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11章 夢の続き

8-4

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8-4

「だーかーらー、自信ないってば」

「そんなことおっしゃらずに。あなた様は、姫君に見初められたのです。資格は十分にございます」

「資格って……だいたい、俺はまだ十四だぞ?誰かと結婚とか、考えられないっていうか……」

「そんなことございません。姫もまだ十代です。数年の歳月の差など、愛の前には些細な問題ではありませんか」

「いや、俺別に愛とかないし……」

こんな感じで、俺とミイラたちとの会話は、完全に平行線だった。ミイラたちは必死で、俺がどれだけ断っても折れやしない。しびれを切らして力ずくに出るのではと警戒してはいるが、ミイラたちは平身低頭で、あくまでお願いベースだ。言葉遣いも丁寧だし、長年苦しみ続けたアンデッドとは思えないくらい、おとなしい連中ではあるのだが。

「そりゃ、できることなら、俺だって助けてやりたいけど」

こんな暗い所にずっと閉じ込められているなんて、確かにかわいそうだ。けどだからって、お姫様と契れって言われてもなぁ。勝手にそんなことしたら、フランに生皮を剥がれてしまいそうだ。割と冗談抜きで……

「なあ、他に方法とかないのか?どうにかして、あんたたちだけでも成仏するとか」

「そんな!姫様を遺して逝くなど、わたくし共にできるはずがありません。仮に、例えそうしたくとも、この死者の都からは出ることはできないのです」

「え!それって、俺もか?」

「いえ……それはあくまで、わたくし共の話でございます。マレ人であるあなた様ならば、出ていくことも叶いましょうが……」

ミイラは言いよどむと、気まずそうに、ちらりと逆ピラミッドの方を見た。もしかして、あそこが出口に繋がっているのかな?

「う~~~ん。どうしたもんかなぁ」

こいつらは哀れだけど、今の俺に寄り道している時間はない。早くしないと、エドガーが手遅れになっちまう。こいつらに出口について詳しく聞きたいところだけど、果たして素直に教えてくれるだろうか。

(さーて、どうしたもんか。なにかいい策は……?)

俺が頭を抱えていた時だった。ん……?俺の耳に、この死者の都では聞きなれない、だけどよく知った声が聞こえた気がした。

「……かさぁーん!」

ん!今の声!ミイラだらけの干からびた遺跡に似つかわしくない、若々しい少女の声。だけど、今まで何度も聞いてきた声。俺は胸を弾ませて、声のした方に振り向いた。両手を大きく振る。

「あははは!おーい、ウィルー!」

まだまだ遠くだけど、はっきりわかる。町の上空にぼんやりと浮かぶ、半透明の姿。やっぱり、あいつが見つけてくれたんだな。ウィルは俺を見つけると、猛スピードでこっちにすっ飛んできた。

「桜下さん!」

「わっ、ととと!」

ウィルは飛んできた勢いのまま、俺の首に手を回して抱き着いてきた。俺は倒れそうになるのを何とかふんばり、結果としてくるくる回った。ウィルのスカートがふわりと浮き上がる。霊体だから、重さはほとんど感じなかった。

「よかったです。また会えて……」

「あはは、ありがとな。きっと来てくれるって思ってたよ」

ウィルは、俺の胸にほうっと熱いため息を溢すと、ようやく俺から離れた。なんだろう、ちょっとドキドキする……

「あ、ああーっと。ウィル、よくここが分かったな?」

「正直、奇跡です。私も驚いてます……あてずっぽうに壁の中を突き進んでいたら、桜下さんの声が聞こえた気がして。そっちに夢中で飛んでいたら、ここに出たんです」

「へぇー。いや、けどよかった。あ、そうだウィル、他のみんなは?無事か?」

「ええ。ただ、皆さんは私と違って、壁を突き抜けられませんから。たぶん今頃は、ここよりもさらに下の階にいると思います」

「へぇ、この下にも遺跡があるのか?」

「なんだか、すごい所でしたよ。廃墟というか、迷路というか……皆さんも苦労していると思うので、桜下さんを見つけたって報せに行ってあげないと。ただ、その前に……」

ウィルは、俺たちを遠巻きに伺っている、這いつくばったミイラたちを見た。

「……あの人たちは、いったいどうしたんですか?全員で落とし物探しでも?」

「ははは……こっちもこっちで、ややこしい事になっててな」

俺は、ミイラたちから聞いた話、そして俺が頼まれている儀式について、ざっと説明した。

「……ふーーーーん」

俺の説明を聞き終わったウィルは、酷く冷たい顔で、ふをながーく伸ばした。

「それじゃあ桜下さんは、そのお姫様のお婿さんってわけですか?」

「いや、だからそれは困るって話をしてたんだよ」

「でもなんだか、まんざらでもなさそうじゃないですか。そのお姫様、すっごくかわいいんでしょう?」

「えぇ?でも見たこともないし……」

「私と家族になったくせに。もう浮気して、新しいお嫁さんを貰うんですね」

「うぃ、ウィル!」

俺がたまらず声を荒げると、ウィルは腕を組んで、つんっとそっぽを向いてしまった。なんなんだよ、さっきから。

「いいですよ、別に。私は。けど、フランさんが知ったら、どうなるかは知りませんけど」

「えっ。おい、まさか、フランに言うつもりじゃ……」

さーっと血の気が引いていく。む、剥かれる……

「……まあ、冗談はさておき。だいたいの事情は分かりました」

ふぅ……ウィルはようやく、声をいつもの調子に戻した。抱き着いたり怒ったり、目まぐるしいな、まったく。

「まあ、そういうことなんだ。どうするのかはこれから決めるとして、まずはみんなと合流したいな」

「そうですね。では、私は皆さんを案内しに行ってきます」

「道、分かるのか?」

「たぶん大丈夫です。だいぶ壁を抜けてきましたけど、一度桜下さんのいる方向が分かったので。桜下さんも、一人になって大丈夫そうですか?」

「こっちは平気だよ。あいつら、結構おとなしいからさ」

「わかりました。それじゃあ、なるべく急ぎますね。行ってきます」

ウィルはふわりと浮かび上がると、上昇して天井を突き抜けていった。みんなは下にいるって言っていたのに、上から行くんだな。ここはどういう構造をしているんだろう?

「さてと……俺は、こっちだな」

俺は、空に舞い上がったウィルをぽかんと見上げているミイラたちに向き直った。フランたちが来るまでは時間が掛かるだろう。その間に、この平行線の話し合いを、少しでも進めておかないとな。



それから、かれこれ一時間は経った頃になって、俺と仲間たちはようやく再会できた。ズズゥンと、地鳴りのような音がしたかと思うと、いきなり天井の一部がすっぽ抜けたのだ。
俺とミイラが唖然とする中、開いた穴から、銀色の何かがヒュッと飛び降りてきた。うん十メートルはありそうな高さから落ちたにもかかわらず、そいつは軽やかに着地した。そしてすぐさま、こちらに猛然と駆けてくる。翻る銀色の髪を見て、俺はすぐにフランだと気づいた。
ところが、フランの様子がおかしい。フランは、俺が十分に見える距離になっても、全く速度を落とさない。これじゃ、またウィルみたくぶつかるぞ?なぁんだ、まいったな。フランまで、俺の胸に飛び込んでくる気か?照れるなぁ……
ジャキン。
え?うわ、馬鹿なこと考えている場合じゃないぞ。フランは両手の鉤爪を剥き出しにしている。その真っ赤な目は、怒りで爛々と輝いていた。や、やばい!まさかウィルのやつ、告げ口したのか!?俺は恐ろしくなって、思わず後ずさりした。が、それにしてはフランの顔の向きがおかしい。俺を見ていない……?

「……桜下から、離れろっ!!」

フランが跳んだ!その先には、事情が呑み込めていないミイラたちが……!ミイラたちは、髪を振り乱したフランに怯えて、腰を抜かしてしまった。

「わー!待て、フラン!おすわり、おすわり!」

これをフランに使うのも久々だな。フランは今にもミイラに鉤爪を振り下ろしそうだったが、間一髪で膝に手をつき、正座の姿勢になった。

「ちょっと!どうして邪魔するの!」

「お、落ち着けって。こいつらは、別に害をなさないよ」

俺がそういっても、フランはなおも歯を剥いて、威嚇するように唸っている。それを見たミイラたちは、お互い身を寄せ合ってブルブル震えていた。これじゃあ立場が逆だな。

「ほれ、俺はこの通り無事だ。ウィルから聞かなかったか?こいつらは、俺を引っ張りこんだ奴とは、直接の関係はないんだって」

「でも、包帯まみれだし……」

「それはまあ、ミイラだからな。けど、悪いやつらじゃないよ。ちょうど今、話し合いがひと段落付いたところだったんだ」

俺があれこれ言って、フランの誤解を解いているうちに、他の仲間たちも穴から下りてきた。フランのように飛び降りるんじゃなく、ふわふわと舞い降りるように。ありゃ?あれはもしかして、ライラの魔法か?

「おうかー!」

「桜下殿、御無事で何よりです」

俺の予想は的中した。真っ赤な髪を振り乱しながらライラが、その後ろからエラゼムが駆けてくる。

「なんだ、お前らも落っこちてきちゃったのか?確か二人は、穴から離れてただろ」

「だって、みんな落っこちてくんだもん。もう、むがむちゅー?だったんだよ。ライラのまほーで助けなきゃって」

ライラは俺のそばまで駆け寄ると、俺の頬を掴んで、むにーっと引っ張った。

「よかったぁ、ちゃんとさわれるや。桜下、よく無事だったね?」

「ふぉーふぁっふぁのか。ふぁあ、ふぉのとーりふひふぁふぁら」

「きゃはは。なんて言ってるのかわかんない!」

後からウィルとアルルカもやって来て、ついに全員が揃ったな。

「よし。それじゃ、みんな集まったところで……本題に入ろう」

俺はライラの手をそっと外すと、ミイラたちに向き直る。ミイラはまだフランが恐ろしいのか、ちょっと離れているけど。

「みんな、ウィルから聞いてるか?こいつらは、この地下に何百年も閉じ込められているんだって。で、こいつらを助けるには、この地下都市のお姫様と、夫婦の契りとやらをしないといけないんだと」

「……知ってるよ」

さも面白くなさそうに、フランがぶすっと言った。知ってたのに襲い掛かったのかよ……

「で?まさか、そのふざけた儀式をやろうって言うんじゃないよね」

「あ、ああ……さすがに、それはちょっとな。荷が重すぎる」

ミイラたちは、一斉に肩を落とした。さっきまでさんざん話し合っていたってのに、まだ諦めきれないらしい。

「かわいそうだとは思うけど、俺たちには時間がない。すぐにでもここを出て、ヘイズたちと合流しないと。それで、こいつらに出口を訊いてたんだ。ここからの出口は、どうやら一か所しかないんだって」

するとライラが、小首をかしげる。

「一か所?でも、ライラたちは全然違うとこから来たよ?そこから戻ればよくない?」

「ああ、そうだよな……俺も最初はそう思ったんだ。落っこちてきた穴を戻ればいいって。なんだけど、こいつらが言うには、そこはもう使えないらしいんだ。というのもここの姫様は、この遺跡全体をある程度動かしちまえるみたいなんだ」

「ふぇ?」

ライラがぽかんと口を開けた。俺もまだ半信半疑だ。

「何でも、この遺跡と姫様は、魔力によって繋がっているんだってさ。だから姫様は、この遺跡の中の物なら、手足のように動かしちまえる……らしい」

「……そっか。うん、そうかもね」

ライラは、なぜか納得したようにうなずいた。

「ここ全体が、魔術師のこーぼーになってるんだ。それなら、あり得ない話じゃないよ」

工房?魔術師のアジトみたいなものだろうか。なんにせよ、魔法の天才ライラが言うんだ。じゃあ本当のことなんだろう。

「そうなのか。俺が最初に落ちてきた穴も、そうやって作ったらしい。だから今頃は塞がっているはずだって言うんだ。だけど、唯一ある出口だけは、姫様でも動かせないらしい」

「その出口って、どこ?」

「ああ……あれだ」

俺が指をさすと、みんなもつられて、その先を見る。俺が指し示した先には、ぼんやりと青く光る、巨大な逆ピラミッドが浮かび上がっていた。

「あのでっかい三角が、地上に唯一繋がる道なんだ。そして同時に、姫様が眠っている場所でもある……」

事の次第は把握したというように、エラゼムが重々しくうなずく。

「なるほど……では、どちらにせよ、その姫君がおられる場所を通らねばならぬのですな」

「そういうことでさ……」

ミイラたちが嘘をついていなければ、俺たちはどうしたって、姫様のそばを通らなきゃならない。王様の目を盗んで寝室に忍び込む召使いの気分が味わえそうだ。

「気は進まないよな……なんだけど、こう考えてみたんだ。逆に、こっちから姫様に会いに行ってやろうってさ」

「会う?」と、フランが怪訝そうな顔をする。

「ああ。会って、直接話を付ける。そんでもって、俺を諦めてもらう。もしできるようなら、さらにそのまま成仏してもらう。そうすりゃ、ここのミイラたちも解放されるし、今後旅人が襲われることもなくなるだろ」

ようは、コソコソ行ってバレるくらいなら、はじめから堂々としておこうってわけだ。上手くいけば、ここにいるみんなが幸せになれるかもしれない。

「でも、もしダメだったら?」とフラン。俺は肩をすくめた。

「そうなったら、もうしょうがない。全力で逃げようぜ。たぶん姫様もアンデッドだから、そこまで分が悪い勝負じゃないはずだ」

さすがにそうなると、俺の手には負えない。その時は諦めるけど、最初はきちんとトライしてみる。俺はその条件の下、ミイラたちから出口の情報を聞き出したのだ。ミイラたちは、渋々ながらも、一縷の可能性にかけて承諾してくれたのだった。

「どうかな?いちおう、俺なりに考えてみたんだけど……」

ウィル、ライラ、エラゼムは、俺が言うならと承知してくれた。アルルカはどっちでもいいとのことだ。最後まで渋っていたのは、フランだった。

「……」

「フラン。心配してるのか?大丈夫、さっきみたいなことにはならないって。さっきは油断したけど、今度はみんなもいっしょだ。な?」

「……わかった」

フランは、ほんとうに渋々だという顔で、ほんの数センチだけ首を縦に振った。悪いな、心配ばかりかけて。ここを出たら、うんと髪を洗ってやるから。

「さて……それじゃあ、いっちょ行くか。お姫様とやらに会いに」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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