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11章 夢の続き
9-1 三つの試練 その1
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9-1 三つの試練 その1
俺たちが姫様の待つ逆ピラミッドへ出向く前。ミイラたちは、とある忠告をした。
「皆様。あちらの離宮は、王族の姫君が代々眠る、聖なる陵墓。軽々しく立ち入れる場所では到底なく、ましてや許しも得ずに押し入るなど、本来は言語道断なのです……」
「でも、今はしょうがないだろ。それとも、ほんとは行ってほしくないのか?」
「いえいえいえ、そうではございません。ただ、あなた様はともかく、お仲間様方は招かれざる客人。そうなると陵墓は、あなた様方に牙をむくやもしれません」
「牙?それって、何か罠とか仕掛けがあるってことか?」
「おっしゃる通り。陵墓には、立ち入る者にその資格があるのかどうかを試す、三つの試練が仕掛けられているのです」
「試練だって?それ、一体どんな……?」
「申し訳ありません。我らも、詳細は知らされていないのです。ただ、その者の誠の勇気と知恵、そして愛を問うものだとか……」
ぬぅ。勇気と知恵と、愛ねえ。その三つがありゃ、この世のあらゆる問題を解決できそうなもんだけどな。
「まあ、覚悟だけはしておくよ。いずれにせよ、そこを通らなけりゃ上には出れないんだから」
「はい。皆様方のご健闘を、わたくし共一同、深く願っております……」
深々と礼をしたミイラの一団に見送られて、俺たちは出発した。
「三つの試練……いったい、どんなものなんでしょうか」
ウィルが不安そうな顔で、前方にぼんやり浮かぶピラミッドを眺める。
「さてな……けど王様の墓には、罠とかはつきものだろ」
「そうですね……まるで、子どものころに聞いた吟遊詩人の歌みたいです。罠の仕掛けられた、地底のダンジョンに潜るだなんて……現実味が湧きません」
「だな。最後に待ってるのがお宝じゃないってのは、歌とは違うところだけど」
「そうですか?最後には可愛いお姫さまが待っているじゃないですか。十分お宝なんじゃありません?」
「……誘導尋問なら、引っかからないからな」
「ふふふ、すみません。冗談です」
静まり返った死者の都をしばらく歩くと、逆さのピラミッドの頂点部分に近づいてきた。遠くから見ている時は暗くて分からなかったけど、その真下には塔が立っていた。頂点から垂れ下がった糸のようにも見える、細長い塔だ。俺たちはその塔へと向かう。
塔の中は、ぐるぐると続く螺旋階段になっていた。ここを登っていけば、姫様の待つ離宮の中に入れるんだろう。
「ふう。ここを登るだけでも、立派な試練になりそうだ」
「気を付けてよ。もう試練が始まってるかもしれないんだから」
そう言って、フランは俺の前を先行して登り始めた。確かにフランの言う通りだな。いつ何が起こってもいいように、俺は気合を入れて、階段の一段目に足を乗せた。
「ハァーッ……ハァーッ……」
今にも死にそうな呼吸音だな。誰だ?あ、俺以外はみんな生きてないのか。
螺旋階段は、想像以上に長く続いていた。外から見たときは、もう少し楽だと思っていたのに。暗かったから、目測を誤ったみたいだ。
俺がこんなだから、監視と警戒は完全にフランに任せきりだった。その背中に、五十段ほどで参ってしまったライラがへばりついている。俺はウィルとエラゼムに後ろから押してもらう形で、何とか一歩一歩踏みしめるように上り続けていた。
「最後に……寝たの……いつだっけ……」
「はい?遺嶺洞に入ってからのことですか?あ、そう言えば、いつだったかしら……エラゼムさん、覚えてます?」
「ふうむ。確か、野営の準備をしているところを、ラミアの群れに襲われたのではなかったですかな」
「あ、そうでしたそうでした。じゃあきっと、今頃外は真夜中ですね」
うひー。てことは、俺は夜通し、この地下をさ迷い続けているのか。どうりで疲れるわけだ。おまけに、飯も食いそびれているし……ああ、思い出すんじゃなかった。下腹がキュウキュウ鳴り始めたぞ。食料の入った荷袋は馬車に置きっぱなしだから、どうすることもできない。早いとこヘイズたちと合流しないと、飢え死にしかねないな。
俺が精魂尽き果てる寸前、ようやく階段が終わりを迎えた。広いフロアに震える足で出ると、俺はへなへなと崩れ落ちてしまった。
「はーっ、はーっ……ここ、どこだ……?」
「恐らく、あの逆三角錐の底の部分でありましょう。ここからさらに上に上っていけば、始めの洞窟に戻れるのではないでしょうか」
まだ上るのか……ひょっとして、本当にこれが試練なんじゃという気がしてきた。何千段もの階段を上り切れるフィジカルのある者が、お姫様に相応しいという……
「あ。ねえ、あれなんだろ?」
ふと、フランの背に乗ったライラが、何かを見つけたようだ。俺は力なく、首から上だけを動かしてそちらを見る。
俺たちが出た広いフロアは、群青色をしたメタリックな素材でできた、無機質な空間だった。外観と同じように、やはり建材自体が淡く光を放っており、床も壁もぼんやり光っている。家具も窓も装飾も一つも無い空間には、ただ一つだけ、同じく無機質なのっぺりとした扉がそびえ立っていた。
「あそこが、上への入り口か……?」
俺は立ちあがろうとしたが、足が生まれたての小鹿みたいに震えて、上手く立てない……くそ、ずいぶんきてるな。日中はずっと緊張しっぱなしで、その後はラミアとの戦闘、遺跡の探索と続いたから、思っていた以上に体力を消耗していたらしい。
見かねたウィルが、俺を横から支えてくれた。
「桜下さん、少しだけ動かないでくださいね」
そう言うと、ウィルは目をつむって、両手を俺の足にかざした。
「キュアテイル」
パァ。ウィルの手から青い光が放たれ、俺の足を包み込む。
「お……おお!すごいぞウィル、足が軽くなった!」
さっきまでの疲労が嘘みたいに、俺は軽やかに立ち上がった。
「すごいな!さっきの魔法、確か回復呪文だろ?」
「ええ。楽になったならよかったです。ただ、あまり無茶はしないでくださいね?キュアテイルは、体の治癒力を増進するだけなんです。疲労が消えてなくなったわけではないので、あくまで一時しのぎと思ってください」
ふむ。確かに、さっきに比べれば格段に楽だが、それでもまだ足は重い。腹も減ったままだし、早いとこ脱出するに越したことはないだろう。
「ねえー!みんな、来てみてよー!」
おっと。扉を調べていたらしいライラとフランが、何か見つけたようだ。俺たちは殺風景な部屋を横切って、壁に取り付けられた扉のもとへと歩いて行った。
「ほらほら、ここ。なんか書いてあるよ」
扉のわきっちょを、ライラが指さしている。
「ん~……?」
そこには、文字のような、絵のようなものが彫りつけられている。
「読めない……何語だ?象形文字?」
見方によっては、絵とも、文字とも取れそうだが。そのどっちでもいいけど、肝心の意味が分からないんじゃなぁ。すると、ちりんとアニが揺れた。
『真実を、偽りと為せ』
「へ?アニ?どうした、急にポエマーだな」
『違います。ここに彫られている文字ですよ。古代ウィゲル語のようです』
「はー……?」
どうやら、アニにはこの文字が読めるらしい。外国語は知らないのに、大昔の言語には対応しているなんて。ずいぶん知識に偏りがあるな。
「それで、どういう意味だ?真実を偽りにしろって」
『さあ……その一文以外には、何も記述されていません。こちらで解釈するしかないのでは?』
「つってもなぁ……」
それだけでは、何の意味も分からない。何かの暗号なのだろうか?それを解読すれば、この扉が開くとか……ありそうな話だ。
「せめて、ヒントとかないかな。この扉のどっかにさ」
俺は、つるりとした扉のあちこちを眺める。うーん。武骨な金属板のような扉には、おおよそヒントらしきものは見当たらない。おいおい、これじゃ最初からムリゲーじゃないか。俺が眉根を寄せた、その時だ。
「んん?」
「桜下さん、どうしたんですか?」
「いや……あ、これ、やっぱり。この扉、開くぞ」
俺が扉に軽く触れただけで、分厚い鉄扉は油引き立てかというくらい、つぅっと簡単にスライドした。ウィルがあんぐり口を開ける。
「ええぇ……いえ、先に進めてよかったんですけど。これじゃ、あんまりにも……」
「だな。ったく、思わせぶりなこと書きやがって」
意味深なことを書いて、惑わせようとでもしたのだろうか?ここの設計者、かなり性格悪いな。やれやれと首を振りながら、扉の先に進もうとすると、ぐいっと肩をつかまれた。
「待って。何かの罠かもしれないよ」
フランはそう言うと、俺を引き戻して、自分が扉へと進んだ。おいおい、流石に疑い過ぎじゃないか?あっけなさ過ぎるけどさ、いくらなんでも……
ズゴゴゴ……バッチーン!
「ひぇっ!」
フランが扉をくぐろうとした、その瞬間。彼女の鼻先で、鋼鉄の扉は猛烈な勢いでスライドし、ぴしゃりと閉まってしまった。風圧で髪がふわりとなびく。
「……」
「これで分かったでしょ。油断させるための罠だって」
「はぃ……」
俺はすっかり青ざめてしまった。もしも、俺がそこをくぐっていたら……ひき肉、だ。
「あ、あぶ、危なかった……あ、ありがとな、フラン」
「いいよ。もしもまた、あなたが危ない目に遭ったら、わたし今度こそ気が狂っちゃうから。ほんとは心配でたまらないんだよ。あなたには、ずっとそばにいて欲しいんだから」
「へ……?」
俺は目を点にした。今の、ほんとにフランが言ったのか?いつもは無愛想な彼女が、みょうに素直だな?しかし、当のフラン本人も目を丸くして、口元を押さえているぞ?
「えっ。ど、どうして、わたし……桜下の事大切に思ってるのはホントだけど、みんなの前では言わないようにって思ってたのに」
またもフランは、余計なことまで口にした。おかげで俺は、大変気恥ずかしくなって目をそらし、フランは目を白黒させて大混乱している。
「フランさん、どうしちゃったんですか?前々からアピールが増えてきたなとは思ってきましたけど、今日はやけに積極的なんですね。ようやく素直になる気になったんですか?」
うわ、今度はウィルもか。ウィルはすべて言い終わった後で慌てて口を押えたが、後の祭りだ。フランは穴があったら入りたいという顔で、ぎりぎりと歯をこすり合わせている。
「そんな風に思ってたんだ……」
「ちが、違うんですよ?別に、気付かないふりをしていたとかじゃなくて。いえ、ほんとは気付いてましたけど。なかなか距離が縮まらないもんですから、こっちまでソワソワしてましたよ。って、そうじゃなくて!今の、全部ウソです!違います、本当です!うわー!?」
ど、どうなっているんだ……?ウィルは一人芝居でもしているかのように、本音と建て前を高速で行ったり来たりしている。うっかり口を滑らしたにしちゃ、あまりにも変だ。
「どうやら……」
エラゼムが、慎重に口を開く。
「なんやかしらの影響により、心の内と外との区別が無くなっているようですな」
「えぇ?それって、つまり……隠し事ができなくなった、てことか?」
「お二人の様子を見るに、そういうことかと。おかげで、うかつに口を開けなくなりました。失言が恐ろしいので、吾輩はしばらく黙っているつもりです……っ!?」
ああ、エラゼムまでも。隠しごとができないだって?それじゃ、全部開けっぴろげに話しちまうってことかよ。うわ、じみーに嫌だな、それ。
「でも、どうしていきなり。何かの魔法か?」
「それはないわね。魔力の気配は感じなかったわよ」
アルルカの言葉だ。おや、こいつはあまり様子が変わってないな。
「アルルカ、お前はこのヘンテコな現象、影響ないのか?」
「あたし?まぁあたしは、高貴なるヴァンパイアだからね。って言うのは嘘で、ほんとはよく分からないんだけど。ていうかそんなことより、そろそろ満月じゃない?気が付いたらあんたの首筋を目で追ってて、それどころじゃないのよね」
「……」
俺は首元を押さえて、思いっきり後ずさった。こいつは普段から欲望丸出しだから、あんまり変化がないんだな。まあとりあえず、ヴァンパイアにも効果がある事だけはわかった。
「ねー、そう言う桜下は何ともないの?」
俺の袖をついと引いて、ライラが訊ねる。
「あれ、ほんとだな。確かに、俺はみんなみたくは……ならないな、やっぱり。ライラ、お前は?」
「んー、よくわかんない。ライラ、思ったことを言ってるだけだからなぁ」
ふむ。もともとライラは、裏表のない性格だからな。影響が少ないのかもしれない。
「でも、俺はどうしてだろう?」
『主様、こう考えることはできませんか』
アニが提案するように、チリチリと小刻みに揺れる。
『主様は、この離宮に正式に招かれた客人です。客に対して、ややこしい仕掛けや罠で出迎える必要はないでしょう。だから、先ほどの扉も主様にだけは開いたのではないですか』
「あ、なるほど。するとじゃあ、あの扉は罠じゃないってことになるのか……もしかして。このヘンテコ現象が、ここ本来の仕掛けってことか……?」
俺は改めて、扉の横に彫りつけられた文字を見た。確か、“真実を偽りと為せ”……だったか。これが、みんなが突然、本音しか喋れなくなったことと関係があるとしたら……
「……こいつは、ややこしい事になりそうだな」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「でも、今はしょうがないだろ。それとも、ほんとは行ってほしくないのか?」
「いえいえいえ、そうではございません。ただ、あなた様はともかく、お仲間様方は招かれざる客人。そうなると陵墓は、あなた様方に牙をむくやもしれません」
「牙?それって、何か罠とか仕掛けがあるってことか?」
「おっしゃる通り。陵墓には、立ち入る者にその資格があるのかどうかを試す、三つの試練が仕掛けられているのです」
「試練だって?それ、一体どんな……?」
「申し訳ありません。我らも、詳細は知らされていないのです。ただ、その者の誠の勇気と知恵、そして愛を問うものだとか……」
ぬぅ。勇気と知恵と、愛ねえ。その三つがありゃ、この世のあらゆる問題を解決できそうなもんだけどな。
「まあ、覚悟だけはしておくよ。いずれにせよ、そこを通らなけりゃ上には出れないんだから」
「はい。皆様方のご健闘を、わたくし共一同、深く願っております……」
深々と礼をしたミイラの一団に見送られて、俺たちは出発した。
「三つの試練……いったい、どんなものなんでしょうか」
ウィルが不安そうな顔で、前方にぼんやり浮かぶピラミッドを眺める。
「さてな……けど王様の墓には、罠とかはつきものだろ」
「そうですね……まるで、子どものころに聞いた吟遊詩人の歌みたいです。罠の仕掛けられた、地底のダンジョンに潜るだなんて……現実味が湧きません」
「だな。最後に待ってるのがお宝じゃないってのは、歌とは違うところだけど」
「そうですか?最後には可愛いお姫さまが待っているじゃないですか。十分お宝なんじゃありません?」
「……誘導尋問なら、引っかからないからな」
「ふふふ、すみません。冗談です」
静まり返った死者の都をしばらく歩くと、逆さのピラミッドの頂点部分に近づいてきた。遠くから見ている時は暗くて分からなかったけど、その真下には塔が立っていた。頂点から垂れ下がった糸のようにも見える、細長い塔だ。俺たちはその塔へと向かう。
塔の中は、ぐるぐると続く螺旋階段になっていた。ここを登っていけば、姫様の待つ離宮の中に入れるんだろう。
「ふう。ここを登るだけでも、立派な試練になりそうだ」
「気を付けてよ。もう試練が始まってるかもしれないんだから」
そう言って、フランは俺の前を先行して登り始めた。確かにフランの言う通りだな。いつ何が起こってもいいように、俺は気合を入れて、階段の一段目に足を乗せた。
「ハァーッ……ハァーッ……」
今にも死にそうな呼吸音だな。誰だ?あ、俺以外はみんな生きてないのか。
螺旋階段は、想像以上に長く続いていた。外から見たときは、もう少し楽だと思っていたのに。暗かったから、目測を誤ったみたいだ。
俺がこんなだから、監視と警戒は完全にフランに任せきりだった。その背中に、五十段ほどで参ってしまったライラがへばりついている。俺はウィルとエラゼムに後ろから押してもらう形で、何とか一歩一歩踏みしめるように上り続けていた。
「最後に……寝たの……いつだっけ……」
「はい?遺嶺洞に入ってからのことですか?あ、そう言えば、いつだったかしら……エラゼムさん、覚えてます?」
「ふうむ。確か、野営の準備をしているところを、ラミアの群れに襲われたのではなかったですかな」
「あ、そうでしたそうでした。じゃあきっと、今頃外は真夜中ですね」
うひー。てことは、俺は夜通し、この地下をさ迷い続けているのか。どうりで疲れるわけだ。おまけに、飯も食いそびれているし……ああ、思い出すんじゃなかった。下腹がキュウキュウ鳴り始めたぞ。食料の入った荷袋は馬車に置きっぱなしだから、どうすることもできない。早いとこヘイズたちと合流しないと、飢え死にしかねないな。
俺が精魂尽き果てる寸前、ようやく階段が終わりを迎えた。広いフロアに震える足で出ると、俺はへなへなと崩れ落ちてしまった。
「はーっ、はーっ……ここ、どこだ……?」
「恐らく、あの逆三角錐の底の部分でありましょう。ここからさらに上に上っていけば、始めの洞窟に戻れるのではないでしょうか」
まだ上るのか……ひょっとして、本当にこれが試練なんじゃという気がしてきた。何千段もの階段を上り切れるフィジカルのある者が、お姫様に相応しいという……
「あ。ねえ、あれなんだろ?」
ふと、フランの背に乗ったライラが、何かを見つけたようだ。俺は力なく、首から上だけを動かしてそちらを見る。
俺たちが出た広いフロアは、群青色をしたメタリックな素材でできた、無機質な空間だった。外観と同じように、やはり建材自体が淡く光を放っており、床も壁もぼんやり光っている。家具も窓も装飾も一つも無い空間には、ただ一つだけ、同じく無機質なのっぺりとした扉がそびえ立っていた。
「あそこが、上への入り口か……?」
俺は立ちあがろうとしたが、足が生まれたての小鹿みたいに震えて、上手く立てない……くそ、ずいぶんきてるな。日中はずっと緊張しっぱなしで、その後はラミアとの戦闘、遺跡の探索と続いたから、思っていた以上に体力を消耗していたらしい。
見かねたウィルが、俺を横から支えてくれた。
「桜下さん、少しだけ動かないでくださいね」
そう言うと、ウィルは目をつむって、両手を俺の足にかざした。
「キュアテイル」
パァ。ウィルの手から青い光が放たれ、俺の足を包み込む。
「お……おお!すごいぞウィル、足が軽くなった!」
さっきまでの疲労が嘘みたいに、俺は軽やかに立ち上がった。
「すごいな!さっきの魔法、確か回復呪文だろ?」
「ええ。楽になったならよかったです。ただ、あまり無茶はしないでくださいね?キュアテイルは、体の治癒力を増進するだけなんです。疲労が消えてなくなったわけではないので、あくまで一時しのぎと思ってください」
ふむ。確かに、さっきに比べれば格段に楽だが、それでもまだ足は重い。腹も減ったままだし、早いとこ脱出するに越したことはないだろう。
「ねえー!みんな、来てみてよー!」
おっと。扉を調べていたらしいライラとフランが、何か見つけたようだ。俺たちは殺風景な部屋を横切って、壁に取り付けられた扉のもとへと歩いて行った。
「ほらほら、ここ。なんか書いてあるよ」
扉のわきっちょを、ライラが指さしている。
「ん~……?」
そこには、文字のような、絵のようなものが彫りつけられている。
「読めない……何語だ?象形文字?」
見方によっては、絵とも、文字とも取れそうだが。そのどっちでもいいけど、肝心の意味が分からないんじゃなぁ。すると、ちりんとアニが揺れた。
『真実を、偽りと為せ』
「へ?アニ?どうした、急にポエマーだな」
『違います。ここに彫られている文字ですよ。古代ウィゲル語のようです』
「はー……?」
どうやら、アニにはこの文字が読めるらしい。外国語は知らないのに、大昔の言語には対応しているなんて。ずいぶん知識に偏りがあるな。
「それで、どういう意味だ?真実を偽りにしろって」
『さあ……その一文以外には、何も記述されていません。こちらで解釈するしかないのでは?』
「つってもなぁ……」
それだけでは、何の意味も分からない。何かの暗号なのだろうか?それを解読すれば、この扉が開くとか……ありそうな話だ。
「せめて、ヒントとかないかな。この扉のどっかにさ」
俺は、つるりとした扉のあちこちを眺める。うーん。武骨な金属板のような扉には、おおよそヒントらしきものは見当たらない。おいおい、これじゃ最初からムリゲーじゃないか。俺が眉根を寄せた、その時だ。
「んん?」
「桜下さん、どうしたんですか?」
「いや……あ、これ、やっぱり。この扉、開くぞ」
俺が扉に軽く触れただけで、分厚い鉄扉は油引き立てかというくらい、つぅっと簡単にスライドした。ウィルがあんぐり口を開ける。
「ええぇ……いえ、先に進めてよかったんですけど。これじゃ、あんまりにも……」
「だな。ったく、思わせぶりなこと書きやがって」
意味深なことを書いて、惑わせようとでもしたのだろうか?ここの設計者、かなり性格悪いな。やれやれと首を振りながら、扉の先に進もうとすると、ぐいっと肩をつかまれた。
「待って。何かの罠かもしれないよ」
フランはそう言うと、俺を引き戻して、自分が扉へと進んだ。おいおい、流石に疑い過ぎじゃないか?あっけなさ過ぎるけどさ、いくらなんでも……
ズゴゴゴ……バッチーン!
「ひぇっ!」
フランが扉をくぐろうとした、その瞬間。彼女の鼻先で、鋼鉄の扉は猛烈な勢いでスライドし、ぴしゃりと閉まってしまった。風圧で髪がふわりとなびく。
「……」
「これで分かったでしょ。油断させるための罠だって」
「はぃ……」
俺はすっかり青ざめてしまった。もしも、俺がそこをくぐっていたら……ひき肉、だ。
「あ、あぶ、危なかった……あ、ありがとな、フラン」
「いいよ。もしもまた、あなたが危ない目に遭ったら、わたし今度こそ気が狂っちゃうから。ほんとは心配でたまらないんだよ。あなたには、ずっとそばにいて欲しいんだから」
「へ……?」
俺は目を点にした。今の、ほんとにフランが言ったのか?いつもは無愛想な彼女が、みょうに素直だな?しかし、当のフラン本人も目を丸くして、口元を押さえているぞ?
「えっ。ど、どうして、わたし……桜下の事大切に思ってるのはホントだけど、みんなの前では言わないようにって思ってたのに」
またもフランは、余計なことまで口にした。おかげで俺は、大変気恥ずかしくなって目をそらし、フランは目を白黒させて大混乱している。
「フランさん、どうしちゃったんですか?前々からアピールが増えてきたなとは思ってきましたけど、今日はやけに積極的なんですね。ようやく素直になる気になったんですか?」
うわ、今度はウィルもか。ウィルはすべて言い終わった後で慌てて口を押えたが、後の祭りだ。フランは穴があったら入りたいという顔で、ぎりぎりと歯をこすり合わせている。
「そんな風に思ってたんだ……」
「ちが、違うんですよ?別に、気付かないふりをしていたとかじゃなくて。いえ、ほんとは気付いてましたけど。なかなか距離が縮まらないもんですから、こっちまでソワソワしてましたよ。って、そうじゃなくて!今の、全部ウソです!違います、本当です!うわー!?」
ど、どうなっているんだ……?ウィルは一人芝居でもしているかのように、本音と建て前を高速で行ったり来たりしている。うっかり口を滑らしたにしちゃ、あまりにも変だ。
「どうやら……」
エラゼムが、慎重に口を開く。
「なんやかしらの影響により、心の内と外との区別が無くなっているようですな」
「えぇ?それって、つまり……隠し事ができなくなった、てことか?」
「お二人の様子を見るに、そういうことかと。おかげで、うかつに口を開けなくなりました。失言が恐ろしいので、吾輩はしばらく黙っているつもりです……っ!?」
ああ、エラゼムまでも。隠しごとができないだって?それじゃ、全部開けっぴろげに話しちまうってことかよ。うわ、じみーに嫌だな、それ。
「でも、どうしていきなり。何かの魔法か?」
「それはないわね。魔力の気配は感じなかったわよ」
アルルカの言葉だ。おや、こいつはあまり様子が変わってないな。
「アルルカ、お前はこのヘンテコな現象、影響ないのか?」
「あたし?まぁあたしは、高貴なるヴァンパイアだからね。って言うのは嘘で、ほんとはよく分からないんだけど。ていうかそんなことより、そろそろ満月じゃない?気が付いたらあんたの首筋を目で追ってて、それどころじゃないのよね」
「……」
俺は首元を押さえて、思いっきり後ずさった。こいつは普段から欲望丸出しだから、あんまり変化がないんだな。まあとりあえず、ヴァンパイアにも効果がある事だけはわかった。
「ねー、そう言う桜下は何ともないの?」
俺の袖をついと引いて、ライラが訊ねる。
「あれ、ほんとだな。確かに、俺はみんなみたくは……ならないな、やっぱり。ライラ、お前は?」
「んー、よくわかんない。ライラ、思ったことを言ってるだけだからなぁ」
ふむ。もともとライラは、裏表のない性格だからな。影響が少ないのかもしれない。
「でも、俺はどうしてだろう?」
『主様、こう考えることはできませんか』
アニが提案するように、チリチリと小刻みに揺れる。
『主様は、この離宮に正式に招かれた客人です。客に対して、ややこしい仕掛けや罠で出迎える必要はないでしょう。だから、先ほどの扉も主様にだけは開いたのではないですか』
「あ、なるほど。するとじゃあ、あの扉は罠じゃないってことになるのか……もしかして。このヘンテコ現象が、ここ本来の仕掛けってことか……?」
俺は改めて、扉の横に彫りつけられた文字を見た。確か、“真実を偽りと為せ”……だったか。これが、みんなが突然、本音しか喋れなくなったことと関係があるとしたら……
「……こいつは、ややこしい事になりそうだな」
つづく
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その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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