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11章 夢の続き
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夜の底に沈む町の中を、ストームスティードは音を立てずに疾走する。風の馬だからな、ひづめの音も響かない。パイプから漏れる蒸気でぬかるんだ道もものともせず、俺たちを乗せてぐんぐん町の出口へと向かう。
「……!前!待ち伏せされてる!」
動物並みに夜目の利くフランが、俺たちと並走しながら鋭く叫んだ。騎手であるエラゼムも、それを視認したようだ。
「十人ほどの男どもです!おそらく例のならず者でしょう!」
「どうする!いったん降りて戦うか?」
「いえ、あの程度でしたら、正面から突破できましょう!みなさま、しっかりつかまっていてくだされ!」
エラゼムが馬のスピードを上げた。うひゃ、まじかよ、正面突破だ!俺は片方の手でエラゼムの鎧をしっかり握り、もう片方の手で、エラゼムとの間に挟んだ女の子の腰をがっしり掴んだ。
「はいやぁ!」
エラゼムの気合に応えるかのように、ストームスティードはさらにぐんっと加速した。前方からは、男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。が、正直風の唸りがすごすぎて、ほとんど聞き取れない。
「止まれやぁー!」
かろうじて、野太い一声だけが聞こえてくる。
「押し通るっ!」
エラゼムが答える。時代劇のようなやり取りの後、一瞬だけ何かの間を通り抜けたかと思うと、すでに怒鳴り声は後方に流れていた。まばたきするほどの合間に、俺たちは待ち伏せを突破したのだ。
「フレーミングバルサム!」
駄目押しとばかりにウィルが叫ぶ。ウィルは片手で俺の肩につかまりながら、もう片方の手で器用にロッドを握って呪文を唱えた。俺たちの後方にバチバチとはじける火花が飛び散り、通りいっぱいに跳ね回った。
「うわああぁぁ!」
「ぎゃああぁ!」
通りは一瞬で阿鼻叫喚に包まれた。ひゃはは、男たちの悲鳴が耳に心地いいぜ!
「わははは!あばよ、ならず者諸君!」
俺たちは弾丸のごとく町を抜け、あっという間に雪の舞う原野へと走り去っていった。
朝日が昇ってしばらくたったころ、俺たちはようやく馬の足を止めた。街道はコバルト山脈のふもとに差し掛かり、ここから先は徒歩での移動を余儀なくされるだろう。その手前で休憩を取ることにしたわけだな。なんせ、昨晩はろくすっぽ眠れなかったから。
「ふあ、あ、あ、あっくしょん!」
あくびとくしゃみのダブルタスクを行った俺は、結果としてあごの関節を痛めた。うぅ、寝不足と興奮、ずっと風に当たり続けて冷え切った体と、なかなかに踏んだり蹴ったりだ。
「…………」
三つ編みの女の子も、唇を真っ青にしてぶるぶる震えている。馬に乗っている間は俺のマントでくるんでいたが、それでもこたえただろう。彼女の粗末な服は、ライラにもまして薄っぺらいから。
「ウィル、悪いけど火を焚いてくれないか?」
「わかりました」
俺が頼むと、ウィルはすぐに荷袋から薪を取り出して、焚火の準備を始めた。その間に、俺はカバンから予備のマントを取り出す。それを広げると、震える女の子へ差し出した。
「……?」
「ほれ、これ着てろよ。寒いだろ?」
女の子は自分の腕を抱きながら、俺の顔とマントとを交互に見比べている。まだ俺を信用してはいないが、この寒さはどうにかしたい、そんな顔だ。
「……ダレ、イプセ?」
「別に罠なんかしかけちゃいないよ。純然たる厚意として受け取ってくれ」
俺の気持ちが伝わったのか、はたまた背に腹は代えられぬと思ったのか。女の子は、俺の手からひったくるようにマントを取ると、いそいそと体に巻き付け始めた。うん、よしよし。ぶっきらぼうだが、受け取ってもらえないよりか全然マシだ。
「むぅ……」
と、ライラがなぜかむすっとして、女の子のことを睨んでいる。
「ライラ、どうした?」
「……だって、その子お礼も言わないでさ。せっかく桜下が貸してあげたのに」
「へ?ああ、まあしょうがないだろ。出会ったばっかだし、言葉も相変わらずだしさ」
「でも……」
「そういうなって。どっかの誰かさんよりかはよっぽどおりこうだぜ?魔法で襲ったりしてこない分な」
ライラは一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに顔を真っ赤にした。
「そっ、それ!ライラのこと言ってるの!?」
「ぷははは。さて、どうだろうな」
「きぃー!桜下ぁ!」
あはは。ライラにぼかぼかと背中を殴られながら、俺はけらけら笑った。
「もぉ!桜下のバカ!もう知らないもん!」
「悪いわるい。でも、ライラだって最初はそうだったんだ。この子も大目に見てやらないとな」
すると、ライラはハッと目を見開き、それから考え込むようにむっつりと黙り込んだ。からかい過ぎてしまったかな?けど、ライラは賢い子だ。俺なんかがあれこれ言わなくても、いずれ分かってくれるだろう。
ウィルが起こしてくれた焚火に当たると、ようやく生き返った気分になった。と同時に眠気もふき出してくるが、まだまだこの先は長い。山に入ればドワーフの町まで補給もできないから、日の高いうちにできるだけ進んでしまったほうがいいだろう。
「その子、名前だけでもわかればいいんですけどね」
朝食というには昼食に近い食事の支度をしながら、ウィルがこぼす。ふむ、名前か。
「確かにな。女の子、じゃあまりに呼びにくいし」
「そうですね。三つ編みちゃん、とかにしておきますか?べんき的にですけど」
へ?なんて?俺の目が点になった。
「ウィル、今なんてった?」
「え?三つ編みちゃんって……そ、そんなに変でした?」
「いや、その後」
「べんき的ですか?」
うーん。何度聞いても濁点は付かないみたいだ。これはさすがに、指摘したほうがいいだろうか?なんていうか、あまりにも……なあ。たぶん今の俺の表情は、なんとも筆舌しがたいものになっているはずだ。フランの顔はいつもと変わらないが、エラゼムは肩をがっくり落としているから、彼もわかっているのだろう。
「あー、ウィル」
俺はちょいちょいと、ひとさし指でウィルを手招きした。不思議そうな顔でウィルが近くにやって来る。俺が顔をよせると、なぜかウィルは少し頬を赤らめた。まだ教えてないのに、どうしてもう赤くなっているんだ?
「ウィル、べんぎ、だ。べんきじゃトイレになっちまう」
俺が耳元で囁くと、ウィルはぽかんとして、やがてカーッと赤くなり……さっきも見たな、この光景。
「あ、そ、そうだったんですね。あはは……あ、ありがとうございます。教えてくれて……」
「なに、大したことじゃないさ」
なんてことない、たまたま知っていただけの事だ。ウィルは何度か咳払いをすると(それでもまだ顔が赤い)、さっきの話にもどった。
「それでですね。便宜的に、ですけど。三つ編みちゃんと呼びませんか?という話です」
「いいんじゃないか。名が体を表してるし」
その子とか、女の子、よりはずっとマシだろう。かくして、少女の名は俺たちの中でだけ、三つ編みちゃんに決まった。
「いつか、本当の名前もわかるといいんだけどな」
「……そうですね」
この子の名前が分かるころには、彼女の行く末も決まっているのだろうか。どうなるのか、見当もつかないが……せめて、その道筋が見えるところまでは、彼女を連れて行こう。それが最低限で、最大限の俺たちができることだろうから。
ウィルの作ってくれためしを食い、少し休憩したのち、俺たちは再び移動を開始した。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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夜の底に沈む町の中を、ストームスティードは音を立てずに疾走する。風の馬だからな、ひづめの音も響かない。パイプから漏れる蒸気でぬかるんだ道もものともせず、俺たちを乗せてぐんぐん町の出口へと向かう。
「……!前!待ち伏せされてる!」
動物並みに夜目の利くフランが、俺たちと並走しながら鋭く叫んだ。騎手であるエラゼムも、それを視認したようだ。
「十人ほどの男どもです!おそらく例のならず者でしょう!」
「どうする!いったん降りて戦うか?」
「いえ、あの程度でしたら、正面から突破できましょう!みなさま、しっかりつかまっていてくだされ!」
エラゼムが馬のスピードを上げた。うひゃ、まじかよ、正面突破だ!俺は片方の手でエラゼムの鎧をしっかり握り、もう片方の手で、エラゼムとの間に挟んだ女の子の腰をがっしり掴んだ。
「はいやぁ!」
エラゼムの気合に応えるかのように、ストームスティードはさらにぐんっと加速した。前方からは、男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。が、正直風の唸りがすごすぎて、ほとんど聞き取れない。
「止まれやぁー!」
かろうじて、野太い一声だけが聞こえてくる。
「押し通るっ!」
エラゼムが答える。時代劇のようなやり取りの後、一瞬だけ何かの間を通り抜けたかと思うと、すでに怒鳴り声は後方に流れていた。まばたきするほどの合間に、俺たちは待ち伏せを突破したのだ。
「フレーミングバルサム!」
駄目押しとばかりにウィルが叫ぶ。ウィルは片手で俺の肩につかまりながら、もう片方の手で器用にロッドを握って呪文を唱えた。俺たちの後方にバチバチとはじける火花が飛び散り、通りいっぱいに跳ね回った。
「うわああぁぁ!」
「ぎゃああぁ!」
通りは一瞬で阿鼻叫喚に包まれた。ひゃはは、男たちの悲鳴が耳に心地いいぜ!
「わははは!あばよ、ならず者諸君!」
俺たちは弾丸のごとく町を抜け、あっという間に雪の舞う原野へと走り去っていった。
朝日が昇ってしばらくたったころ、俺たちはようやく馬の足を止めた。街道はコバルト山脈のふもとに差し掛かり、ここから先は徒歩での移動を余儀なくされるだろう。その手前で休憩を取ることにしたわけだな。なんせ、昨晩はろくすっぽ眠れなかったから。
「ふあ、あ、あ、あっくしょん!」
あくびとくしゃみのダブルタスクを行った俺は、結果としてあごの関節を痛めた。うぅ、寝不足と興奮、ずっと風に当たり続けて冷え切った体と、なかなかに踏んだり蹴ったりだ。
「…………」
三つ編みの女の子も、唇を真っ青にしてぶるぶる震えている。馬に乗っている間は俺のマントでくるんでいたが、それでもこたえただろう。彼女の粗末な服は、ライラにもまして薄っぺらいから。
「ウィル、悪いけど火を焚いてくれないか?」
「わかりました」
俺が頼むと、ウィルはすぐに荷袋から薪を取り出して、焚火の準備を始めた。その間に、俺はカバンから予備のマントを取り出す。それを広げると、震える女の子へ差し出した。
「……?」
「ほれ、これ着てろよ。寒いだろ?」
女の子は自分の腕を抱きながら、俺の顔とマントとを交互に見比べている。まだ俺を信用してはいないが、この寒さはどうにかしたい、そんな顔だ。
「……ダレ、イプセ?」
「別に罠なんかしかけちゃいないよ。純然たる厚意として受け取ってくれ」
俺の気持ちが伝わったのか、はたまた背に腹は代えられぬと思ったのか。女の子は、俺の手からひったくるようにマントを取ると、いそいそと体に巻き付け始めた。うん、よしよし。ぶっきらぼうだが、受け取ってもらえないよりか全然マシだ。
「むぅ……」
と、ライラがなぜかむすっとして、女の子のことを睨んでいる。
「ライラ、どうした?」
「……だって、その子お礼も言わないでさ。せっかく桜下が貸してあげたのに」
「へ?ああ、まあしょうがないだろ。出会ったばっかだし、言葉も相変わらずだしさ」
「でも……」
「そういうなって。どっかの誰かさんよりかはよっぽどおりこうだぜ?魔法で襲ったりしてこない分な」
ライラは一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに顔を真っ赤にした。
「そっ、それ!ライラのこと言ってるの!?」
「ぷははは。さて、どうだろうな」
「きぃー!桜下ぁ!」
あはは。ライラにぼかぼかと背中を殴られながら、俺はけらけら笑った。
「もぉ!桜下のバカ!もう知らないもん!」
「悪いわるい。でも、ライラだって最初はそうだったんだ。この子も大目に見てやらないとな」
すると、ライラはハッと目を見開き、それから考え込むようにむっつりと黙り込んだ。からかい過ぎてしまったかな?けど、ライラは賢い子だ。俺なんかがあれこれ言わなくても、いずれ分かってくれるだろう。
ウィルが起こしてくれた焚火に当たると、ようやく生き返った気分になった。と同時に眠気もふき出してくるが、まだまだこの先は長い。山に入ればドワーフの町まで補給もできないから、日の高いうちにできるだけ進んでしまったほうがいいだろう。
「その子、名前だけでもわかればいいんですけどね」
朝食というには昼食に近い食事の支度をしながら、ウィルがこぼす。ふむ、名前か。
「確かにな。女の子、じゃあまりに呼びにくいし」
「そうですね。三つ編みちゃん、とかにしておきますか?べんき的にですけど」
へ?なんて?俺の目が点になった。
「ウィル、今なんてった?」
「え?三つ編みちゃんって……そ、そんなに変でした?」
「いや、その後」
「べんき的ですか?」
うーん。何度聞いても濁点は付かないみたいだ。これはさすがに、指摘したほうがいいだろうか?なんていうか、あまりにも……なあ。たぶん今の俺の表情は、なんとも筆舌しがたいものになっているはずだ。フランの顔はいつもと変わらないが、エラゼムは肩をがっくり落としているから、彼もわかっているのだろう。
「あー、ウィル」
俺はちょいちょいと、ひとさし指でウィルを手招きした。不思議そうな顔でウィルが近くにやって来る。俺が顔をよせると、なぜかウィルは少し頬を赤らめた。まだ教えてないのに、どうしてもう赤くなっているんだ?
「ウィル、べんぎ、だ。べんきじゃトイレになっちまう」
俺が耳元で囁くと、ウィルはぽかんとして、やがてカーッと赤くなり……さっきも見たな、この光景。
「あ、そ、そうだったんですね。あはは……あ、ありがとうございます。教えてくれて……」
「なに、大したことじゃないさ」
なんてことない、たまたま知っていただけの事だ。ウィルは何度か咳払いをすると(それでもまだ顔が赤い)、さっきの話にもどった。
「それでですね。便宜的に、ですけど。三つ編みちゃんと呼びませんか?という話です」
「いいんじゃないか。名が体を表してるし」
その子とか、女の子、よりはずっとマシだろう。かくして、少女の名は俺たちの中でだけ、三つ編みちゃんに決まった。
「いつか、本当の名前もわかるといいんだけどな」
「……そうですね」
この子の名前が分かるころには、彼女の行く末も決まっているのだろうか。どうなるのか、見当もつかないが……せめて、その道筋が見えるところまでは、彼女を連れて行こう。それが最低限で、最大限の俺たちができることだろうから。
ウィルの作ってくれためしを食い、少し休憩したのち、俺たちは再び移動を開始した。
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