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14章 痛みの意味

12-1 黒衣の修道士

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12-1 黒衣の修道士

パアアー!

ものすごい光があふれ出し、俺とウィルを包み込む。まぶしさに思わず目をつぶると、ふっと足元の感覚が無くなった。やがてまぶた越しに、光が弱まってきたのが分かる。そろそろと目を開けると、俺は真っ暗な空間に浮かんでいた。

「ここは……」

星明りのない宇宙空間のような場所。ここには、前にも来たことがある。

「ウィル?いるんだろ」

「桜下さん?ええ、ここにいます」

ウィルの声は、頭上から聞こえてきた。上下逆さまになったウィルが、ふわふわと下りてくる。

「桜下さん、どうして逆立ちしてるんですか?」

「……俺からは、お前が逆さまに見えるんだけど」

「え?もう、床がないから、どっちが上だか分かりにくいですね」

ウィルは目をつぶると、ぐるんと百八十度ひっくり返った。その拍子にスカートが思いっきりめくれてしまっていたが……俺は見なかったふりをした。まったくもう、もう少し気にしてもいいんじゃないか?

「よいしょっと……それで、桜下さん。ここって、前にも来たところですか?つまり、私の心の中?」

「ああ、そうだと思う。フランと融合した時も、あいつの心の中に飛び込んだんだ」

「へえ……ここに来たのは、二度目ですね。自分の心とは言え、こんなに暗くてどんよりした場所なんだ……」

「んん~、どうなんだろ?フランもこんな感じだったから、みんな似たようなもんなんじゃないかな」

「あ、そうなんですか?よかった……って、こんなのんびりお話してる場合じゃなかった!桜下さん、大変ですよ!早しくしないと、みんな渦に飲み込まれちゃいます!」

ウィルは急にわたわたしだした。でも、忘れちゃいないさ。

「ウィル、そんなに慌てんなって。たぶんここじゃ、時間はほとんど過ぎないから」

「え?そう……なんですか?」

「たぶんな。それに、戻ったところからが本番だぞ。俺とお前で、あの魔導士を止めるんだから」

「は、はい……あの、いまさらですけど。どうして私たちの魂は、一つになったんでしょう?だって、これができるのは、フランさんだけでしたよね?」

「いや、フランだけってわけじゃなかったよ。この融合、ソウルレゾナンスは、魂の波長が合った死霊となら可能なんだ。あん時、俺とウィルの波長がシンクロしたんだろうな」

「あの時……」

ウィルは口元に触れて、その時のことを思い出している。

「……あの時私、すっごく怒ってたんですけど。まさか、私たちの魂って、怒りの感情で一つになったんですか?そんなぁ……」

ウィルはがっくりと肩を落として、「フランさんはあんなに素敵なシチュエーションだったのに……」といじけてしまった。

「おーい、ウィル。何も俺たち、怒り狂ってたってわけじゃないだろが」

「え?」

「あんとき怒ってたのは、ライラを馬鹿にされたからだろ。あんな、物みたいな言い方……あんないい方されて、落ち着けって方が無理だぜ」

「あ……はい。そうでしたね」

ようやくウィルも、冷静になってきたらしい。

「私、許せなかったんです。ライラさんを、皆さんを害そうとする存在に対して、すっごく強い敵意を抱きました。それは今も、変わっていません」

「ああ。俺も同じだ」

ライラは大事な仲間で、そして友人のいなかった俺が、はっきりと友と呼べる存在だ。ずっと独りだった俺が、友を守るために戦うんだ。

「あいつを、絶対に守ってやる。その為に、お前の力が必要だ」

「……はい!必ず、守りましょう!」

ウィルは力強くうなずいた。周囲が明るくなっていく……



パアアアー!

「ぬぅ!?なんじゃ?」

老魔導士は突然放たれた強い光に、思わず顔を腕で覆った。
彼は今、巨大な手の根元付近に潜伏していた。そこは魔法で強化された小部屋で、先ほど発生した大爆発にも揺らいでいなかったが、切り札である巨腕は深刻なダメージを受けてしまった。それだけでも十分想定外だというのに、今度はこの閃光だ。

「いったい、何が起こっておる……?」

やがて、徐々に閃光が治まっていく。するとそこには、一人の男が立っていた……いや、浮かんでいた。漆黒のローブを身にまとった、修道士の姿があった。



頭にはフードを被り、口元は黒い布で覆われている。長いローブの裾はハタハタと翻り、まるで幽霊の衣のようだ。黒衣とは対照的に男の顔は白く、瞳だけが異様な黄金色の輝きを放っていた。
そして極めつけが、男の周囲に浮かぶ無数のロッドだった。合計五本。先端にはガラスの球体が取り付けられ、その中に青い炎が燃えている。ランタンのようだったが、それにしては不気味な色だった。あれではまるで、鬼火を閉じ込めているみたいじゃないか。

「何者じゃ……?」

老魔導士は困惑した。あのような男は、先ほどまで攻撃していた一行の中にはいなかったはず。援軍か?いや、しかし今この周辺は、魔導士が呼び出した渦潮の壁が取り囲んでいる。であれば、どうやってここに現れたのか?

「さっきから、想定外の事ばかり起こりおるわ……腹立たしい……!」

老魔導士は、忌々し気に唇を噛んだ。血の気の失せた、しわだらけの首の下で、鱗のような首飾りが揺れていた。



「え……?桜下、と、おねーちゃんなの……?」

ライラが戸惑った顔で、“私”を見上げている。エラゼムとアルルカも、目を丸くしている様子だ。無論エラゼムの場合は、そうであろうという予測に過ぎないが。

「ライラ。少し下がっていろ」

私がそう言うと、ライラは二、三歩ほど後ずさった。いや、言う前に後ずさりした気もするが、些細な問題だろう。それより急ぐべきは、別の事柄だ。

『え?え?これ……私たちの、姿なんですか?』

む。耳元で、ウィルの声がする。だが、私の隣にウィルの姿はない。これは、魂を通じて聞こえているのだ。

「そうだ、ウィル。今私たちは、心身ともに一つになっている」

『うえ?あの、桜下さん……で、いいんですよね……?』

ウィルはなおも、半信半疑な声色で訊ねた。どうやら今の私を、桜下だと信じられないようだ。

「当然だ。以前フランと融合した際も、こうであっただろう。融合した影響で、人格が変化しているのだ」

『ああそういえば、そんなことも言ってましたっけ……うぅん、実際に目の当たりにすると、結構混乱しますね……』

「そうか。しかし今は、それどころではないと思うのだがな」

『え、あ、そうでした!』

ようやく思い出したか。では改めて、私は今まさに迫りくる、激流の壁へと向き直った。

『あの渦をどうにかしないと、私たちみんなオシマイです……!けど、どうしたらいいんでしょう?せっかく融合しましたけど、私、大した力もないですし……』

「ウィル、それは違う。お前には、得難い力がある。それを今から、証明してやる」

『え……』

私はバッと腕を振り上げた。五本のロッドが、それに合わせて、五つの方向に飛んでいく。そして渦の手前へと突き刺さった。

「ゆくぞ!“カルマート:フォルテ”!」

ヒィィィィィィン!ロッドが振動し、青い炎がゴウッと燃え上がる。次の瞬間、パーン!あぶくが弾けるように、水の壁が吹き飛び、大穴が開いた。それぞれのロッドに対応する位置に、計五か所。

『え。うそ……』

大部分を吹き飛ばされた渦は、もはや勢いを維持することはできなかった。ゆっくりと失速し、最後にはただの水に戻ってしまった。そのまま滝のように降り注ぐ。ザザアアアア!

「見ただろう。これが、お前の持つ力だ」

『私の……?』

カルマート:フォルテ。名前は私が勝手に命名した。効果は、魔術の無効化。

「お前には、攻める力は無い。だが、守る力ならある」

『守る、力?』

「そうだ。……ここから先、指一本、水の一滴ですら、ライラには触れさせん」

私が再び腕を振ると、五本のロッドが戻ってきた。渦の壁が破られたとあっては、老魔導士もなりふり構わず襲い掛かってくるだろう。人間、追い詰められると何をしでかすか分からない。ここからが本番となるはずだ。

「なっ、なぜじゃ!どうやって、儂のサーディンランを……!?おぬし、何者じゃ!いったい何をした!」

予想通り、老魔導士の驚愕し狼狽する声が響いてくる。が、油断してはいけない。ウィルが大部分を吹き飛ばしたとはいえ、あの巨大な手はまだ、生きている。

「おのれぇ!おのれおのれおのれ!許さんぞぉぉぉぉ!」

巨大な手が、動いた。手をガッと開き、その手のひらにザザザッと水が集まっていく。

「これで、消し飛ぶがよい!スプラッシュ・コーム!」

手のひらから、巨大な水の塊が発射された。さっき見た時よりも、格段に大きくなっている。

『さっきより大きい!あの魔法、触れると弾けるやつですよね!』

ウィルも変化に気付いたようだ。

『ただ防ぐだけじゃ、弾けた二段目を避けれませんよ!このままじゃ……』

「案ずるな、ウィル」

『え?』

「要は、触れなければよいだけの話だ」

私は手で宙をぐるんとかき回す。それに合わせて、五本のロッドが先端同士をくっつけ、花のような形になった。そこ目掛けて、水の塊が降ってくる。ロッドに触れる寸前、私は叫んだ。

「カルマート:フォルテ!」

パーン!またしても、水の塊は霧散し、キラキラ輝く粒子となった。

「弾ける前に消すのであれば、何の問題もない」

『は、はは、は……なんていうか、デタラメですね』

む、失礼な。大体、この力の半分はウィル由来だと言うのに。

「こっ、これは……魔力同士を、相殺させているのか?だから儂の魔術が……」

おや、カンがいいな。老魔導士は、さすがに名の知れた魔法使いなだけあるらしい。この二回で、私の技のからくりを見破ったようだ。

「そうだ。お前の水の魔導を、私の属性の魔力で中和している。だから、いくら魔法を撃ってこようが、私には届かないぞ」

『えっ、ちょ、桜下さん!そんなこと、バラしちゃったら……』

ウィルが慌てるが、もう遅い。老魔導士の、我が意を得たりという声が聞こえてきた。

「やはりそうであったか……じゃが儂を舐めるなよ、小僧!そんな小細工で、エンライトメイトの魔術を打ち消せると思うでないわ!」

む、これは……
見えないエネルギーが、大きなうねりとなって、あたりに渦巻いているのが分かる。まるで足下を、膨大な水が流れていくかのようだ。おそらく、魔力マナの流れだろう。ウィルの魂と同化したことで、魔力の感知能力が向上しているようだ。

「どうやら、大きなのがきそうだな」

『あああ、だから言ったじゃないですか……!』

「案ずるな。ちゃんと手立てはある。しかし、今はまだ駄目だ。気がかりが残っている……」

『気がかり?』

そうだ。まだ今は、全ての手を晒すことはできない。彼女が帰ってこないことには……

「みんな!大丈夫!?」

おや、素晴らしいタイミングだ。屋敷の壁に開いた穴から、銀色の髪を持つ少女が飛び出してきた。

『フランさん!』

「フラン。戻ったか」

「うん……え?あなた……桜、下?」

フランは私を見上げて、ぱちぱちとまばたきしている。この姿に驚いているようだが、今はそれより大事なことがある。

「フラン。屋敷の中にいた人は?」

「あ、ああ、うん。大丈夫、ちゃんと連れてきた」

そう言ってフランは、壁の穴を振り向いた。ちょうど穴の中から、数人の男女と、赤い髪を三つ編みにした少女が出てくるところだった。

『三つ編みちゃん!よかった、無事だったんですね!』

ウィルが歓喜の声を上げる。私もうむ、とうなずいた。

「よくやってくれた、フラン。他に人は?」

「いなかった……隅々まで探せたわけじゃないけど、人の気配は感じなかったよ。これだけ外が大騒ぎしているんだから、気が付かないってことはないと思う」

ふむ、いなかった、か。もしも取り残されている人がいたのであれば、逃げ出そうと外を目指すだろう。仮に鎖などで繋がれていたとしても、声は出せたはずだ。耳の良いフランがそれはなかったと言うのであれば、やはり屋敷の中に、もう人はいないと判断するのが妥当だな。

「わかった。それならば、これで遠慮はいらないな」

『桜下さん?遠慮って……』

「そうだ。これでもう、あの屋敷に用はない。そろそろ、悪い魔法使いの出番も終わりだ。彼には、舞台を降りていただくとしよう」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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