じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

文字の大きさ
530 / 860
13章 歪な三角星

9-1 封じられた記憶

しおりを挟む
9-1 封じられた記憶

いつしか俺は、体中から力が抜けてしまっていた。ウィルの体に寄りかかるようにして立っている。それでもウィルは、しっかりと俺の体を抱きとめていてくれていた。

「ウィル……俺は、最低な奴なんだ……だからお前に、こうしてもらえる資格なんて……」

「桜下さん。私は、頼まれても離れる気はありません。あなたの為になるのなら、私はあなたに嫌われてもかまいません」

ウィルは優しい声で、でも力強くそう言い切った。俺は、鼻の奥がつーんと痛くなった。

「ウィル……俺、俺さ。思い出したんだ」

「何を、ですか?」

「ずうっと、当たり前にあったこと……記憶の封印とか、なんにも関係ない。ずっと頭の中にあったのに、今までちっとも気にしなかったんだ」

「それは……桜下さんにとって、とても大切なことだったんですね?」

驚いた。どうしてウィルにはわかるんだろう。びっくりしたせいか、俺は心の中のブレーキを外してしまった。

「家族の、ことなんだ。向こうの世界に置いてきた……俺の、父さんと、母さん」

俺には……家族がいた。そのことは、忘れていたわけではなかった。だけど、今まで一度も、かえりみることはしなかった。今まで、一度も!

「俺には……家族が、いたんだ。両親がいて、家があって、毎日飯が食えてた。ウィル、俺さ、嘘ついたんだ。死んだのにはそれなりの事情があるだなんて言ってさ、嘘っぱちだ。俺は間違いなく、幸福だったんだよ。ウィルがさっき言ったみたいに」

ウィルはさっき、自分が幸福だったといった。両親に捨てられ、幼いころから神殿で厳しい仕事をこなしてきたウィルが、自分を幸福だったと。なら、俺は?

「笑っちゃうよな。俺は記憶にある限り、生活に関しては何一つ不自由してこなかった。これのどこに、死ぬ理由があるっていうんだ?」

「でも、桜下さんは……」

「この頭の傷か?これはなんの関係もないよ。だってそうだろ?俺はこのことを、“はっきり覚えてる”んだから。もしこれが自殺の原因なら、アニはこの記憶も封印してたはずだ」

「あ……」

俺の三つのトラウマは、はっきりと記憶されている。ならそれは、自殺の原因たり得ない。俺には封印された、四つ目のトラウマがあるのだ。けど、そんなこと今はどうでもいい。

「俺は幸福だった……幸福だった!何一つ不自由がないわけじゃなかったけど、それでも十分幸せだったはずなんだ!それなのに……」

「桜下さんは……そのことを、悔いているんですか?幸せだったはずなのに、死を選んでしまったことを……自らそれを、手放してしまったことを」

「ああ……それもある……」

痛い。胸が張り裂けそうだ。一言話すたびに、罪悪感で体中を切り刻まれている気分になる。体が震え始めて、うまく舌が回らなくなってくる。
だけど、背中を撫でるウィルの手の冷たさが、痛みを癒し、俺に続きを促した。すべての毒を吐いてしまえというように。俺は震える唇で続ける。

「フラン……母親に望まれずに生まれてきた。実の祖母にすら呪いの子と疎まれて……ライラ……母親を理不尽に殺された。残った兄とも、あんな別れ方をして……そして、ウィル……」

「……はい」

「お前が本当に欲しかったものを、俺は生まれた時から、当たり前のように持っていた。そしてそれを、自分から捨ててしまったんだ……どんな顔して、お前たちに話せばいいんだよ?お前が心の底から望んでいたものを、俺は簡単に捨てちまったんだ。そのことを考えると、怖くて、どうしても言い出せなかった……」

ここまで話すだけでも、俺は恐怖で身がすくむ。でも、まだ続きがある。それもすべて、話さなくては。ウィルに、嘘をつくことになるから。

「それなのに、俺……今、すごく……二人に、会いたいんだ。ははは、笑っちゃうよな。自分から捨てておいて、捨てた後で後悔するなんて。ほんと、バカだ……」

俺はようやく、そのことに気が付いた。

「みんなと出会って……みんなの過去を聞いて。そして今になってようやく、父さんと母さんが、とても大切だったんだって気が付いたんだ。どんだけ遅いんだって話だよな……それに、いまさら手遅れだ……」

本当に、どうしようもない大馬鹿だ。今の今まで忘れていたくせに、思い出した途端、こんなに胸が張り裂けそうになるなんて!分かっているけれど、でもどうしようもないんだ。むしろ忘れていたせいで、痛みが新鮮に響いてくる。

(ほんと、どうしようもない……こんな男、誰だって愛想を尽かすな……)

すべてを言い終えたとき、俺はがたがた震えていた。今この瞬間にも、ウィルは俺を突き飛ばして、罵声を浴びせかけるかもしれない。最低だ、お前なんか死んじまえと、俺を殴りつけるかもしれない。

「……ごめんなさい、桜下さん」

ウィルが、俺から体を離した。

「そして、ありがとうございます」

ウィルは俺の頭を引き寄せて、自分の胸に抱いた。冷たくて、やわらかい感触に包まれる。

「辛いことを、話させてしまいましたね。でも、大丈夫。私は、ここにいますから」

ウィルは幽霊だ。心音は聞こえない。はずなのに……俺はウィルの胸の中で、何かがとくとくと鳴っているのを聞いた。これは……ウィルの、魂?

「うぃる……」

「はい」

「おれ……それだけじゃないんだ。俺……今までだって、一度も。一度も、二人のことを思い出さなかったんだ」

「うん……」

「二人とも……優しかった。勉強もしない、学校にもろくに行かない俺にも、何も言わなったんだ。あの頃は気づかなかったけど……今だからわかる。父さんも母さんも、俺を愛してくれてたんだ」

「うん」

「それなのに、おれ……今までだって、一度も!二人のこと、これっぽっちだって、考えもしなかった……!」

俺はしがみつくように、ウィルの背中に手をまわした。加減ができていなかったから、きっと“痛かった”に違いない。それでもウィルは、文句ひとつ言わずに、それどころか俺の頭を優しく撫でてくれた。

「つらかったね。苦しかったんだよね」

「俺……俺は、最低だ……!」

「そんな風に、自分を責めないで。あなたは悪くないんだよ」

「だって……おれは……」

「もう大丈夫。きっともう、大丈夫だから」

ウィルの声は、俺を安心させると同時に、ひどく心をかき乱した。こらえていたものが、支えを失って、一気にあふれ出してくる。
あれは確か、俺の小学校の時の、誕生日の朝だった。母さんはおめでとうと言って、目覚めた俺の頬にキスをした。父さんは俺と入れ違いに家を出てったが、帰りに大きなイチゴのケーキを買ってきてくれた。

「とおさん……かあさん……!」

俺は、ウィルの胸の中で、この世界に来て初めて、大声をあげて泣いた。



「くっ……ひっく……」

「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ……」

俺は涙が枯れて、喉がガラガラになるまで泣き続けた。ウィルはその間、ずっと俺の背中を、ゆっくりさすってくれていた。ウィルの声は聖母のように優しく、彼女が「大丈夫」と唱えるたびに、俺は心の中の何かがガラガラと崩れて、涙になって流れていくのを感じていた。

「ぐず……ウィル、ごめん……」

「謝らないで。私がしたくてしてることなんだから」

「でも……」

「それにね。私、あなたが悪いだなんて、ちっとも思わない。いきなり違う世界に呼び出されて、分からないことだらけで。余裕がなくっても、無理ないよ」

「でも、こっちに来てから、もう何か月も経ってる……」

「それだけあなたが、精一杯頑張ってたんだよ。いっぱいいっぱいで、昔のことを思い出してる余裕がなかったんだね。私、ずっと見てたから。たくさん頑張ってたの、全部知ってるよ」

「そう、なのかな……でも、ちょっとくらいは、気にかけても……」

「もしそうしてたら、きっと悲しくなってたよ。お父さんもお母さんも、そんな事は望まないと思う。だからきっと、許してくれるよ。でも……さみしいね」

「う、う……」

その後も俺は、ぐずる子どものように、ウィルに泣き言を言い続けた。ウィルは嫌がるそぶりもなく、すぐにそんなことないと慰めてくれた。何度も、何度も……俺ってやつは、どうしてこうなんだろう。いつまで経っても、仲間に甘えっぱなしで……主である俺は、みんなを守る立場なはずなのに。

(愛されるのも才能の一つなの)

……!その時俺は唐突に、前にロウランに言われたことを思い出した。彼女の声が、頭の中に響く……彼女は、「愛されることも才能だ」と言った。そして俺に「もう少し愛されることに慣れた方がいい」とも。ロウランはさらに、愛されるためにあらゆる努力を重ねてきたと言った。愛される努力……

(俺は、誰かの愛に、鈍感過ぎたのかもしれないな)

俺はついさっき、フランへの愛情を自覚した。両親が、俺を愛してくれていたことを自覚した。そして……ウィルもまた、俺を愛してくれている。その愛に対して、俺は申し訳なく感じていいのか?彼女の愛で、落ち込んでいいのか?

(違うだろ。そうじゃない)

簡単なことじゃないか。愛には、愛を。俺はただ、喜べばよかったんだ。

「ウィル……もう、平気だ」

俺はウィルの背中から手を放した。俺の嗚咽が止まったのを見てか、ウィルも手を緩める。俺は彼女から少しだけ体を離すと、袖でぐしぐしと目を擦った。まだ視界はにじんでいる。それでも、伝えなくちゃ。

「ウィル」

俺は、顔を上げた。ウィルは優しい瞳で、こちらを見つめている。そんな彼女に、俺は精一杯、微笑んだ。

「ありがとう」

きっと今の俺は、涙でぐしゃぐしゃで、それはもう酷い顔だったはずだ。笑顔だって、酷くぎこちなかっただろう。細めた瞳の端から、涙がほろりとこぼれるのが分かった。
ウィルは、瞳をゆっくりと見開いた。きらりと輝く琥珀のような瞳。至近距離で見つめ合っているから、そこに俺が映り込んでいるのが見える。

「……」

彼女が何か言った気がしたが、吐息のようにかすかで聞き取れなかった。ウィルが近づいてくる。まぶたが閉じられて……



まつ毛、長いな。そう思った時には、俺とウィルの唇は、一つに重なり合っていた。



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

処理中です...