じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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13章 歪な三角星

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「あ、やっと来た!おーい、桜下、おねーちゃーん!」

浜辺に出ると、ライラがぶんぶん手を振っていた。俺は砂を蹴って、ウィルはふわりと飛んで、みんなのところへ向かう。ライラとフランは、波打ち際で濡れた砂に足跡をつけていた。波がざざぁと押し寄せると、きゃっきゃと笑いながらライラが逃げる。

「ところでライラ、中には入らないのか?」

「だ、だって、怖かったんだもん……桜下、支えててよ」

「はいよ。ほら、手をつないでいこう。ゆっくり行けば平気さ」

俺とライラは手をつないで、少しずつ海に入っていく。水はちょっとぬるいくらい。温水プールみたいだ。

「う、う、う」

「そーんなに怖がんなよ。でっかい風呂みたいなもんだって」

「わあ、は、離さないで!絶対離しちゃやだよ!?」

「いてて、まだ足がつくじゃないか。そんなにひっつくなよ」

ライラは初めての海に、完全におっかなびっくりだ。俺が初めて海に入ったときは、どんなだったんだろう?小さすぎて覚えてないや。足元の不安定な砂地や、絶えず寄せてくる波は、小さなライラにとっては十分恐ろしいらしい。
ふと、ちょっとだけイタズラしてみたくなった。

「よしライラ、しっかり掴まってろよ!」

「え?わ、わぁ!」

俺はライラの両手を握ると、後ろ歩きで引っ張った。小柄な体は軽く、簡単に足が浮く。慌てたライラは、最初は腕をねじって暴れたが、顔が水につかないことが分かると、ほっと力を抜いた。

「どうだ?これだと気持ちいいだろ」

「……うん」

ライラの手を引き、浅瀬を進んでいく。赤い髪が水になびいて、反物を流しているみたいだ。俺はしばらく進んでからUターンし、元の場所に戻ってきた。

「ほい、と。これが泳ぐときの感覚かな」

「すごーい!確かにきもちかった!ねえ、もっかいやって、もっかいやって。今度はもっと遠くまで!」

「ええ?」

水をかき分けて後ろに歩くのは、それなりに大変なんだけど……む、それなら。俺はそばで、首まで水に浸かっていたフランに目を付けた。

「フラン。お前は泳げんのか?」

「わたし?うん。泳げるというか、水に沈まないって感じだけど」

「沈まない?金づちじゃなくて木づちだってこと?」

「は?……そうじゃなくて、わたしの力なら、一蹴りで数十キュビットくらいなら進めるから」

ああ、なるほど。泳ぐと言うよりか、怪力で水をぶっ飛ばすって感じか。ならなおの事うってつけじゃないか。

「じゃあライラ、今度はフランにやってもらったらどうだ?」

「ふぇ?」

「え?」

「俺じゃそんなに長くはやってやれないからな。それに、フランならすっごく速いはずだぜ?」

フランのパワーなら、モーターボートくらいの速度は出せそうだ。ライラもそれを想像したのか、瞳をキラキラさせてフランを見つめた。その目を見たフランは少し思案したが、うなずいて腕を一本差し出した。

「掴まって」

「うん!わかった」

俺から手をはなして、ライラがフランの腕に掴まる。フランは俺とは違って、真正面を向いて行くつもりのようだ。さながらトビウオのように腕を広げている。

「じゃ、いくよ」

「いいよ!」

「よし。三、二、一……」

フランが身を低くして、発射の体勢を取る。な、なんか思ったより仰々しいな?お遊びなんだし、そんなに気合を入れなくても……

「ゼロッ!」

「わああああぁぁぁぁぁぁ!?」

ドッパァーーーン!ぎゃあ!突然水しぶきが沸き起こったかと思うと、フランはロケットのように空中へ飛び出した。あのバカ、力を入れすぎだ!その腕に掴まっていたライラはもろとも吹っ飛んでいき、体が軽いのも災いしてか、たっぷり十メートルは飛んで海面に叩き付けられた。バッチャーン!

「あーあー……」



思いっきり腹打ちになったせいで、表っかわが真っ赤になってしまったライラは、恐怖と痛みのせいで大泣きし、しばらく俺から離れなくなった。いいとこ見せようと力を入れ過ぎて盛大に空回りしたフランは、砂浜に正座してウィルからお説教を受けることとなった。とんだ海水浴になっちまったな。

ライラがすっかり拗ねてしまったので、海遊びはいったん中断して、浜辺に沿ってぶらぶらと歩くことにした。さすが高級リゾート地だけあって、散歩するだけでもそれなりに楽しい。浜辺のふちに植えられた濃い色の草花には、同じくビビッドカラーの蝶がひらめいている。何て名前の蝶だろう?
しばらく海岸に沿って歩いていると、日影が涼しそうな林道を見つけた。入ってみると、濡れた素肌がぞくぞくするくらい空気が冷たい。クーラーが効いているわけでもなしに、どうしてこんなに?不思議に思いながら奥まで進むと、その理由がわかった。林道を抜けた先に、小さな滝があったのだ。滝は崖にぶつかってジグザグと折れながら滝つぼに落ち、そこから澄んだ水が渓流となって流れている。マイナスイオンって言うのか、ここだけ空気が違っているようだ。川の水は海と違ってひやりと冷たく、気持ちいい。浅瀬ならライラでも十分に足がつくので、赤くはれた肌を冷やすにはうってつけだった。
それから俺たちは、島を巡ってみたり、また海に戻ったりして一日を過ごした。島にあるレストランでは、なんとタダで飯が食えた。いやぁ、あれには感激した。いつもカツカツのわが軍勢は、タダ飯がなによりのお宝だ。

「だからって、桜下さん、それは……」

バイキング形式だったので、好きなものを好きなだけ皿に乗せて戻ると、ウィルに呆れられてしまった。だって、遠慮するだけ損じゃないか。

「だからって、オムレツと卵とじとポーチドエッグを一緒に取って来ることないでしょう!全部卵じゃないですか」

「あ、あれ?」

おかしいな。バイキングって、意外と難しいんだな。様々な料理が並ぶ中で、さすがに余った骨をくれと言われたメイドは戸惑っていたが、きちんと要望通りの品を届けてくれた。ライラの機嫌はすっかりなおった。
やがて日が落ちてくると、海は真っ赤に染まる。シェオル島は周りを山に囲まれているので、水平線に沈む夕日を見ることはできない。その代り、山脈と山脈の切れ目から西日が差し込み、海に光の道筋を描くんだ。

「すてき……神さまが歩く道みたいです」

ウィルのうっとりした感想だ。ふむ、確かにそう思わせるほどに神々しい光景だ。俺たちは日がすっかり沈むまで、その景色を目に焼き付けるように眺め続けた。
そして夜。レストランではおっきなカニやエビを使ったシーフード料理がふるまわれた。各テーブルにはキャンドルが灯り、そうでなくても魔法の照明が煌々と照っている。夜がこんなに明るいなんて……前の世界じゃあたりまえだけど、電気照明なんて便利な物のないこっちの世界じゃ、ランタン無しで夜が過ごせるというだけでも十分感動できる。だが、あえてその明るさに背を向けるのもまた乙だ。だって屋根の外に出てみると、満点の星明り。夜の海に星がきらめくと、クリスタルが水面に浮いているみたいだ。

「なんだか、夢でも見てる気分だな……」

自分たちの部屋に戻ってきて、ベッドに仰向けに寝っ転がりながらこぼした俺の言葉だ。昼間の水着は着替えて、今は備え付けのルームウェアの上下になっている。このウェア、かなりいい生地が使われているみたいで、肌触りばつぐんだ。おまけにベッドはふかふか。何から何まで、本当に至れり尽くせりだ。

「ふふ。桜下さん、あんなに嫌がっていたのに」

ベッドサイドにふわふわ浮かんでいたウィルがくすくす笑う。フランとライラは、バルコニーに出て星を眺めていた。エラゼムは潮風で錆びないように大剣を念入りに研いでいる。アルルカはいない。大方、屋根の上にでものぼっているのだろう。

「まあな。せっかくだから、楽しまなきゃ損じゃないか」

「同感ですね。話を聞いていた以上に、素敵な場所です……ここで過ごした時間は、死ぬまで忘れないはずです。あ、もう幽霊ですけど」

ふむ。俺はごろりと横になって、肘で頭を支える。

「ならウィルは、毎日こんなだと嬉しいか?」

「へ?」

ウィルは目をぱちくりした後、むっと目を細めた。俺が意地悪言っていると思ったのか?そんなつもりじゃないぞ。俺の目からそれを感じ取ったのか、ウィルもすぐに表情を和らげた。

「そりゃまあ、贅沢な暮らしに憧れがないと言ったら、嘘になると思いますけど。でも、ううん……やっぱり、いいかなって」

「どうして?」

「だって、ほら。“百日続く祭りの一番盛り上がるところは、つまるところ一日目である”って言うじゃないですか」

「んん?祭りも毎日じゃ飽きるってことか?」

「そういう事です。非日常だから、新鮮に感じるんですよ。それにそういう意味では、旅も十分刺激的ですしね。だってここには、雲がかかるほど高い山や、古代の遺跡みたいな場所は無いじゃないですか」

お、この前の一の国への旅路のことだな。確かにあそこも、タイプは違うが十分に神秘的な絶景だった。

「あとは、やっぱりこれですかね。……私には、似合わないですよ」

ウィルはそう言って、照れ臭そうにちろりと舌を出した。あはは、まあそうかも。高級なドレスを着てバカンスを満喫するウィルよりも、こうして気楽な話ができる彼女の方を、俺は友人として選びたい。それに俺は、こっそり安心していた。毎日こんながいいと言われたら、俺は勇者に戻るしかなかっただろうから。



シェオル島での日々は、あっという間に過ぎていった。ライラは極めてぎこちないながらも、辛うじてバタ足で泳げるようになった。アルルカはろくに泳ぎもしなかったくせにこんがり日焼けしてしまい(砂浜の照り返しが原因らしい)、いじけて部屋にこもることが多くなった。
俺たちは島の隅々まで探検し、名所を楽しみつくした。そうした満喫する日々を過ごしているうちに、ほぼ俺たちの貸し切りに近かった島にも、少しずつ人が増えてきた。

「パーティー客か」

先入りしたパーティー客が増えるほどに、三冠の宴が迫っていることを実感する。人の増加だけにとどまらず、島にあるいくつかの建物でも準備が始まっているようだ。さらにそれから何日かが過ぎると、ついに見知った顔まで島へとやってきた。

「お、いたいた。よう、楽しんでるか?」

「え?あ、げ。ヘイズじゃないか……」

切れ長の目をしたヘイズが、こちらに向かって手を上げている。俺たちがレストランで朝食をした帰り道でのことだった。いつの間にやって来ていたんだろう?やつはいつもの兵士姿ではなく、気楽なシャツと半ズボンといういで立ちだ。心なしか、鋭い目元も和らいでいるように見える。

「どうだ?素晴らしいところだろ、シェオル島は」

「……まあな」

ヘイズはニヤニヤした顔で言う。ちぇ、自分の思惑通りになって得意げなんだろう。ふて腐れる俺を見て、ヘイズは笑いながら肩をすくめた。

「そう腐るなよ。お前が来なかったら、一部屋分の代金が無駄になるところだったからな。隊長が先走って予約しちまうもんだから、こっちとしても冷や冷やしてたんだ」

「そうだったのか?呆れたもんだな……」

俺が本当に来なかったらどうするつもりだったんだ。ここの宿泊費って言ったら、けっこうなもんになるだろうに。

「しかし、お前が来たからには万事解決ってやつさ。エドガー隊長のメンツは保たれ、ロア様は一人で踊らずに済む」

「あん?ロアの相手は、エドガーになるはずだろ?」

「それなんだが、隊長は『自分が出るくらいなら腹を切ってやる!』とか言い出してな。そういう意味じゃ、お前はあの人の命を二度救ったことになるぜ」

「……」

嬉しくない。ちっとも。

「さてと。そろそろ世間話もしまいにしよう。早く見つけられてよかった」

「うん?俺たちに用か?」

「おう。そのためにオレが早乗りしたんだ。さ、行くぞ」

「え、おい。行くってどこに?」

「どこって、ダンスホールに決まってるだろ。お前、ワルツが踊れんのか?」

「へ?」

そんなもん、踊れるのかと訊かれたら……

「なわけないだろ」

「だろ?そんなんで王女のパートナーが務まるとお思いで?」

「あ。た、確かに……」

「わかったなら、とっとと行くぞ。もう日は残っちゃいないんだ。本番までにみっちり鍛え上げてやるから、覚悟しとけ!」

な、なに!ダンスの練習をしろだと?ヘイズは意地悪く笑っている。こ、こいつ……!しかし、俺の人生にダンスの経験なんて、幼稚園のお遊戯会くらいしかないのも事実だ。本番で盛大にすっ転んで、赤っ恥をかくのも……それはそれで嫌だな。

「ちぇ……やっぱ来るんじゃなかったな」

俺は渋々ながらも、ヘイズといっしょに踊りの練習をすることとなった。面白がった仲間たちもついてきたので、それなりに賑やかではあったけど……ヘイズのしごきは厳しく、それから二、三日は、観光どころじゃなくなってしまった。

「ほらそこ!足がもたついてるぞ!ターンと同時にクロスさせて、さらに次のステップを踏むんだ!」

「おまえなっ!俺に足が何本ついてると思ってるんだ!」

俺がヘイズにいじめられている間にも、パーティーの準備は着々と進められていた。人も物も、当初に比べたら信じられないくらい増えた所で、どうやらついに、全ての準備が完了したらしい。
そう。とうとう、三冠の宴の本番がやってきたのだ。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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