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13章 歪な三角星
3-1 帰郷
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3-1 帰郷
「ぬうううう……」
「そうやって唸ったところで、俺の気が変わると思ったら大間違いだからな」
「ふんっ!できることならな、お前の首根っこに鎖を付けて引きずって行ってやりたいわ……!」
エドガーは噛み砕くように言った。隣でヘイズが苦笑している。
「正直、オレも隊長殿と同意見だな。一度トライしてみようか」
「どうぞご自由に。慰謝料はでないけどな」
「だろうな。そうでなくても、誇りある王城兵は受けた恩義には報いるもんだ。お前たちが協力してくれた事実は変わりない。無理強いはできねーよ」
ほう。ヘイズの方は、まだわきまえているな。
俺たちは朝日に照らされる城門の跳ね橋で、困ったように笑うヘイズと、イライラを微塵も隠そうとしないエドガーに見送られている。これが見送りか?と言われたら反論できないけど、見送り以外に適切な言葉が見つからないから、やはり見送りなんだろう。
「お前ら全員、腹でも壊してしまえ!」
……やっぱり、程遠いかも。旅立つ客人に呪いの言葉を吐くのが、この城の流儀か?
「エドガー、あんたそれを言うためだけに、また病室を抜け出してきたのか?」
「ふん。一日中寝ているだけなど、退屈でしょうがないわ。それならばお前に文句をいう方が、まだ建設的よ」
「そうかそうか、元気そうでなによりだ。なん時間でも続けていいぞ。俺たちはもう行くけど」
「ぐっ、この……!」
エドガーは今にも俺に飛びかかってきそうだが、その肩にヘイズがぽんと手を置いた。
「隊長、無駄ですって。そうやって歯を剥けばビビってくれる相手なら、こんなに苦労してないじゃないすか。それよりも、おい。お前に渡しときたいモンがある」
「あん?」
ヘイズが差し出してきたのは、一枚の折りたたまれた紙きれ……なんだこれ?
「ま、パンフレットみたいなもんだ。シェオル島までの行き方と、三冠の宴の概要が書いてある。オレが一晩で纏めたもんだから、ちょいと品には欠くけどな」
「は?こんなもん渡されたって、俺が」
「行く行かないはこの場で言わなくていい。けど、それを持っておくくらいならかまわんだろ?」
ぐ……ヘイズが俺の手にぐいと押し付けてきたので、俺は思わずそれを受け取ってしまった。それを見たヘイズは満足そうにうなずく。
「よし。お前も宴について詳しくはないんだろ?知識くらいなら持っててもいいはずだ。何よりかさばらないしな。あ、あとそれと」
「……なんだよ、まだあんのか?」
「これで最後だ。今回の件は、ロア様じゃなくて、オレとエドガー隊長からの依頼だと思ってくれないか」
へ?俺とエドガーが、二人そろってヘイズをぽかんと見つめる。
「実はな、ロア様も迷いはしてたんだが、最終的にお前に直訴するのはよそうって話になったんだ。でかい頼みを引き受けてもらったばっかなのに、さすがに虫が良すぎるってな」
「へー、ロアが……」
「ああ。お前がいなくったって、今回は誰も死にゃしない。だから、ロア様は依頼しねーが、オレたちとしては王女に恥をかかせたくない。それについては、隊長が昨日熱弁してくれただろ?」
するとライラがくすくす笑いを溢したので、エドガーはギリギリと歯をこすり合わせた。
「それにな、オレが思うに、お前さんは国からの依頼、ロア様からの依頼だから、こんなにもいやだいやだと突っぱねるんじゃないか?」
む。それは……単純にパーティーなんかこりごりだというのもあるけど、確かに俺は、あまりロアから……というより、王様からの仕事を受けたくない。俺はもう勇者じゃないし、第一かたっ苦しいじゃないか。国の威信がどうとか、政がどうとか……
「オレたちからの依頼ってことは、あくまでお願いベースだ。正式なもんじゃない。そんならお前も、気軽に人助けができるんじゃないか?」
「……うまいこと言っても、そうホイホイとは乗らないぞ。結局あんたらの上にいるのは、ロアじゃないか」
「あちゃ、そこまでマヌケじゃないか」
けーっ!俺がべーっと舌を突き出すと、ヘイズはさして気にした様子もなく、ケラケラ笑った。
「まあ、ゆっくり考えてみてくれ。三冠の宴は規模が大きい分、準備にも時間が掛かる。そうだな、たぶんひと月は先だろう。それまでに気が変わったら、な」
一か月はあるのか。それなら確かに、じっくり熟考はできるが……変わらないと思うけどなぁ。
「……あんまり期待しないでくれよ」
とだけ言っておく。エドガーは不満そうだったが、ヘイズはそれだけでも満足した様子だった。
「どうするの?」
城から城下町までの道を歩きながら、フランが訊ねてくる。木漏れ日の差す森の中は、朝の空気がひんやり爽やかだ。枝葉の合間から落ちてくる陽の光に照らされて、フランのさらりと長い髪にはまだら模様の影が落ちている。
「どうするの、って……どうもこうも、昨日決めただろ。俺は行かない」
「そっか」
フランはそれだけで、理由なんかは訊いてこなかった。昨日さんざん話し合ったことだしな。俺もいまさら、考えを改めるつもりはない。ないんだけど……
「うわー、見てください。この噴水!こんなに流れがあって、ひい、ふぅ、みぃ……数え切れません。まるで滝みたい」
「おねーちゃん、ここ、ここ。これ、まほーで水を操ってるんだって!きゃはー、すごい!このまほー、永久化されてるんだ!」
「えっ、わぁ、ほんとですね。三の国の魔法かしら……けど、あの国にはこんな芸術センスはないですよね。だとしたら、設計は一の国あたりで……」
「……お前ら、歩きながら読むなよ。行儀悪いぞ」
俺みたいなのがお行儀を注意したところで、いかほどの効果があるものか。実際、ウィルとライラはちっとも気に留めず、手元の紙に二人して見入っていた。くぅー!
二人が一緒になって熱心に読んでいるのは、ヘイズから渡された三冠の宴のパンフレットだ。ヘイズのやつ、意外と絵がうまいのか、それともそういう資料を引っ張ってきたのか、パンフレットは色彩鮮やかで、前の世界のものと比較しても遜色ない仕上がりだった。文字はやつの手書きなのでちとマイナスだが、二人はさっぱり気にならないらしい。
「すごいですね。島にある建物自体も、各国から選りすぐりの建築家を集めて、選りすぐりの建材を使って建てられているんですって。総工費は、ひゃあ。百億セーファを超えるですって!」
「うわあ~……百億あったら、おうちがひゃっこ建てられそうだね」
「それでも一軒一億の高級住宅ですけど……」
二人は実に楽しそうに、あれやこれやとパンフレットの中身についておしゃべりしている。楽しそうなのは結構だが……
「あのな、俺ほんとに行かないからな?」
「わかってますって。でも、見るだけならいいでしょう?」
「そーだよ。ただ見てるだけだもーん」
ぐ。まあ、そうなんだけど……俺は帽子ごしに頭をがしがしかいてから、ため息をついた。ヘイズからの依頼、少し真面目に検討したほうがいいのかもしれない。
城下町では、いくつか食料を補充しただけで済んだ。ずっと兵士団と一緒に旅をしていたから、長旅のわりに俺たちの消費は少ない。お財布が重いまま旅ができるのはうれしい反面、注意もしないといけない。金のにおいに敏感なのは、商人だけとは限らないからだ……なんて。俺もこっちの世界に馴染んだ考え方をするようになったな。
「……?」
「……ん?どうした、フラン?」
「なんだか、誰かに見られてる気が……でも、気のせいだったみたい」
「えっ」
おいおい、嘘だろ。もう妙な輩に嗅ぎつけられたのか?冗談じゃないぜ。なら、さっさとここを離れよう。そうすると、問題は。
「どこに向かおうか?」
俺たちは大通りに面した広場で、行き先を決めかねていた。この広場からは、王都に四つある門へと続く道が伸びている。門はざっくり四方に向かっているので、どの通りに進むかで、今後の旅の行き先も決まる。
ま、もともと当てのない旅だ。どこに行ったっていいし、行かなくったっていい。けど王都は宿代が高すぎるので、ステイは論外だな。となると、せめて東西南北くらいは決めておきたい。
「北には行ったばっかりだし……」
エドガーの件で呼びつけられるまでは、俺たちは北の果てにいた。もう一度行く必要はないだろう。
「シェオル島は、確か南にあるって……」
ウィルがわざとらしくこちらをチラ見しながらつぶやく。大方あのパンフに書いてあったんだろうが、ふん。誰がその手に乗る……
「南、か」
あれ?案外まんざらでもなさそうな顔をしているのは、フランだ。うそだろ、お前もか?
「フラン、ひょっとしてお前も行きたいのか?」
「うん。実は、前から少し考えてて」
まじかよ……フランまでそっちに行くと、三対一になっちゃうぞ。意地を張るには分が悪い数字だな……
「一度、“魔境”に行ってみない?」
「は?魔境?」
俺が一人でうんうん悩んでいた矢先、フランの言葉は俺の頭上でつるりと滑って、それからすとんと落ちてきた。
「魔境ってまさか、俺とフランが出会った、あの森か?」
こくりとうなずくフラン。ずいぶん唐突だな。けど懐かしい場所だ……あそこはフランの故郷の村も近い。懐かしいという理由は、再訪の理由としてはもっともな気もするけど。俺はそれ以外にも、もう一つの理由に思い至った。
「ひょっとして、ペトラのことか?」
やはり、こくり。
「前に、あの切れ目の兵士が言ってたでしょ。あの森で、マスカレードとペトラらしき旅人が目撃されたって。ペトラ自身もあそこに行ってみるって言ってたんだから、十中八九間違いない。そしてペトラと言ったら、最近……」
そこまで聞くと、ウィルもはっと口を覆う。
「ロウランさんの話ですね……」
ロウランとの会話を知らない仲間もいるので、俺がかいつまんで説明する。
「実は、ロウランの過去の記憶の中に、ペトラそっくりの女が出てきたんだ。そいつの正体はわからずじまいだったんだけど、いろいろと妙な点が多くてな……」
俺は魔王関連のことは伏せた。あいまいなことだし、余計なことは言わないほうがいいよな。
「ペトラ嬢、ですか。確かに、普通の御仁ではありませんでしたな」
エラゼムはあごのあたりに手を添えた。フランがうなずく。
「気にならない?あいつがあの森で、いったい何をしようとしてたのか」
「うむ、確かに妙ですな。彼女は以前、森を遠巻きに眺めるだけだと言っていました。だが実際に戦闘が行われたのは、森の中……観光名所があるわけでもなしに、なぜ足を踏み入れたのか」
マスカレードの目的はわかる。竜の骨だ。なら、ペトラは?
「……おもしろそうだな。行ってみようか。あの森に」
軽はずみな理由だが、目的のない旅の目的なんて、軽かろうが重かろうがどっちでも構わない。それに……俺は、あの村のことも気になっていた。モンロービル村。フランのばあちゃんは、今も元気にしているだろうか?
「こっからだと、どう行くのが近いかな」
『あの森に行くのならば、巡礼街道が最も近道でしょう』
すかさずチリンと、ガラスの鈴が揺れる。
「巡礼街道かぁ。またまた懐かしいな」
あの街道沿いで、俺はフランと、ウィルと、エラゼムと出会った。三人もの仲間と出会った、思い出深い街道だ。
「それじゃ、その魔境とやらに寄りつつ、巡礼街道を南下してみて……あー、そっから先は、その後で考えよう。とりあえずみんなも、それでいいか?」
俺が訊ねると、フランとエラゼムは当然うなずいた。ライラとアルルカは、特になにも言うことはないらしい。ただ、ウィルだけは、煮え切らない顔をしていた。
「ウィル?」
「えっと……ええ、かまわないんですが……」
ウィルは胸の下で指を組んで、瞳を横に流している。あ。ひょっとして。
「ひょっとして、まだしんどいか?コマース村によるのは」
コマース村は、モンロービルのすぐ近く……ウィルの故郷だ。そしてウィルは、コマース村から失踪したことになっている……ウィルは困った顔で笑う。
「……あはは。やっぱりばれますよね」
「まあ、な。別に、村に寄んなくてもいいとは思うぜ。迂回してもいいし、なんならモンロービルから引き返しても……」
するとウィルは、意外そうな目で俺を見つめてから、ぷっと笑った。
「桜下さんったら。私がさんざん意地悪言ったのに、やり返そうってならないんですか?」
「へ?なんのことだ?」
「いいえ、なんでも。そうですね、正直言うと、まだコマース村に入るのはためらわれますね……もしできるなら、村には寄らないでもらえると助かります。わがまま言って、いいですか?」
「おう。なに、補給はばっちしだ。村を一つ二つすっ飛ばしたって、何とかなるだろ」
よし、決まりだ。王都からモンロービルへ。今度は流されてではなくて、ちゃんと道を歩いていくことになりそうだ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ふんっ!できることならな、お前の首根っこに鎖を付けて引きずって行ってやりたいわ……!」
エドガーは噛み砕くように言った。隣でヘイズが苦笑している。
「正直、オレも隊長殿と同意見だな。一度トライしてみようか」
「どうぞご自由に。慰謝料はでないけどな」
「だろうな。そうでなくても、誇りある王城兵は受けた恩義には報いるもんだ。お前たちが協力してくれた事実は変わりない。無理強いはできねーよ」
ほう。ヘイズの方は、まだわきまえているな。
俺たちは朝日に照らされる城門の跳ね橋で、困ったように笑うヘイズと、イライラを微塵も隠そうとしないエドガーに見送られている。これが見送りか?と言われたら反論できないけど、見送り以外に適切な言葉が見つからないから、やはり見送りなんだろう。
「お前ら全員、腹でも壊してしまえ!」
……やっぱり、程遠いかも。旅立つ客人に呪いの言葉を吐くのが、この城の流儀か?
「エドガー、あんたそれを言うためだけに、また病室を抜け出してきたのか?」
「ふん。一日中寝ているだけなど、退屈でしょうがないわ。それならばお前に文句をいう方が、まだ建設的よ」
「そうかそうか、元気そうでなによりだ。なん時間でも続けていいぞ。俺たちはもう行くけど」
「ぐっ、この……!」
エドガーは今にも俺に飛びかかってきそうだが、その肩にヘイズがぽんと手を置いた。
「隊長、無駄ですって。そうやって歯を剥けばビビってくれる相手なら、こんなに苦労してないじゃないすか。それよりも、おい。お前に渡しときたいモンがある」
「あん?」
ヘイズが差し出してきたのは、一枚の折りたたまれた紙きれ……なんだこれ?
「ま、パンフレットみたいなもんだ。シェオル島までの行き方と、三冠の宴の概要が書いてある。オレが一晩で纏めたもんだから、ちょいと品には欠くけどな」
「は?こんなもん渡されたって、俺が」
「行く行かないはこの場で言わなくていい。けど、それを持っておくくらいならかまわんだろ?」
ぐ……ヘイズが俺の手にぐいと押し付けてきたので、俺は思わずそれを受け取ってしまった。それを見たヘイズは満足そうにうなずく。
「よし。お前も宴について詳しくはないんだろ?知識くらいなら持っててもいいはずだ。何よりかさばらないしな。あ、あとそれと」
「……なんだよ、まだあんのか?」
「これで最後だ。今回の件は、ロア様じゃなくて、オレとエドガー隊長からの依頼だと思ってくれないか」
へ?俺とエドガーが、二人そろってヘイズをぽかんと見つめる。
「実はな、ロア様も迷いはしてたんだが、最終的にお前に直訴するのはよそうって話になったんだ。でかい頼みを引き受けてもらったばっかなのに、さすがに虫が良すぎるってな」
「へー、ロアが……」
「ああ。お前がいなくったって、今回は誰も死にゃしない。だから、ロア様は依頼しねーが、オレたちとしては王女に恥をかかせたくない。それについては、隊長が昨日熱弁してくれただろ?」
するとライラがくすくす笑いを溢したので、エドガーはギリギリと歯をこすり合わせた。
「それにな、オレが思うに、お前さんは国からの依頼、ロア様からの依頼だから、こんなにもいやだいやだと突っぱねるんじゃないか?」
む。それは……単純にパーティーなんかこりごりだというのもあるけど、確かに俺は、あまりロアから……というより、王様からの仕事を受けたくない。俺はもう勇者じゃないし、第一かたっ苦しいじゃないか。国の威信がどうとか、政がどうとか……
「オレたちからの依頼ってことは、あくまでお願いベースだ。正式なもんじゃない。そんならお前も、気軽に人助けができるんじゃないか?」
「……うまいこと言っても、そうホイホイとは乗らないぞ。結局あんたらの上にいるのは、ロアじゃないか」
「あちゃ、そこまでマヌケじゃないか」
けーっ!俺がべーっと舌を突き出すと、ヘイズはさして気にした様子もなく、ケラケラ笑った。
「まあ、ゆっくり考えてみてくれ。三冠の宴は規模が大きい分、準備にも時間が掛かる。そうだな、たぶんひと月は先だろう。それまでに気が変わったら、な」
一か月はあるのか。それなら確かに、じっくり熟考はできるが……変わらないと思うけどなぁ。
「……あんまり期待しないでくれよ」
とだけ言っておく。エドガーは不満そうだったが、ヘイズはそれだけでも満足した様子だった。
「どうするの?」
城から城下町までの道を歩きながら、フランが訊ねてくる。木漏れ日の差す森の中は、朝の空気がひんやり爽やかだ。枝葉の合間から落ちてくる陽の光に照らされて、フランのさらりと長い髪にはまだら模様の影が落ちている。
「どうするの、って……どうもこうも、昨日決めただろ。俺は行かない」
「そっか」
フランはそれだけで、理由なんかは訊いてこなかった。昨日さんざん話し合ったことだしな。俺もいまさら、考えを改めるつもりはない。ないんだけど……
「うわー、見てください。この噴水!こんなに流れがあって、ひい、ふぅ、みぃ……数え切れません。まるで滝みたい」
「おねーちゃん、ここ、ここ。これ、まほーで水を操ってるんだって!きゃはー、すごい!このまほー、永久化されてるんだ!」
「えっ、わぁ、ほんとですね。三の国の魔法かしら……けど、あの国にはこんな芸術センスはないですよね。だとしたら、設計は一の国あたりで……」
「……お前ら、歩きながら読むなよ。行儀悪いぞ」
俺みたいなのがお行儀を注意したところで、いかほどの効果があるものか。実際、ウィルとライラはちっとも気に留めず、手元の紙に二人して見入っていた。くぅー!
二人が一緒になって熱心に読んでいるのは、ヘイズから渡された三冠の宴のパンフレットだ。ヘイズのやつ、意外と絵がうまいのか、それともそういう資料を引っ張ってきたのか、パンフレットは色彩鮮やかで、前の世界のものと比較しても遜色ない仕上がりだった。文字はやつの手書きなのでちとマイナスだが、二人はさっぱり気にならないらしい。
「すごいですね。島にある建物自体も、各国から選りすぐりの建築家を集めて、選りすぐりの建材を使って建てられているんですって。総工費は、ひゃあ。百億セーファを超えるですって!」
「うわあ~……百億あったら、おうちがひゃっこ建てられそうだね」
「それでも一軒一億の高級住宅ですけど……」
二人は実に楽しそうに、あれやこれやとパンフレットの中身についておしゃべりしている。楽しそうなのは結構だが……
「あのな、俺ほんとに行かないからな?」
「わかってますって。でも、見るだけならいいでしょう?」
「そーだよ。ただ見てるだけだもーん」
ぐ。まあ、そうなんだけど……俺は帽子ごしに頭をがしがしかいてから、ため息をついた。ヘイズからの依頼、少し真面目に検討したほうがいいのかもしれない。
城下町では、いくつか食料を補充しただけで済んだ。ずっと兵士団と一緒に旅をしていたから、長旅のわりに俺たちの消費は少ない。お財布が重いまま旅ができるのはうれしい反面、注意もしないといけない。金のにおいに敏感なのは、商人だけとは限らないからだ……なんて。俺もこっちの世界に馴染んだ考え方をするようになったな。
「……?」
「……ん?どうした、フラン?」
「なんだか、誰かに見られてる気が……でも、気のせいだったみたい」
「えっ」
おいおい、嘘だろ。もう妙な輩に嗅ぎつけられたのか?冗談じゃないぜ。なら、さっさとここを離れよう。そうすると、問題は。
「どこに向かおうか?」
俺たちは大通りに面した広場で、行き先を決めかねていた。この広場からは、王都に四つある門へと続く道が伸びている。門はざっくり四方に向かっているので、どの通りに進むかで、今後の旅の行き先も決まる。
ま、もともと当てのない旅だ。どこに行ったっていいし、行かなくったっていい。けど王都は宿代が高すぎるので、ステイは論外だな。となると、せめて東西南北くらいは決めておきたい。
「北には行ったばっかりだし……」
エドガーの件で呼びつけられるまでは、俺たちは北の果てにいた。もう一度行く必要はないだろう。
「シェオル島は、確か南にあるって……」
ウィルがわざとらしくこちらをチラ見しながらつぶやく。大方あのパンフに書いてあったんだろうが、ふん。誰がその手に乗る……
「南、か」
あれ?案外まんざらでもなさそうな顔をしているのは、フランだ。うそだろ、お前もか?
「フラン、ひょっとしてお前も行きたいのか?」
「うん。実は、前から少し考えてて」
まじかよ……フランまでそっちに行くと、三対一になっちゃうぞ。意地を張るには分が悪い数字だな……
「一度、“魔境”に行ってみない?」
「は?魔境?」
俺が一人でうんうん悩んでいた矢先、フランの言葉は俺の頭上でつるりと滑って、それからすとんと落ちてきた。
「魔境ってまさか、俺とフランが出会った、あの森か?」
こくりとうなずくフラン。ずいぶん唐突だな。けど懐かしい場所だ……あそこはフランの故郷の村も近い。懐かしいという理由は、再訪の理由としてはもっともな気もするけど。俺はそれ以外にも、もう一つの理由に思い至った。
「ひょっとして、ペトラのことか?」
やはり、こくり。
「前に、あの切れ目の兵士が言ってたでしょ。あの森で、マスカレードとペトラらしき旅人が目撃されたって。ペトラ自身もあそこに行ってみるって言ってたんだから、十中八九間違いない。そしてペトラと言ったら、最近……」
そこまで聞くと、ウィルもはっと口を覆う。
「ロウランさんの話ですね……」
ロウランとの会話を知らない仲間もいるので、俺がかいつまんで説明する。
「実は、ロウランの過去の記憶の中に、ペトラそっくりの女が出てきたんだ。そいつの正体はわからずじまいだったんだけど、いろいろと妙な点が多くてな……」
俺は魔王関連のことは伏せた。あいまいなことだし、余計なことは言わないほうがいいよな。
「ペトラ嬢、ですか。確かに、普通の御仁ではありませんでしたな」
エラゼムはあごのあたりに手を添えた。フランがうなずく。
「気にならない?あいつがあの森で、いったい何をしようとしてたのか」
「うむ、確かに妙ですな。彼女は以前、森を遠巻きに眺めるだけだと言っていました。だが実際に戦闘が行われたのは、森の中……観光名所があるわけでもなしに、なぜ足を踏み入れたのか」
マスカレードの目的はわかる。竜の骨だ。なら、ペトラは?
「……おもしろそうだな。行ってみようか。あの森に」
軽はずみな理由だが、目的のない旅の目的なんて、軽かろうが重かろうがどっちでも構わない。それに……俺は、あの村のことも気になっていた。モンロービル村。フランのばあちゃんは、今も元気にしているだろうか?
「こっからだと、どう行くのが近いかな」
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すかさずチリンと、ガラスの鈴が揺れる。
「巡礼街道かぁ。またまた懐かしいな」
あの街道沿いで、俺はフランと、ウィルと、エラゼムと出会った。三人もの仲間と出会った、思い出深い街道だ。
「それじゃ、その魔境とやらに寄りつつ、巡礼街道を南下してみて……あー、そっから先は、その後で考えよう。とりあえずみんなも、それでいいか?」
俺が訊ねると、フランとエラゼムは当然うなずいた。ライラとアルルカは、特になにも言うことはないらしい。ただ、ウィルだけは、煮え切らない顔をしていた。
「ウィル?」
「えっと……ええ、かまわないんですが……」
ウィルは胸の下で指を組んで、瞳を横に流している。あ。ひょっとして。
「ひょっとして、まだしんどいか?コマース村によるのは」
コマース村は、モンロービルのすぐ近く……ウィルの故郷だ。そしてウィルは、コマース村から失踪したことになっている……ウィルは困った顔で笑う。
「……あはは。やっぱりばれますよね」
「まあ、な。別に、村に寄んなくてもいいとは思うぜ。迂回してもいいし、なんならモンロービルから引き返しても……」
するとウィルは、意外そうな目で俺を見つめてから、ぷっと笑った。
「桜下さんったら。私がさんざん意地悪言ったのに、やり返そうってならないんですか?」
「へ?なんのことだ?」
「いいえ、なんでも。そうですね、正直言うと、まだコマース村に入るのはためらわれますね……もしできるなら、村には寄らないでもらえると助かります。わがまま言って、いいですか?」
「おう。なに、補給はばっちしだ。村を一つ二つすっ飛ばしたって、何とかなるだろ」
よし、決まりだ。王都からモンロービルへ。今度は流されてではなくて、ちゃんと道を歩いていくことになりそうだ。
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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