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14章 痛みの意味

11-1 魔導士の追撃

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11-1 魔導士の追撃

老魔導師の屋敷の、玄関ホールへと戻ってきた。最初にここを訪れてから、何日が経ったんだろう?はるか遠い昔のように感じるな……色々なことがありすぎた。

「よし、後は外に……って」

おいおい、マジかよ……玄関扉の前には、二体のガーゴイルが鎮座していた。羽の生えたイノシシと、グリフォンだ。あいつら、確か外にいなかったか?しかも、それだけじゃない。ガーゴイルの前には、ほこりまみれの甲冑たちが、武器を構えてビシッと整列している。壁を見ると、そこに並んでいたはずの鎧が無くなっていた。

「……大人しくは、出してくれないみたいだな」

ガーゴイルが俺たちを認識し、威嚇するように唸る。それに対抗するかのように、フランも爪を抜き、歯を剥いた。

「だったら、押し通るまでだ!」

フランが走り出す!同時に、甲冑たちも突撃を開始した。ガシャガシャと騒々しく鎧を鳴らして、手にした剣やメイス、モーニングスターをぶんぶん振り回す。そこへアルルカが、高らかに呪文を撃ち込んだ。

「スノーフレーク!」

ピキピキピキ!銀色の冷気が床を舐めると、甲冑たちの足下一帯が、スケートリンクみたいに氷漬けになった。甲冑たちは氷でつるりと滑って、全員が全員ひっくり返ってしまった。ガジャーン!グワーン!

「いいぞ、アルルカ!」

「フッ。軽いもんよ」

杖先に息を吹きかけて、アルルカが得意げに微笑む。フランはすっころんだ甲冑どもを、ひとっとびで跳び越えた。次に待つのは、二体のガーゴイルだ!

「グオオォ!」

イノシシが鋭い牙を突き出してくる。フランは二本の牙を、真正面から受け止めた。ガシィ!だ、大丈夫か?イノシシはフランの二、三倍はありそうだが……

「ギャオオオ!」

ああ!そこへグリフォンが、鉤爪で襲い掛かってきた!フランは両手が塞がっている!

「やあああ!」

フランが気合を入れる。するとあろうことか、イノシシの体がふわりと浮いた。そのままフランは、イノシシをグリフォンに投げつけた。石でできたガーゴイル同士が、激しくぶつかり合う。ゴキィン!ゴシャア!
衝撃の激しさで、屋敷全体が揺れた気がした。二体の怪物は、物言わぬ岩の塊と化していた。

「すげぇ、一瞬で二体を……」

「片付いたよ!ほら、早く!」

おおっと、呆けている場合じゃない。邪魔者が居なくなったなら、後はとんずらするだけだ。

「よし、行こう!」

俺たちは死屍累々の残骸のわきを駆け抜け、そしてついに、玄関扉の取っ手に手を掛けた。これで、脱出だ!
ドアノブ捻る。ガチャ……

「ふっふっふ……どうやら、間に合ったようじゃの」

え?
ズドドドドドド!

「おおぉ!?」

な、なんだ!?濁った、激しい水流が、目と鼻の先を掠めた。ど、どうなってんだ。扉の先が、水で覆われている!
グンッ!う、うお!開いた扉が水流に巻き込まれて、取っ手を掴んだ腕ごと持っていかれる!

「危ない!」

フランが横っとびに飛んで、俺の腰を掴んで押し倒した。おかげで俺は、間一髪のところで、流れに飲み込まれずに済んだ。扉は根元からねじ切られて、濁流に飲み込まれてしまった。

「はあっ、はあっ……あ、ありがとな、フラン」

「それはいい……けど、どうなってるの」

俺たちは体を起こすと、扉の先を改めて見る。本来なら外の景色が広がっているところに、ゴウゴウと濁流の壁が流れている。戸口のすぐそばに、滝を流したみたいだ…… 

「これは、サーディンランの魔法じゃよ」

っ!この声!俺たちは、ばっと背後に振り向いた。ホールの端に、一人の老人の姿がある。老魔導師、ハザールだ!

「テメエ、クソジジイ!何しやがった!」

「ひひひ。ガーゴイル共の時間稼ぎが、少しは役に立ったようじゃの」

「なにを、」
「メギバレット!」

うえ?ダァーン!
話の流れを完全に無視して、アルルカが狙撃魔法を撃ってしまった。氷の弾丸は老魔導士の眉間に命中し、そのまま仰向けにばったり倒れてしまう。

「ば、ばか!話してる最中に撃つやつがあるか!」

「なに暢気なこと言ってんのよ!先手必勝って言葉を知らないの?魔術師同士の戦いは、一秒が勝敗を分けるのよ!」

「つったって、お前……まあいいや。倒せたことには代わりないし」

「ほう、誰を倒せたと?」

な、なに!?今聞こえてきたのは、確かに老魔導士の声だ。俺もアルルカも驚いて、辺りを見渡す。けど、やつの姿はどこにも見当たらない……
ん?まて、おかしいぞ。見当たらない?さっきまでぶっ倒れていたはずの老魔道士は、今はその姿すら消えている。代わりにそこには、小さな水たまりが残されていた。

「まさかさっきの、また水の幻影か……!」

「ちっ!こうなることも予測済みってわけね。あの古狸!」

くそっ、確かにノコノコ顔を出すわけない、か。こうなる事は予測済みだったのだろう。再び聞こえてきた老魔道士の声は、落ち着き払っていた。

「まったく、礼儀を知らんお嬢さんだ。だが、それで儂を倒せたなどとは、ゆめゆめ思わんことじゃな」

「おい、そういうお前はどうなんだ!姿も見せずにコソコソしやがって!」

「それは申し訳ないのお。おぬしらを閉じ込めるために、少々準備の必要があったのでな」

閉じ込める?さっきの水流のことか?確かにあの勢いでは、強引に突破することは無理だ。けどそれは、玄関に限った話だろうが!

「あいにく、礼儀をわきまえるつもりはねえ!フラン!」

「わかった!」

みなまで言わずとも、フランは俺の考えを汲み取ってくれた。猛然と壁までダッシュして、その勢いのまま、拳を突き出す。ドカーン!ガラガラガラ……

「開いた!ここから出られる!」

「よし!みんな、行くぞ!」

馬鹿め、素直に玄関を通ると思ったか!俺たちはホールを突っ切り、その穴へと飛び込んだ。

「へっ、ざまーみろだ!外に出ちまえば、こっちの、も、ん……」

屋敷の外へ飛び出した俺は、絶句した。ライラを先に行かせて、最後に出てきたウィルが、怪訝そうな顔をする。

「どうしたんですか?こんなとこでぼーっとしてないで、早く逃げないと!」

「ウィル……」

「はい?て、え、うそ。なにこれ……」

ウィルは手で口を覆った。
俺たちの前には、高さ数百メートルはあろうかという、バカ高い水の壁がそびえ立っていたからだ。

「水の、檻……?で、でも水なら、アルルカさんの魔法で!」

「そ、そうか!アルルカ、試してくれ!」

「わ、わかったわ。ゼロ・アベーテ!」

バキバキバキ!水の壁の一部が、瞬く間に凍結していく。俺は一瞬浮かれたが、すぐにそれは吹き飛んだ。
凍ったかに見えた壁は、押し寄せる波にあっという間に砕かれてしまった。この壁は、単なる水の塊じゃない。激しく流れているんだ、さっきの玄関のとおんなじに。一部分だけ凍らせても、後から後から水が押し寄せ、流されてしまう。

「これは……壁なんかじゃない。これ全体が、大きな渦なんだ……」

さっき見た、玄関の外の激流は、あそこだけに流れていたわけじゃなかったんだ。あそこを始点にして、屋敷全体を丸ごと囲むように、ぐるりと張り巡らされていた。俺たちは、屋敷の中に閉じ込められていたんじゃない。この超巨大な渦潮の中に、閉じ込められていたんだ。

「ひぃっひっひ……ようやく、自らの置かれた状況が分かったかね?」

老魔導士の声は、屋敷そのものから響いてくるみたいだった。

「儂は決して、お前たちを逃がしはせんぞ。さあ、それが分かったなら……ライラを、儂に返すのじゃ!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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