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14章 痛みの意味

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「だ、誰だ!?」

また老魔導士が!?いや、奴はフランの足下で、まだ伸びている。それに屋敷の中には、もう誰も残っていなかったはずだ。なら、いったい誰が……?

「こ、これは……」

現れたそいつは、唖然とした表情で、周囲を一望した。赤髪で長身の男だ。こいつ、老魔導士の助手だった男じゃないか。

「お前……ダンジョンで気絶させてたのに」

あそこからここまで、這い上がってきたのだろうか?確かにトンネルはそのままだったし、男の手足も縛ってもいなかったから、出てこようと思えば出られただろうけど。

「何しに来た?いまさら何をしても遅いぞ。てめえの大将は、そのざまだからな」

気絶した老魔導士をあごでしゃくると、男はまじまじと魔導士を見つめた。

「……そうか」

あ、あれ?それだけ?一言つぶやくと、男は元の寡黙さに戻ってしまった。こいつ、本当に感情あんのかよ?

「そうかって……それなら、何しに来たんだよ?ご主人様の仇討でもする気か」

「別に、なにも。私は命令を貰いに来ただけだ。それがないのならば、何もすることはない」

俺は、いよいよ呆れてしまった。何もしない?せめて、自分の主である老魔導士を気に掛けるとか、そういうのも無しか?これじゃまるで、ロボットと同じだ。プログラムに書かれなければ、自ら行動することはできないところとか、そっくりだ。

「……」「……」

ライラとマリカは、赤毛の男を油断ならない目で監視している。同じ赤毛、同じ出身の三人が会しているのに、温度差は歴然だった。ちっ、調子狂うな。この男には、二人を騙した事への謝罪を要求したかったが、当の本人がこんなんじゃ、それも意味ないだろう。形だけ頭を下げられても、クソの役にも立たない。

「……チッ。何もする気が無いんなら、そこで大人しくしとけ。俺らは帰るから」

邪魔する気が無いのなら、それでいい。ほんとは、一発ぶん殴ってやりたい気分だけどな。
俺はライラを、もう一度抱き上げた。

「桜下……」

「ライラ。もし、あいつに言っておきたいことがあるなら、代わりに言っとくぞ」

「ううん、いい。あいつに何言ったって、無駄だと思うから……」

そうだな。心のない機械に、何を言っても無駄だ。
俺たちは、男と老魔導士を残したまま、崩れた屋敷を後にする。老魔導士のことは、国の兵士に告げるしかないだろう。この辺にまともな警察組織は存在しないので、しょっ引いて突き出すことも難しい。奴が裁かれるところを見られないのは残念だが、モタモタしているとさらに面倒ごとに巻き込まれそうだ。随分派手に暴れたからな。

「っと、おっとと」

いかん、気が緩んだのか、一瞬足がもつれた。

「桜下、大丈夫?」

「ああ、悪いわるい」

ライラが心配そうに俺を見上げる。ライラの手前、強がってみせたが、実は結構腕にきていたりする……死霊との融合は、やっぱり体への負荷がでかいな。
ふらついた俺を見かねたのか、フランがたっとこちらに走り寄ってくる。

(え?)

その時、俺は見た。こちらに向かってくるフランの、その背後で。気絶していたはずの老魔導士が、素早く体を起こすのを。その手元には、きらりと光るものが握られている。

(あいつ、まさか……!)

鳥肌が立つ。見計らっていやがったんだ!俺たちの監視の目が外れて、隙が生まれるのを。気を失ったふりをしながら!今気づいているのは、俺しかいない!

(くそ!)

俺はもつれた足を強引に動かして、ライラをかばうように背を向けた。あのジジイが何してくるかは分からないが、この子だけはやらせないぞ!
ひゅっ、という、空気を切る音。ぎゅっと目をつぶる。すぐに背中に、突き刺さる痛みが……

トスッ。

「……ん?」

俺は目を開けた。驚いた顔のライラが見える。おかしいな、痛みがいつまでもやって来ないぞ?俺は後ろを振り返った。

「ぐ、ごほっ」

え?寡黙な赤髪の男が、両腕を広げた奇妙な格好のまま、血を吐いて倒れた。どさっ。その背には、ダガーナイフが刺さっている。男の向こうには、ダガーを投げた姿勢のままの、老魔導士がいた。

「おまえ……っ!」

何が起こったのか察したフランが、すぐさま反転して、老魔導士の胸を蹴り飛ばす。老魔導士はぐしゃっと倒れて、地面に転がった。俺とライラは、倒れた男のそばに駆け寄る。みんなも追いかけてきた。

「お、おい!大丈夫か!?」

男の体は、激しく痙攣していた。ダガーで刺されただけで、こんなになるのか?と、とにかく、凶器を抜かないと。俺はダガーに手を伸ばそうとした。

『主様、いけません!手を触れないように!』

チリーン!いきなりアニが、けたたましく鳴り響いた。

「あ、アニ?」

『毒です!短剣にも、傷口にも触れてはなりません!』

毒だって?この痙攣は、それか!

「くそ!ウィル、回復魔法を!」

「はい!キュアテイル!」

すでに準備をしていたのか、ウィルの詠唱は早かった。青い光が、男の体を包み込む。だが、容体はよくならなかった。

「ダメです……毒の回りが早くて、キュアテイルじゃ追いつかない……!」

ウィルが歯噛みする。俺たちが何もできずにいると、急に男の痙攣が治まり始めた。

「魔法が効いたのか……?」

「……いいえ、そうではありません」

背後から、エラゼムがやって来た。彼は男の枕元にひざまずくと、そっと手を添えて、体を横向きにさせた。男の顔は、信じられないくらい安らかだった。まるで、眠りにつく寸前のようだ……

「命が、尽きようとしているのです。体が反応をやめたのでしょう」

ウィルが口を覆った。体の芯が、すぅーっと冷えていくようだ……もう、どうすることもできない。

「……」

安らかな男の目が、ライラと、その隣にいるマリカの顔を捉えた。二人がびくりと身をすくませる。
その時俺は、こいつが二人に何か言い遺すつもりなんじゃ、と思ったんだ。けど男は、何も言わずにこと切れた。結局最期の最期まで、この男は寡黙なままだったわけだ。

(だけど……)

俺には、男の顔が最期の一瞬だけ、安心したように微笑んだみたいに見えたんだけどな。それとも、俺の目の錯覚だったのだろうか。真相は分からずじまいだ。男は死んでしまった。

「……」

エラゼムは、男の背に刺さったダガーを引き抜くと、仰向けに寝かせ、その瞼をそっと手で閉じた。
男の死に、ライラは俺の首に腕を回して、ぎゅうと抱き着いた。その背中をとんとんと叩く。すると今度は、もう片方の腕もきゅっと掴まれた。見ると、マリカが瞳を潤ませて、ぐっとうつむいている。俺は黙って、マリカも抱き寄せた。そっくりな赤い髪を、俺は黙って撫で続けた。

(……命令、なくても動けるんじゃないか)

さっき男は、俺たちと老魔導士の間にはいなかった。老魔導士の動きを察して、割り込んだのだろう。そして、背中に毒のダガーを受けた。誰に命じられたわけでもなく、あの男が自身の意志で、そうしたんだ。

(守って、くれたのかな)

真意は分からない。せめてもの罪滅ぼしのつもりだったのか、ただ単に老魔導士の手元が狂っただけかもしれない。

(……感謝はしねーぞ)

俺は心の中で、そうつぶやいた。
ギュウゥ。変な音がして顔を上げると、エラゼムが手を握り締めている音だった。でも、変だな。その力の強いのなんのって、手袋が引きちぎれそうなほどだ。あの男の死に、ずいぶん憤っているらしい。

(まあ、分からなくはないけれど……)

そんなになるほどか?エラゼムは、滅多なことでは怒らないのに。
ガシャ。あ、そんなことを思っていたら、エラゼムが勢いよく立ち上がった。
ガシャ。ガシャガシャガシャ。エラゼムは、つかつかとフランのわきを通り過ぎ、倒れた老魔導士の下へと歩いていく。……何をする気だろう?
ぐいぃ。エラゼムは老魔導士の胸倉を掴んで、無理やり引き起こした。

「な、なにをする……」

老魔導士は最後まで言えなかった。バッシーン!

「えぇ!」

俺はあんぐり口を開けた。エラゼムが、思い切り老魔導士の頬を殴り飛ばしたからだ。老魔導士の頭は、首から引っこ抜けそうなほどグラグラと揺れた。口の中が切れたのか、血が垂れている。

「き、きさま……」

バシーン!再び鉄拳が飛ぶ。老魔導士の頭はがっくりと後ろに反って、ノックアウトされてしまった。ぱららっと地面に転がったのは、歯か?

「……」

エラゼムはそれでもなお、追撃の拳を喰らわそうとした。さ、さすがにそれ以上はまずいぞ!俺が止めるよりも早く、フランがエラゼムの手を掴んだ。

「ストップ。そこまで」

「フラン嬢っ……!お放しくだされ。こやつには、これでも足りませぬ……!」

「気持ちは分かるけど、落ち着いて。それ以上やったら死んじゃうよ。わたしだって殴りたいんだから、独り占めしないで」

……冗談、だよな?フランのブラックな言い回しは、良し悪しはともかく、エラゼムの怒りを少し鎮めたみたいだった。

「……分かりました。確かに今殺しては、あまりにも恩情が過ぎるというもの」

エラゼムは掴んでいた胸倉をぱっと放した。老魔導士がぐしゃりと足下に倒れる。それを見て、フランもエラゼムから手を放した。

「でも、いきなりどうしちゃったの。あなた、こういう時はいつも、一歩引いてたじゃん」

「……いいえ。元々、これが吾輩の気質でございます。それが分かっていたからこそ、普段はなるべく身を引いておこうと思っておりました。ですが……こやつは!こやつは一度ならず二度も、ライラ嬢を殺めようとしたのですぞ!このような狼藉、到底引いて見ることなどできませぬ!」

あ、え?エラゼムがキレたのって、ライラのためか?俺に抱き着いていたライラも、自分の名前が意外な相手から聞こえて、顔を振り向かせた。

「エラゼム……」

ライラもぽかんとしている。まあ、驚くよな。ライラからしたら、自分が一方的に嫌っていた相手が、あんなに自分のために怒っているんだから。

「ライラ、これで分かったろ?」

俺はライラの背を、ぽんぽんと叩いた。

「エラゼムは、いいやつなんだ。不器用だから、誤解されやすいだけで」

「……ぅん」

ライラは小さくうなずいた。あるいは、もうとっくに、エラゼムへの誤解は解けていたのかもしれないな。ただ、自分からは仲直りのきっかけが見つけ出せなかっただけでさ。

「さて……ライラ、何度も悪いな。あのジジイと、ケリを付けなきゃなんねえ」

エラゼムが先にぶち切れたせいで、タイミングを逃してしまったが、俺もいい加減腹に据えかねていた。もう許さない……!

「ここで、マリカと一緒に待っててくれ」

「やだ、ライラも行く」

「え?でも……」

「ライラだって、桜下の仲間でしょ。ちゃんと見届けたい」

ぬ、う。正直、ライラをあいつに近寄らせたくない……けれど、ライラだって当事者だ。顛末を見届ける権利は、十分にある。

「……分かった。でも、絶対俺の後ろから出るなよ」

「うん」

ライラは俺の服の腰のあたりを握った。よし。そのままゆっくりと、エラゼムたちの下へ歩いていく。ウィルも隣に付いて来た。

「エラゼム。とりあえずは、俺もフランと同意見かな。いったん落ち着いてくれ」

「……すぅー、はぁー……」

エラゼムはゆっくり深呼吸すると、かしゃりと頭を下げた。

「申し訳ございません。お恥ずかしい所を」

「いや、同意見だっつったろ。俺だって、ぶん殴ってやりたいよ」

俺は冷たい目で、地面にうずくまる老魔導士を見下ろす。こいつがライラにやったことを、そのままそっくりやり返してやりたいという気持ちは、まだ無くなってはいなかった。こいつが明確にライラの命を狙ってきた以上、こいつを今ここで排除すれば、ライラの身のためにもなる……

「……どうする?」

フランが訊ねてくる。この場合は、二択になるだろう。殺すか、殺さないか。
俺は……



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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