺は術を掛けたその時から、みんなの魂を預かる責任を負っていたんだ。そして、それを自覚すること……それこそが、ファルマナの言った、死霊術師の覚悟なんだ。

「だから……エラゼム。俺はお前に、主としての立場を要求する」

俺は、エラゼムの真っ暗な兜の中を、まっすぐ見つめた。

「俺に忠誠を誓え。エラゼム・ブラッドジャマー」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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