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12章 負けられない闘い

13-1 第三試合

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13-1 第三試合

「さあ!間もなく第三試合!現時点での勝ち星は、一の国が一つ、二の国が一つ。すなわち、この試合の勝敗が、勇演武闘そのものの勝敗を決することとなります!」

アナウンスは今日一の大声で騒ぎ立てている。魔法で拡張されているとはいえ、相当の声量だぞ?あんなに叫んで、よく喉が枯れないもんだ。

「いよいよ、最後の試合ですね……!」

ウィルは祈るように両手を組んで、リングをカッと見つめている。

「ああ……ちぇ。図らずも、最高に盛り上がる形になっちまったな」

「そうですね、でもしょうがないですよ。エラゼムさんの性格を考えたら、ああなるのは」

「ああ。試合中も、ずーっとやりにくそうにしてたもんな。見てて気の毒だったよ」

するとライラが、むぅーっと唸り声をあげる。

「なんだよ、ライラ?」

「だってさ、あいつ最初は、ライラにすっごい意地悪したくせに……」

「え?あぁ~、そんなこともあったな」

ライラとの初邂逅の時も、エラゼムは損な役回りだったっけ。生真面目だから、どんな役目でもこなしちゃうんだよな。

「あん時はしょうがなかっただろ。俺たちとライラは、今ほど仲良くなかったんだからさ」

「そうだけどさ……なんか、なっとくいかないよ」

ふむ。女の子に一度も手を上げられなかった今のエラゼムと、過去の冷徹なエラゼムを比べているんだな。でもしょうがないだろ。あんとき俺たちは、ライラをマジもんの怪物だと思っていたんだから……なんて言ったら、怒るかな。

「あの……」

ん?ふいに、隣の席のクラークが、気まずそうに話しかけてきた。

「なんだよ?」

「さっきの試合……最後のところで、そちらの騎士がミカエルをかばってくれただろう?」

「え?そうだったのか?」

「見えなかったのかい?僕のところからは、ミカエルがスクロールを取り落として、そんな彼女を突き飛ばす彼の姿がはっきり見えたんだ」

「えっ、まじか……危ないところだったんだな」

「ああ。だから、その……ありがとう。仲間を助けてくれて」

「あん?ああ、いいよいいよ。礼ならエラゼムに言ってやってくれ。別に本気のケンカじゃないんだし、それくらい当然だって、あいつも言うだろうけど」

「そう、か……?」

「おう。それより、ほら。試合が始まるぞ」

俺とクラークは、そろってリングへと顔を向けた。ゲートからは、ちょうど二人が出てくるところだ……

「両選手の入場です!まずは、一の国!可憐なる魔法使い、ここにあらわる!そよ風のように舞い、疾風のように刺す、風の使い手!コルルゥゥゥゥ、ペンダァァァァァガストォォォォ!」

やかましいアナウンスと共に、コルルがゲートから現れた。手には真鍮製らしきロッドを持ち、全身の要所要所には革製のプロテクターを装着している。鎧としては軽装だが、魔術師としては異例の重装備だ。挑発的な赤い髪は、今は後ろで一括りに束ねられていた。

「続きまして、二の国!雪夜叉の生まれ変わりか!?銀色の髪を持つ、スピードファイター!フランセェェェス、ヴォルドゥゥゥゥゥゥル!」

二の国側のゲートから現れたフランは、いつも通り無表情だった。いいや、アナウンスの過剰な巻き舌に、若干イラついているな。
銀色の長い髪に、血のように赤い瞳。肌は白すぎるほどに白く、雪夜叉と称されるのにも納得のたたずまいだった。

「さあ!この二名によって、此度の勇演武闘の勝利国が決定されます!注目の一戦です!さらにさらに、我々が独自に入手した情報によりますと、この二人は以前から、たびたび衝突していたとのことでして。その理由はなんと、どちらの思い人がよりいい男かというもの!」

「なぁ!?」
「はぁ!?」

二人の少女が、同時に目を剥いた。俺とクラークは、同時に座席から転げ落ちそうになった。
アナウンスは朗々たる調子で続ける。

「この戦いは、その答え合わせにもなりそうです!まさに恋する乙女の闘い!片時も目が離せない一戦になることでしょう!」

会場中から、ピーピー、ヒューヒューと煽る声が上がった。コルルの顔は髪と同じくらい真っ赤に染まり、逆にフランの顔は険が深くなって暗い色になった。たぶんどちらも、アナウンス係をぶっ飛ばしてやりたいと思っている事だろう。俺も同感だ。

「それでは、カウントダウン!三、二ぃ、一……試合、開始ッ!」

ゴワァァァン。ドラがかき鳴らされ、勇演武闘の第三試合が始まった。何はともあれ、がんばれフラン!



(ああ、イライラする!)

試合開始と同時に、フランは地面を蹴って、もうスピードで突撃した。先ほどの一件で苛立ちが頂点に達していたし、このバカげた試合をさっさと終わらせたかったのだ。

(速ッ!?)

突っ込んでくるフランのあまりの速さに、コルルは呪文を口にするどころではなかった。なんとか横に転がって、飛んできたフランの鉄拳をかわすのがやっとだ。

「っ!あんたねぇ、少しは加減しなさいよっ!」

コルルは体を起こしながら文句を言う。さっきの試合のせいで、地面がガタガタだ。転がった時に石くれが刺さって、じくじく痛い。

「長引かせたって、意味ないでしょ。ここのバカたちを喜ばせるだけだ」

フランは、あくまでも冷徹だった。エラゼムのように、相手を殴るのを躊躇する気はない。

(それに)

さっきのアナウンスの言ったことは、癪に障るが、間違ってはいなかった。コルルやクラークは、何かにつけて桜下を馬鹿にしてくるので、フランも頭にきていたのだ。憂さ晴らしという意味では、これ以上ないほどいい機会だった。

「あなたも、この大会には乗り気じゃなかったんでしょ。だったら、おとなしく殴られなよ。すぐに終わらせてあげるから」

「……それで、はいわかりました、とは言えないわね!」

コルルが腰元のポーチから、巻紙を取り出した。前試合でミカエルも使用した、スクロールだ。フランが身構えるなか、コルルがスクロールを引き裂き、叫ぶ。

「ブリーズアイヴィ!」

ヒュウウゥゥ。リングに強い風が吹き、それがコルルを包み込む。フランが風に乱れる髪を押さえながら様子を見ると、塵が渦を巻いて、コルルを覆っているようだった。

(風を、纏っている……?)

それに、さっきの呪文。確か、一度見たことがある……フランはすぐに思い出した。以前セイラムロットの町で、気絶した男を操るために、ライラが使った魔法だ。あの時は、ライラが風を操作し、男を動かしていた。だが今回は、術者本人であるコルルが、自らの体に風を這わせた……

「いくわよっ!」

気合一声、コルルの姿が一瞬で消えた。次の瞬間、フランは腹に衝撃を受けて、吹っ飛ばされていた。

(何……?魔法?)

ゾンビは痛みを感じない。フランはくの字に折れた姿勢で飛ばされながらも、冷静に状況を観察する。そこには高々と足を上げ、キックの姿勢を決めたコルルの姿があった。フランは目を見開くと、くるりと後ろ宙返りをして着地した。

(蹴りってことは、遠隔魔法じゃない。ならあの風は、身体を強化するもの……?)

フランの視線を感じたのか、コルルは真鍮のロッドを地面に突くと、得意げな顔をする。

「不思議そうな顔ね。魔術師と言ったら、鈍重ってイメージがあったかしら?けどおあいにく様、今のあたしは、それを克服しているの」

「……ずいぶんべらべら喋るね。自分から手の内を明かしていいの?」

「ええ。これは本気の殺し合いじゃないんだし。あくまでもフェアじゃないとね。それに、話したところで、対応できるとも思わないわ」

自信満々なコルルの顔に、フランはぴくりとまなじりを動かす。フランが黙っていると、コルルが続きを話し出した。

「あんたのパワーは、確かに強力だわ。あたしの素の力じゃ、あんたには対抗できない。呪文をちんたら唱えさせてくれるとも思わないしね。だからこそ、始めの一発だけは無理やりにでも通させてもらったの。さっきのスクロールは、あたしの身体能力を何倍にもする効果があるのよ」

なるほど、だからただの蹴りがあれだけの威力だったのかと、フランは納得した。それに、これは単なる力の強化にとどまらない。コルルはパワーと同時に、スピードも手に入れたのだから。

「今のあたしは、あんたにだって捕まらない。そうなってくれば、あたしの魔法も活きてくるわ。ふふ、これなら十分勝機があると思わない?」

「……どうだろうね。そううまくいくとは思わないけど」

「あら、そう?まあ、実際に試してみれば分かる事だわ」

コルルはそう言うと、すたすたとフランの方へ歩き出した。フランは身構えるが、彼女は散歩でもするように、ただ歩いているだけだ。そうしてフランとの距離を縮めると、さっきより数段声のボリュームを落として言う。

「……それにね。あたし、この戦いには負けたくないの」

「は?そっちも、このバカ騒ぎには乗り気じゃないんじゃなかったっけ?」

「それはそうよ。でもね、それとは別にして、あんたとはケリを付けたいと思ってたのよね。さっきのやつ、腹立つけど、当たってるわ」

さっきのやつ……おそらく、アナウンスの事だろうと、フランは思った。そして驚く。コルルもまた、自分と同じように思っていたのか。

「あたしが負けたら、実質的にクラークが負けたことになるのよ?そんなの、ダメに決まってるじゃない。クラークは、誰よりも強くて、カッコいいんだから。あんたのお気に入りよりも、ね?」

コルルは挑発的に語尾を上げた。普段は無表情なフランも、これには露骨に顔をしかめた。

「……なにそれ。じゃあそっちが勝ったら、あの人よりそっちの金髪の方が優れてるって?本気で言ってる?」

「さあ?でも、この試合を見ている大勢はどう思うかしら。いずれにせよ、あたしは本気で行かせてもらうわ。クラークの為ですもの」

コルルはきっぱりと言い切ると、ロッドをかちゃりと構えた。
結局のところ、コルルの戦う目的はそれだけだ。アドリアは心底面倒くさそうだったし、ミカエルは心底パーティーのことを思いやっていたが、コルルが気にかけるのはただ一人だけ。自分の想い人のことだ。

「……くだらない」

フランはぼやくように言う。だが一方で、コルルの言葉は彼女の胸に刺さっていた。勝ち負けなんてどうでもいいと思っていたが、それで自分の仲間を悪く言われるのは、鼻持ちならない。ましてやそれが、自分の意中の人だとすれば……

「……くだらないけど、付き合ってあげる。なんだかわたしも、負けたくなくなってきたから」

「ふふ。そうこなくっちゃね……!」

コルルは密かにほくそ笑んだ。やっぱりこの娘は、自分と似ている。コルルの戦う目的はクラークの為だが、それ以外にも、この自分とよく似た少女と本気で戦ってみたかったのだ。特に根拠はないが、この戦いに勝てば、自分の愛がより確かなものになる、ような気もしていた。

「さあ!ここからが、本当の試合開始よ!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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