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14章 痛みの意味
13-1 生かすか、殺すか
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13-1 生かすか、殺すか
「……ふぅぅ」
「おっと。ライラ、大丈夫か?」
くらりとよろけたライラの肩を支える。ずいぶん疲れているようだ。無理もない、あれだけの大魔法戦を繰り広げたんだ。
「ぅん……けど、ちょっと、フラフラするかも……」
「無理すんなよ。なぁに、後は任せな」
俺はさっきまでと同じように、ライラをひょいと抱き上げた。節々が痛むけれど、この娘くらいの軽さなら何とか平気だ。ライラは特に抵抗することなく、素直に俺の首に腕を回した。
「フラン、悪いけど、あのジジイを探してきてくれないか?こうなったら、きちんとケリをつけよう」
「わかった」
フランはすぐにうなずくと、崩れかけた屋敷の中へと入っていった。ライラの火竜が老魔導士を飲み込んだ時、奴はバリアを纏っていた。あれが相当に強固なものだったら、老魔導士は黒焦げにならずに済んでいるはずだ。また何かしでかす前に、身柄を押さえておいた方がいいだろう。
「そんで、ウィルにも頼みたいんだけど」
「なんですか?」
「今のうちに、エラゼムのパーツを探しておきたいんだ。いつでも撤収できるようにさ。ほんとは俺も手伝いたいんだけど……」
「いいですよ、無理しないでください。それに、桜下さんはライラさんのそばにいてあげてくださいね」
ウィルはふわりと俺たちのそばに近寄ると、ライラの頭を優しく撫でてから、空へと飛んで行った。上から探すつもりなんだろう。
「……ライラ、おねーちゃんが大好き」
腕の中のライラが、ぽつりとつぶやいた。
「桜下も、みんなもだいすき。みんなを守れて、ほんとによかった……」
ライラは、噛みしめるように言った。俺はライラを抱きしめる。
「……ああ。ありがとな、ライラ。俺たちだって、ライラが大好きさ」
「うん……」
俺はしばらくそうしてから、仲間たちの下へと歩いて行った。
「やりましたな、桜下殿。何のお役にも立てず、申し訳ない」
損傷の激しいエラゼムは地面に横たわったままなのに、律儀に頭を下げようとした(結果として、モゾモゾ動くだけだったが)。ただ、口ではそう言っているけど、声はずいぶんと明るい。
「へへへ。何言ってんだよ、エラゼム。名誉の負傷って言うじゃないか。今、ウィルが鎧のパーツを探してくれてるからな」
「かたじけない。ご迷惑をおかけします」
エラゼムはまたしても、首をかくんと曲げた。
そしてもう一人、ぐったりとへたり込んでいる女にも声を掛ける。
「ようアルルカ。調子はどうだ?」
「……最高よ。泥水をしこたま被ったし、派手な花火のせいで、焦げ臭いったらありゃしないわ」
……思ったよりも、元気そうだな。
「あー、なんかしてほしいことはあるか?大したことはできないけど」
「別に……でもあんた、ちょっと血が出てるわね。ねえ、ちょっと舐めてもいい?」
「それはお断りします」
アルルカはむくれた。
さてと、仲間たちはおおむね大丈夫そうだ。いろいろごちゃごちゃしたけど、これでようやく、三つ編みちゃんから詳しい話を聞けるな。俺は口をぽかんと開けている、三つ編みちゃんのそばに屈みこんだ。
「君も、怪我はなさそうだな。驚いただろ?」
「え、ええ……」
俺が話しかけると、三つ編みちゃんも我に返ったらしい。
「でも、ライラがあの魔道士をやっつけたのよね?」
「ああ。もう大丈夫だ」
「すごい光景だったわ……ドラゴンの決闘を見ていた気分よ。恐ろしいけど、爽快だった」
ふむ。こうして言葉がかわせるようになると、ずいぶんしっかりした喋り方をする子だったんだと分かるな。歳はライラと変わらなさそうなのに。
「えっと、三つ編みちゃん……じゃ、ないよな。君の名前を訊いてもいいかな?」
「え?……あ、そうよね。わたしの名前、あなたたちは知らないんだもんね。わたしからしたら、もう何度か名乗っているのだけれど」
「え、そうだったの?」
あちゃあ。彼女が俺たちの言葉を理解できなかったように、俺たちも彼女の言葉が分からなかったってことだ。
「わたしは、マリカ。ヤーダラ族の娘よ」
ヤーダラ族?聞いたこともない部族だ。きっと、海の向こうの民族だからだろう。
「えっと、俺は……」
「知ってる。あなたの仲間やライラが、何度も呼んでいたもの。オウカ、よね?」
「あ、お、おう。俺たちが何て言ってるか、分かってたのか?」
「はっきりとじゃないわよ。けど、何となくね。特にライラは、何度もあなたの話をしていたし」
へえー。大した洞察力だな。それはそうと、どうしてライラは、顔を少し赤らめているのだろう?
「それで、みつあ……じゃなかった、マリカ。いまさら訊くのもあれだけど、こんだけ喋れるってことは、魔法は上手くいったんだな?」
「ええ……少し、複雑な気分だけれどね」
ま、そうだろうな。あのジジイのおかげと考えれば、複雑にもなろう。
「あのじいさん、最初は普通だったのか?つまり、あんな感じじゃなくて?」
俺は、半壊した屋敷を指さす。マリカは顔をしかめつつも、うなずいた。
「初めから、あまり歓迎はされてないって思ってた。けど、まさかこんなことになるなんて……」
「そういや、そっちのことはなんも知らないや。お前たちは、どんな風に旅をしてきたんだ?」
「そうね、ここまでの旅は、とても普通の旅だったわ。風でできた馬に乗ることも、大きな白い怪物に襲われることもなかった」
「は、はは……いちおう言っとくけど、俺たちだって毎日ああなわけじゃないぜ?」
「そう?まあそれで、なんとかこの町までついたの。けどわたし、この町についた時から、ものすごく嫌な感じはしてたのよ」
「え?それは、なんでだ?」
「だって、わたしと同じヤーダラ族の人が、何人もいたんですもの。へんてこな耳飾りを全員付けているし」
あ……そうか。ここは、あの老魔導士が囲っている奴隷だらけの町だから。
「どう見てもヤーダラ族なのに、話している言葉はちっとも分からないし、わたしに気付きもしない。絶対ろくな町じゃないって、そう思ってた」
「……そうだろうな」
「そんな嫌な予感のまま、この屋敷に来たの。あの魔導士は、わたしたちを邪魔者としか見ていないようだった。わたし、ここで何をするのか、どうして来たのか、さっぱりだったわ。怖かったけれど、ここまでいっしょに来た人が必死になだめるから、おとなしくすることにしたの」
俺は少し離れたところに固まっている侍女たちを見た。よかった、彼女らはよくしてくれたようだ。
「それで、気がついたら、こっちの言葉が分かるようになってた……そういう魔法を、掛けられたのね」
「ああ。俺が頼んだんだ。言葉が分かれば、君を故郷に返せるかもしれないって」
「ええ、聞いたわ。おかげで話ができるようになったけど、最初はずいぶん戸惑ったのよ。昨日まで知らなかった言葉が、急に話せるようになったんだもの。まるで頭の中に、知らない小部屋が増えたみたいだった」
うわぁ、そんな風になるのか。頼んだのは俺だから、少し申し訳ない気持ちになってくる。
「それで、わたしが戸惑っているって分かったのね。魔導士の助手だっていう人が、わたしの言葉の訓練をしてくれることになったの」
「あ!それって……」と、ライラが反応する。
「もしかして、ライラも会った?あの、むっすりした男の人よ」
「うん。あいつも、みつあ……じゃなかった、マリカちゃんと同じって」
「ええ。あの人も、ヤーダラ族だそうね」
え、そうなのか。ああでも、あの赤い髪は確かに、ライラとマリカとおんなじだ。
「同じ出身だって分かって、わたし、あの人のこと信用しちゃったの。あの人自身も、昔辛い目に遭ったって言うし。だから、わたし自身のことも色々と話して……そこで、ライラたちのことも話してしまったの」
やっぱり、そうだったんだな。そこで初めて、老魔導士はライラを狙う計画を練り始めたんだ。
「そしたら次の日、いきなり檻の中に閉じ込められて……あの男の人に理由を訊いたら、ライラたちをおびき出すんだって……本当にごめんなさい」
マリカは申し訳なさそうに瞳を伏せると、背中を丸めてうなだれてしまった。ライラが首を振る。
「ううん、マリカちゃん。ライラも、あの男には騙されたんだ。マリカちゃんだけが悪いんじゃないよ」
「え?ライラも?」
「うん……あいつは、魂まであの魔導士の手先なんだ。ライラもはじめは、信用してた」
ライラの声は苦々し気だったが、一方でどこか、悲しげでもあった。一度は信用した相手だからかな……俺からしたら、あの男はひたすら寡黙な印象しかないけど。あいつ、ライラやマリカと、一体どんな話をしたんだ?
「それでわたしたちは、今日この時まで、ずっと閉じ込められていたのよ。わたし、自分がライラを危険に晒したんだって分かってたけど、でもどこかで、あなたたちが来てくれるのを願ってた……都合がいいって、思うわよね」
「そんなことないよ。マリカちゃんのためじゃなかったら、ライラ、こんなとこまで来なかったもん」
「ライラ……ありがとう」
マリカは膝立ちになると、ライラの頭を優しく胸に抱いた。二人は少しの間、そうやって友情を確かめ合っていた。
「桜下さん、それにエラゼムさんも。パーツ、見つかりましたよ」
ウィルが両手いっぱいに鎧のパーツを抱えて、ふわふわと戻って来た。それとほとんど同タイミングで、フランが何かを引き摺りながら、屋敷から出てきた。
フランはずるずる引いてきたそれを、ぺいっと目の前に投げ捨てる。煤にまみれたそれは、大きな古雑巾に見えたけど、老魔道士に間違いなかった。
「ふんっ。ずいぶんとみちがえたな」
ぐったりした老魔導士は、投げ出されてもピクリとも動かない。見れば、薄く開いたまぶたの奥で、死んだように白目をむいている。
「こいつ、まさか……?」
「ほんっとうに、悪運の強いやつだよ。がれきとがれきの隙間に落っこちてた。気を失ってるだけで、生きてるよ」
なんと。あれだけの大爆発でも、無事だったか。呆れたな、敵ながらあっぱれとしか言いようがない。
(でも、ちょっとホッとした)
この腐れジジイがどうなろうが知ったこっちゃないが、ライラを人殺しにはさせたくはない。ライラも少しだけ安心したようだ。だがすぐに、険しい顔になる。
「ねえ、じゃあどうする?こいつのこと」
「そうだな……これだけのことをしでかしたんだ。きちんと出るとこ出て、裁かれてほしいもんだけど」
「王様に言って、おしまいってこと?」
俺はライラをまじまじと見つめる。
「ライラ……報復をしたいってことか?」
「ううん。それよりも……もう二度と、こいつの顔を見たくないよ」
ライラは、老魔道士の方を見ずに言った。同感だ。金輪際、俺たちには関わらないでほしい。
「王様は、こいつをきちんと捕まえてくれるかな?もしもまた、後を追っかけてきたら……」
「それは御免こうむるな。最低でも、永遠に豚箱行きくらいはして貰わねえと」
しかし……ライラが不安になるといけないので、口には出さないが。この三の国は、どこまでも魔術師中心の国だ。優秀な魔術師であるならば、罪を見逃すくらいのことはするんじゃないだろうか?
「……フラン、いちおう見張っといてくれるか。ゴキブリみたいにしぶとい奴だ」
「言われなくても。ちょっとでも動いたら、踏みつぶしてやる」
はは、本気でやりかねないな……
「魔導士のことは、いったん置いておこう。今はそれより……ライラ、悪い。少し下りててくれるか?」
「うん、わかった……」
寂しそうな顔をするライラに罪悪感を覚えつつも、俺は一旦ライラを下ろすと、ウィルと一緒にエラゼムの下へ向かった。
「ディストーションハンド・ファズ!」
俺がエラゼムの胸に手を付き、呪文を唱えると、ウィルが抱えていた鎧の破片が、一斉に宙を舞った。破片は磁石に吸い寄せられるように、本来の位置へと収まっていく。鎧はみるみると再生されていった。
ようやく立てるようになったエラゼムが、しゃんと体を起こす。
「かたじけない、桜下殿。感謝いたします」
「直ってよかった。ちゃんと動くか?」
「問題ございません、五体満足です。なぁに、桜下殿に吹き飛ばされた時に比べれば、あんなものはかすり傷ですな」
うぐっ……エラゼムめ、冗談も言えるんじゃないか。俺は笑いながら、エラゼムの鎧を小突いた。
「さぁてと!マリカも見つけたし、これでようやく、ここにいる必要はなくなったな」
大変な目に遭ったが、マリカは言葉を話せるようになった。代償は大きかったが、何とか目標達成だ。あとは、さっさと二の国へ帰って……と思った、その時だった。
ガタタッ。がれきが崩れて、何者かの人影が、屋敷の中から現れた。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……ふぅぅ」
「おっと。ライラ、大丈夫か?」
くらりとよろけたライラの肩を支える。ずいぶん疲れているようだ。無理もない、あれだけの大魔法戦を繰り広げたんだ。
「ぅん……けど、ちょっと、フラフラするかも……」
「無理すんなよ。なぁに、後は任せな」
俺はさっきまでと同じように、ライラをひょいと抱き上げた。節々が痛むけれど、この娘くらいの軽さなら何とか平気だ。ライラは特に抵抗することなく、素直に俺の首に腕を回した。
「フラン、悪いけど、あのジジイを探してきてくれないか?こうなったら、きちんとケリをつけよう」
「わかった」
フランはすぐにうなずくと、崩れかけた屋敷の中へと入っていった。ライラの火竜が老魔導士を飲み込んだ時、奴はバリアを纏っていた。あれが相当に強固なものだったら、老魔導士は黒焦げにならずに済んでいるはずだ。また何かしでかす前に、身柄を押さえておいた方がいいだろう。
「そんで、ウィルにも頼みたいんだけど」
「なんですか?」
「今のうちに、エラゼムのパーツを探しておきたいんだ。いつでも撤収できるようにさ。ほんとは俺も手伝いたいんだけど……」
「いいですよ、無理しないでください。それに、桜下さんはライラさんのそばにいてあげてくださいね」
ウィルはふわりと俺たちのそばに近寄ると、ライラの頭を優しく撫でてから、空へと飛んで行った。上から探すつもりなんだろう。
「……ライラ、おねーちゃんが大好き」
腕の中のライラが、ぽつりとつぶやいた。
「桜下も、みんなもだいすき。みんなを守れて、ほんとによかった……」
ライラは、噛みしめるように言った。俺はライラを抱きしめる。
「……ああ。ありがとな、ライラ。俺たちだって、ライラが大好きさ」
「うん……」
俺はしばらくそうしてから、仲間たちの下へと歩いて行った。
「やりましたな、桜下殿。何のお役にも立てず、申し訳ない」
損傷の激しいエラゼムは地面に横たわったままなのに、律儀に頭を下げようとした(結果として、モゾモゾ動くだけだったが)。ただ、口ではそう言っているけど、声はずいぶんと明るい。
「へへへ。何言ってんだよ、エラゼム。名誉の負傷って言うじゃないか。今、ウィルが鎧のパーツを探してくれてるからな」
「かたじけない。ご迷惑をおかけします」
エラゼムはまたしても、首をかくんと曲げた。
そしてもう一人、ぐったりとへたり込んでいる女にも声を掛ける。
「ようアルルカ。調子はどうだ?」
「……最高よ。泥水をしこたま被ったし、派手な花火のせいで、焦げ臭いったらありゃしないわ」
……思ったよりも、元気そうだな。
「あー、なんかしてほしいことはあるか?大したことはできないけど」
「別に……でもあんた、ちょっと血が出てるわね。ねえ、ちょっと舐めてもいい?」
「それはお断りします」
アルルカはむくれた。
さてと、仲間たちはおおむね大丈夫そうだ。いろいろごちゃごちゃしたけど、これでようやく、三つ編みちゃんから詳しい話を聞けるな。俺は口をぽかんと開けている、三つ編みちゃんのそばに屈みこんだ。
「君も、怪我はなさそうだな。驚いただろ?」
「え、ええ……」
俺が話しかけると、三つ編みちゃんも我に返ったらしい。
「でも、ライラがあの魔道士をやっつけたのよね?」
「ああ。もう大丈夫だ」
「すごい光景だったわ……ドラゴンの決闘を見ていた気分よ。恐ろしいけど、爽快だった」
ふむ。こうして言葉がかわせるようになると、ずいぶんしっかりした喋り方をする子だったんだと分かるな。歳はライラと変わらなさそうなのに。
「えっと、三つ編みちゃん……じゃ、ないよな。君の名前を訊いてもいいかな?」
「え?……あ、そうよね。わたしの名前、あなたたちは知らないんだもんね。わたしからしたら、もう何度か名乗っているのだけれど」
「え、そうだったの?」
あちゃあ。彼女が俺たちの言葉を理解できなかったように、俺たちも彼女の言葉が分からなかったってことだ。
「わたしは、マリカ。ヤーダラ族の娘よ」
ヤーダラ族?聞いたこともない部族だ。きっと、海の向こうの民族だからだろう。
「えっと、俺は……」
「知ってる。あなたの仲間やライラが、何度も呼んでいたもの。オウカ、よね?」
「あ、お、おう。俺たちが何て言ってるか、分かってたのか?」
「はっきりとじゃないわよ。けど、何となくね。特にライラは、何度もあなたの話をしていたし」
へえー。大した洞察力だな。それはそうと、どうしてライラは、顔を少し赤らめているのだろう?
「それで、みつあ……じゃなかった、マリカ。いまさら訊くのもあれだけど、こんだけ喋れるってことは、魔法は上手くいったんだな?」
「ええ……少し、複雑な気分だけれどね」
ま、そうだろうな。あのジジイのおかげと考えれば、複雑にもなろう。
「あのじいさん、最初は普通だったのか?つまり、あんな感じじゃなくて?」
俺は、半壊した屋敷を指さす。マリカは顔をしかめつつも、うなずいた。
「初めから、あまり歓迎はされてないって思ってた。けど、まさかこんなことになるなんて……」
「そういや、そっちのことはなんも知らないや。お前たちは、どんな風に旅をしてきたんだ?」
「そうね、ここまでの旅は、とても普通の旅だったわ。風でできた馬に乗ることも、大きな白い怪物に襲われることもなかった」
「は、はは……いちおう言っとくけど、俺たちだって毎日ああなわけじゃないぜ?」
「そう?まあそれで、なんとかこの町までついたの。けどわたし、この町についた時から、ものすごく嫌な感じはしてたのよ」
「え?それは、なんでだ?」
「だって、わたしと同じヤーダラ族の人が、何人もいたんですもの。へんてこな耳飾りを全員付けているし」
あ……そうか。ここは、あの老魔導士が囲っている奴隷だらけの町だから。
「どう見てもヤーダラ族なのに、話している言葉はちっとも分からないし、わたしに気付きもしない。絶対ろくな町じゃないって、そう思ってた」
「……そうだろうな」
「そんな嫌な予感のまま、この屋敷に来たの。あの魔導士は、わたしたちを邪魔者としか見ていないようだった。わたし、ここで何をするのか、どうして来たのか、さっぱりだったわ。怖かったけれど、ここまでいっしょに来た人が必死になだめるから、おとなしくすることにしたの」
俺は少し離れたところに固まっている侍女たちを見た。よかった、彼女らはよくしてくれたようだ。
「それで、気がついたら、こっちの言葉が分かるようになってた……そういう魔法を、掛けられたのね」
「ああ。俺が頼んだんだ。言葉が分かれば、君を故郷に返せるかもしれないって」
「ええ、聞いたわ。おかげで話ができるようになったけど、最初はずいぶん戸惑ったのよ。昨日まで知らなかった言葉が、急に話せるようになったんだもの。まるで頭の中に、知らない小部屋が増えたみたいだった」
うわぁ、そんな風になるのか。頼んだのは俺だから、少し申し訳ない気持ちになってくる。
「それで、わたしが戸惑っているって分かったのね。魔導士の助手だっていう人が、わたしの言葉の訓練をしてくれることになったの」
「あ!それって……」と、ライラが反応する。
「もしかして、ライラも会った?あの、むっすりした男の人よ」
「うん。あいつも、みつあ……じゃなかった、マリカちゃんと同じって」
「ええ。あの人も、ヤーダラ族だそうね」
え、そうなのか。ああでも、あの赤い髪は確かに、ライラとマリカとおんなじだ。
「同じ出身だって分かって、わたし、あの人のこと信用しちゃったの。あの人自身も、昔辛い目に遭ったって言うし。だから、わたし自身のことも色々と話して……そこで、ライラたちのことも話してしまったの」
やっぱり、そうだったんだな。そこで初めて、老魔導士はライラを狙う計画を練り始めたんだ。
「そしたら次の日、いきなり檻の中に閉じ込められて……あの男の人に理由を訊いたら、ライラたちをおびき出すんだって……本当にごめんなさい」
マリカは申し訳なさそうに瞳を伏せると、背中を丸めてうなだれてしまった。ライラが首を振る。
「ううん、マリカちゃん。ライラも、あの男には騙されたんだ。マリカちゃんだけが悪いんじゃないよ」
「え?ライラも?」
「うん……あいつは、魂まであの魔導士の手先なんだ。ライラもはじめは、信用してた」
ライラの声は苦々し気だったが、一方でどこか、悲しげでもあった。一度は信用した相手だからかな……俺からしたら、あの男はひたすら寡黙な印象しかないけど。あいつ、ライラやマリカと、一体どんな話をしたんだ?
「それでわたしたちは、今日この時まで、ずっと閉じ込められていたのよ。わたし、自分がライラを危険に晒したんだって分かってたけど、でもどこかで、あなたたちが来てくれるのを願ってた……都合がいいって、思うわよね」
「そんなことないよ。マリカちゃんのためじゃなかったら、ライラ、こんなとこまで来なかったもん」
「ライラ……ありがとう」
マリカは膝立ちになると、ライラの頭を優しく胸に抱いた。二人は少しの間、そうやって友情を確かめ合っていた。
「桜下さん、それにエラゼムさんも。パーツ、見つかりましたよ」
ウィルが両手いっぱいに鎧のパーツを抱えて、ふわふわと戻って来た。それとほとんど同タイミングで、フランが何かを引き摺りながら、屋敷から出てきた。
フランはずるずる引いてきたそれを、ぺいっと目の前に投げ捨てる。煤にまみれたそれは、大きな古雑巾に見えたけど、老魔道士に間違いなかった。
「ふんっ。ずいぶんとみちがえたな」
ぐったりした老魔導士は、投げ出されてもピクリとも動かない。見れば、薄く開いたまぶたの奥で、死んだように白目をむいている。
「こいつ、まさか……?」
「ほんっとうに、悪運の強いやつだよ。がれきとがれきの隙間に落っこちてた。気を失ってるだけで、生きてるよ」
なんと。あれだけの大爆発でも、無事だったか。呆れたな、敵ながらあっぱれとしか言いようがない。
(でも、ちょっとホッとした)
この腐れジジイがどうなろうが知ったこっちゃないが、ライラを人殺しにはさせたくはない。ライラも少しだけ安心したようだ。だがすぐに、険しい顔になる。
「ねえ、じゃあどうする?こいつのこと」
「そうだな……これだけのことをしでかしたんだ。きちんと出るとこ出て、裁かれてほしいもんだけど」
「王様に言って、おしまいってこと?」
俺はライラをまじまじと見つめる。
「ライラ……報復をしたいってことか?」
「ううん。それよりも……もう二度と、こいつの顔を見たくないよ」
ライラは、老魔道士の方を見ずに言った。同感だ。金輪際、俺たちには関わらないでほしい。
「王様は、こいつをきちんと捕まえてくれるかな?もしもまた、後を追っかけてきたら……」
「それは御免こうむるな。最低でも、永遠に豚箱行きくらいはして貰わねえと」
しかし……ライラが不安になるといけないので、口には出さないが。この三の国は、どこまでも魔術師中心の国だ。優秀な魔術師であるならば、罪を見逃すくらいのことはするんじゃないだろうか?
「……フラン、いちおう見張っといてくれるか。ゴキブリみたいにしぶとい奴だ」
「言われなくても。ちょっとでも動いたら、踏みつぶしてやる」
はは、本気でやりかねないな……
「魔導士のことは、いったん置いておこう。今はそれより……ライラ、悪い。少し下りててくれるか?」
「うん、わかった……」
寂しそうな顔をするライラに罪悪感を覚えつつも、俺は一旦ライラを下ろすと、ウィルと一緒にエラゼムの下へ向かった。
「ディストーションハンド・ファズ!」
俺がエラゼムの胸に手を付き、呪文を唱えると、ウィルが抱えていた鎧の破片が、一斉に宙を舞った。破片は磁石に吸い寄せられるように、本来の位置へと収まっていく。鎧はみるみると再生されていった。
ようやく立てるようになったエラゼムが、しゃんと体を起こす。
「かたじけない、桜下殿。感謝いたします」
「直ってよかった。ちゃんと動くか?」
「問題ございません、五体満足です。なぁに、桜下殿に吹き飛ばされた時に比べれば、あんなものはかすり傷ですな」
うぐっ……エラゼムめ、冗談も言えるんじゃないか。俺は笑いながら、エラゼムの鎧を小突いた。
「さぁてと!マリカも見つけたし、これでようやく、ここにいる必要はなくなったな」
大変な目に遭ったが、マリカは言葉を話せるようになった。代償は大きかったが、何とか目標達成だ。あとは、さっさと二の国へ帰って……と思った、その時だった。
ガタタッ。がれきが崩れて、何者かの人影が、屋敷の中から現れた。
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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