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13章 歪な三角星
6-1 三冠の宴
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6-1 三冠の宴
最初に到着したのは、我らが二の国ギネンベルナの王女、ロア・オウンシス・ギネンベルナだった。
ロアは三冠の宴当日の朝早くにシェオル島へとやってきた。ずいぶん気合が入っているなと思っていたけど、ウィルから女性のドレスアップは時間がかかるものなんですと言われてしまった。納得。ロアは気忙しそうにしていたので、わざわざ俺たちに話しかけに来ることはなかった。ただ俺の前を通り過ぎるとき、なぜかこちらを向いて、頬を染めてはにかんだ。ううん?どういう心境の現れだったんだろう?
二番目に到着したのは三の国アアルマートの大公、シリス・アウサル・アアルマートだ。
シリス大公は、昼頃に姿を見せた。大陸最高の宴だっていうのに、以前と変わらず、ちっとも楽しさを感じさせない能面っぷりだ。ちっ、相変わらず何考えてるかわかんねーヤローだぜ……彼は同行者として、姪のエリスも連れて来ていた。大公は俺たちに一瞥もくれず、エリスも緊張しているのかうつむきがちだったので、やっぱり俺たちには気づかなかった。
最後にやってきたのは、一の国ライカニールの女帝、ノロ・カンダル・ライカニールだった。
ノロが到着したのは、なんとその日の夕方、宴の始まる間際だった。女性のドレスアップはなんだって?俺がじとりとウィルをにらむと、ウィルは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。ただ俺が思うに、ノロはきらびやかに着飾るつもりなんてさらさらないんじゃないか?あの人なら、普段着でもパーティーに出席しそうだ。ノロは四人の夫を引き連れて、彼らと談笑しながら俺たちの前を通りすぎた。
ところで、パーティーに参加するのは各国のトップだけではない。裕福そうな恰好の貴族や豪商も大勢いる。俺はその中に、アルアとクラークたちの姿を見つけた。アルアはかの有名な勇者の孫だし、クラークは勇者本人だから、ここにいるのも納得だ。彼ら彼女らもこの宴にはさすがに緊張するのか、俺たちに話しかけては来なかった。気づいていないのかも知れないし、気づいていたとしても仲良く話をする間柄でもない。あ、でもクラークがいるってことは、三の国の勇者も来ているってことだよな?確かアニの話では、女の子らしいけど……俺はその娘を探してみたけど、それらしき人物は見つけられなかった。代わりに俺は、意外な人を発見した。
「あ……あれ?レベッカ?」
「あら……久しぶりね!また会えると思ってたわ」
以前一の国で出会った踊り子、レベッカだ。レベッカは華のような笑みを浮かべて、こちらへやってきた。シャツとズボンという普通の格好をしているから、踊り子の仕事で来たわけではないらしい。
「俺の事、覚えてるのか」
「当り前じゃない。あなたは勇者だし、その仮面は印象強いもの」
おっと、それもそうだ。各国の名手が集まるこの場で、俺が素顔を晒せるはずがない。というわけで、俺は例にもよって、いつもの木彫りの仮面を身に着けていた。
「でもちょうどよかった!探しに行こうと思ってたところだったの」
「探しに行く?俺をか?」
「そうよ、本日の主役ですもの。さあ、いくわよ。腕が鳴るわぁ」
え、え?なんだかよくわからないまま、レベッカはぐいぐい俺の背中を押してくる。何のつもりだ?困惑したまま連れてこられたところは、前にも来たことがある。水着を借りたブティックだ。
「おいレベッカ、いい加減説明してくれ。服屋で何をする気だよ?」
「仕立屋でやることなんて一つに決まってるじゃない。仕立てあげるのよ、あなたを」
「はぁ?お、俺?」
「ええ。今日のわたしは踊り子じゃなくて服飾家なの。ほら、言ったじゃない。わたしは自分の衣装は自分で作ってるって」
「ああ、そういやそうだった……って、それはいいとして。俺を仕立てるだぁ?冗談だろ。俺は馬子以下だぞ」
「あら、そんなのやってみなきゃわからないわ。それにねぇあなた、まさかそのカッコで、大陸最高のパーティーに出る気じゃないでしょう?」
うぐ……俺は自分のみすぼらしい服を見下ろした。元々そんなに上等な服じゃなかったけど、今までの冒険の経験がしみ込んだおかげで、さらにみすぼらしくなってしまった。
「ぬうう。さすがに普段着で女王のパートナーを務めるのはまずいか……」
「当たり前でしょう。そのためにわたしが呼ばれたんだから。さ、ほらほら」
「うわあ、ま、待ってくれ!心の準備が……」
「心の準備って、あなたね……」
俺が殊の外じたばたしたからか、レベッカはやや呆れている。ウィルは口元を手で隠していたが、その下でくすくす笑っているのはお見通した。ちっ!いつもローブの神殿暮らしだったウィルにはわからないんだ。俺は人生で一度も、おしゃれをしたことがないんだぞ。あ、いや、三回はあるか。七五三の時に……あの時も猛烈に恥ずかしかったけど、今でもそれは変わらない。
「ほら、もう!わがまま言わないの。そこのあなた、ちょっと手伝って!」
「ん」
「わあ、よせ、フラン!手を放せー!」
俺はフランに羽交い絞めにされて、ずるずると服屋の棚の前まで引きずって行かれた。棚にはスパンコールのついたタキシードや、肩がパンパンに膨れた男性用ドレスが陳列してある……い、嫌だ。あんな服、絶対に似合わないって!
「よし。それじゃ、始めるわよー!」
「ぎゃああぁぁぁ……」
「……」
「桜下殿、よくお似合いです。そんなに肩を落とされますな」
「けどよぉ……」
最悪だ。今すぐに布団を引っ被って、パーティーが終わるまでずっとそうしていたい気分だ。
「わあ。桜下さん、ぜんぜんおかしくないですよ。さすがレベッカさん、いいセンスしてます」
「そうだよ桜下。かっこいいよ!」
「う、や、やめてくれぇ。頼むから何も言わないでくれ……」
もー顔が熱くて仕方がない。今のこの姿を知り合いに見られたら、俺は一週間寝込んでしまいそうだ。
今の俺は、真っ青なマントをはおい、手には黒い手袋、足にはブーツを履いている。顔には木彫りの仮面に代わって、舞踏会で付けるような銀縁のマスク。そして極めつけは頭にかぶった、大きな羽根飾りがついた帽子だ。レベッカのコーディネートは、中世騎士風のファッションセットだった。ウィルの言う通り、センスは悪くない。むしろかっこいいとさえ思う。ただそれは、着る人が着たらの話だ。
「中身が俺じゃ、似合うものも似合わないだろ……」
「そんなことないですって。本当に素敵ですよ。桜下さん、そういう恰好も意外と似合うんですね」
「だぁーら、勘弁してくれってば!」
くうぅ。本当に恥ずかしい。仮面があってほんとに助かったぜ……しかしこのド派手な羽帽子だけは、何とかならないもんか。ニット帽を脱ぐことに断固として反対したら、それならばとレベッカが持ってきたんだ。わがままを聞いてもらっている手前、文句は言いにくいけど……
「もっと地味な格好がよかったよ。黒一色とか、灰色とか……」
「もっとかしこまった場所なら、それでもよかったけどね。ま、今夜は固いこと言いっこなしよ」
レベッカはいたずらっぽくウィンクして見せた。クレアもよくやる仕草だけど、レベッカはクレアの倍は歳が行っているはずだ。ほんとにもう、敵わないよな。
「それじゃあ、あなたは先に会場に行っててくれる?」
「はあぁ、もう覚悟を決めるか……ところで、あんたは行かないのか?」
「ええ。まだやることがあるから。あ、それでなんだけど、ちょっとこの子を貸してくれないかしら?」
うん?レベッカはそう言うと、フランの後ろに回って、両肩にぽんと手を置いた。そのフランは怪訝そうに眉をひそめている。
「ねえ、あなたお名前は?」
「……フランセス」
「そう。ねえ、フランセスさん。少しわたしに付き合ってくれない?」
「……この人が、いいって言うなら」
フランは俺の方へ目を向ける。なんだろう、コーディネートの過程で力仕事でもあるのだろうか?
「まあ、レベッカの頼みならいいけれど。フラン本人がいいなら、手を貸すぜ」
「そう言ってるわ?」
「……わかった。いいよ」
「ありがとう!とっても助かるわ」
レベッカはにこにこ笑っているが、フランは警戒一色でしかめっ面だ。まあ、レベッカは悪いやつじゃないからな。心配しなくてもいいだろう。
「それじゃ、俺たちは先に行ってるな。フラン、またあとで。レベッカ、それじゃあな」
「ええ」
「うん」
手を振るレベッカと仏頂面のフランと別れて、俺たちはパーティーホールへと向かった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ロアは三冠の宴当日の朝早くにシェオル島へとやってきた。ずいぶん気合が入っているなと思っていたけど、ウィルから女性のドレスアップは時間がかかるものなんですと言われてしまった。納得。ロアは気忙しそうにしていたので、わざわざ俺たちに話しかけに来ることはなかった。ただ俺の前を通り過ぎるとき、なぜかこちらを向いて、頬を染めてはにかんだ。ううん?どういう心境の現れだったんだろう?
二番目に到着したのは三の国アアルマートの大公、シリス・アウサル・アアルマートだ。
シリス大公は、昼頃に姿を見せた。大陸最高の宴だっていうのに、以前と変わらず、ちっとも楽しさを感じさせない能面っぷりだ。ちっ、相変わらず何考えてるかわかんねーヤローだぜ……彼は同行者として、姪のエリスも連れて来ていた。大公は俺たちに一瞥もくれず、エリスも緊張しているのかうつむきがちだったので、やっぱり俺たちには気づかなかった。
最後にやってきたのは、一の国ライカニールの女帝、ノロ・カンダル・ライカニールだった。
ノロが到着したのは、なんとその日の夕方、宴の始まる間際だった。女性のドレスアップはなんだって?俺がじとりとウィルをにらむと、ウィルは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。ただ俺が思うに、ノロはきらびやかに着飾るつもりなんてさらさらないんじゃないか?あの人なら、普段着でもパーティーに出席しそうだ。ノロは四人の夫を引き連れて、彼らと談笑しながら俺たちの前を通りすぎた。
ところで、パーティーに参加するのは各国のトップだけではない。裕福そうな恰好の貴族や豪商も大勢いる。俺はその中に、アルアとクラークたちの姿を見つけた。アルアはかの有名な勇者の孫だし、クラークは勇者本人だから、ここにいるのも納得だ。彼ら彼女らもこの宴にはさすがに緊張するのか、俺たちに話しかけては来なかった。気づいていないのかも知れないし、気づいていたとしても仲良く話をする間柄でもない。あ、でもクラークがいるってことは、三の国の勇者も来ているってことだよな?確かアニの話では、女の子らしいけど……俺はその娘を探してみたけど、それらしき人物は見つけられなかった。代わりに俺は、意外な人を発見した。
「あ……あれ?レベッカ?」
「あら……久しぶりね!また会えると思ってたわ」
以前一の国で出会った踊り子、レベッカだ。レベッカは華のような笑みを浮かべて、こちらへやってきた。シャツとズボンという普通の格好をしているから、踊り子の仕事で来たわけではないらしい。
「俺の事、覚えてるのか」
「当り前じゃない。あなたは勇者だし、その仮面は印象強いもの」
おっと、それもそうだ。各国の名手が集まるこの場で、俺が素顔を晒せるはずがない。というわけで、俺は例にもよって、いつもの木彫りの仮面を身に着けていた。
「でもちょうどよかった!探しに行こうと思ってたところだったの」
「探しに行く?俺をか?」
「そうよ、本日の主役ですもの。さあ、いくわよ。腕が鳴るわぁ」
え、え?なんだかよくわからないまま、レベッカはぐいぐい俺の背中を押してくる。何のつもりだ?困惑したまま連れてこられたところは、前にも来たことがある。水着を借りたブティックだ。
「おいレベッカ、いい加減説明してくれ。服屋で何をする気だよ?」
「仕立屋でやることなんて一つに決まってるじゃない。仕立てあげるのよ、あなたを」
「はぁ?お、俺?」
「ええ。今日のわたしは踊り子じゃなくて服飾家なの。ほら、言ったじゃない。わたしは自分の衣装は自分で作ってるって」
「ああ、そういやそうだった……って、それはいいとして。俺を仕立てるだぁ?冗談だろ。俺は馬子以下だぞ」
「あら、そんなのやってみなきゃわからないわ。それにねぇあなた、まさかそのカッコで、大陸最高のパーティーに出る気じゃないでしょう?」
うぐ……俺は自分のみすぼらしい服を見下ろした。元々そんなに上等な服じゃなかったけど、今までの冒険の経験がしみ込んだおかげで、さらにみすぼらしくなってしまった。
「ぬうう。さすがに普段着で女王のパートナーを務めるのはまずいか……」
「当たり前でしょう。そのためにわたしが呼ばれたんだから。さ、ほらほら」
「うわあ、ま、待ってくれ!心の準備が……」
「心の準備って、あなたね……」
俺が殊の外じたばたしたからか、レベッカはやや呆れている。ウィルは口元を手で隠していたが、その下でくすくす笑っているのはお見通した。ちっ!いつもローブの神殿暮らしだったウィルにはわからないんだ。俺は人生で一度も、おしゃれをしたことがないんだぞ。あ、いや、三回はあるか。七五三の時に……あの時も猛烈に恥ずかしかったけど、今でもそれは変わらない。
「ほら、もう!わがまま言わないの。そこのあなた、ちょっと手伝って!」
「ん」
「わあ、よせ、フラン!手を放せー!」
俺はフランに羽交い絞めにされて、ずるずると服屋の棚の前まで引きずって行かれた。棚にはスパンコールのついたタキシードや、肩がパンパンに膨れた男性用ドレスが陳列してある……い、嫌だ。あんな服、絶対に似合わないって!
「よし。それじゃ、始めるわよー!」
「ぎゃああぁぁぁ……」
「……」
「桜下殿、よくお似合いです。そんなに肩を落とされますな」
「けどよぉ……」
最悪だ。今すぐに布団を引っ被って、パーティーが終わるまでずっとそうしていたい気分だ。
「わあ。桜下さん、ぜんぜんおかしくないですよ。さすがレベッカさん、いいセンスしてます」
「そうだよ桜下。かっこいいよ!」
「う、や、やめてくれぇ。頼むから何も言わないでくれ……」
もー顔が熱くて仕方がない。今のこの姿を知り合いに見られたら、俺は一週間寝込んでしまいそうだ。
今の俺は、真っ青なマントをはおい、手には黒い手袋、足にはブーツを履いている。顔には木彫りの仮面に代わって、舞踏会で付けるような銀縁のマスク。そして極めつけは頭にかぶった、大きな羽根飾りがついた帽子だ。レベッカのコーディネートは、中世騎士風のファッションセットだった。ウィルの言う通り、センスは悪くない。むしろかっこいいとさえ思う。ただそれは、着る人が着たらの話だ。
「中身が俺じゃ、似合うものも似合わないだろ……」
「そんなことないですって。本当に素敵ですよ。桜下さん、そういう恰好も意外と似合うんですね」
「だぁーら、勘弁してくれってば!」
くうぅ。本当に恥ずかしい。仮面があってほんとに助かったぜ……しかしこのド派手な羽帽子だけは、何とかならないもんか。ニット帽を脱ぐことに断固として反対したら、それならばとレベッカが持ってきたんだ。わがままを聞いてもらっている手前、文句は言いにくいけど……
「もっと地味な格好がよかったよ。黒一色とか、灰色とか……」
「もっとかしこまった場所なら、それでもよかったけどね。ま、今夜は固いこと言いっこなしよ」
レベッカはいたずらっぽくウィンクして見せた。クレアもよくやる仕草だけど、レベッカはクレアの倍は歳が行っているはずだ。ほんとにもう、敵わないよな。
「それじゃあ、あなたは先に会場に行っててくれる?」
「はあぁ、もう覚悟を決めるか……ところで、あんたは行かないのか?」
「ええ。まだやることがあるから。あ、それでなんだけど、ちょっとこの子を貸してくれないかしら?」
うん?レベッカはそう言うと、フランの後ろに回って、両肩にぽんと手を置いた。そのフランは怪訝そうに眉をひそめている。
「ねえ、あなたお名前は?」
「……フランセス」
「そう。ねえ、フランセスさん。少しわたしに付き合ってくれない?」
「……この人が、いいって言うなら」
フランは俺の方へ目を向ける。なんだろう、コーディネートの過程で力仕事でもあるのだろうか?
「まあ、レベッカの頼みならいいけれど。フラン本人がいいなら、手を貸すぜ」
「そう言ってるわ?」
「……わかった。いいよ」
「ありがとう!とっても助かるわ」
レベッカはにこにこ笑っているが、フランは警戒一色でしかめっ面だ。まあ、レベッカは悪いやつじゃないからな。心配しなくてもいいだろう。
「それじゃ、俺たちは先に行ってるな。フラン、またあとで。レベッカ、それじゃあな」
「ええ」
「うん」
手を振るレベッカと仏頂面のフランと別れて、俺たちはパーティーホールへと向かった。
つづく
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