じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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13章 歪な三角星

10-2

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10-2

「それよりも、これからの話の方が大事なんじゃないのか?昨日の、魔王の宣戦布告ってやつだよ」

俺の方からその話題を出したので、ロアは心底ホッとしたようだ。エドガーもほっとしたように表情を緩めたが、すぐに睨み顔に戻った。デコピンとは言え、王女を殴ったことが許せないらしい。べーっだ、俺は謝んねーぞ。
安心していたロアだったが、その顔はすぐに硬いものに戻った。

「ああ。いつかその時が来ると思っていたが、ついに敵が動き出したらしい。だが、宣戦布告というのは早とちりだ」

「早とちり?」

「フィドラーズグリーンからの連絡では、魔王軍に活動再開の兆候ありとしか書かれていなかった。まだ本格的な軍事行動には至っていない」

「でもそんなの、似たようなもんじゃないの?」とライラが口を挟む。

「いや。以前にも、動くと見せかけて結局だんまりだったという前例があるのだ。十年前に魔王が復活してから、魔王軍の進軍は極めて散発的になった。気まぐれ、と言ってもいいくらいには、明確な目的が不明な戦闘が増えてな。そしてここ数年では、それらにすらやる気が無くなったように、さっぱり戦闘をしなくなった」

「んんー……?それなのに、戦争はまだ続いてるの?」

「そうだ。フィドラーズグリーン戦線には、常に魔物の軍勢が駐留している。その一線だけは、決して踏み込ませないのだ」

「じゃあどうしてやっつけちゃわないの?こっちには勇者だっているのにさ」

「うむ。一つは、先の大戦で人類の軍力が衰えてしまったこと。勇者は百人力だが、補給や補助も無しに、たった一人で魔王軍の全てを倒すことは難しい」

「むう。そっか……」

「そして二つ目が、各国が強力な勇者の召喚に慎重になったこと。これは当然、あの外道セカンドの影響だが……力の強さだけに着目していては、いずれ自分たちの足をすくわれると気がついたのだ。だが力が弱くなれば、道半ばで力尽きる勇者も増えてくる。大戦による人材不足のせいで、勇者の仲間となる者も減ってしまったことも影響しているかもな」

「ふーん……生きてる連中は、ずいぶん弱っちいんだね」

ライラはずいぶん大きな一括りで総評した。そして俺の方を向くと、「ライラたちは強いもんね!」と笑いかけた。ははは……俺は複雑な気持ちで微笑む。

「そうだな。けどな、ロア。だからと言って、俺が戦場へ向かうことに賛成だと思わないでくれよな」

するとライラは「あっ!」と口を押えた。ロアもうなずく。

「分かっている。それが嫌で、お前は城から逃げ出したんだものな」

「まあ、そういうことだ。俺は一の国の金色とは違うんでね」

「ふむ、だが安心しろ。今すぐにどうこうという事にはならんはずだ。昨日も聞いたろう、今は様子見の段階だと。万が一戦闘が始まるとしても、すぐに勇者の出番とはならないはずだ」

「……その言い方だと、後々にはお株が回ってくるって感じだけれど?」

「それは……」

ロアは目を逸らすと、言おうか言うまいか悩んでいる様子で、親指同士をぐにぐにさせていた。エドガーが何とも言えない表情で、それを見つめている。

「……この際だから、はっきり言っておこう。確かに今は、お前の力を借りなくとも何とかなるだろう。勇者はあと二人いるのだから。だがこの先、戦況次第では……何とか、ならなくなるかもしれない」

それは、すなわち……俺から少し離れたところに浮かぶウィルが、ごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。

「もしもそうなった時。その時には、お前を頼らせてはくれないか」

「……頼る?」

俺は首をかしげた。

「命じる、じゃなくて?」

「そうだ。無論、命じて言うことを聞いてくれるのであれば、私だってそうするが。例えばお前、私が命令したら、私の甲にキスするか?」

「誰がするか、誰が!」

ロアはくすくすと笑い、俺は頬が熱くなるのを感じた。ちっ、さっきの仕返しのつもりか?あとフラン、怖いから睨むのをやめてくれ。

「そうだ。お前は命じても聞かん。だが私は気付いたのだ。お前は確かにちゃらんぽらんに見えるが、その実、意外と頼りがいがあるのだとな」

「……今回の、三冠の宴のことを言ってるのか?あのなぁ、確かに今回は協力したけど、それでちょろいやつだって思われちゃ、たまんないぜ」

「そうではない。お前のどこが御しやすいちょろいものか。そうではなくて、お前はお人好しだと言いたいのだ。それに、私のことも頼ってくれたしな」

「うん……うん?最後のは、どういう意味だ?」

「ああ。私のことを“あてにする”者は掃いて捨てるほどいるが、“頼ってくる”者はほとんどいないのだ」

……?隣でライラも首をかしげているから、理解できないのは俺だけじゃなさそうだ。

「その二つって、何か違うのか?」

「大違いだ。私をあてにしている連中は、私が勝手に何とかしてくれることに期待している。自分たちは指一本動かす気はないんだよ。だが頼ってくる者は、その見返りに私に頼られることを承知している」

「えぇ?そうかな」

「現に、お前がそうだったではないか。この前は、お前はあの少女と北方の町を私に頼む代わりに、エドガーの付き添いを引き受けた。私の願いを聞き入れる覚悟があったということだろう?」

後ろではエドガーが、そうだったのか?という目で睨んでくる。へん、俺がタダで引き受けるわけないだろ。

「まあ、そう言われればそうだけど……でもさ、王女をあごで使ったなんてなったら、どんな仕返しが来るか怖くて、眠れやしないよ。俺は小市民なんだぜ?」

「ふん。元勇者が、よく言うな。だが実際、王に訴えれば何とかしてくれるだろうと、ぬけぬけと頭だけ下げに来る輩はごまんといるのだ。お前のように考えるものは、本当に少ないから……っと、話がいささか逸れすぎたか」

ロアは姿勢を正すと、両手を膝の上に置いた。

「それを踏まえたうえで、私はお前を頼りたい。無論、必要もないことに巻き込む気はない。今は力を借りずともどうにかなるし、今後もどうにかなるかもしれない。だが、もしもこの国が脅かされるほどの事態になるのだとしたら……私も王女として、なりふり構っていられない」

ロアは薄緑色の瞳で、俺をまっすぐに見つめる。

「お前が王家を、そして私を良く思っていないことは知っている。お前が戦争を嫌っていることもな。だがお前には、この国を守れるほどの力があるのだ。私はそう確信しているし、信“頼”している。だからこそ、お前を頼らせてはくれないか」

頼る……か。それはつまり、ロアもまた、見返りを要求される覚悟があるってことだ。もし俺が、法外な要求を吹っかけたらどうするつもりなんだ?ちっ、こいつは絶対、俺がそんな大それたことできないと高を括っているはずだ。なんだか腹が立つので、少し抵抗してみる。

「……高く買われたもんだな。どういう心境の変化だ?」

「私は最初から、お前をひ弱だとは思っていなかったさ……当然だが、答えは今でなくていい。その時が来なければ、それに越したことはないのだから。今日私が話したことを、胸に留めておいてくれれば、今はそれでいい」

「むぅ……ま、それだけでいいなら」

結局ロアは、具体的なことをなんにも口にしなかった。まあそんな話されたら、俺は一目散に逃げだしていたからな。正しい選択だろう。

「うむ。なら、話は終わりだ。手間を取らせて悪かったな。それと……勇者召喚について、黙っていてすまなかった。謝罪する」

へぇ。ロアは素直に頭を下げた。後ろでエドガーが慌てている。ふーん、やっぱりこいつ、ちょっと変わったな。前は平然と勇者を使い潰していたってのに。

「はぁ……もういいよ。あ、そうだ。俺もちょっと見せたいものがあるんだけど」

「なに?私にか?」

ロアがぱちくりしている間に、俺はポケットから、薄汚れた紙きれを取り出して広げた。

「なんだ、これは……地図、か?」

「ああ。俺はこれを、“七つの魔境”の地図だと考えてる」

「七つの……!お前、これをどこで?」

「そのうちの一つで」

俺たちが呪いの森で見つけた、そしておそらくペトラが残していったであろう地図だ。

「俺たち、マスカレードと何者かが戦ったっていう場所を見てきたんだ。そこでこれを見つけた。俺は、その“何者か”さんが残したんだと思ってる」

「お前、そやつに心当たりがあるのか?」

「あるもなにも、俺に魔境のことを教えてくれた人だよ。あんたにも話したか?真っ黒な格好の旅人だ」

一度話しただけだったが、ロアがきちんと記憶していたようだ。真剣な顔でうなずくと、エドガーに振り向く。

「エドガー、この地図を書き起こしてくれ」

「はっ!」

エドガーは腰元のポーチを慌てて探り、しわしわの紙と鉛筆を取り出した(折れた矢羽根や千切れたロープなんかも一緒に転がり落ちた)。エドガーが地図を書き写しているのを見て、ロアは何度もうなずいている。

「うむ。これで、その魔境とやらが絞り込みやすくなった……これで少しでも、マスカレードの足取りが掴めるとよいのだが」

「まったくだ。さっきは棚に上げたけど、奴が魔王軍の動向を正確に掴んでたのも、気味悪くてしょうがないよ」

「ああ……そう言えばさっき、お前はこう言っていたな?マスカレードがメッセージを伝えに来た、と。そしてそのメッセージとは、恐らく魔王軍の事だろうが……」

「ああ。俺もそう思うけど」

「ならば、この情報そのものが、マスカレードの罠という事もあり得るのか……?」

おっと、そいつは……俺は少し考えてから、首を横に振る。

「いいや。たぶん、本当のことだ」

「ほう。その理由はなんだ?」

「実は俺、ここに来る前、商人の知り合いに話を聞いてたんだ。その知り合い曰く、西の方で何かもめ事が起こったらしいって」

ラクーンの町で、クレアがぼやいていたことだ。

「魔王軍との戦線があるのも、西だろ。そのもめ事が魔王軍関連だって考えれば、ピッタリ一致する」

「む、確かに……それに、ライカニール帝の下へ届けられた文も、しっかりとした公文書の体裁であったな。すべて出まかせだと考えるのは、いささか希望的観測がすぎるか……」

ロアは眉間にしわを寄せて、ゆるゆると首を振った。

「ま、そう考えたくなるのも分かるけどさ。いい加減に何とかしないと、あいつ、とんでもない事をしでかすかもしれないぜ?」

「ああ……ったく、頭が痛い。頭痛の種ばかり増えて、なのに一向に減らないのはどういう事なんだか!」

ロアが乱暴な言葉づかいで、額をぺちっと押さえると、地図を書き終えたエドガーが眉をひそめた。くくく、王女様も大変だ。ではそんな王女の為にも、種の一粒は退散するとしよう。

「そんじゃ、俺たちはそろそろ行くな」

「あ、ああ。すまなかったな。その、色々と……」

俺が椅子を引いて立ち上がると、ロアがもごもごとこぼした。まだ気にしてるのか?そんなにもじもじされると、かえって迷惑なんだけどな。

「……さっき、あんたさ」

「うん?」

「俺が、あんたのこと嫌ってるって言っただろ」

「あ、ああ……」

「確かに俺は、王様ってやつが嫌いだよ。仲良くする気もない。けどその認識、あんた個人って意味なら、訂正しといてくれて構わないぜ」

「へ?」

きょとんとするロアと、唸るように歯を剥いているエドガーをしり目に、俺はひらひらと手を振った。

「じゃあな。頑張れよ、ロア」



つづく
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