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14章 痛みの意味

2-1 三の国の洗礼

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2-1 三の国の洗礼

「見えてきた!港町だぁ!」

ライラは、船から落っこちそうになるほど身を乗り出して叫んだ。
行く手にはキラキラ輝く海と、石造りの角ばった街並みが見える。あそこは、ディオという港町だという。シェオル島から直接行ける、唯一の三の国の町だった。

「ははは、港町ですか」

舟を漕ぐ船頭が、なぜかおかしそうに笑った。どこが笑えたんだろ?ただそれより、気になることがあるんだよな

「なあ、船頭さん。ちょっと聞きたいんだけど」

「はい?なんなりと」

「いや、今から行くのって、三の国じゃんか。でも俺たちは二の国の人間だぜ?国境を越えちゃってもいいのか?」

「ああ、そのことですか。ええ、問題ございませんよ」

「そうなの?」

「もちろん。皆様は、シェオル島にいらっしゃった方々ではありませんか。あの島には、怪しい身分の人間は立ち入ることができませんから」

おっと、そいつは……この船頭はつい先日、とある聖職者が一人、不法に入島したことを知らないようだな。

「それに皆様におかれては、どっちみち同じではないですかな?ファインダーパスをお持ちなのですから」

「ああ、それは確かに……え?あ、あの、どうしてそれを……?」

「ふふふ。皆様がきちんと審査を受けて島に入られたという事ですよ」

お、おおぉ……なるほどな。確かに、初めに審査所で、パスを見せている。その情報は島全体で共有されていたってことか。うむむ……

やがて船は、町の前の砂浜にずぞぞっと乗り上げた。俺たちが降りると、船頭はオールで器用に船をバックさせ、島へと戻っていった。さてと……

「ん、んん?おっと、こりゃぁ……なるほど、あの船頭が笑った理由が分かったな」

ディオの町は、港町というよりか、寂れた漁村と言ったほうが正しそうだ。つんと鼻をつく臭いの風が町に強く吹きつけている。海風に耐える為だろうか、家は黄土色の砂岩で造られていて頑丈そうだが、それだけだ。大きな船があるわけでもなく、そもそも港が存在しない。砂浜にボートが数隻、無造作に置かれているだけだ。市場には新鮮な海の幸など影も形もなく、干してさらにやせ細った魚や、パリパリに干からびた海藻なんかが売られていた。

「うーむ。シェオル島の贅沢に慣れ過ぎて、目が肥えちまったかな?」

「いえ、恐らくは……」

エラゼムは閑散とした町の広場を眺めながら言う。

「恐らく、三の国という国家そのものが痩せているのでございましょう。以前行ったセイラムロットの町も、このようにうら寂しい様子でありました」

「そっか……でも、シェオル島はあんなに天国みたいな場所なのに」

「ええ。おそらくあの美しさを維持するためには、多額の費用が投入されているはずです」

結局カネ、か。早くも思い出が霞んできそうだ。

「せめて魚くらい獲れないのかなぁ」

「うぅむ、そうですな。あの島は中立地帯なわけですから、当然その周辺の海域も中立地帯。となると、どこかの国が根こそぎさらってしまうわけにもいかないのでは」

「ああ、そっか。くそー、上手くいかないもんだ」

俺たちはわびしいディオの町で、小麦粉と魚の干物をいくつか買っただけで、そこを後にした。なぁんか、三の国に入ったんだって実感した気がするよ。

海沿いの痩せた土地を、南西に向かってひた走る。道は砂っぽく、普通の馬ならひづめが埋まってしまって走りにくそうだが、ライラの呼び出したストームスティードならものともしない。風の馬は、自らを呼び出した術者の思いに押されるように、はやての如く脚を蹴り出した。
道のわきには、淡い桃色のハマダイコンの花が咲いていた。その花の間を、フランが鹿のように飛び跳ねながら走っている。彼女が軽やかなステップを踏むたびに、桃色の花は風に吹かれたようにさわさわと揺れた。
頭上にはトンビが一羽、円を描くように高い空を飛んでいた。その下を、ヴァンパイアのアルルカが翼を広げて滑空している。アルルカは潮風で髪が傷むだとか肌が荒れるだとか、さんざんぶつぶつ文句を言っていたが、飛ばないならまた荷物のようにフランに背負わせるぞと脅すと、おとなしく空に舞い上がった。まったく、アンデッドが肌荒れを気にするのか?やつが脅しに素直に従ったのも、どうせそろそろ月が満ちてくるからだろう。俺の血目当てで、ご機嫌取りをしているんだ。

そうして一日中走り続け、潮風で目がしょぼしょぼになった夕暮れ時、俺たちはようやく、次の町の明かりを目にすることができた。町の名前は、レイブンディーというらしい。ここもディオと似たような石造りの町並みだったが、どことなく古代遺跡感があった。古臭い石のアーチや、石レンガで作られた建物など。まあ単に、風化が進んでいて、町全体が傷んでいるだけかもしれないけど。
俺たちは町につくなり、真っ先に宿を探した。エラゼムが俺たちに訊ねる。

「どのような宿を探しましょうか?」

俺たちは口々に答えた。

「屋根があればどこでも……」
「安いお宿の方がいいですよね」
「あーあー、お風呂付のとこにしてもらいたいもんだわ。塩でベタベタ、干物になりそうよ」

「……あまり高望みはされないのですな。承知しました」

ほどなくして、全ての要望が叶う宿が見つかった。“プレッパー”という、小さな穴倉のような宿だ。店主はやせ細ったガイコツのような男で、俺は陵墓にでも迷い込んだのかと思ってしまった。

「ご宿泊で……?」

「あ、ああ。一部屋だけ頼みたいんだけど、いいかな」

「うちの宿には、一部屋に付きベッドが一つしかございませんが……」

「ああ、うん。それはこっちでどうにかするよ」

「承知いたしました……」

ガイコツ店主に案内されて、宿の奥へと足を踏み入れる。店内は薄暗く、頼りないロウソクの明かりがまたたいていた。ライラはすっかり怯えてしまい、俺の腰を掴んで離さなかった。
部屋は店主の言った通り、確かに狭い。が、どうせ寝るのは俺とライラだけだ。荷物だけを放り込んで、とりあえずは晩飯だ。そのまま食堂へと向かう。アルルカは一人、風呂場へ直行していった。

「こちらが、お食事になります……」

店主が持ってきたのは、焼き魚と何かの野菜の薄切りだった。なんの野菜だろう?触感はしゃりしゃりしていて、スイカみたいだけど。

「ところで皆さんは、この町にはアレを見に……?」

「ごくん。アレ?」

店主が意味深な言い回しで訊ねてきたので、俺は食事の手を休めた。

「ええ……このいにしえの町にあるものと言ったら、アレくらいのものですから……」

「いにしえ?えっと……その、アレっていうのは、なんなんだろう?」

「おや。ご存じでなかったですか……珍しい方たちですね、アレ目当てでないなんて……」

あれアレAREと、どうにも雲をつかむようだな。この店主、わざとやっているんじゃないだろうな?

「アレとは、すなわち……この町に古くから伝わる、レイブンの遺跡の事です……」

「レイブンの、遺跡?」

「はい……かつてここは、町ではなく、一つの巨大な研究機関だったと言われております……その施設跡のことを、そう呼ぶのです……」

「へーえ。何を研究してたんだ?」

「決まっていましょう……この国において、探求する学問と言ったらただ一つ……魔術、でございます……」

魔術か。三の国は魔法大国だから、ありそうな話だな。

「その遺跡は、なんかこう、すごいのか?つまり、他のところと比べてってことだけど」

「はい……当時は、最先端の研究を行っていたと言われていますが……今は見る影もなく……現在は、朽ち果てた建物が残るのみとなっています……」

「あ、そ、そうなの……」

なんだよ。それじゃただの古臭い建物ってだけか?ライラは早くも店主の話に飽きてきているのか、くあぁと小さなあくびをしている。

「それは、その、歴史を感じられそうでいいな。あ、あはは」

「はい……しかし感じられるのは、歴史のおもむきだけではないかもしれませんが……」

「へ?」

店主は皮ばかりの頬を、にぃっと持ち上げた。笑ったしゃれこうべのようで、不気味だ。

「過去の歴史には、必ず“いわく”が付いて回るものです……その施設では、かつて生贄を用いた研究がなされていたそうですから……」

「ひえ。い、生贄?」

「ええ……それも、一人二人ではない数を……それだけの犠牲を払って、一体何を求めていたのやら……」

「な、何が目的だったんだ?」

すると店主は、俺たちが焦れるのをたっぷり楽しんだ後で、短く言った。

「史上初となる、四属性を操る魔術師の創造です」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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