415 / 860
11章 夢の続き
6-2
しおりを挟む
6-2
「びず、ぐずっ……うっう」
「ウィル、いい加減泣き止めよ」
「だっでぇ……えぐっ」
まったく、こりゃしばらく駄目そうだな。壊れた蛇口のように涙をこぼし続けるウィルを見て、俺はため息をついた。
俺たちは今、王都から出発した馬車の中でガタゴト揺られている。大きな馬車だ。俺たち六人がまとめて乗れるくらいの広さがある。ただ、いまいち速さが出ないのが欠点だな。
馬車は俺たちの以外にも、あと七、八台はあった気がする。大所帯にはそれぞれ兵士たちや外交官らしき人、それに食料だとか、大きな木箱(俺の見立てでは土産物だ)だとかを山ほど積んでいるので、スピードが出せないんだ。それに、忘れちゃいけないけど、病人もいるしな。
ところで、ウィルはさっきのライラと三つ編みちゃんの別れが、涙腺のツボに入ってしまったらしい。そりゃ、俺だって目が潤んだけど、隣であまりにも号泣されるもんだから、涙が引っ込んでしまった。
「ライラは、もう大丈夫か?」
「うん……」
ライラは俺の隣に、ぴったりと引っ付いている。三つ編みちゃんがいなくなったすき間を、埋めようとしているのかもしれないな。ライラ自身は泣き止んではいるものの、やっぱりまだ元気がなかった。
「あー……まあ、無理はすんなよ。こういう時は、無理して元気にならなくてもいいから」
「……元気出せって、言わないの?」
「え?いや、元気になってほしくないわけじゃないぞ。ただ、なんていうか。今は、しんどいだろ?沈み過ぎるのも良くないと思うけど、こういう時に疲れるのは、もっと良くないと思うから」
「ふーん……そっか」
「まあ後は、そうだな。こう言うと、変な風に思われるかもしれないけど。俺は、少し嬉しかったよ」
「うれ、しい?」
「ああ。ライラは、たくさん悲しんで、たくさん泣いただろ。それは、それだけ別れた人の事を想えたってことじゃないかな。別れの寂しさが大きいってことは、それだけその人と親しくなれた証だと、俺は思うんだ」
「……ライラ、今とっても、胸の奥が痛いの。それに、すごく悲しい……これって、いい事なの?それだけ三つ編みちゃんと、仲良くなれたってことなのかな」
「ああ。別れが悲しいってのは、きちんとその人と仲良くなれた証だ。そんな人との別れが、辛くないわけないじゃないか。だから、今ライラの胸が痛いのは、とてもいい事だと、俺は思う」
「そっか……」
ライラは胸のあたりを握り締めて、その奥の痛みを感じるように瞳を閉じた。
実際、さっきのライラはとても偉かったと思う。俺たちじゃどうすることもできなかった、泣き叫ぶ三つ編みちゃんを、きちんと慰めたのだから。俺が十歳だったころ、あんなことができた気がしない。
(なんか、ちょっと感慨深いな)
出会ったばかりのころは、どこであろうと平気で魔法をぶっ放して、他人の迷惑なんて考えもしなかったライラが……彼女の成長に、俺がほんの少しでも加担できていればいんだけど。
「そっか……ライラが弱いから、痛いんじゃないんだね。これって、いい事なんだ」
ライラは目を開けると、俺へと顔を向ける。
「ねえ。桜下は、もしもライラとお別れするってなったら、寂しい?泣く?」
「え?ああ、そりゃもちろん。たぶん三日三晩は泣き続けるよ」
「えへへ、うれしい。けど、居なくならないでね?」
「おう」
ライラは少しだが、笑顔を見せた。よかった、ちょっとは気が晴れたみたいで。
「……それで、どうしてお前はもっと泣くんだよ」
「だっで、だっでぇぇぇ。おぶだりども、なんがいいごどいうがらぁぁぁぁ」
ウィルが泣き止んだのは、結局それから数十分後の事だった。
「よう。少しいいか?」
夜になって、街道わきの小さな森のなかで野営をすることになった。俺たちが他の兵士たちから離れたところで夕飯を食べていると、一人の兵士が声を掛けてきた。
「んぐ?もぐ、ごくん。あれ、あんたは」
「ヘイズだ。城門の修繕以来だな」
やって来たのは、切れ長の目の、若い兵士。エドガーの部下の、ヘイズだった。ヘイズは俺たちのそばに来ると、しきりに何もない所に目をやっている。はは、幽霊恐怖症は、まだ治っていないみたいだ。
「ああ、久しぶり。あんたも来てたのか」
「当然だ。オレはエドガー隊長の直属だからな。まさか、あの人があんな風になるだなんて……」
ヘイズは悔しそうに唇を噛む。エドガーのあんな姿を見ちゃ、そうもなるだろう。
「それに、お前が同行を承諾したと聞いて、驚いたぜ。お前と隊長は、犬猿の仲だと思ってたけどな?」
「あっちが一方的に噛みついてくるんだよ。けどまあ、それで死なれたら、化けて出てきそうで困るからな」
「はは、ネクロマンサーのお前が?おかしな話だぜ」
ヘイズはくくっと笑う。ところで、何をしに来たのだろう?俺がそう訊ねる前に、ヘイズが本題を口にした。
「それでだ。食事中に悪いんだが、少し付き合ってくれないか?すぐそこまでだ」
「はあ。いいけど、どこ行くんだ?」
「実は今、隊長が目を覚ましたんだ。お前たちの話をしたら、話がしたいって言うんでな」
エドガーが?ロアに聞いた話では、エドガーが起きている時間は日に日に短くなっていっているという。だったら、かなり貴重な機会ってことだな。俺はスープの皿を置いた。
「わかった。行こう」
「よし。こっちだ」
俺たちは立ちあがると、ヘイズの案内の下、一台の馬車の前まで行った。病室?に大勢で行くのも何なので、中に入るのは俺とヘイズだけにしておく。ウィルやライラに、あの姿のエドガーを何度も見せるのも酷だしな。
「隊長。あの不良勇者を連れてきましたよ」
ヘイズは一声かけてから、馬車の扉を開けた。ったく、失礼な紹介だ。
馬車の中は、王城の医務室と同じ、粉薬のような苦い匂いで満ちていた。たぶん、薬草か何かの匂いなんだろう。藁づくりの簡易的なベッドがしつらえられ、そこにエドガーが寝ていた。
「ぉお……来たか、ネクロマンサー……」
かろうじてそう聞き取れるかすれた声で、エドガーが挨拶した。あれだけやかましかったダミ声が、見る影もない。俺がベッドサイドに立っても、エドガーはほとんど目を開けなかった。開けたくても開けられないのかもしれない。
「よう、エドガー。元気そうだな」
「ふ、ふ……そうだろう。これまでで、一番……」
エドガーは続けようとしたが、そこから先はひゅーひゅーという音しか出てこなかった。少し間をおき、息を整えてから、再び口を開く。
「まったく……何たるざまだ。貴様のくだらん冗談にも返せんとは……」
「……あんまり、無理してしゃべるなよ。あんたはただでさえやかましいんだ、少しくらい静かにしても、バチは当たらないと思うぜ」
「うるさいわい……しかし、お前が同行したと聞いて驚いたぞ。どういう風の……ゴホ」
「……ロアに頼まれたんだよ。ずいぶん気を揉んだみたいだぜ」
「ロア、様が……私のこの呪いは、自業自得だというのに。放っておいてくだされば……ごほ、ゴホゴホ!」
そこまで言うと、エドガーは激しく咳き込んだ。ヘイズが見ちゃいられないというように、ずれた毛布を掛けなおす。
「隊長。もうこれ以上は。お体に障りますよ」
「そうだぜ。あんたはおとなしく寝てな。元気になった後で、話ならいくらでも聞いてやるよ」
俺たち二人に言い含められると、さすがにエドガーも根負けした。ぜいぜいと荒い息をしながら、ぐったりとベッドに沈み込む。
「すまん……手間をかけるな」
「ま、これで王都での借りはちゃらだからな。それじゃ、ゆっくり休めよ」
病人の下に長居もよくない。俺は話を切り上げると、エドガーの馬車から出た。
「はぁ……相当弱っているみたいだな。あいつに謝られる日が来るなんて、夢にも思わなかったぜ」
俺の言葉に、ヘイズも苦々し気にうなずいた。
「ああ……治癒術師の診断では、あと一か月もたないらしい。だから、何としてでも、この遠征を成功させなきゃならねえ」
う、責任重大だな……しゃあなし、人の命が掛かっているんだ。重くもなるさ。
エドガーの馬車から離れながら、ヘイズが思い出したように話を振ってきた。
「ああ、そういや。これを話しておかないとと思っていたんだ」
「うん?まだなんかあるのか?」
「お前たち、この前ロア様に、七つの魔境がどうとかって話をしたらしいな」
おお、そう言えば。謎多き女旅人、ペトラから聞いた話を、ロアにもしていたんだった。確かロアは、マスカレードの奴が現れるかもしれないから、警備を敷くって言っていたっけか……
「なにか、わかったのか?」
「ああ。近くの村から目撃情報が上がった。お前たちも知っているだろ、モンロービルの村だ」
モンロービル!俺とフランが、同時に目を見開く。モンロービル村は、フランの故郷だ。それに、魔境の一つである瘴気の森も近い。
「その、目撃情報って?」
「黒い服の女。そしてもう一人、正体不明の人物だ。女の方がお前の言っていた旅人なのだとしたら、おのずともう一人も絞り込めてくる」
「……奴か?マスカレード?」
「と、オレたちは睨んでいる。そして、その女とマスカレードがグルではない可能性も出てきた」
「えっ、そうなのか?まぁもともと、仲間じゃないとは思ってたけど……何か証拠が?」
「ああ。村人によると、その日村はずれの森で、何者かが戦闘をしていたらしい。かなり激しい戦いだったみたいだ。村人たちが不安がって様子を見に行ったところ、先の二人が目撃されたってわけだ」
てことは、ペトラとマスカレードが戦闘を……?あの二人が戦ったら、どんなことになるんだろう。見たいような、見たくないような。
「そうだったのか……やっぱりマスカレードは、七つの魔境に現れたんだな。あいつ、いったい何が目的なんだ?竜の骨なんか、なんに使うんだろう」
「それについては、オレたちもまだ分かっちゃいねえよ。とりあえず、今つかめている情報は以上だ。ロア様も気にしちゃいたが、そればっかりにかまけてもいられない立場だからな」
「それもそうだ。あれから王都はどうなった?」
「ああ。おかげさんで、復興作業も順調だ。あの門が直ったのはでかかったな」
自分の功績を褒められ、ライラがふふんと、誇らしげに無い胸を張った。
「あとは、まあ特に何も……あ、そいや。最近不審者がよく出るって聞いたな」
「へ?不審者?」
「ああ。なに、大した奴じゃないんだ。道行く女に、片っ端から声をかけまくってる男がいるって噂になってんだよ。ま、不審者というか、たちの悪いナンパみたいな感じだ」
「へー……けど、王都は広いじゃないか。ナンパの一人二人くらい、珍しくもないんじゃないのか?」
「いや、それがそいつ、妙な点が多いんだ。まず、そいつに声を掛けられたって女性は、やたらと金髪の人が多いんだ。それに全体的に歳が若くて、かつスタイルのいい人に被害が集中してる」
うん……?俺の脳裏に、嫌な予感がよぎった。若くて、金髪で、スタイルがいい……たぶんこの場合、より正確には、胸が大きいと言ったほうがいいだろう。その条件に当てはまる女性の一人、ウィルもまた、何か思い当たる節があるみたいだ。なんだろう、例えて言うなら、家にゴキブリが出た時みたいな顔をしている。
「ここまでの特徴は、単にそのナンパ師の好みともとれるだろ?けどもう一つ、傑作な特徴があってだな……」
「……まさか、自分は聖職者だって名乗ってる?」
「あ?なんだ、知ってたのか?」
「いや、まぁたまたまというか……」
間違いない。その変質者とは、この前王都で出会った自称ウィルの恋人、ウィルいわく女好きのどうしようもないやつ。ブラザー・デュアンの事だろう。あいつ、まだ王都にいるのか。ウィルが、頭が痛いというように額を押さえている。
「はは……その変質者、まさか法に触れるような事はしてないよな?」
「そうらしい。あくまでしつこく声を掛けるだけなんだとさ。つっても、それだけでも迷惑な話だし、やめてもらいたいもんだが」
「そうだなぁ……」
デュアンの目的は、ウィルを探すこと。だが彼は、ウィルが幽霊になってしまったことは知らないんだ。そのせいで、こんな頭が痛い事になっているのだが……早く諦めてくれることを祈るしかないな。
もと居た場所まで戻ってきて、俺たちとヘイズは別れた。おかしな話を聞いてすっかり食欲の失せてしまった俺は、食い残しをさっさとかきこんで、自分たちの馬車へ戻るのだった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
「びず、ぐずっ……うっう」
「ウィル、いい加減泣き止めよ」
「だっでぇ……えぐっ」
まったく、こりゃしばらく駄目そうだな。壊れた蛇口のように涙をこぼし続けるウィルを見て、俺はため息をついた。
俺たちは今、王都から出発した馬車の中でガタゴト揺られている。大きな馬車だ。俺たち六人がまとめて乗れるくらいの広さがある。ただ、いまいち速さが出ないのが欠点だな。
馬車は俺たちの以外にも、あと七、八台はあった気がする。大所帯にはそれぞれ兵士たちや外交官らしき人、それに食料だとか、大きな木箱(俺の見立てでは土産物だ)だとかを山ほど積んでいるので、スピードが出せないんだ。それに、忘れちゃいけないけど、病人もいるしな。
ところで、ウィルはさっきのライラと三つ編みちゃんの別れが、涙腺のツボに入ってしまったらしい。そりゃ、俺だって目が潤んだけど、隣であまりにも号泣されるもんだから、涙が引っ込んでしまった。
「ライラは、もう大丈夫か?」
「うん……」
ライラは俺の隣に、ぴったりと引っ付いている。三つ編みちゃんがいなくなったすき間を、埋めようとしているのかもしれないな。ライラ自身は泣き止んではいるものの、やっぱりまだ元気がなかった。
「あー……まあ、無理はすんなよ。こういう時は、無理して元気にならなくてもいいから」
「……元気出せって、言わないの?」
「え?いや、元気になってほしくないわけじゃないぞ。ただ、なんていうか。今は、しんどいだろ?沈み過ぎるのも良くないと思うけど、こういう時に疲れるのは、もっと良くないと思うから」
「ふーん……そっか」
「まあ後は、そうだな。こう言うと、変な風に思われるかもしれないけど。俺は、少し嬉しかったよ」
「うれ、しい?」
「ああ。ライラは、たくさん悲しんで、たくさん泣いただろ。それは、それだけ別れた人の事を想えたってことじゃないかな。別れの寂しさが大きいってことは、それだけその人と親しくなれた証だと、俺は思うんだ」
「……ライラ、今とっても、胸の奥が痛いの。それに、すごく悲しい……これって、いい事なの?それだけ三つ編みちゃんと、仲良くなれたってことなのかな」
「ああ。別れが悲しいってのは、きちんとその人と仲良くなれた証だ。そんな人との別れが、辛くないわけないじゃないか。だから、今ライラの胸が痛いのは、とてもいい事だと、俺は思う」
「そっか……」
ライラは胸のあたりを握り締めて、その奥の痛みを感じるように瞳を閉じた。
実際、さっきのライラはとても偉かったと思う。俺たちじゃどうすることもできなかった、泣き叫ぶ三つ編みちゃんを、きちんと慰めたのだから。俺が十歳だったころ、あんなことができた気がしない。
(なんか、ちょっと感慨深いな)
出会ったばかりのころは、どこであろうと平気で魔法をぶっ放して、他人の迷惑なんて考えもしなかったライラが……彼女の成長に、俺がほんの少しでも加担できていればいんだけど。
「そっか……ライラが弱いから、痛いんじゃないんだね。これって、いい事なんだ」
ライラは目を開けると、俺へと顔を向ける。
「ねえ。桜下は、もしもライラとお別れするってなったら、寂しい?泣く?」
「え?ああ、そりゃもちろん。たぶん三日三晩は泣き続けるよ」
「えへへ、うれしい。けど、居なくならないでね?」
「おう」
ライラは少しだが、笑顔を見せた。よかった、ちょっとは気が晴れたみたいで。
「……それで、どうしてお前はもっと泣くんだよ」
「だっで、だっでぇぇぇ。おぶだりども、なんがいいごどいうがらぁぁぁぁ」
ウィルが泣き止んだのは、結局それから数十分後の事だった。
「よう。少しいいか?」
夜になって、街道わきの小さな森のなかで野営をすることになった。俺たちが他の兵士たちから離れたところで夕飯を食べていると、一人の兵士が声を掛けてきた。
「んぐ?もぐ、ごくん。あれ、あんたは」
「ヘイズだ。城門の修繕以来だな」
やって来たのは、切れ長の目の、若い兵士。エドガーの部下の、ヘイズだった。ヘイズは俺たちのそばに来ると、しきりに何もない所に目をやっている。はは、幽霊恐怖症は、まだ治っていないみたいだ。
「ああ、久しぶり。あんたも来てたのか」
「当然だ。オレはエドガー隊長の直属だからな。まさか、あの人があんな風になるだなんて……」
ヘイズは悔しそうに唇を噛む。エドガーのあんな姿を見ちゃ、そうもなるだろう。
「それに、お前が同行を承諾したと聞いて、驚いたぜ。お前と隊長は、犬猿の仲だと思ってたけどな?」
「あっちが一方的に噛みついてくるんだよ。けどまあ、それで死なれたら、化けて出てきそうで困るからな」
「はは、ネクロマンサーのお前が?おかしな話だぜ」
ヘイズはくくっと笑う。ところで、何をしに来たのだろう?俺がそう訊ねる前に、ヘイズが本題を口にした。
「それでだ。食事中に悪いんだが、少し付き合ってくれないか?すぐそこまでだ」
「はあ。いいけど、どこ行くんだ?」
「実は今、隊長が目を覚ましたんだ。お前たちの話をしたら、話がしたいって言うんでな」
エドガーが?ロアに聞いた話では、エドガーが起きている時間は日に日に短くなっていっているという。だったら、かなり貴重な機会ってことだな。俺はスープの皿を置いた。
「わかった。行こう」
「よし。こっちだ」
俺たちは立ちあがると、ヘイズの案内の下、一台の馬車の前まで行った。病室?に大勢で行くのも何なので、中に入るのは俺とヘイズだけにしておく。ウィルやライラに、あの姿のエドガーを何度も見せるのも酷だしな。
「隊長。あの不良勇者を連れてきましたよ」
ヘイズは一声かけてから、馬車の扉を開けた。ったく、失礼な紹介だ。
馬車の中は、王城の医務室と同じ、粉薬のような苦い匂いで満ちていた。たぶん、薬草か何かの匂いなんだろう。藁づくりの簡易的なベッドがしつらえられ、そこにエドガーが寝ていた。
「ぉお……来たか、ネクロマンサー……」
かろうじてそう聞き取れるかすれた声で、エドガーが挨拶した。あれだけやかましかったダミ声が、見る影もない。俺がベッドサイドに立っても、エドガーはほとんど目を開けなかった。開けたくても開けられないのかもしれない。
「よう、エドガー。元気そうだな」
「ふ、ふ……そうだろう。これまでで、一番……」
エドガーは続けようとしたが、そこから先はひゅーひゅーという音しか出てこなかった。少し間をおき、息を整えてから、再び口を開く。
「まったく……何たるざまだ。貴様のくだらん冗談にも返せんとは……」
「……あんまり、無理してしゃべるなよ。あんたはただでさえやかましいんだ、少しくらい静かにしても、バチは当たらないと思うぜ」
「うるさいわい……しかし、お前が同行したと聞いて驚いたぞ。どういう風の……ゴホ」
「……ロアに頼まれたんだよ。ずいぶん気を揉んだみたいだぜ」
「ロア、様が……私のこの呪いは、自業自得だというのに。放っておいてくだされば……ごほ、ゴホゴホ!」
そこまで言うと、エドガーは激しく咳き込んだ。ヘイズが見ちゃいられないというように、ずれた毛布を掛けなおす。
「隊長。もうこれ以上は。お体に障りますよ」
「そうだぜ。あんたはおとなしく寝てな。元気になった後で、話ならいくらでも聞いてやるよ」
俺たち二人に言い含められると、さすがにエドガーも根負けした。ぜいぜいと荒い息をしながら、ぐったりとベッドに沈み込む。
「すまん……手間をかけるな」
「ま、これで王都での借りはちゃらだからな。それじゃ、ゆっくり休めよ」
病人の下に長居もよくない。俺は話を切り上げると、エドガーの馬車から出た。
「はぁ……相当弱っているみたいだな。あいつに謝られる日が来るなんて、夢にも思わなかったぜ」
俺の言葉に、ヘイズも苦々し気にうなずいた。
「ああ……治癒術師の診断では、あと一か月もたないらしい。だから、何としてでも、この遠征を成功させなきゃならねえ」
う、責任重大だな……しゃあなし、人の命が掛かっているんだ。重くもなるさ。
エドガーの馬車から離れながら、ヘイズが思い出したように話を振ってきた。
「ああ、そういや。これを話しておかないとと思っていたんだ」
「うん?まだなんかあるのか?」
「お前たち、この前ロア様に、七つの魔境がどうとかって話をしたらしいな」
おお、そう言えば。謎多き女旅人、ペトラから聞いた話を、ロアにもしていたんだった。確かロアは、マスカレードの奴が現れるかもしれないから、警備を敷くって言っていたっけか……
「なにか、わかったのか?」
「ああ。近くの村から目撃情報が上がった。お前たちも知っているだろ、モンロービルの村だ」
モンロービル!俺とフランが、同時に目を見開く。モンロービル村は、フランの故郷だ。それに、魔境の一つである瘴気の森も近い。
「その、目撃情報って?」
「黒い服の女。そしてもう一人、正体不明の人物だ。女の方がお前の言っていた旅人なのだとしたら、おのずともう一人も絞り込めてくる」
「……奴か?マスカレード?」
「と、オレたちは睨んでいる。そして、その女とマスカレードがグルではない可能性も出てきた」
「えっ、そうなのか?まぁもともと、仲間じゃないとは思ってたけど……何か証拠が?」
「ああ。村人によると、その日村はずれの森で、何者かが戦闘をしていたらしい。かなり激しい戦いだったみたいだ。村人たちが不安がって様子を見に行ったところ、先の二人が目撃されたってわけだ」
てことは、ペトラとマスカレードが戦闘を……?あの二人が戦ったら、どんなことになるんだろう。見たいような、見たくないような。
「そうだったのか……やっぱりマスカレードは、七つの魔境に現れたんだな。あいつ、いったい何が目的なんだ?竜の骨なんか、なんに使うんだろう」
「それについては、オレたちもまだ分かっちゃいねえよ。とりあえず、今つかめている情報は以上だ。ロア様も気にしちゃいたが、そればっかりにかまけてもいられない立場だからな」
「それもそうだ。あれから王都はどうなった?」
「ああ。おかげさんで、復興作業も順調だ。あの門が直ったのはでかかったな」
自分の功績を褒められ、ライラがふふんと、誇らしげに無い胸を張った。
「あとは、まあ特に何も……あ、そいや。最近不審者がよく出るって聞いたな」
「へ?不審者?」
「ああ。なに、大した奴じゃないんだ。道行く女に、片っ端から声をかけまくってる男がいるって噂になってんだよ。ま、不審者というか、たちの悪いナンパみたいな感じだ」
「へー……けど、王都は広いじゃないか。ナンパの一人二人くらい、珍しくもないんじゃないのか?」
「いや、それがそいつ、妙な点が多いんだ。まず、そいつに声を掛けられたって女性は、やたらと金髪の人が多いんだ。それに全体的に歳が若くて、かつスタイルのいい人に被害が集中してる」
うん……?俺の脳裏に、嫌な予感がよぎった。若くて、金髪で、スタイルがいい……たぶんこの場合、より正確には、胸が大きいと言ったほうがいいだろう。その条件に当てはまる女性の一人、ウィルもまた、何か思い当たる節があるみたいだ。なんだろう、例えて言うなら、家にゴキブリが出た時みたいな顔をしている。
「ここまでの特徴は、単にそのナンパ師の好みともとれるだろ?けどもう一つ、傑作な特徴があってだな……」
「……まさか、自分は聖職者だって名乗ってる?」
「あ?なんだ、知ってたのか?」
「いや、まぁたまたまというか……」
間違いない。その変質者とは、この前王都で出会った自称ウィルの恋人、ウィルいわく女好きのどうしようもないやつ。ブラザー・デュアンの事だろう。あいつ、まだ王都にいるのか。ウィルが、頭が痛いというように額を押さえている。
「はは……その変質者、まさか法に触れるような事はしてないよな?」
「そうらしい。あくまでしつこく声を掛けるだけなんだとさ。つっても、それだけでも迷惑な話だし、やめてもらいたいもんだが」
「そうだなぁ……」
デュアンの目的は、ウィルを探すこと。だが彼は、ウィルが幽霊になってしまったことは知らないんだ。そのせいで、こんな頭が痛い事になっているのだが……早く諦めてくれることを祈るしかないな。
もと居た場所まで戻ってきて、俺たちとヘイズは別れた。おかしな話を聞いてすっかり食欲の失せてしまった俺は、食い残しをさっさとかきこんで、自分たちの馬車へ戻るのだった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる