じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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13章 歪な三角星

1-1 目覚めの朝

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1-1 目覚めの朝

ああ……いい朝だ。
俺は柔らかなベッドの上で、この上なく満ち足りた気持ちで目を覚ました。窓から入ってくる朝日がキラキラとまぶしい。外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。目を隣に向けると、真っ赤な赤毛のライラが、俺の隣ですやすやと寝息を立てていた。息に合わせて小さな肩がゆっくり揺れている。幸せそうな寝顔だ。俺は微笑むと、彼女の柔らかな髪をぽんぽんと撫でた。
ああ、なんて幸せな朝なんだろう。ここ数日間、こんなに穏やかな気持ちで朝を迎えた日があっただろうか?勇演武闘だなんだで、ずっと気が休まることがなかったから。しかし、それらは昨日ですべて無事に終了した。俺は自由だ!そう考えるだけで、体中に力がみなぎってくるようだ。きっと今日は、夜になって眠りにつくまでいい一日になるに違いない!俺はウキウキした気分で体を起こした。そして一番に目に飛び込んできたのは、両腕のもげたフランの姿だった。

「うわあーーーーー!!??」

俺の絶叫に、すやすや眠っていたライラはびっくりしてぴょーんと飛び起きた。その勢いで俺のあごにおでこを強打し……

「っつぅ~……」

「ふぁ~ん。いたいよぉ」

ちくしょう。幸せな気分が台無しだ。最高の朝は、五分と持たなかった。俺は右手でライラのおでこを、左手で自分のあごをさすりながら、両目をフランに注目させる(混乱しそうだ……)。

「ふ、ふ、フラン!?どうした、何があったんだ?」

「おはよう」

「ああ、おはよう……じゃない!」

両腕の肩から先がないフランは、まったく平然とした、ともすれば穏やかな顔で、テーブルの前に座っていた。目の前にトーストとコーヒーカップを置けば、のどかな朝のワンシーンに見えるだろう。だが実際にテーブルに乗っているのは、フランからちぎれた腕が二本。あ、頭がおかしくなりそうだ!

「な、なにがあった?俺が寝てる間に、敵が襲ってきたのか!?」

「敵って。落ち着いてよ。今は狙われる理由がないし、そんなことがあったら、あなたを起こさないはずないでしょ」

え?それは……そうだな。俺たちは恨みを買うこともままあるが、少なくとも今は、後ろをついてくる輩に心当たりはないはずだ……フランが落ち着き払っているのを見て、ようやく俺も動転していた気持ちが静まってきた。

「ふぅー、はぁー。よし、とりあえず落ち着いた。よくわかんねえけど、戦闘でそうなったってわけじゃないんだな?それなら、不慮の事故とか?」

「えっと……戦いが理由じゃない、というわけでもないんだけど」

「は?」

敵襲じゃない戦いって、なんだ?そのとき俺は、部屋の隅っこにもう一人、ボロボロの格好のやつがいることに気が付いた。

「アルルカ……?」

彼女もまた、フランほどにないにせよ、全身に傷を作っている。昨日の勇演武闘の傷……じゃ、ないな。俺の記憶が確かなら、昨日よりもっと傷が増えている。これらから導き出される推論は……

「……お前ら。二人とも、こっちに来なさい」

俺はベッドから起き上がる。フランとアルルカは目を見合わせると、おずおずと俺の前までやってきた。

「よし。二人とも、おすわり!」

俺がぴしゃりと言いつけると、二人はそろって足を折りたたんで、正座の姿勢になった。アルルカが憤慨する。

「ちょっと!いきなりなにす……」

アルルカは俺の顔を見て、ひえっと口をつぐんだ。ふんっ、殊勝な心掛けだな。まったく!

「お前ら!夜の間に、ケンカしただろ!」

目を離したすきに、これだ!前々から仲は悪いと思っていたけど、まさか互いを傷つけあうなんて!

「なんでこんなことしたんだ!」

「い、いや、これにはわけが……」

「どんなわけだ!フラン、その腕は、おままごとをしていてそうなったって言いたいのか?んなわけないだろ!そこんとこどうなんだ、アルルカ!?」

「ち、ちょっと落ち着きなさいよ。だいたい、腕の一本や二本、どうってことないじゃない。こいつはゾンビなんだし」

「ああ……?お前、言葉は慎重に選んだほうがいいぞ。事と次第によっちゃ、来月の……」

みなまで言い終わらないうちに、アルルカはみるみる顔面蒼白になった。するとフランが口をはさんでくる。

「まって。わたしがこうなったのは、わたしが望んだからでもあるんだよ。感情に任せて殴り合ったわけじゃなくて、合意の上での戦いだったっていうか……」

「合意だとぉ?それでも仲間同士戦ったのは事実だろ!ぜんぜんわけわかんねえぞ!」

俺がイライラと首を振ると、フランは唇をかんで首をひっこめた。さっきから、二人の言い分がさっぱり理解できない。これが喧嘩じゃなくて何なんだ?

「桜下さん。そろそろ許してあげてくださいよ」

む……ウィルが、怒り心頭の俺のそばまでやって来た。そして二人をかばうように前に立つ。

「ウィル……お前、なんか事情を知ってるのか?」

「いいえ。お二人がボロボロになって戻ってきた時には、私もあんぐり口を開けましたよ。ただ、考えてみてください。アルルカさんはともかく、フランさんは一時の感情に任せて、だれかれ構わず襲うような人ですか?」

「ぬ……」

フランは……賢い。口は悪いし、すぐ手や足が出るけど、それでも一線を越えたことは今までなかった。アルルカは不満を言いたそうな顔をしているが。

「私も話を聞きましたけど、少なくともお二人とも、言い争いが発展してケンカになったとは言っていませんでした。だから、なんて言えばいいのか……こう、あるじゃないですか。拳を交えて初めて、お互いの腹の底を見せ合えるんだ!ってやつです」

「……呆れたな。シスター、なんでそんな物騒な話を知ってんだ?」

「昔、ちょこっと本で読んで……あはは、その後プリースティス様にめいっぱい叱られましたけど」

ウィルはちろりと舌を出した。しかし、拳を交えて、か。俺もそういう漫画を読んだことがある。雨降って地固まるじゃないけど、ケンカをすることで深まる仲もある、ってことなのかな……
俺は正座をする二人をちらりと見ると、ため息をついた。

「はあ……ま、確かに。二人が本気でケンカをしたんなら、こうして行儀よく部屋にいるわけないよな」

むしろこの二人ならば、一の国中の寝ている人を叩き起こすくらいの騒ぎを起こしそうだ。てことはやっぱり、怒りに任せてってわけじゃないんだろうな。

「わかった。俺も起き抜けだったから、ちょっと冷静さを欠いてたよ。悪かったな」

俺が謝ると、フランとアルルカ、それにウィルは、ほっと息を吐いた。

「俺ももうこれ以上は言わない。けど、ほんとに頼むぜ。仲間同士傷つけあうくらいなら、勇演武闘の方がまだマシだ」

フランはこくりとうなずいたが、アルルカはぷいっとそっぽを向いてしまった。ようやく立てるようになった足を伸ばすと、そそくさとどこかへ行こうとする。

「あ、待てよアルルカ。その前に、傷を治そう」

「え?あんた、能力使えないんじゃないの?」

「いや、もう平気だと思う。昨日のフランとの融合で、なんかを掴めた気がするんだ」

昨日、俺は新たな技“ソウル・レゾナンス”を習得し、フランの魂と融合した。その影響かは分からないけど、俺は以前よりも、自分の魔力をはっきりと“掴めている”感覚がある。前みたいに、全身が霊体化することはないはずだ。

「それを確かめるついでもかねて、試し打ちさせてくれ」

「試しって……なんか、釈然としないわね……」

ともかく、俺は多少強引にでも、渋るアルルカの胸の真ん中に右手を置いた。
アルルカはヴァンパイアだから、昨日の傷もほとんど治ってきている。だが、明らかに尋常でない傷跡もある。脇腹あたりの肉は、日焼けした後の皮膚みたいに、皮がすっかり剝けてしまっていた。まるでそこの肉がごっそり削がれて、ついさっき再生したばかりのようだ……うぅ、もう言わないと言った手前、何も口にしないけども。こいつら、そうとう激しくやり合ったみたいだな?

「ディストーションハンド・ファズ!」

ヴン。呪文を唱えると右手の輪郭が消え、アルルカの胸の中にわずかに沈み込む。前は全身が吸い込まれるようだったが、今は俺自身の魂の場所を、しっかりと意識することができる。うん、これなら大丈夫だ。ものの数秒ほどで、アルルカの全身の傷はきれいさっぱりなくなった。

「よっし。完全にもどってるな」

俺は右手を握ったり開いたりして、感覚を確かめる。いい感じだ。アルルカは自分の体をしげしげと眺めて、傷が確かに消えていることに、満足そうに鼻を鳴らした。

「それじゃ、次はフランの腕だな。ウィル、片っぽの腕を押さえててくれるか?」

「わかりました」

俺とウィルで片腕ずつを持ち、フランの肩にくっつける。その状態で、俺はまたしても右手を伸ばした。フランの胸の真ん中に触れる。フニッとした感触は無視。

「ディストーションハンド・ファズ!」

再び呪文を唱えると、瞬時にフランの腕がくっついた。連続で使っても特に問題はないようだ。よしよし、完全復活だな。フランは俺と同じように手を握ったり開いたりすると、ウィルに小声で礼を言った。

「ウィル、ありがと。いろいろと」

「いいえ。大したことはしてません」

ウィルはやんわりほほ笑んだ。なんだよ、俺には礼もなしか?

「フラン。俺には?」

「あなたはいいでしょ。わたしの胸、触れたんだから」

「んなっ!」

俺がまるで下心でみんなを治しているみたいじゃないか!心外だと言い返そうとしたが、フランはつんとそっぽを向いてしまった。叱ったことで拗ねているらしい。 

「ちぇっ、まあいいや。後はエラゼム!お待たせ、やっと鎧を直してやれるな」

俺は最後に、エラゼムのもとへ向かう。彼は昨日の試合で足を自ら切り落としたので、足首から先がぐらぐらしていたんだ。三度目の呪文を唱えると、鎧はすっかり元通りになった。

「感謝いたします。お疲れのところお手を煩わせまして、申し訳ございませぬ」

エラゼムはフランとは打って変わって、深々と礼をした。はは、これはこれで、かえって恐縮ってやつだ。

「さて。これで全員が完治だな。あ、完治と言えば。エドガーのやつ、あれから調子はどうなんだろ?」

死にかけていたエドガーの治療は無事に済んで、後は目を覚ますのを待つばかりのはずだ。彼が目を覚ませば、俺たちの任務も全て完了するんだけど。
ウィルが頬に手を当てながら言う。

「呪いを解いてから二、三日経ちますし、そろそろ起きてもおかしくなさそうです。様子見がてら、お見舞いに行ってみますか?」

「そうだな」

逆にまだ目を覚まさないのだったら、結構不安になるぞ。光の聖女キサカの解呪は上手くいったはずなんだから、あのおっさんには元気になってもらわないと困るんだ。
そうと決まればさっそく、俺たちはエドガーの見舞いに行くことにした。扉へ向かおうとしたその時、バーン!突然扉が、弾けるように開かれた!

「おいお前ら!うわ!?」

「きゃあ!」

わっ、なんだなんだ?
戸口から飛び込んできたのは、切れ目の兵士・ヘイズだった。やつはカチコミか?という勢いで突っ込んできて、そのまま扉のそばにいたウィルをすり抜けてしまった。そのとたん、ヘイズの顔色は冷水を浴びたように真っ青になり、体の中を通られたウィルは、反対に顔を赤くした。

「な、な、なんだ?ひどくおぞましい気配が……?」

「きぃー!勝手に人の中を通っておいて、なんですかその言い草は!」

ウィルはぷりぷり怒っているが、霊感のないヘイズの耳には届かない。さて、幽霊恐怖症の彼に、皆まで教えてやったほうがいいだろうか?

「ああーっと……ヘイズ、ひょっとして風邪でも引いたんじゃないか?」

うむ。世の中には、知らないほうが幸せなこともあるだろう。

「か、風邪か……そうかもしれんな……」

ヘイズはぶるぶるっと体を震わせた後、再び元の勢いを取り戻した。

「いや、オレのことはどうでもいいんだ!それよりもだな!」

「ああ、うん。じゃなきゃ人の部屋にノックもなしに飛び込んでこないよな。なんだ?朝飯ならまだだから、いっしょに食ってやろうか?」

「ちっげぇよ!だぁーれがそんな事の為に!そうじゃなくて、朗報だ!」

ほう。朗報?いつも無愛想なヘイズにしちゃ珍しく、心底嬉しそうに顔をほころばせている。

「ああ!エドガー隊長が目を覚ましたんだ!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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