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12章 負けられない闘い
4-1 女帝ノロ
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4-1 女帝ノロ
(この人が……一の国のトップ。ライカニール帝か)
俺は兵士たちの肩口から、玉座に座るその人物を見つめる。
ライカニール帝は、なんと女性だった。女帝だったのか……だが、男性と見まごうくらいがっしりとした体つきをしている。
長い髪を後ろに流す髪型は、ライオンの鬣を彷彿とさせた。色黒の肌、引き締まった体。腕にも足にも見事な筋肉がついている。ざっくり開いた胸元とボディラインを見なければ、男か女か分からなかっただろう。
「歓迎するぞ。ようこそ我が宮殿へ」
女帝は猛禽のような鋭い目をすっと細めた。それがほほ笑みの表情だと気づくのにしばしかかった。思わずすくみ上りそうな目力だ。
鍛え上げられた体はエネルギッシュだが、目元や口元の小じわから見るに、それなりの歳ではあるみたいだ。四十代くらいかな?
「……はっ!こっ、光栄であります、ライカニール帝!」
ヘイズが弾かれるように膝をつくと、兵士たちも慌ててそれに倣った。俺も急いでひざまずく。玉座は床より数段高くなったところに置かれているので、自然と女帝が俺たちを見下ろす形になる。たぶんそれも計算ずくなんだろう。
「二の国より参りました我らが、栄光のライカニール皇帝閣下にお目にかかります」
「ああ。長旅ご苦労だったな。話はそちらの王から聞いているぞ。さぞ身が焦がれる旅路であっただろう」
「ご深慮、痛み入ります」
「うむ。すぐにでも病人の治療に取り掛かるがよかろう。臣下のものがそなたたちを案内するはずだ」
「ありがたき幸せにございます。皇帝閣下」
おお、話が分かる皇帝さんじゃないか。どうやら、さっそくエドガーの治療を進めてくれるらしい。見た目はおっかないけど、案外いい人なのかも……
「それでは、皇帝閣下。誠に失礼ながら、我々は病人の下へと向かいたく存じます」
「そうするがよい。病を取り払い、疲れた心を癒されよ。我が国はそなたたちを歓迎しよう」
「重ね重ねのご配慮、感謝いたします」
ヘイズはひざまずいたまま深々と頭を垂れた。俺は兵士の背中に隠れるように、首を縮めてお辞儀をした。しばらくすると、ヘイズは頭を上げて立ち上がった。そしてもう一度女帝に礼をすると、女帝の方を向いたまま、そろりそろりと後ずさりを始めた。なんだなんだ?
俺が困惑していると、他の兵士たちも同じように下がり始める。あ、この国では、これが礼儀作法なのか。兵士にぶつからないよう、慌ててバックしようとした、その時だ。
「待て。そこの、仮面のもの」
ドッキーン!俺は飛び上がるかと思った。隣に浮いていたウィルは実際に跳ねた。お、俺か……俺だよな。女帝の鋭い眼が、まっすぐ俺の顔に向けられている。
「そなたは、もしかすると二の国の勇者か?」
はい。返事をしたつもりが、かすれて声が出なかった。息を深く吸って、もう一度。
「は、はい」
すると女帝は、考え込むように頬杖をつき、そしてにやりと笑った。どういう意味だ……?
「……ふふ。そうか。手間を取らせた、もう下がってよいぞ」
な、なんだかわからないが、とりあえずは許してもらえたらしい。俺は駆け出したい思いをこらえて、そろそろと後ろに下がり、部屋を出たところでぶはぁと息を吐いた。
「はぁっ、はぁっ……あぁ~、びっくりした……」
「ふぅ、ふぅ……心臓を落っことしたかと思いました。あの女帝様、すごい迫力……」
俺とウィルは、そろって左胸を押さえている(幽霊のウィルの場合は……そこに何があるのか、よくわからないが)。あの女帝には、ロアにもシリス大公にもない、独特な覇気があるな……あれが、王者の風格ってやつだろうか?
女帝の部屋を出ると、さっきのターバンを巻いた男がこちらにやってきた。この人が、女帝の言っていた臣下だな。彼について、再び外に出る。ただし、今度は玄関じゃなくて、見たことのない庭園だ。広いな……二の国の王城前の森くらいはありそうだ。
その庭園に、俺たちが乗ってきた馬車が集められていた。
「今から、皆様を“聖女様”の下へお連れ致します」
臣下の男性は恭しく頭を下げると、庭へと歩き出す。聖女だって?その人が、エドガーの呪いを解いてくれるのだろうか。それに、なんだろう……昔に、どこかでその肩書きを聞いた様な……?歩きながら考えたが、なかなか思い出せなかった。
さて。庭と言っても、とにかく広い。エドガーを乗せた馬車と俺たちは、臣下の後をひたすら歩いていく。庭園には緑の丘があり、澄んだ泉があり、ティーテーブルが置かれた東屋があり、木漏れ日溢れる林があり……もういちいち驚いてもいられないな。フランは呆れた顔をしている。
「いっそ、美術館にでも引っ越せばいいのに」
俺はふき出しそうになったが、どこで誰に見られているかもわからないから、必死にこらえた。
その豪勢な庭を延々横切ると、ようやく目当ての建物が見えてきた。小高く盛り上がった丘に、その白い建物は建っている。鏡でも張り付けているのか?陽の光を浴びて、キラキラと輝いている……
「あちらが、月の神殿。聖女様がおわす宮でございます」
チャンドラマハル……?どっかで聞いた様な……すると隣に浮かぶウィルが、まぁと息をのんだ。それを見て、あぁ!思い出したぞ。
前に、ウィルとアニが言っていた言葉だ。なんかすごい神殿らしくて、確かそこには、過去に召喚された勇者がいるって話だったが……?
近づくと、その建物がどうしてキラキラしているのかが分かった。神殿は、すべて白いガラスで作られていたのだ。水晶と言ってもいいかもしれない。それが光を受けて、無数に屈折させているのだ。クリスタルパレスって呼ぶのは、こっちのほうが相応しいんじゃないか?
「これより、神殿の中へと向かいます。患者の方をお連れなさってください」
数人の兵士たちがうなずいて、エドガーの乗った馬車に入っていく。いよいよだな。
「っと、待てよ。ここ、神殿だ。みんなは入るとマズいんじゃ……」
俺は慌てて仲間たちに振り返った。いつかに、ウィルの村の神殿に寄った時を思い出す。あの時は、フランは外でずっと待っていた。今回はどうだろう。
「む、そうですな。我々のような存在ともなると……」
エラゼムがあごのあたりに手を当てて唸る。それを見たフランが、首を横に振った。
「でも、わたしが前に入った時は大丈夫だったよ」
え?フランは外にいなかったか?俺はそのことを訊ねる。
「お清めの時はね。でも、夜寝るときとかは、部屋に入ってたじゃん」
「あぁ~。確かにそうだな」
「でしょ。ウィルもそうだし。なんならシスターだしね」
俺たちはウィルを見る。彼女はアンデッドだが、シスターでもある。
「そう、ですね。少なくとも、私がいた神殿では、特に何も起きませんでした。月の神殿は、私の神殿と同じゲデン教の総本山ですから、大丈夫なんじゃないでしょうか。あと、個人的にも……」
「個人的?なんだよそれ」
「実は、ここはずっと憧れの場所だったんです。この神殿にお勤めできるのは、とくに敬虔なシスターかブラザーだけでして……一度来てみたいと思ってたんですよね。えへへ、こんな形で叶うと思ってなかったですけど」
「へぇー。ん?でもお前、ここに憧れてて、よく戒律を破りまくれたな」
「あ、あぁー!聞こえないなぁー!さ、行きましょう!」
結局、もしもマズそうだったら一目散に退散するということで落ち着いた。まったく、心配だな。不真面目なシスターの到来を察知して、神罰が下らないだろうか?
俺たちが相談している間に、兵士たちがエドガーを担架に乗せて運び出した。エドガーのやつ、またやつれているな。顔はどす黒い紫色に染まっている。あと少しの辛抱だぞと、俺は心の中でつぶやいた。
「それでは、まいりましょう」
神殿の中へ入っていく。やっぱり中もガラス作りだ。だが不思議なことに、外の景色や、壁の向こうは透けて見えない。どういう仕組みなんだろう。
やがて臣下の男は、一つの扉の前で立ち止まった。
「キサカ様。よろしいでしょうか」
男がおごそかに呼びかけても、何の返事も聞こえてこない。少し張った声でもう一度訊ねる。
「光の聖女様。呪いを受けた者が、あなた様の祈りを欲しています。ご都合はよろしいでしょうか」
やっぱり、返事はない。留守にしているのか……?すると臣下の男は、扉をゆっくり三回ノックすると、静かに押し開けた。俺は首を伸ばして、部屋の中の様子を覗いてみた。
その部屋は円形に造られていた。ロウランと戦ったあそこを思い出すな。真っ白な部屋の中央には、大きなベッドが一つ置かれている。誰かが枕元にもたれて、寝ているようだ……真っ白な白髪と、やせこけ、しわだらけの顔。あの老婆が、聖女様……か?
「なんと……そうか、今日が“お眠りになる日”でしたか……」
老婆の姿を見ると、臣下の男は目を見開いた。そして静かに扉を閉めると、こちらに振り返って、困った顔で首を振った。
「皆様、申し訳ございません。聖女様は本日、治療を施すことができない状態です。また明日お越しいただいてもよろしいでしょうか」
なっ……エドガーは、今にもってくらい弱っているのに。それにだったら、どうしてここまで連れてこさせたんだ?病人には、担架での移動ですら辛いはずだ!
「っ……」
ヘイズも、同じことを思ったらしい。だが頭の切れる彼は、感情に任せて口を開くようなことはしなかった。
「……承知しました。それでは、明日にまた訪ねさせてもらいます」
「誠に申し訳ございません」
臣下の男は頭を下げたが、この場における立場は、彼の方が上だ。彼単体というか、一の国が、だが。俺たちは泣きついた立場なんだから……けっ!
しょうがないので、目的地目前で、俺たちは引き返すことになった。さっきのお婆さんが呪いを解いてくれるのか?治療が必要そうなのはあっちも同じ見えたが……
(ひょっとして、明日も眠りこけていて治療ができないんなんてこと、ないだろうな)
……ありうる。老人が病人を治そうって言うんだからな。ふぅ、頭が痛い。
臣下の男は再び庭を横切り、俺たちを宿泊客用のレストハウスへと案内した。庭の端に建てられたそれは、なんとプール付きだ。なかなか豪勢だが、こんな時じゃはしゃぐ気にもなれない。
「皆様は、こちらでごゆるりとおくつろぎください。明日、またお迎えにあがります」
臣下の男は恭しく礼をすると、どこかに去っていった。兵士の一人が悪態をつく。
「ちっ。くつろげだと?隊長の顔を見てから物を言えってんだ」
ヘイズがため息をこぼす。
「言うな。郷に入ってはなんとやら、従うしかねぇよ。とりあえず、今日は休もう。みんな、ここまでご苦労だった」
ヘイズがそう言うと、兵士たちは次々にほっと息をつき、肩を回したり、首をポキポキ鳴らしたりした。まあなんにせよ、目的地には着いたのだ。明日になれば治療を受けさせては貰えるんだし、とりあえずは一安心、なのかな。俺も何にもしなくて済みそうだし。
「……行こう。もうここに居る必要はないでしょ」
フランが俺の袖を引いて言う。行くって、どこへ?と思ったが、フランはホールを抜けて、部屋へと向かっただけだった。部屋は広く、仲間たちが全員入っても余裕だ。ベッドがいくつかあるから、もともと大部屋なんだろう。俺はベッドの一つに腰かけると、そのまま仰向けに倒れた。
「ふぁー。緊張したなあ」
窮屈な仮面は外して放り投げる。思い返せば、押しかける野次馬、金色のラッパ、それにあの女帝……目まぐるしかった。ウィルが呆れたように笑う。
「ほんとにですね。ライラさんも言ってましたけど、桜下さんは戦いとかではすっごく落ち着いてるくせに、こういう歓迎とかには弱いんですね?」
「う、うるさいな。慣れてないんだよ……」
もし俺が勇者をやめていなかったら、こういう行事がしょっちゅうあったのだろうか。ううぅ、やめて正解だ。
ライラはベッドによじ登ると、俺の隣に腰を下ろす。
「でもさ、これでもうなんにもやることはないんでしょ?明日になったらあのおばーさんに治してもらえるんだしさ」
「そうだな。あの女帝さん、見た目のわりに話が分かる人だったな。助かったよ、無茶振りされなくて」
「だったら、もうあとは帰るだけだよね?お城に戻ったら、三つ編みちゃんに会えるかな……」
「どうだろうなぁ……」
小柄なあの子のことを思い出す。三つ編みちゃんと別れてから、もう一週間以上は経っただろうか。すぐにでも二の国に帰れれば再会も叶うだろうが、まだ確かなことは分からない。なぜなら俺は、自分で言っておいてなんだが、本当にこれで終わったのか?という疑問を抱いている。女帝と別れた時の、あの意味深な微笑みが引っ掛かるんだ……
俺の胸騒ぎが、はたして的中したのかは分からない。だが厄介ごとというのは、頼んでもないのに向こうからやって来るもので。
その日の夜、俺たちの部屋の扉が叩かれた。
「こちらに、二の国の勇者殿はいらっしゃいますでしょうか。ライカニール帝がお呼びでございます」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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(この人が……一の国のトップ。ライカニール帝か)
俺は兵士たちの肩口から、玉座に座るその人物を見つめる。
ライカニール帝は、なんと女性だった。女帝だったのか……だが、男性と見まごうくらいがっしりとした体つきをしている。
長い髪を後ろに流す髪型は、ライオンの鬣を彷彿とさせた。色黒の肌、引き締まった体。腕にも足にも見事な筋肉がついている。ざっくり開いた胸元とボディラインを見なければ、男か女か分からなかっただろう。
「歓迎するぞ。ようこそ我が宮殿へ」
女帝は猛禽のような鋭い目をすっと細めた。それがほほ笑みの表情だと気づくのにしばしかかった。思わずすくみ上りそうな目力だ。
鍛え上げられた体はエネルギッシュだが、目元や口元の小じわから見るに、それなりの歳ではあるみたいだ。四十代くらいかな?
「……はっ!こっ、光栄であります、ライカニール帝!」
ヘイズが弾かれるように膝をつくと、兵士たちも慌ててそれに倣った。俺も急いでひざまずく。玉座は床より数段高くなったところに置かれているので、自然と女帝が俺たちを見下ろす形になる。たぶんそれも計算ずくなんだろう。
「二の国より参りました我らが、栄光のライカニール皇帝閣下にお目にかかります」
「ああ。長旅ご苦労だったな。話はそちらの王から聞いているぞ。さぞ身が焦がれる旅路であっただろう」
「ご深慮、痛み入ります」
「うむ。すぐにでも病人の治療に取り掛かるがよかろう。臣下のものがそなたたちを案内するはずだ」
「ありがたき幸せにございます。皇帝閣下」
おお、話が分かる皇帝さんじゃないか。どうやら、さっそくエドガーの治療を進めてくれるらしい。見た目はおっかないけど、案外いい人なのかも……
「それでは、皇帝閣下。誠に失礼ながら、我々は病人の下へと向かいたく存じます」
「そうするがよい。病を取り払い、疲れた心を癒されよ。我が国はそなたたちを歓迎しよう」
「重ね重ねのご配慮、感謝いたします」
ヘイズはひざまずいたまま深々と頭を垂れた。俺は兵士の背中に隠れるように、首を縮めてお辞儀をした。しばらくすると、ヘイズは頭を上げて立ち上がった。そしてもう一度女帝に礼をすると、女帝の方を向いたまま、そろりそろりと後ずさりを始めた。なんだなんだ?
俺が困惑していると、他の兵士たちも同じように下がり始める。あ、この国では、これが礼儀作法なのか。兵士にぶつからないよう、慌ててバックしようとした、その時だ。
「待て。そこの、仮面のもの」
ドッキーン!俺は飛び上がるかと思った。隣に浮いていたウィルは実際に跳ねた。お、俺か……俺だよな。女帝の鋭い眼が、まっすぐ俺の顔に向けられている。
「そなたは、もしかすると二の国の勇者か?」
はい。返事をしたつもりが、かすれて声が出なかった。息を深く吸って、もう一度。
「は、はい」
すると女帝は、考え込むように頬杖をつき、そしてにやりと笑った。どういう意味だ……?
「……ふふ。そうか。手間を取らせた、もう下がってよいぞ」
な、なんだかわからないが、とりあえずは許してもらえたらしい。俺は駆け出したい思いをこらえて、そろそろと後ろに下がり、部屋を出たところでぶはぁと息を吐いた。
「はぁっ、はぁっ……あぁ~、びっくりした……」
「ふぅ、ふぅ……心臓を落っことしたかと思いました。あの女帝様、すごい迫力……」
俺とウィルは、そろって左胸を押さえている(幽霊のウィルの場合は……そこに何があるのか、よくわからないが)。あの女帝には、ロアにもシリス大公にもない、独特な覇気があるな……あれが、王者の風格ってやつだろうか?
女帝の部屋を出ると、さっきのターバンを巻いた男がこちらにやってきた。この人が、女帝の言っていた臣下だな。彼について、再び外に出る。ただし、今度は玄関じゃなくて、見たことのない庭園だ。広いな……二の国の王城前の森くらいはありそうだ。
その庭園に、俺たちが乗ってきた馬車が集められていた。
「今から、皆様を“聖女様”の下へお連れ致します」
臣下の男性は恭しく頭を下げると、庭へと歩き出す。聖女だって?その人が、エドガーの呪いを解いてくれるのだろうか。それに、なんだろう……昔に、どこかでその肩書きを聞いた様な……?歩きながら考えたが、なかなか思い出せなかった。
さて。庭と言っても、とにかく広い。エドガーを乗せた馬車と俺たちは、臣下の後をひたすら歩いていく。庭園には緑の丘があり、澄んだ泉があり、ティーテーブルが置かれた東屋があり、木漏れ日溢れる林があり……もういちいち驚いてもいられないな。フランは呆れた顔をしている。
「いっそ、美術館にでも引っ越せばいいのに」
俺はふき出しそうになったが、どこで誰に見られているかもわからないから、必死にこらえた。
その豪勢な庭を延々横切ると、ようやく目当ての建物が見えてきた。小高く盛り上がった丘に、その白い建物は建っている。鏡でも張り付けているのか?陽の光を浴びて、キラキラと輝いている……
「あちらが、月の神殿。聖女様がおわす宮でございます」
チャンドラマハル……?どっかで聞いた様な……すると隣に浮かぶウィルが、まぁと息をのんだ。それを見て、あぁ!思い出したぞ。
前に、ウィルとアニが言っていた言葉だ。なんかすごい神殿らしくて、確かそこには、過去に召喚された勇者がいるって話だったが……?
近づくと、その建物がどうしてキラキラしているのかが分かった。神殿は、すべて白いガラスで作られていたのだ。水晶と言ってもいいかもしれない。それが光を受けて、無数に屈折させているのだ。クリスタルパレスって呼ぶのは、こっちのほうが相応しいんじゃないか?
「これより、神殿の中へと向かいます。患者の方をお連れなさってください」
数人の兵士たちがうなずいて、エドガーの乗った馬車に入っていく。いよいよだな。
「っと、待てよ。ここ、神殿だ。みんなは入るとマズいんじゃ……」
俺は慌てて仲間たちに振り返った。いつかに、ウィルの村の神殿に寄った時を思い出す。あの時は、フランは外でずっと待っていた。今回はどうだろう。
「む、そうですな。我々のような存在ともなると……」
エラゼムがあごのあたりに手を当てて唸る。それを見たフランが、首を横に振った。
「でも、わたしが前に入った時は大丈夫だったよ」
え?フランは外にいなかったか?俺はそのことを訊ねる。
「お清めの時はね。でも、夜寝るときとかは、部屋に入ってたじゃん」
「あぁ~。確かにそうだな」
「でしょ。ウィルもそうだし。なんならシスターだしね」
俺たちはウィルを見る。彼女はアンデッドだが、シスターでもある。
「そう、ですね。少なくとも、私がいた神殿では、特に何も起きませんでした。月の神殿は、私の神殿と同じゲデン教の総本山ですから、大丈夫なんじゃないでしょうか。あと、個人的にも……」
「個人的?なんだよそれ」
「実は、ここはずっと憧れの場所だったんです。この神殿にお勤めできるのは、とくに敬虔なシスターかブラザーだけでして……一度来てみたいと思ってたんですよね。えへへ、こんな形で叶うと思ってなかったですけど」
「へぇー。ん?でもお前、ここに憧れてて、よく戒律を破りまくれたな」
「あ、あぁー!聞こえないなぁー!さ、行きましょう!」
結局、もしもマズそうだったら一目散に退散するということで落ち着いた。まったく、心配だな。不真面目なシスターの到来を察知して、神罰が下らないだろうか?
俺たちが相談している間に、兵士たちがエドガーを担架に乗せて運び出した。エドガーのやつ、またやつれているな。顔はどす黒い紫色に染まっている。あと少しの辛抱だぞと、俺は心の中でつぶやいた。
「それでは、まいりましょう」
神殿の中へ入っていく。やっぱり中もガラス作りだ。だが不思議なことに、外の景色や、壁の向こうは透けて見えない。どういう仕組みなんだろう。
やがて臣下の男は、一つの扉の前で立ち止まった。
「キサカ様。よろしいでしょうか」
男がおごそかに呼びかけても、何の返事も聞こえてこない。少し張った声でもう一度訊ねる。
「光の聖女様。呪いを受けた者が、あなた様の祈りを欲しています。ご都合はよろしいでしょうか」
やっぱり、返事はない。留守にしているのか……?すると臣下の男は、扉をゆっくり三回ノックすると、静かに押し開けた。俺は首を伸ばして、部屋の中の様子を覗いてみた。
その部屋は円形に造られていた。ロウランと戦ったあそこを思い出すな。真っ白な部屋の中央には、大きなベッドが一つ置かれている。誰かが枕元にもたれて、寝ているようだ……真っ白な白髪と、やせこけ、しわだらけの顔。あの老婆が、聖女様……か?
「なんと……そうか、今日が“お眠りになる日”でしたか……」
老婆の姿を見ると、臣下の男は目を見開いた。そして静かに扉を閉めると、こちらに振り返って、困った顔で首を振った。
「皆様、申し訳ございません。聖女様は本日、治療を施すことができない状態です。また明日お越しいただいてもよろしいでしょうか」
なっ……エドガーは、今にもってくらい弱っているのに。それにだったら、どうしてここまで連れてこさせたんだ?病人には、担架での移動ですら辛いはずだ!
「っ……」
ヘイズも、同じことを思ったらしい。だが頭の切れる彼は、感情に任せて口を開くようなことはしなかった。
「……承知しました。それでは、明日にまた訪ねさせてもらいます」
「誠に申し訳ございません」
臣下の男は頭を下げたが、この場における立場は、彼の方が上だ。彼単体というか、一の国が、だが。俺たちは泣きついた立場なんだから……けっ!
しょうがないので、目的地目前で、俺たちは引き返すことになった。さっきのお婆さんが呪いを解いてくれるのか?治療が必要そうなのはあっちも同じ見えたが……
(ひょっとして、明日も眠りこけていて治療ができないんなんてこと、ないだろうな)
……ありうる。老人が病人を治そうって言うんだからな。ふぅ、頭が痛い。
臣下の男は再び庭を横切り、俺たちを宿泊客用のレストハウスへと案内した。庭の端に建てられたそれは、なんとプール付きだ。なかなか豪勢だが、こんな時じゃはしゃぐ気にもなれない。
「皆様は、こちらでごゆるりとおくつろぎください。明日、またお迎えにあがります」
臣下の男は恭しく礼をすると、どこかに去っていった。兵士の一人が悪態をつく。
「ちっ。くつろげだと?隊長の顔を見てから物を言えってんだ」
ヘイズがため息をこぼす。
「言うな。郷に入ってはなんとやら、従うしかねぇよ。とりあえず、今日は休もう。みんな、ここまでご苦労だった」
ヘイズがそう言うと、兵士たちは次々にほっと息をつき、肩を回したり、首をポキポキ鳴らしたりした。まあなんにせよ、目的地には着いたのだ。明日になれば治療を受けさせては貰えるんだし、とりあえずは一安心、なのかな。俺も何にもしなくて済みそうだし。
「……行こう。もうここに居る必要はないでしょ」
フランが俺の袖を引いて言う。行くって、どこへ?と思ったが、フランはホールを抜けて、部屋へと向かっただけだった。部屋は広く、仲間たちが全員入っても余裕だ。ベッドがいくつかあるから、もともと大部屋なんだろう。俺はベッドの一つに腰かけると、そのまま仰向けに倒れた。
「ふぁー。緊張したなあ」
窮屈な仮面は外して放り投げる。思い返せば、押しかける野次馬、金色のラッパ、それにあの女帝……目まぐるしかった。ウィルが呆れたように笑う。
「ほんとにですね。ライラさんも言ってましたけど、桜下さんは戦いとかではすっごく落ち着いてるくせに、こういう歓迎とかには弱いんですね?」
「う、うるさいな。慣れてないんだよ……」
もし俺が勇者をやめていなかったら、こういう行事がしょっちゅうあったのだろうか。ううぅ、やめて正解だ。
ライラはベッドによじ登ると、俺の隣に腰を下ろす。
「でもさ、これでもうなんにもやることはないんでしょ?明日になったらあのおばーさんに治してもらえるんだしさ」
「そうだな。あの女帝さん、見た目のわりに話が分かる人だったな。助かったよ、無茶振りされなくて」
「だったら、もうあとは帰るだけだよね?お城に戻ったら、三つ編みちゃんに会えるかな……」
「どうだろうなぁ……」
小柄なあの子のことを思い出す。三つ編みちゃんと別れてから、もう一週間以上は経っただろうか。すぐにでも二の国に帰れれば再会も叶うだろうが、まだ確かなことは分からない。なぜなら俺は、自分で言っておいてなんだが、本当にこれで終わったのか?という疑問を抱いている。女帝と別れた時の、あの意味深な微笑みが引っ掛かるんだ……
俺の胸騒ぎが、はたして的中したのかは分からない。だが厄介ごとというのは、頼んでもないのに向こうからやって来るもので。
その日の夜、俺たちの部屋の扉が叩かれた。
「こちらに、二の国の勇者殿はいらっしゃいますでしょうか。ライカニール帝がお呼びでございます」
つづく
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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