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12章 負けられない闘い
8-1 聖女の憂い
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8-1 聖女の憂い
月の神殿からの使いは、翌日の昼前に来た。
「キサカ様がお待ちです。ご一緒に昼食をとりたい、とご所望でございます」
ふむ、昼飯か。仮面を付けたままだと大変そうだな。あのガラスでできた神殿だと、日が差して暑そうだし。それに清潔すぎて、うっかり食べこぼしたらと考えると、喉を通りづらそうだ……いかん、ネガティブが止まらない。気は滅入るが、断る選択肢は存在しないんだ。
(昨日決めたみたいに、ここが踏ん張りどころだ)
俺は気持ちを切り替えて、使いと共に月の神殿へ向かった。
案内されたのは、前と同じ部屋だ。使いに扉を開けられたので、俺たちだけで中に入る。そこは相変わらず殺風景な、だが光に満ちた空間だった。キサカは、前回と全く同じ体勢、つまり枕元にもたれる形で座っていた。
「ようこそ、みなさん。わがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
「いえ……」
キサカは歓迎するように微笑むと、手でベッドサイドを示した。そこには小さなテーブルが置かれ、パンとスープの簡単な昼食が用意されていた。
「ごめんなさい。あまり豪華なものは、この神殿では出せないんです。呼びつけておいて、ほんとうに申し訳ないんですけれど……」
「い、いえ。十分です。ありがとうございます……」
どうにも、この聖女様は腰が低いんだよな。でも考えてみれば、この人も勇者、つまり俺と同じ世界からやってきた人間なんだ。もとは一般人って考えれば、当然かもしれない。
俺たちは用意されたテーブルについた。パンが入ったバスケットは確かに小さかったが、仲間たちは食べる必要はないから、これで十分だろう。
キサカの手元には、カットされたリンゴが数切れ乗った皿が、一枚あるだけだった。
「あの、それしか食べないんですか?」
「ええ。小食なものでして」
えぇ……小食と言うか、それはもう絶食に近い気もするが……だが目の前の少女は、年老いた老婆の姿から、一晩で若返って見せたんだ。この程度、不思議でも何でもないんだろう。
「私には遠慮しないで、召し上がってくださいね」
「それじゃ、遠慮なく……」
俺は仮面を少し浮かせて、もそりとパンをかじった。むぅ、何の味もしない。神殿の料理だから、精進料理みたいな感じなんだろうか?
キサカもリンゴを口にすると(数切れしかないのに、さらに小さく一口だけかじった)、こちらへ顔を向ける。
「それを付けたままだと、食べにくそうですね」
「えっ。あの、すんません。ちょっとこれには、外せない事情がありまして……」
「ああ、ごめんなさい!そういうつもりで言ったわけじゃないんです。全然気にしてないので、お好きなようにしてもらって構いませんから。ただ、もしも何かの配慮とかだったら、私のことは気にしないでくださいって言いたかったんです」
「え?えーっと、何て言うか……」
「あの、私、自分で言うのもなんですけど、結構大事にされているみたいで……もしも神殿の方が何か言ったんだとしたら、本当に申し訳ないです……」
「え?そういうわけじゃないんですけど。どちらかと言うとこれは、こっちの国の問題で」
「まあ、そうなんですか?大変なんですね」
心配されてしまった。大変なのは、むしろそっちだと思うんだけど……どうにも調子狂うな。
「あの……失礼じゃなければ、聞きたいんですけど。どうして俺たちを呼んだんですか?」
「え?ああ、私ったら。すみません、世間話をべらべらと」
「いえ、それはいいんですけど。というか、世間話くらいしかできないと思いますけど……俺、別に何かの専門家とかではありませんから」
「え?うふふ、それはおかしな話ですね」
「はい?」
「だって、あなたは勇者じゃないですか。勇者は、この世界の人たちには無い、異質な能力を持っている。それは専門家と呼んでも、差し支えないのではないですか?」
む……そう言われれば、そうなるのだろうか。俺の能力はネクロマンス。確かに、死霊については専門家みたいなもんか。
「じゃあ、聖女様は俺の能力についての話が聞きたいと?」
「いえ、それも違います。私が聞きたいのは……あなたの話、です」
「俺の……?」
「はい。何でもいいんです。こちらの世界に来て、困ったことはありませんか?それとも、質問したいこととか。いちおう、私は先輩ですから、ある程度の事なら答えられると思います」
「はぁ……」
それじゃまさしく、世間話みたいだが……聖女様は、そんな話がしたくて俺を呼んだのか?まあよくわからないけど、とりあえず適当に話を振ってみるか。
「ええと……さっき、先輩って言いましたけど。確認になりますが、あなたは過去に召喚された勇者ということで、間違いないんですね?」
「ええ。あなたと同じ世界、日本から呼び出されました」
ニホン……もはや、懐かしい響きに感じてしまう。そうか、この人も日本人か。クラークといい俺といい、やたらと日本から召喚されるやつが多いな。
「俺たち、同じ出身だったんですね」
「ええ。ですから……だから、堅苦しい言葉遣いは、もうやめにしない?私たち、同じ出身のよしみで。ね?」
「そうすか?……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ。うふふ、周りからは聖女だなんて呼ばれているけれど。私ほんとは、そんなにいい子じゃないのよ。言葉遣いだって、ちゃんと敬語が使えている自信もないもの」
「ははは。そりゃ、俺も一緒だ。言葉なんて、伝わりゃ十分だって思っちゃうよ」
「うふふ、ほんとにね」
俺がにやりと笑うと、キサカもころころと笑った。ふむ、なんだかぐっと親近感を感じるようになったな。
キサカは改めて自己紹介をする。
「私の本名は、来境姫といいます。こちらの世界の人たちには、あんまり馴染みのない響きだったみたいで、縮めてキサカと呼ばれているけれど。あなたのお名前は?」
「あ、そういやまだ名乗ってもいなかったな。えー……」
どうしよう、名乗ってもいいかな。うーむ、相手は勇者で、しかもかなり物腰やわらかだ。こちらの事情も、話せばわかってくれるだろう。うん、ならいいな。
「失礼。俺は西寺桜下だ。それと、旅の仲間たち。多いから省略するけど」
「桜下くんね。よろしくお願いします。それとお仲間さんたちも、どうぞよろしく」
みんなは軽く会釈だけした。さっきから向こうの世界についての話題が飛び交うので、みんなは戸惑っているように見える。だよなぁ、違う世界の話なんかされたら、俺だって困惑する。
「それで、話を戻すと……えーっと、ヒメさんって呼んだ方がいいか?それとも、キサカさん?」
「キサカ、で構わないわ。もうずいぶん長くその名で呼ばれてるから、そっちのほうが慣れてしまって」
「へぇ、そんなに。キサカさんって、こっちに来てどれくらい経つんだ?」
「そうね、もうかれこれ、四十年は経つかしら」
「よ、四十年!?」
じゃあ、キサカはこう見えて六十歳に近いのか……?脳みそが混乱するが、キサカは老人の姿から若返る能力を持っているんだ。不可能じゃないんだろう。
「すっげぇ、大ベテランなんだな……キサカも勇者ってことは、能力を持ってるんだよな。それが、この前のやつなのか?確か、光の魔力って……」
「ええ、その通りよ。私の力は、人の怪我を治したり、呪いを解いたり、そんな感じの能力なの」
「へー。回復系か。ゲームならヒーラーって感じだな」
「げーむ……?ひーらー……?」
え?おっと、そうか。キサカは若く見えるけど、実際は四十年前の時代から召喚されているんだった。その当時は、まだゲームもろくに出回ってなかったんだろう。
「ごめん、なんでもないんだ。とにかく、すごい能力だな。あんたなら解けない呪いも、治せない病気もないんだろ?」
「うぅーんと……あんまり偉そうなことは言いたくないんだけど、ええ。実際、治せなかった人はいないわ」
「うわ!すげー。そりゃ、聖女様だなんて呼ばれるわけだ。俺とは大違いだな」
「桜下くんの能力は、どんななの?」
「え?あー……」
俺は言い淀むと、仲間たちの方を向いて目配せした。みんなが小さくうなずいたのを確認して、俺はキサカに向き直る。
「俺は、死霊術師なんだ」
「死霊……?えっ。じゃあ、まさか……」
キサカは目を丸くして、みんなを穴が開くほど見つめている。俺は慌てて手を振った。
「あの、誤解しないでくれ。みんないい奴らだし、間違っても人を襲うようなことはしない。絶対だ」
「え、ええ……あなたが術者で、その方たちが眷属、という事なの?」
「いいや。こいつらは、仲間だ。俺と一緒に旅をしてくれる友達だよ」
俺の友達という言葉に、キサカはオッドアイの目をぱちくりさせ、やがてふわりとほほ笑んだ。
「ふふ。ともだち、か。わかったわ。それを聞いて、安心しました」
「悪いな。ちょっと言い出しづらくて。ほら、死霊術って聞くと、あんまりいいイメージないだろ。この仮面も、そういう理由さ」
「そう……苦労してるのね」
「そうでもないよ。いつもはもっと気楽だし。なんだけど、今回は人命が掛かってたからな」
「私が治した、あの兵士さんね」
「そういうこと。だからこんな格好なわけだな。で、もう一つ頼みなんだけど、俺の名前はあんまり大っぴらにしないでくれないか?色々あってさ、正体を隠さなきゃなんだ」
キサカは憐れむような視線を俺に向けると、しっかりとうなずいてくれた。
「わかったわ。ここであったことは、誰にも話しません。だから安心して。聞きにくい事でも、なんでも相談に乗るからね」
ありがたいな。にしても、ずいぶんこっちの事を心配してくれるな。同郷のよしみ故だろうか?
「なんでもかぁ。あ、じゃあさ。聞きたいんだけど、あんたのアレ。この前の、転生?ってやつについて、聞いてもいいかな」
「え?いいけれど……大したものじゃないのよ」
「えぇ?だって、若返りの術なんだろ。すごい能力じゃないか。それがあれば、実質不老不死みたいなもんだろ」
不老不死。夢みたいな話だ。しかし、キサカの顔色は曇っている。
「……本当に、そんなにいいものじゃないの。確かに私の力……光の魔法は、他の魔法ではできないことができるけれど。だからといって、万能なわけじゃないのよ」
万能じゃない?確か、光の魔法は奇跡に例えられるらしいが……その時、俺の背後から、控えめなライラの声が聞こえてきた。
「……光のまほーは、まだ全然研究が進んでいないから。詳しい事はちっともわかってないんだよ」
俺とキサカが、ライラの方を向く。ライラはフランの後ろに隠れながらも、瞳をキラキラと輝かせていた。人見知ってはいるけれど、好奇心を抑えきれないようだ。
「けど、若返りなんてことができるまほー、聞いたことない。まほーは、時の流れには干渉できないんだ。まほーはマナを動かして発動する、流動的概念だけど、時間はマナを含まない、絶対的概念だから。それこそ、奇跡でも起きないかぎり……」
な、なるほど……?とりあえず、最後の部分だけは理解できた。キサカは薄く微笑む。
「あなたは、魔法のことをとてもよく知っているのね。お名前はなんていうの?」
「……ライラ」
「ライラちゃん。かわいい名前ね。ライラちゃんは、私の魔法のことを奇跡って言ったわね。けど、さっきも言ったみたいに、私の能力は万能じゃないわ。奇跡って言うのは、なんの制限もなく、それこそ何でもできることを言うんじゃないかしら」
「……違うの?」
「ええ。分かりやすい例えで言えば……ライラちゃんは、魔法が使えるの?」
「え。うん、使えるよ。ライラは大まほーつかいだから」
「そう、すごいのね。なら、強い魔法も使えるのかしら?」
「うん。もちろんだよ」
調子に乗ったライラは、偉そうにふんぞり返った。キサカは微笑みながら続ける。
「すごいわ。きっとあなたなら、魔物の大群だってやっつけられるのでしょうけれど……私の力では、小さなねずみ一匹だって、倒すことはできないの」
え?ああ、回復魔法だからってことか?
「私にできることは、傷を治すとか、そんなことばかり。戦うことは何一つできやしないわ。それこそ、誰かに守ってもらわないと、たった一匹の魔物にすら殺されてしまうくらい。こんな融通の利かない力を、奇跡だなんて呼べないでしょう?」
「え……?」
話しがおかしな方向に流れてきて、ライラは困惑しているようだ。代わりに俺が口を開く。
「キサカさんは、回復系の魔法しか使えないのか?」
「そう。より正確にいえば、光の魔法自体が、攻撃に全く転用できないの。光の魔法は全部で七つあるらしいけれど、そのどれも、戦いでは役にたたないわ」
「そう……なのか。けど、それでもすごい力じゃないか。怪我をすぐ治せるなら、戦いで役に立たないってこともないだろ?」
それでもキサカは、ゆるゆると首を横に振るばかりだ。
「治せると言っても、同時に何人もとか、次々に治療するとか、そういうことはできないの。それに、私自身もどんくさいから、最前線に出ることもできない。安全な後ろで、ただ守ってもらうばかり……本当に、役立たずで、卑怯な能力だわ。ごめんなさい。こんな私を、責めないでもらえるかしら」
俺は何も言えなくなってしまった。困ったな、そんなに卑下することもないだろうに。なんて言えばいいんだよ?俺が言葉に詰まっていたその時、また別の声が、するどく聞こえてきた。
「それ、嘘でしょ」
口を開いたのは、フランだった。嘘?
「えっと……あなたは……?」
「フランセス。それより、今の話。怪我を治せる魔法が、戦いで役に立たないはずがない。そうでしょ」
そう言ってフランは、エラゼムの方を向いた。エラゼムは少し慌てたが、それでも歴戦の騎士らしくしっかりと答える。
「そうですな。戦場において、治癒や補給といった後方支援はどれだけあっても困りません。後方という土台が無ければ、前線を積み上げることもままなりませぬから。戦いにおいて最も重要なことは、鍛え抜かれた軍隊よりも、切れることのない補給線です」
フランはうなずくと、視線をキサカに戻す。
「たとえあなた自身が非力でも、その力を使えば何人も助けることができるんだ。役に立てないはずがない。それなのに、ただ守られてたってことは、あなたにやる気がなかったからだとしか思えないんだけど」
う、うわ。フランの赤い視線が、キサカを射抜くように睨む。
「わたしたちを……この人を、あなたの慰めの道具にしないで」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ようこそ、みなさん。わがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
「いえ……」
キサカは歓迎するように微笑むと、手でベッドサイドを示した。そこには小さなテーブルが置かれ、パンとスープの簡単な昼食が用意されていた。
「ごめんなさい。あまり豪華なものは、この神殿では出せないんです。呼びつけておいて、ほんとうに申し訳ないんですけれど……」
「い、いえ。十分です。ありがとうございます……」
どうにも、この聖女様は腰が低いんだよな。でも考えてみれば、この人も勇者、つまり俺と同じ世界からやってきた人間なんだ。もとは一般人って考えれば、当然かもしれない。
俺たちは用意されたテーブルについた。パンが入ったバスケットは確かに小さかったが、仲間たちは食べる必要はないから、これで十分だろう。
キサカの手元には、カットされたリンゴが数切れ乗った皿が、一枚あるだけだった。
「あの、それしか食べないんですか?」
「ええ。小食なものでして」
えぇ……小食と言うか、それはもう絶食に近い気もするが……だが目の前の少女は、年老いた老婆の姿から、一晩で若返って見せたんだ。この程度、不思議でも何でもないんだろう。
「私には遠慮しないで、召し上がってくださいね」
「それじゃ、遠慮なく……」
俺は仮面を少し浮かせて、もそりとパンをかじった。むぅ、何の味もしない。神殿の料理だから、精進料理みたいな感じなんだろうか?
キサカもリンゴを口にすると(数切れしかないのに、さらに小さく一口だけかじった)、こちらへ顔を向ける。
「それを付けたままだと、食べにくそうですね」
「えっ。あの、すんません。ちょっとこれには、外せない事情がありまして……」
「ああ、ごめんなさい!そういうつもりで言ったわけじゃないんです。全然気にしてないので、お好きなようにしてもらって構いませんから。ただ、もしも何かの配慮とかだったら、私のことは気にしないでくださいって言いたかったんです」
「え?えーっと、何て言うか……」
「あの、私、自分で言うのもなんですけど、結構大事にされているみたいで……もしも神殿の方が何か言ったんだとしたら、本当に申し訳ないです……」
「え?そういうわけじゃないんですけど。どちらかと言うとこれは、こっちの国の問題で」
「まあ、そうなんですか?大変なんですね」
心配されてしまった。大変なのは、むしろそっちだと思うんだけど……どうにも調子狂うな。
「あの……失礼じゃなければ、聞きたいんですけど。どうして俺たちを呼んだんですか?」
「え?ああ、私ったら。すみません、世間話をべらべらと」
「いえ、それはいいんですけど。というか、世間話くらいしかできないと思いますけど……俺、別に何かの専門家とかではありませんから」
「え?うふふ、それはおかしな話ですね」
「はい?」
「だって、あなたは勇者じゃないですか。勇者は、この世界の人たちには無い、異質な能力を持っている。それは専門家と呼んでも、差し支えないのではないですか?」
む……そう言われれば、そうなるのだろうか。俺の能力はネクロマンス。確かに、死霊については専門家みたいなもんか。
「じゃあ、聖女様は俺の能力についての話が聞きたいと?」
「いえ、それも違います。私が聞きたいのは……あなたの話、です」
「俺の……?」
「はい。何でもいいんです。こちらの世界に来て、困ったことはありませんか?それとも、質問したいこととか。いちおう、私は先輩ですから、ある程度の事なら答えられると思います」
「はぁ……」
それじゃまさしく、世間話みたいだが……聖女様は、そんな話がしたくて俺を呼んだのか?まあよくわからないけど、とりあえず適当に話を振ってみるか。
「ええと……さっき、先輩って言いましたけど。確認になりますが、あなたは過去に召喚された勇者ということで、間違いないんですね?」
「ええ。あなたと同じ世界、日本から呼び出されました」
ニホン……もはや、懐かしい響きに感じてしまう。そうか、この人も日本人か。クラークといい俺といい、やたらと日本から召喚されるやつが多いな。
「俺たち、同じ出身だったんですね」
「ええ。ですから……だから、堅苦しい言葉遣いは、もうやめにしない?私たち、同じ出身のよしみで。ね?」
「そうすか?……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ええ。うふふ、周りからは聖女だなんて呼ばれているけれど。私ほんとは、そんなにいい子じゃないのよ。言葉遣いだって、ちゃんと敬語が使えている自信もないもの」
「ははは。そりゃ、俺も一緒だ。言葉なんて、伝わりゃ十分だって思っちゃうよ」
「うふふ、ほんとにね」
俺がにやりと笑うと、キサカもころころと笑った。ふむ、なんだかぐっと親近感を感じるようになったな。
キサカは改めて自己紹介をする。
「私の本名は、来境姫といいます。こちらの世界の人たちには、あんまり馴染みのない響きだったみたいで、縮めてキサカと呼ばれているけれど。あなたのお名前は?」
「あ、そういやまだ名乗ってもいなかったな。えー……」
どうしよう、名乗ってもいいかな。うーむ、相手は勇者で、しかもかなり物腰やわらかだ。こちらの事情も、話せばわかってくれるだろう。うん、ならいいな。
「失礼。俺は西寺桜下だ。それと、旅の仲間たち。多いから省略するけど」
「桜下くんね。よろしくお願いします。それとお仲間さんたちも、どうぞよろしく」
みんなは軽く会釈だけした。さっきから向こうの世界についての話題が飛び交うので、みんなは戸惑っているように見える。だよなぁ、違う世界の話なんかされたら、俺だって困惑する。
「それで、話を戻すと……えーっと、ヒメさんって呼んだ方がいいか?それとも、キサカさん?」
「キサカ、で構わないわ。もうずいぶん長くその名で呼ばれてるから、そっちのほうが慣れてしまって」
「へぇ、そんなに。キサカさんって、こっちに来てどれくらい経つんだ?」
「そうね、もうかれこれ、四十年は経つかしら」
「よ、四十年!?」
じゃあ、キサカはこう見えて六十歳に近いのか……?脳みそが混乱するが、キサカは老人の姿から若返る能力を持っているんだ。不可能じゃないんだろう。
「すっげぇ、大ベテランなんだな……キサカも勇者ってことは、能力を持ってるんだよな。それが、この前のやつなのか?確か、光の魔力って……」
「ええ、その通りよ。私の力は、人の怪我を治したり、呪いを解いたり、そんな感じの能力なの」
「へー。回復系か。ゲームならヒーラーって感じだな」
「げーむ……?ひーらー……?」
え?おっと、そうか。キサカは若く見えるけど、実際は四十年前の時代から召喚されているんだった。その当時は、まだゲームもろくに出回ってなかったんだろう。
「ごめん、なんでもないんだ。とにかく、すごい能力だな。あんたなら解けない呪いも、治せない病気もないんだろ?」
「うぅーんと……あんまり偉そうなことは言いたくないんだけど、ええ。実際、治せなかった人はいないわ」
「うわ!すげー。そりゃ、聖女様だなんて呼ばれるわけだ。俺とは大違いだな」
「桜下くんの能力は、どんななの?」
「え?あー……」
俺は言い淀むと、仲間たちの方を向いて目配せした。みんなが小さくうなずいたのを確認して、俺はキサカに向き直る。
「俺は、死霊術師なんだ」
「死霊……?えっ。じゃあ、まさか……」
キサカは目を丸くして、みんなを穴が開くほど見つめている。俺は慌てて手を振った。
「あの、誤解しないでくれ。みんないい奴らだし、間違っても人を襲うようなことはしない。絶対だ」
「え、ええ……あなたが術者で、その方たちが眷属、という事なの?」
「いいや。こいつらは、仲間だ。俺と一緒に旅をしてくれる友達だよ」
俺の友達という言葉に、キサカはオッドアイの目をぱちくりさせ、やがてふわりとほほ笑んだ。
「ふふ。ともだち、か。わかったわ。それを聞いて、安心しました」
「悪いな。ちょっと言い出しづらくて。ほら、死霊術って聞くと、あんまりいいイメージないだろ。この仮面も、そういう理由さ」
「そう……苦労してるのね」
「そうでもないよ。いつもはもっと気楽だし。なんだけど、今回は人命が掛かってたからな」
「私が治した、あの兵士さんね」
「そういうこと。だからこんな格好なわけだな。で、もう一つ頼みなんだけど、俺の名前はあんまり大っぴらにしないでくれないか?色々あってさ、正体を隠さなきゃなんだ」
キサカは憐れむような視線を俺に向けると、しっかりとうなずいてくれた。
「わかったわ。ここであったことは、誰にも話しません。だから安心して。聞きにくい事でも、なんでも相談に乗るからね」
ありがたいな。にしても、ずいぶんこっちの事を心配してくれるな。同郷のよしみ故だろうか?
「なんでもかぁ。あ、じゃあさ。聞きたいんだけど、あんたのアレ。この前の、転生?ってやつについて、聞いてもいいかな」
「え?いいけれど……大したものじゃないのよ」
「えぇ?だって、若返りの術なんだろ。すごい能力じゃないか。それがあれば、実質不老不死みたいなもんだろ」
不老不死。夢みたいな話だ。しかし、キサカの顔色は曇っている。
「……本当に、そんなにいいものじゃないの。確かに私の力……光の魔法は、他の魔法ではできないことができるけれど。だからといって、万能なわけじゃないのよ」
万能じゃない?確か、光の魔法は奇跡に例えられるらしいが……その時、俺の背後から、控えめなライラの声が聞こえてきた。
「……光のまほーは、まだ全然研究が進んでいないから。詳しい事はちっともわかってないんだよ」
俺とキサカが、ライラの方を向く。ライラはフランの後ろに隠れながらも、瞳をキラキラと輝かせていた。人見知ってはいるけれど、好奇心を抑えきれないようだ。
「けど、若返りなんてことができるまほー、聞いたことない。まほーは、時の流れには干渉できないんだ。まほーはマナを動かして発動する、流動的概念だけど、時間はマナを含まない、絶対的概念だから。それこそ、奇跡でも起きないかぎり……」
な、なるほど……?とりあえず、最後の部分だけは理解できた。キサカは薄く微笑む。
「あなたは、魔法のことをとてもよく知っているのね。お名前はなんていうの?」
「……ライラ」
「ライラちゃん。かわいい名前ね。ライラちゃんは、私の魔法のことを奇跡って言ったわね。けど、さっきも言ったみたいに、私の能力は万能じゃないわ。奇跡って言うのは、なんの制限もなく、それこそ何でもできることを言うんじゃないかしら」
「……違うの?」
「ええ。分かりやすい例えで言えば……ライラちゃんは、魔法が使えるの?」
「え。うん、使えるよ。ライラは大まほーつかいだから」
「そう、すごいのね。なら、強い魔法も使えるのかしら?」
「うん。もちろんだよ」
調子に乗ったライラは、偉そうにふんぞり返った。キサカは微笑みながら続ける。
「すごいわ。きっとあなたなら、魔物の大群だってやっつけられるのでしょうけれど……私の力では、小さなねずみ一匹だって、倒すことはできないの」
え?ああ、回復魔法だからってことか?
「私にできることは、傷を治すとか、そんなことばかり。戦うことは何一つできやしないわ。それこそ、誰かに守ってもらわないと、たった一匹の魔物にすら殺されてしまうくらい。こんな融通の利かない力を、奇跡だなんて呼べないでしょう?」
「え……?」
話しがおかしな方向に流れてきて、ライラは困惑しているようだ。代わりに俺が口を開く。
「キサカさんは、回復系の魔法しか使えないのか?」
「そう。より正確にいえば、光の魔法自体が、攻撃に全く転用できないの。光の魔法は全部で七つあるらしいけれど、そのどれも、戦いでは役にたたないわ」
「そう……なのか。けど、それでもすごい力じゃないか。怪我をすぐ治せるなら、戦いで役に立たないってこともないだろ?」
それでもキサカは、ゆるゆると首を横に振るばかりだ。
「治せると言っても、同時に何人もとか、次々に治療するとか、そういうことはできないの。それに、私自身もどんくさいから、最前線に出ることもできない。安全な後ろで、ただ守ってもらうばかり……本当に、役立たずで、卑怯な能力だわ。ごめんなさい。こんな私を、責めないでもらえるかしら」
俺は何も言えなくなってしまった。困ったな、そんなに卑下することもないだろうに。なんて言えばいいんだよ?俺が言葉に詰まっていたその時、また別の声が、するどく聞こえてきた。
「それ、嘘でしょ」
口を開いたのは、フランだった。嘘?
「えっと……あなたは……?」
「フランセス。それより、今の話。怪我を治せる魔法が、戦いで役に立たないはずがない。そうでしょ」
そう言ってフランは、エラゼムの方を向いた。エラゼムは少し慌てたが、それでも歴戦の騎士らしくしっかりと答える。
「そうですな。戦場において、治癒や補給といった後方支援はどれだけあっても困りません。後方という土台が無ければ、前線を積み上げることもままなりませぬから。戦いにおいて最も重要なことは、鍛え抜かれた軍隊よりも、切れることのない補給線です」
フランはうなずくと、視線をキサカに戻す。
「たとえあなた自身が非力でも、その力を使えば何人も助けることができるんだ。役に立てないはずがない。それなのに、ただ守られてたってことは、あなたにやる気がなかったからだとしか思えないんだけど」
う、うわ。フランの赤い視線が、キサカを射抜くように睨む。
「わたしたちを……この人を、あなたの慰めの道具にしないで」
つづく
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(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
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生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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