じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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12章 負けられない闘い

7-2

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7-2

「ついに、ここが……」

勇者ファーストは、目の前にそびえる漆黒の門を見上げて、ごくりと喉を鳴らした。
ここは、魔王の根城。人類に“ゲヘナ”と呼ばれる土地に建てられた黒き塔は、魔王軍の活動拠点となっている。そこに蔓延る軍勢を、ファーストたちはすべて撃破してきた。燃え盛る炎の巨人イフリート、その眼を見ただけで命を失う蛇の王バジリスク。すべての生物の頂点、ドラゴンとの戦闘もあった。それらをすべて退け、今日、日没迫る宵の口にて、この場へと辿り着いたのだ。
ファーストの妻・ティロが、窓から差し込む夕日に照らされる、夫の横顔を見つめる。その頬が血のような赤に染められているのを見て、彼女は思わずぶるりと震え、夫の腕に触れた。

「ん?どうしたんだ、ティロ。不安か?」

「……いいえ。魔王は恐ろしいですが、不安は感じておりません。あなたがいますもの」

ティロはきっぱりと言い切った。ファーストは目を丸くすると、ぷっとふき出した。

「ぷははは。あはは、そうだな。その通りだ」

ファーストは、ティロを胸にかき抱いた。

「俺もだ。君がいるから、俺は負けない。絶対にな」

ティロは頬を赤らめ、こくりとうなずいた。ファーストはティロを放すと、仲間たちを振り向く。

「さあみんな!いよいよ、人類が自由を手にする最終決戦だ!この戦いに勝利して、私たちは未来を掴むんだ!」

おおおおぉぉぉ!兵士たちが雄たけびを上げる。ファーストはすらりと空色の剣を抜くと、漆黒の門を強い力で押し開けた。ガタン、ギギギギ。

「突撃っ!」

扉がわずかに開くやいなや、ファーストはその隙間に身を滑り込ませた。後から兵士たちも続く。

「っ!?」

真っ先に飛び込んだファーストは、まず第一に面食らった。そこには、茜色の空が広がっていたからだ。彼が飛び込んだのは、見渡す限りの空、壁も天井もない一室―――そんなところを、部屋と呼べるのならば―――だった。背後にあるはずの、今まで通ってきた廊下はどこにもなく、ただ扉だけがそびえている。

「今まで城の中に居たはずなのに、どうして……」

「そなたは間違ってはいないぞ。勇者よ」

その声は、深く、地の底から響いてくるようだった。
シスターの何人かは、恐ろしさのあまり耳をふさいだ。ファーストはさっとあたりを見渡し、その者の姿を見止めた。
沈みゆく夕日を背景に、真っ黒な人影が一人立っている。否、それは人にあらず。今まで人類を支配し、己の懐の中で飼い続けてきた、鳥籠の主。

「魔王、テオドール……!」

ファーストは憎しみを込めて、その名をつぶやいた。

「よく来たな、人類の代表諸君」

一方の魔王テオドールは、まるで茶会に招いた友人を迎えるかのような、気さくな口調で話しかけてきた。しかしそれで油断するならば、ファーストは最強の勇者などと呼ばれていない。

「ずいぶん余裕だな。決戦の舞台を用意し、周到に待ち構えていたというわけか!」

「いいや。単に、ここは我のお気に入りの場所なのだ。夕陽が美しかろう」

「……なに?」

「ここは城の中でもっとも高い塔の頂上だ。ゲートでつないで、そなたたちを招き入れた」

「塔だと……?」

ファーストは信じられなかった。何かの建造物の上であることは分かるが、広さは桁外れだったからだ。万を超すファーストたち全軍が余裕で入る。

「こんな場所を、ただ夕日のためだけに……?」

「そうだ。ここで諸君を出迎えた理由について、それ以上のものはない」

「……」

ファーストは魔王を睨みつけた。何重にも罠が張られた場所で迎え撃たれることも想定していた彼にとって、この待遇はむしろ侮辱にさえ感じた。なによりも、ここまで追い続けた魔王が、焦りも、憤りもしていないことが許せなかった。

「……ならば、ここを貴様の死に場所にしてやる。愛着のある景色を、最期に見れたことを幸せに思うんだな」

「そうか。死に場所、か」

「そうだ!魔王テオドール!今こそ決着を付けよう!」

「……そうだな。この長い戦いにも、そろそろ終止符を打たねばならんだろう。互いに多くの血を流し、大地は傷つき、空はくすんだ。だが勇者よ。その前に、少し話をしないか」

「……話、だと?」

「そうだ。我とそなたと、こうして互いに相まみえたのはこれが初めてだ。一言も言葉を交わさぬまま殺し合うなど、いささか蛮族的すぎると思わぬか」

兵士たちがざわめく。ファーストと魔王は、一体何の話をしているんだ?俺たちは決死の覚悟でここまで来たのに、悠長に話をしようなど……ざわつきだした背後を思って、ファーストは唇を噛んだ。せっかく高めた士気が、このままでは台無しになってしまう。もしや、敵はそれが狙いか。ならば、その手に乗るもんか!

「ふざけるな!お前のような悪の親玉と話すことなど、何一つない!」

ファーストは剣を掲げて、魔王の胸先に狙いを定めた。だが魔王は顔色一つ変えず、ゆるゆると首を振った。

「そうだろうか。例えば、我々はなぜ戦わねばならぬのか、その理由を考えたことはあるか?」

「なに?戦う理由など、一つに決まっている!お前の支配を終わらせ、全人類を解放するためだ!」

「なるほど。確かに我は、お前たち人間を掌握している。だがそれは、支配ではなく管理と捉えることもできるのではないか」

「か……管理、だと?」

「そうだ。そなたは、人間を解放したいのだったな。だが我は、お前たち人間に自由を認めていないわけではない。そうであろう?お前たちは戦争が始まるまで、自由に旅をし、自由に生活を営み、自由に繁栄を続けてきたはずだ。お前たちには文化が生まれ、国が生まれ、歴史が生まれたはずだ。それを自由と呼ばず、なんだというのだ」

ファーストは一瞬、言葉に詰まった。それは、自分がこの世界に最初に呼ばれたころにも思ったことだったからだ。魔王は、人類にある程度の自由と、尊厳を認めてきた。大陸の端から出ることはできないが、その中でならそれなりに幸せな暮らしを送ることができた。魔王の言う通り、一定の範囲内でならば、確かに自由は存在していたのだ。ファーストも最初は、なぜ命を賭してまで魔王に戦いを挑まねばならぬのかと疑問を抱いたものだ。
だが、今は違う。

「……ふざけるな!そんなもの、自由などと呼べはしない!私たち人類は、家畜のように管理される必要などない!私たちは、自らの足で立つことができる!私たちは、自らの手で、未来を切り開くことができるんだ!」

ファーストの叫びに、兵士たちは瞳を潤ませて、ただ無言でうなずいた。

「私たちは、お前の存在など必要としない!お前の言う自由とは、奴隷を飼い殺すためのまやかしに過ぎない!」

「……果たして、本当にそうだろうか。そなたは、自らの足で立つ事ができると言ったが。常に見えざる手によって支えられていると、考えたことはなかったか?誰かによる導きがあったからこそ、今の暮らしができているとは思わぬか?お前たちは、今の繁栄を、本当に自分たちだけの手で成し遂げたと思っているのか?」

「当然だ!私たちは、道も分からない赤子じゃない!私たちが努力したから、今があるんだ!それは貴様のおかげでも、貴様の手によるものでも、ない!」

「それを、そなたが証明できるのか?外の世界からきたそなたが?」

ファーストの顔に、はっきりとした動揺が走った。十数年をこの世界で過ごしたとはいえ、ファーストはここではない世界からやってきた異邦人だ。そんな彼が、この世界の人類の代表として、言葉を代弁などしていいのか……

「ええ。もちろんですわ」

ファーストはびくりとして、隣を見た。彼のすぐ横にティロが、風で髪が乱れるのも気にせず並び立っている。

「ティロ!ここは危険だ、シスターである君は後ろに……」

「ええ、わかっています。ですが、これだけは言わせてください。あなたは、紛れもなく、わたしたちの代表です」

ティロの言葉に、ファーストは目を見開いた。

「これまで一緒に戦ってきた日々の中で、わたしたちは、あなたという人を知りました。そしてあなたも、わたしたちを深く知ってくれましたね。ともに泣き、ともに笑い、ともに励まし合った時間は、決して嘘ではありません。生まれた場所こそ違えど、心は一つです」

「ティロ……」

ティロがそっとファーストの手を握る。ファーストは、その手を強く握り返した。

「……そうだ。私は、確かに別の世界からやってきた。その事をなかったことにはできない。だが、この世界で過ごした日々も、また確かなものだ。もう私の魂の半分は、この世界なんだ」

ファーストは再び、魔王と正面から向き合った。

「もう一度言う。私たちは、お前の管理など不要だ。私は、お前を倒す」

「それで導き手を失うことになってもか?先導無き船がどうなるか、分からぬそなたではあるまい」

「ならば、それを私たちが担えばいい。魔王、お前などではなく、私たち人類がだ。お前は確かに、人類への過度な介入はしなかった。だがお前というバックがあるおかげで、魔物は虎視眈々と私たちの領土を狙い続けている。国境の淵でどれだけの血と涙が流されたか、お前は知らないだろう」

ファーストの手を握るティロの体が、きゅっと強張った。ファーストは彼女を、憂いを秘めた瞳で見つめ、一度だけティロの肩を抱いた。それからそっと放して、自分から離れるように告げる。ティロは無言でうなずくと、たたたっと兵士たちの後ろへ駆けて行った。そのまなじりには、小さな涙の粒が光っていた。

「お前がいることで、私たちは常に脅かされている。尊厳、命、両方だ。私は、その脅威から人類を解き放つために、この世界に呼ばれた。今こそ、その使命を果たす時だ」

ファーストは改めて、空色の剣を魔王へと向けた。いつしか日は沈み、濃紺の空が頭上を覆っている。

「魔王テオドール。お前を、倒す!」

魔王テオドールは、先ほどまでは夕日に包まれて黒いシルエットとなっていた。だが今は、夜の闇に包まれることで、黒い衣を纏っている。

「……どうやっても、戦わねば分かり合えぬか。よかろう。ならば、存分に戦おうではないか。どのみち我にできるのは、それしか残されておらん」

魔王はため息のような音を口から放つと、ぐらりと半身を傾けた。その背中が、むくむくと膨らんでいく。ファーストたちが驚き、目を見開く中、魔王の体は三倍近くに膨れ上がり、その姿はとても人間とはかけ離れた、異形のものとなった。

「カカッテクルガヨイ。人類ノ代表タチヨ」

ファーストは、自身の愛刀を握り締めた。汗で手が滑る。緊張している?当然だ。この瞬間の為に、今までずっと走ってきたのだから。だが、恐れてはいない。手も震えていない。足も動く。磨き上げてきた剣技も、習得してきた魔法も、すべて頭の中にある。

いける。

「さあ、いくぞ!セカンド!サード!そして、仲間たちよ!」

「チッ。おめぇはいっつも、グダグダ話が長いんだよ」

「まいりましょう。ここが、僕たち人間の天王山です」

兵士たちは、三人の勇者の後ろで、うぉおおと雄たけびを上げた。逆にシスターと魔術師たちは息をひそめ、集中力を研ぎ澄ます。
今ここに、人類対魔王の、決戦の火蓋が切られた。

「いくぞ!魔王おおおぉぉぉ!」

青い稲妻が、濃紺の闇夜を切り裂いた……



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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