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11章 夢の続き
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山の中腹あたりで夜を過ごすと、翌朝は快晴だった。高所の空気は澄んできりりと冷たく、はるか遠くの峰まで見通せる。
行きがけにはイエティに襲われたが、今回はモンスターが現れることもなく、すこぶる順調に坑道の入り口である大穴のふちまでたどり着いた。穴を下りて行こうとすると、その深さに恐れおののいた三つ編みちゃんが暴れるという、小さなハプニングこそあったものの、無事に中ほどのあたりまで穴を下りた。確か前は、この辺でドワーフたちに襲われたはずだ。
「たぶん、今もどこかで見てるんだろうな……おーい!前にここで世話になったモンだけど!」
俺は人気のない断崖に叫んだ。するとやはり、通路のどこかでゴトリと音がした。
「おう。お前さんたち、戻ってきたんか」
「リアアァァ!?」
うわ!ドワーフは、あろうことか俺たちの足下に潜んでいた。三つ編みちゃんが聞きなれない悲鳴を上げて、腰を抜かしている。
「び、びっくりした。あ、あんた、フォルスバーグか?」
「おうよ。たく、こんくれぇで驚かれても困るぜ。地下と名のつく場所なら、どこにでもいるのがドワーフっちゅうもんなのによ」
ひげもじゃのフォルスバーグは、足元の石蓋をゴトリと持ち上げて、穴から這い出てきた。
「ま、無事に戻ってなによりよ。ところで、見慣れねぇのが一人増えてるが?」
フォルスバーグは、未だに尻もちをついている三つ編みちゃんをじろりと見た。三つ編みちゃんがひっと息をのむ。
「ああ、この子は途中で……拾った、ってことになるのかな?とにかく、しばらくは一緒に旅をすることになったんだ」
「そうか。お前さんたちの仲間なら問題ない。ほんなら、町に向かうとしよう」
フォルスバーグの案内の下、俺たちは通路の途中に巧妙に隠された秘密の横穴を抜け、ドワーフの町・カムロ坑道へと入っていった。
「おや。どうやら旅がらすたちが戻って来たみたいじゃの」
町の入り口では、前と同じくメイフィールドが出迎えてくれた。
「メイフィールド、少しぶりだな。一週間とちょっとくらいか?」
「はて?ほんの昨日くらいにお前さんたちを見送った気もするが……そんなに経っておったかの」
メイフィールドは白い髭を撫でて、不思議そうな顔をした。ああそういや、ドワーフの時間感覚は実にアバウトなんだっけ……やれやれ、もう一度ここでの暮らしを思い出さないとな。
「あ、そうだメイフィールド。鍛冶場のドワーフたち、どうだった?何か聞いてるかな?」
「うむ。作業自体は進んでおるようじゃぞ。気になるのなら覗きに行ってみるかの」
「そうだな。そうしよう」
鍛冶場のドワーフたちは、エラゼムの剣の修理に二週間かかると言っていた。俺たちが北の町に行っていたのがだいたい十日かそこいらだから、まだもう少しは掛かりそうだな。けどよかった。そもそも材料が手に入るか分からないって聞いてたけど、作業が進んでいるならその心配は要らなさそうだ。
メイフィールドに連れられて、俺たちはホムラの鍛冶場へとやって来た。三つ編みちゃんは宿に置いてきた方が良かったかもしれないな。何を見ても、どこに行ってもあごが外れそうなくらい驚いている。例にもよって、メイフィールドは鍛冶場の中へは付いてこなかった。俺たちだけで鍛冶場に入ると、すぐに以前会った、若い見た目の(見た目だけだが)ドワーフを見つけることができた。
「おーい」
「んぇ?あ、あんたたちか。戻ってきたんだな」
若いドワーフは手に持っていた重そうな金づちを置くと、首にかけたタオルで顔を拭って、こちらにやって来た。
「あんたたち、あれだろ?剣の修理を依頼してきた人間だ」
「ああ。少しぶりだな。材料、見つかったんだって?どうかな、進捗の方は?」
「おう、ばっちしさ。オヤジがいつになく張り切ってるから、予定より一日二日は早く終わりそうだよ」
「おぉ、ほんとか?そりゃよかった」
俺はあの、ガラクタの山に埋もれたオヤジさんの姿を思い出した。かなり怪しい雰囲気だったけど、やっぱり腕は確かなんだな。
「じゃあ、もうしばらく待てばいい感じか?」
「だな。あーあ、にしても羨ましいよなぁ。オヤジはさぁ」
「うん?オヤジさんが……?あんたもガラクタに埋もれる趣味があるのか?」
「ちっげえよ!そうじゃなくて……だぁってよ、純アダマンタイト製の剣の修理なんて、そうそうできるもんじゃないぜ?ドワーフは剣なんか使わないしさ。俺も一度でいいから、武器の修理とかしてみてぇよ。俺、まだ触らせてももらえないんだ」
「へーえ……」
やっぱりまだ、このドワーフは見習いなんだな。武器の修理か……あいにくと俺たちは、ほとんど得物を持ってないしなぁ……
「って、あ。そうだった。俺の剣だ」
すっかり忘れていた。今まで愛用して……いたわけではないけれど。とにかく、長い事連れ添ってきた剣がつい先日、ぽっきり折れてしまったのだ。
「それならちょうどいいか。なあ、もしあれだったら、俺の剣を直してくれないか?」
「え?お前も剣を持ってたのか」
「ま、いちおうな……」
俺はベルトから鞘を外して、若いドワーフに差し出した。ドワーフが剣を引き抜くと、ばっきり半分に折れた刀身が現れる。ドワーフはあきれ顔をした。
「おいおい。こりゃ、剣じゃなくてガラクタって呼ぶ方がふさわしいんじゃねえか?こんなもん、直したところでどうにもなんねえよ。別の剣にした方が百倍マシだぜ」
「あ、やっぱり?だよなぁ……けど、ちょっとだけ愛着があるんだよ」
「愛着ったって……たぶん、新品を買うより倍くらい掛かっちまうぜ?」
う、倍か……俺たちの財政は、常にひっ迫した状況にある。旅から旅の根無し草では、貯まるものも貯まらないのだ。俺は残高を確認しようと、カバンを漁って、財布代わりの巾着を探した。すると……
「ん?なんだこりゃ」
カバンの底の方に、汚らしい石が入っている。なんでこんなもんが?何かの拍子に転がり込んだのだろうか。それを取り出してみると、所々に錆びたような、赤茶けた汚れが付いていた。
「……それ、あれじゃないの。王都で、インチキ魔術師たちに押し付けられたやつ」
石を見たフランが言う。あれ、なんだっけそれ……ああ、あれか!魔術大会で優勝したのに、結局賞金はもらえなくて、その代わりにこいつを貰ったんだ。高価な鉱石だとかなんとかって……
「あー、あったあった。そうか、まだ持ってたんだ」
「あなた、剣といいそれといい、役に立たないものを持ちすぎなんじゃないの?」
う、全くその通りで……どうにも、こういうのを捨てられないタチなんだよな。しかし、これはどう考えても不用品だ。どうしてとっておこうと思ったんだろう?しゃーない、ここを出たら捨ててしまおうと、石をしまいなおそうとしたその時。俺の手を、がしっとドワーフが掴んだ。
「え?」
「それ……よく、見せてくれ」
若いドワーフは、今までないくらい真剣な声で言った。それって、この石ころのことだよな?なんだかわからないが、とりあえず俺は、石ころをドワーフに渡した。
「………………」
若いドワーフは石を丹念に見つめている。角度を変え、目を細め、指でさすって……たかが石一つに、ずいぶん大げさだな。俺たちみんなが疑問を抱く中、若いドワーフはじっくり時間を掛けて石を調べ、やがてほぅとため息をついた。
「ふぅ……やっぱりだ。間違いない」
「うん?そうだよ、間違いなく石ころだ」
「違う、そうじゃない。これは、マナメタルの鉱石だ。それも、かなり貴重な」
へ?俺たち全員(アルルカと三つ編みちゃんは除くが)の目が点になった。
「血潮が如き赤と、流れる川の如き涼やかな魔力……これは、オリハルコン鉱石の塊だ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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山の中腹あたりで夜を過ごすと、翌朝は快晴だった。高所の空気は澄んできりりと冷たく、はるか遠くの峰まで見通せる。
行きがけにはイエティに襲われたが、今回はモンスターが現れることもなく、すこぶる順調に坑道の入り口である大穴のふちまでたどり着いた。穴を下りて行こうとすると、その深さに恐れおののいた三つ編みちゃんが暴れるという、小さなハプニングこそあったものの、無事に中ほどのあたりまで穴を下りた。確か前は、この辺でドワーフたちに襲われたはずだ。
「たぶん、今もどこかで見てるんだろうな……おーい!前にここで世話になったモンだけど!」
俺は人気のない断崖に叫んだ。するとやはり、通路のどこかでゴトリと音がした。
「おう。お前さんたち、戻ってきたんか」
「リアアァァ!?」
うわ!ドワーフは、あろうことか俺たちの足下に潜んでいた。三つ編みちゃんが聞きなれない悲鳴を上げて、腰を抜かしている。
「び、びっくりした。あ、あんた、フォルスバーグか?」
「おうよ。たく、こんくれぇで驚かれても困るぜ。地下と名のつく場所なら、どこにでもいるのがドワーフっちゅうもんなのによ」
ひげもじゃのフォルスバーグは、足元の石蓋をゴトリと持ち上げて、穴から這い出てきた。
「ま、無事に戻ってなによりよ。ところで、見慣れねぇのが一人増えてるが?」
フォルスバーグは、未だに尻もちをついている三つ編みちゃんをじろりと見た。三つ編みちゃんがひっと息をのむ。
「ああ、この子は途中で……拾った、ってことになるのかな?とにかく、しばらくは一緒に旅をすることになったんだ」
「そうか。お前さんたちの仲間なら問題ない。ほんなら、町に向かうとしよう」
フォルスバーグの案内の下、俺たちは通路の途中に巧妙に隠された秘密の横穴を抜け、ドワーフの町・カムロ坑道へと入っていった。
「おや。どうやら旅がらすたちが戻って来たみたいじゃの」
町の入り口では、前と同じくメイフィールドが出迎えてくれた。
「メイフィールド、少しぶりだな。一週間とちょっとくらいか?」
「はて?ほんの昨日くらいにお前さんたちを見送った気もするが……そんなに経っておったかの」
メイフィールドは白い髭を撫でて、不思議そうな顔をした。ああそういや、ドワーフの時間感覚は実にアバウトなんだっけ……やれやれ、もう一度ここでの暮らしを思い出さないとな。
「あ、そうだメイフィールド。鍛冶場のドワーフたち、どうだった?何か聞いてるかな?」
「うむ。作業自体は進んでおるようじゃぞ。気になるのなら覗きに行ってみるかの」
「そうだな。そうしよう」
鍛冶場のドワーフたちは、エラゼムの剣の修理に二週間かかると言っていた。俺たちが北の町に行っていたのがだいたい十日かそこいらだから、まだもう少しは掛かりそうだな。けどよかった。そもそも材料が手に入るか分からないって聞いてたけど、作業が進んでいるならその心配は要らなさそうだ。
メイフィールドに連れられて、俺たちはホムラの鍛冶場へとやって来た。三つ編みちゃんは宿に置いてきた方が良かったかもしれないな。何を見ても、どこに行ってもあごが外れそうなくらい驚いている。例にもよって、メイフィールドは鍛冶場の中へは付いてこなかった。俺たちだけで鍛冶場に入ると、すぐに以前会った、若い見た目の(見た目だけだが)ドワーフを見つけることができた。
「おーい」
「んぇ?あ、あんたたちか。戻ってきたんだな」
若いドワーフは手に持っていた重そうな金づちを置くと、首にかけたタオルで顔を拭って、こちらにやって来た。
「あんたたち、あれだろ?剣の修理を依頼してきた人間だ」
「ああ。少しぶりだな。材料、見つかったんだって?どうかな、進捗の方は?」
「おう、ばっちしさ。オヤジがいつになく張り切ってるから、予定より一日二日は早く終わりそうだよ」
「おぉ、ほんとか?そりゃよかった」
俺はあの、ガラクタの山に埋もれたオヤジさんの姿を思い出した。かなり怪しい雰囲気だったけど、やっぱり腕は確かなんだな。
「じゃあ、もうしばらく待てばいい感じか?」
「だな。あーあ、にしても羨ましいよなぁ。オヤジはさぁ」
「うん?オヤジさんが……?あんたもガラクタに埋もれる趣味があるのか?」
「ちっげえよ!そうじゃなくて……だぁってよ、純アダマンタイト製の剣の修理なんて、そうそうできるもんじゃないぜ?ドワーフは剣なんか使わないしさ。俺も一度でいいから、武器の修理とかしてみてぇよ。俺、まだ触らせてももらえないんだ」
「へーえ……」
やっぱりまだ、このドワーフは見習いなんだな。武器の修理か……あいにくと俺たちは、ほとんど得物を持ってないしなぁ……
「って、あ。そうだった。俺の剣だ」
すっかり忘れていた。今まで愛用して……いたわけではないけれど。とにかく、長い事連れ添ってきた剣がつい先日、ぽっきり折れてしまったのだ。
「それならちょうどいいか。なあ、もしあれだったら、俺の剣を直してくれないか?」
「え?お前も剣を持ってたのか」
「ま、いちおうな……」
俺はベルトから鞘を外して、若いドワーフに差し出した。ドワーフが剣を引き抜くと、ばっきり半分に折れた刀身が現れる。ドワーフはあきれ顔をした。
「おいおい。こりゃ、剣じゃなくてガラクタって呼ぶ方がふさわしいんじゃねえか?こんなもん、直したところでどうにもなんねえよ。別の剣にした方が百倍マシだぜ」
「あ、やっぱり?だよなぁ……けど、ちょっとだけ愛着があるんだよ」
「愛着ったって……たぶん、新品を買うより倍くらい掛かっちまうぜ?」
う、倍か……俺たちの財政は、常にひっ迫した状況にある。旅から旅の根無し草では、貯まるものも貯まらないのだ。俺は残高を確認しようと、カバンを漁って、財布代わりの巾着を探した。すると……
「ん?なんだこりゃ」
カバンの底の方に、汚らしい石が入っている。なんでこんなもんが?何かの拍子に転がり込んだのだろうか。それを取り出してみると、所々に錆びたような、赤茶けた汚れが付いていた。
「……それ、あれじゃないの。王都で、インチキ魔術師たちに押し付けられたやつ」
石を見たフランが言う。あれ、なんだっけそれ……ああ、あれか!魔術大会で優勝したのに、結局賞金はもらえなくて、その代わりにこいつを貰ったんだ。高価な鉱石だとかなんとかって……
「あー、あったあった。そうか、まだ持ってたんだ」
「あなた、剣といいそれといい、役に立たないものを持ちすぎなんじゃないの?」
う、全くその通りで……どうにも、こういうのを捨てられないタチなんだよな。しかし、これはどう考えても不用品だ。どうしてとっておこうと思ったんだろう?しゃーない、ここを出たら捨ててしまおうと、石をしまいなおそうとしたその時。俺の手を、がしっとドワーフが掴んだ。
「え?」
「それ……よく、見せてくれ」
若いドワーフは、今までないくらい真剣な声で言った。それって、この石ころのことだよな?なんだかわからないが、とりあえず俺は、石ころをドワーフに渡した。
「………………」
若いドワーフは石を丹念に見つめている。角度を変え、目を細め、指でさすって……たかが石一つに、ずいぶん大げさだな。俺たちみんなが疑問を抱く中、若いドワーフはじっくり時間を掛けて石を調べ、やがてほぅとため息をついた。
「ふぅ……やっぱりだ。間違いない」
「うん?そうだよ、間違いなく石ころだ」
「違う、そうじゃない。これは、マナメタルの鉱石だ。それも、かなり貴重な」
へ?俺たち全員(アルルカと三つ編みちゃんは除くが)の目が点になった。
「血潮が如き赤と、流れる川の如き涼やかな魔力……これは、オリハルコン鉱石の塊だ」
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