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12章 負けられない闘い

13-2

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13-2

「せやぁー!」

ビュゥーン!
コルルのスイングしたロッドは、空を引き裂きながらフランへと迫る。
かなりの威力と速度だと、フランは冷静に分析する。単純な破壊力なら、エラゼムの一撃にも匹敵するだろう。だが。

(近接戦の練度なら、こっちの方が上!)

コルルの一撃を、フランは宙がえりでひょいとかわした。勢い余ったコルルは、ぐらりと体勢を崩す。宙を舞ったフランは、コルルの無防備な胸めがけて蹴りを放った。ドガッ!

「かはぁっ……!」

心臓を蹴り飛ばされたコルルの息が、一瞬止まった。それでも足を踏ん張って踏みとどまるあたり、身体強化の魔法の効き目は抜群だ。
だが一方で、フランも化物じみた怪力を持っている。着地したフランは、動けないでいるコルルの胸倉をつかみ上げると、そのままぶんぶんと振り回し始めた。いくらパワーアップしていても、地面から離れては踏ん張りもきかない。コルルは息苦しさに耐えながら、なすすべもなく振り回されるしかなかった。

「やあ!」

フランが手を放すと、コルルはびゅーんと空を舞った。リングの反対側まで飛んでいき、壁に激突する。
ドカァーン!観客たちが悲鳴と興奮の入り混じったような声を発した。

「ったたた……やってくれるわね……!」

だが、コルルは無事だった。さすがにノーダメージではないが、風の強化魔法は見えない鎧となって、確実にコルルの体を守ってくれている。

(でもやっぱり、慣れない格闘は通用しないわね……)

コルルは唇を噛んだ。クラークと一緒にアドリアの訓練を受けたことはあったが、それでも付け焼刃なことに変わりはない。対して向こうは、近接戦を戦い慣れすぎている。

「それなら、あたしの得意な盤面にするまでよ!」

コルルの本職は魔術師だ。スタッフを構えると、呪文の詠唱に入る。

「っ!させない!」

それを見たフランが走り出した。だがコルルは、俊足のフランが追い付けないほどの速さで、かつ詠唱を途切れさせることなく、後方にステップを踏む。野ウサギのように軽やかな跳躍に、フランの腕は何度も宙を掻いた。その間に、コルルが悠々と呪文を唱え終わる。

「ヤトロファクルカス!」

ゴウッ!すさまじい風が吹き、それが塊となってフランへと襲い掛かる。

「ちぃっ!」

かわすのが無理だと悟ったフランは、腕を交差させてそれを受け止めようとした。だが風とは思えないほどの重圧に、ずりずりと押しのけられる。彼女の周りをめちゃくちゃに風が吹きまわり、真空波が容赦なく全身を切りつけた。フランはなんとか呪文を耐えきったが、体中切り傷まみれで、服はあちこち破けていた。

「まだまだぁ!ガスト・オブ・スカイラーク!」

フランが風にたえている間に、コルルは次の呪文を唱え終わっていた。塵が渦を巻き、小鳥の形となって、コルルの周りに浮かび上がる。コルルがロッドを振ると、鳥たちは編隊飛行でフランへ突撃した。

「くっ!」

フランは小鳥の飛行隊から逃げ回るしかなかった。一羽をフェイントでかわし、一羽を殴りつけて消滅させたところで、フランは残り三羽に追いつかれた。鳥たちは無慈悲に、フランの右足に突撃した。ズガガガン!

(しまった、脚を……!)

三度の突撃によって、フランは右足に力が籠らなくなったのを感じた。ゾンビに痛みはないが、鋼鉄のエラゼムと違って、その体は生身に近い。骨を折られれば動きは鈍るし、柔肌は鉄と違って、脆い。

「貰った!まずは一本よ!」

確かな手ごたえに、コルルは口元の笑みを深くした。しかしそれで慢心することはない。コルルは、目の前の少女の実力をよく分かっているつもりだ。そして、その弱点も。

(いままでさんざん土を付けられたんだから。お返ししないとね!)

続けざまに追撃の呪文を唱えるコルル。フランはそれを阻止しようとしたが、右足の動きが悪いのか、駆け出そうとする中途半端な姿勢で固まってしまった。舌打ちするフラン。そのすきを、魔術師は見逃さない。

「エアロフテラ!」

素早く完成したコルルの魔法は、突風を巻き起こした。フランは木の葉のように吹き飛ばされ、リングの壁に激突した。観客から再び、悲鳴と歓声。だが客たちも慣れてきたのか、歓声の方が大きくなってきていた。

「はっ、はっ……まだまだよ……っ!」

立て続けの詠唱に息切れを起こしながらも、コルルはさらなる呪文を唱え始める。優勢に立っている今こそ、畳みかける時だ!

「フロート、フラフ!」

ぐぐぐ、ガポ!風がリングの床を舐めると、今までの闘いで砕かれ、ひびの入った床の一部が、ひとりでに浮かび上がった。巨大な土と石の塊が、ふわふわと気球のように浮かぶ様に、会場中が息をのむ。

「いっけええええ!」

コルルがロッドを振ると、塊は壁に叩きつけられたフラン目掛けて飛んでいった。すぐそばの席にいた貴族たちが悲鳴を上げて逃げ出す。フランは目の前に迫ってくる岩を見て、歯噛みした。
ガガガーーン!岩と岩がぶつかる、激しい音。凄まじい振動にコロシアム全体が揺れたようだ。コルルははぁはぁと肩で息をしながら、着弾地点を見つめた。衝突によって巻き上げられた粉塵で、詳しい様子はうかがえない。

(さすがにあいつと言えど、あれを喰らったらタダじゃすまないでしょ)

砂煙の中で人が動く気配はない。ということは、やはり仕留めたのか……?
ズサッ!

「っ!やっぱり、そう簡単にはくたばらないわね!」

砂煙の中から飛び出してきたフランを見て、コルルは歯噛みしながらも、にやりと笑った。このしぶとさに、自分たちはさんざん手こずらされてきたのだから。
フランはさらに全身の傷が増えていたが、かろうじて敗着の一撃だけは避けていた。右足はまだガタつくが、気合で無理やり動かせば何とかなる。

(でも、たぶんそんなには持たない)

故障したパーツを無理に動かし続ければ、いずれ火花を吹いて完全に壊れるだろう。それと同じで、いずれ右足は完全に動かなくなる。だからその前に、この勝負にケリを付けなければ。

(ここからは、短期決戦だ……!)

フランは力強く地面を踏みしめ、ドンッと加速してコルルに迫る。コルルはまたも後ろに逃げようとしたが、フランはあることに気付いていた。それは、ここがリングの中だという事。果てしない荒野ならともかく、円形のリングには壁という境界がある。コルルもまた、その限られた範囲でしか逃げることはできないのだ。

「くっ……!」

コルルは、焦っていた。自分とフランとの距離が、なぜか縮まってきている。おかしい、速度はほぼ同じ、いや向こうは怪我をしているのだから、確実にこちらの方が早いはずなのに。さらに度重なる大技の使用によって、魔力も確実に減ってきていた。舌がもつれて、上手く詠唱ができない。そんな焦りが募った結果か……

「あっ!」

コルルのかかとが、ひび割れたリングの溝に引っかかった。その瞬間、フランは猛然と突進し、突き倒すようにコルルに体当たりをかませた。

「きゃあ!」

二人は勢い余ってゴロゴロと転がった。先に体を起こしたのは、フランだ。フランはさっと起き上がると、近くに転がっているコルル目掛けて飛びつき、馬乗りになった。

「なっ!どきなさいよ、この!」

腕を振り回して、コルルが抵抗する。フランはその両手首を掴んで、縫い付けるように地面に押さえつけた。フランの深紅の瞳と、コルルの瞳とがぶつかり合う。二人の間にはバチバチと火花が散りそうだったが、そのさなかにフランは、コルルがほとんど唇を動かさないようにして、小声で呪文を唱えていることに気付いた。

「っ」

慌てて口をふさごうとするフラン。だが腕は二本しかないのだから、当然コルルの手は自由になることになる。拘束が緩んだ瞬間、コルルはロッドを握り締めた。それをフラン目掛けて突き出しながら、叫ぶ。

「サイプレス・シェイパー!」

その切っ先を、フランはとっさに首をひねって、紙一重で避けた。次の瞬間、ビュゴウッ!すさまじい旋風がロッドの先端から放たれた。フランの顔のすぐわきを突風が吹き抜け、銀髪が引きちぎられる。肩のあたりの服はビリビリに破れてしまった。余波だけでこれだったならば、直撃していたら、体に穴が開いていたかもしれない。
コルルは再び、呪文を唱えようと唇を動かしていた。フランはもう、容赦してはいられないと思った。
バシッ!

「ぶはっ」

コルルの横っ面を、フランは思い切り張り飛ばした。続けざまにもう一発。マウントをとられているコルルは、ろくに防御も取ることができない。フランの容赦ない鉄拳は、魔法で強化された体をもってしても、かなりの痛みをコルルに与えた。コルルは鼻のあたりがかぁーっと熱くなり、唇がぬるりとするのを感じた。

「……わああぁぁぁ!」

突如、タコ殴りにされていたコルルががばっと体を起こし、がむしゃらにフランに掴みかかる。フランはとっさに身を引いたが、コルルはそのまま激しく体をよじり、フランを自分の上から払い落とした。それだけでなく、今度はコルルがフランに馬乗りになった。

「わあああああ!」

「っ!」

コルルは絶叫しながら、なんども拳を打ち下ろした。彼女の鼻と唇からは血が滴っていたが、そんなことは全く気にならない様子だ。一転して殴られる側になったフランも、その気迫に少し気圧された。

バシ!バシ!バシ!バシ!

突如始まった、少女たちの血なまぐさい殴り合いに、温まっていた観客たちはひえびえと恐怖し、恐れ戦いた。

「いい加減に、しろ!」

がしっ。振り下ろされた拳を、フランが受け止めた。コルルは振りほどこうと力をこめるが、フランの手は鋼のように堅く、結果としてコルルの腕はぶるぶる震えた。

「はぁ!」

フランが腕をぐいと引くと、コルルは前につんのめって、放り投げられた。腕一本で軽々投げ飛ばされたことに驚きつつ、コルルが体を起こすと、フランも立ち上がって、こちらに駆けてくるところだった。

「この、いい加減に倒れなさいよ……!」

コルルは口の中の血をぺっと吐き出すと、ロッドを握りなおして走り出す。そのまま振り上げると、走ってきた勢いそのままに、フランめがけて振り下ろした。

「やああああ!」

ゴキン!鈍い音が響く。フランは腕をクロスさせて、コルルのロッドを受け止めていた。それでもコルルは力を掛けるのをやめず、フランはたまらず腰を落とした。
次の瞬間、フランは鈍った右足を無理やり蹴り上げ、コルルの腹に膝蹴りを喰らわせた。コルルの体はぐしゃっとくの字に折れ、その手からロッドが転がり落ちる。カラン、カラーン。フランはそれをひったくると、遠くに放り投げてしまった。矢のようにすっ飛んでいったロッドは、リングの壁にビィィンと突き刺さった。

「これで、さっきの魔法は使えない」

「げほっ、ゲホッ……最後は、ステゴロ勝負ってわけね。臨むところじゃない……!」

コルルは口元をぐいと拭うと、拳を構えてファイティングポーズを取った。膝はガクガク震えているし、息も苦しい、全身が痛い。魔力も体力も限界に近いが、それは相手も同じなはず。
実際、フランも相当のダメージを負っていた。さっきの蹴りの反動で、右足が本格的に動かなくなってきた。いつ潰れてもおかしくない状態だ。それでも彼女もまた、拳を握った。
満身創痍の両者に共通していること。それは、気力が全く衰えていないこと。溢れる闘志が、両者の拳を堅くする。

「やあああぁぁぁ!」

「ああぁぁぁぁ!」

バシーン!二人の拳が、お互いの顔面に直撃した。両者は互いに吹っ飛んだが、すぐに再び間を詰める。コルルのフックを、フランはかがんでかわす。フランはその姿勢からアッパーカットを放ったが、コルルはぐいーっとのけ反り、すんでのところで避けた。その勢いで後ろに数歩下がると、助走をつけてからのストレートパンチ。フランはガードをしたが、ガードごと吹っ飛ばされそうになった。
目にもとまらぬ拳の応酬。響くのはパンチの際に吐く短い息と、肉と肉がぶつかり合う音だけ。バシッ、バシッ!二人の乙女は、およそ乙女とは思えない、鬼のような形相で殴り合っている。コルルの顔は血まみれだし、その血飛沫が飛んだフランの顔は、生き胆を喰らったばかりのようだ。知略も戦略もない、原始的な闘争の熱は、じわじわと観客たちにも伝染していった。

「いいぞ!そこだ、いけー!」

「ガードだ!あぁ、違う!かわすんだ、よけろ!」

「今よ!アッパー、アッパー!きゃああ、今のは効いたはずよ!」

観客たちは顔を真っ赤にし、こぶしを振り上げながら歓声を上げる。いつしかコロシアムは、今日一番の盛り上がりを見せていた。だがそのやかましい喧噪も、リングで殴り合う二人の耳には届かない。二人が今考えていることは、目の前の相手を完膚なきまでに叩き潰すこと、ただそれだけだった。
コルルの拳が三度フランの顔面を殴りつける間に、フランの拳が三度コルルの体を殴りつけた。コルルは疲労で、フランは怪我のせいで、ほとんど足が動かせなくなりつつあった。ステップが踏めなくなると、被弾の回数も増えてくる。激しさを増す応酬は、勝負の終焉が近い事を示唆しているかのようだった。

「わあああぁぁぁぁ!」

「やああぁぁぁぁぁ!」

コルルとフランは、渾身の雄たけびを上げると、全く同時に拳を突き出した。二人の拳は宙で交差クロスし、全く同時にお互いの顔面を直撃した。

バシィッ!

観客たちが息をのんだ。二人はよろよろと後ろによろめいた。そしてそのまま、コルルは仰向けにばったり倒れた。フランの一撃はきれいにあごを撃ち抜き、彼女をノックアウトさせていた。アナウンスは大声で勝者の名を叫ぼうと、思い切り息を吸い込んだ。
だが次の瞬間、フランもまた、力が抜けたかのように膝から崩れ落ちた。フランは驚いて自分の脚を見つめるが、脚はぴくりとも動かない。限界が来たのだと、フランは悟った。いや、それどころかおそらく、全身のあちこちが限界だったに違いない。その証拠に、フランの体は吸い寄せられるように、リングへと倒れ伏した。
床は硬かったが、まあ今はこれでもいいかと、フランは目を閉じてほほ笑んだ。

「こっ、これは……!?」

アナウンスは吸い込んだ息の吐き出し先を見失って、ごほごほむせた。二人が倒れたのは、ほぼ同時。さらに二人とも、もう起き上がれそうには見えない。観客たちはどちらが勝者になるのかと、息をつめてその時を待った。数十秒ほどの沈黙の後、下された審判を聞いたアナウンスが、再び息を吸い込んだ。

「両者、ノックダウン!第三試合の結果は、引き分け!つまり今回の勇演武闘は、一勝一分け同士の、引き分けとなります!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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