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14章 痛みの意味

14-1 港の別れ

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14-1 港の別れ

地平線が真っ赤に染まっている。ストーンビレッジの街並みのような色合いだ。
時刻は、もうすぐ日没。漆黒の大地は寒々しいようにも、暖かな獣の毛皮のようにも感じられる。頭上の空には、ちらほらと星がまたたき始めた。このまま地面に寝そべって、ゆっくりと眺めていたい気もするけど、そうもいかないな。今は、ウィルを手伝わないと。

「ほいこれ、熱いから気をつけろよ。ほら、あんたにも。……はいよ、今行くってば。そう慌てんなよ。あとそっちの人、ちょっと受け取りに来てくれ。おい、押すなってば。ちゃんと全員分あるんだから」

やれやれ、食事を配るだけでも一苦労だ。任務完了した俺は、ウィルの下へと戻る。

「ウィル、こっちは終わったよ」

「はい、お疲れさまでした。こっちもちょうど空っぽです」

「おおー、さすが。目分量でピッタリじゃないか」

「えへへ。昔はよく、こうしてみんなの分を作ってましたから」

ウィルは空っぽになった鍋を前にして、照れ臭そうにはにかんだ。
いま俺たちは、とある荒野で野営をしている。暗くなった荒野には、焚火の明かりがぽつぽつと点在している。そしてそれを囲んで、大勢の人たちが食事を取っていた。どこかの旅団の一夜みたいな光景だが、これは紛れもない、俺たちのパーティーでの出来事だ。

「ウィル、大変だったろ。なにせ何百人分の晩飯だもんな」

「んー、まあ、ちょこっと一息つきたい気分ではありますけどね。“疲れる”って感覚が無いので、そこまででもありません」

ひゃー。そう、何を隠そうここにおわすウィル嬢は、この場にいる全員分の食事を、たった一人で作ってしまったのだ。元いた神殿では当番制で料理をしていたこともあり、ウィルの手つきは慣れたものだった。いやぁ、でもやっぱりすげえな。俺なんて、カップ麺を作るのがやっとだからなぁ。

「ただ、やっぱり量が多いので、そこまで手の込んだものは作れなかったんですけど……みなさん、満足してくれればいいんですが」

「何言ってんだ、十分だろ。それにもともと、いいもんは食えてなかったらしいしな。文句言うやつはいないさ」

「ですか。ならいいんですけど」

俺とウィルは、もくもくと食事をかっこむ人たちの様子を眺める。
今まで十人にも満たなかった俺たちが、なぜいきなり数百人超えの大所帯となったのか。それは、彼ら彼女らがさらわれてきた元奴隷であり、俺たちが行く先々の奴隷商を片っ端から荒らして回ったからに他ならない。おっと、荒らしたと言っても、無理やり連れ去って来たわけじゃないぞ。ちゃーんと対価は支払ったうえで、連れてきたんだ。

数日前、俺たちは激戦の末、ストーンビレッジを牛耳っていた老魔導士を打ち倒した。あん時のことは、何日か経った今でも鮮明に思い出せる。本当に激しい闘いだった……
で。その時俺たちは、老魔導士を殺すこともできた。邪悪な上に執念深いジジイだったから、確実に禍根を絶った方が、身のためだったんだ。

「でもな、俺はあんたを殺さないことに決めた。考えてみりゃ、あんたみたいな性悪ジジイの命一つだなんて、今までの苦労と割に合わないだろ。だから代わりに、他の物をいただいていく」

その時に俺が老魔導士に言ったセリフだ。俺は命よりも、老魔導士が持っているある物に目を付けた。

「ダンジョンってのはもともと、魔術師が自分の財産を隠すために造るんだってな。だったらあんただって、地下にあれだけ立派なのを持ってるんだ。当然、それに見合ったモンがあるってことだろ?」

俺のお目当ての物は、意外な場所から見つかった。ミノタウロスがぶち空けて行った穴の底が、ちょうど隠し部屋だったのだ。そこに降り立った俺たちは、あんぐり口を開けた。
そこにあったのは、山のように積まれた金、銀、銅貨。色とりどりの宝石。緻密なアクセサリーの数々。ティアラ、ネックレス、ブレスレット……

「すんげぇ……」

まさか、これほどだったとは……後日調べたところ、この老魔導士、奴隷貿易で巨万の富を築いていたらしい。
もともと老魔導士は、田舎町の町長一家の生まれだったそうだ。魔導士は優秀ではあったけど、あくまで田舎の名士止まりだった。だが彼にある日、転機が訪れる。
奴隷は別の大陸からさらってくるから、言葉が通じない。そこで、言語魔術を習得していた若かりし日の老魔導士を頼って、奴隷商がひっきりなしに訪れるようになったんだ。その見返りで老魔導士は私腹を肥やし、さらに時には奴隷を融通してもらって、自分の助手や、身の回りの雑務をさせるようになった。町は裕福になり、老魔導士は町長の座を継いだ。が、彼はさらに、町の様々な仕事まで奴隷にやらせ、自分は魔術の研究に没頭するようになった。町長がそんなだから、町民たちは一人、また一人と愛想を尽かし、町を離れて行った。
そんなことを長年続けていった結果、出来上がったのがあの町だ。もとは数十人だけの小さな田舎町だったそこは、老魔導士の奴隷によって、百人を優に超える町になった。いわば、町全体が老魔導士の所有物と化していたのだ。

「これだけの金、ぜーんぶ奴隷で稼いだんだな。じゃ、根こそぎ持ってっても良心は痛まないや。ん?おいおい、俺たちが使うわけないだろ。この金は、奴隷になった人たちを救うために使わせてもらう。彼らで稼いだ金だ、彼らに使うんなら本望だろ?」

俺たちはその莫大な財宝を、コイン一枚残さず、根こそぎ頂戴した。運び出すのは大変だった。なにせ量が量だから、馬車が何台も必要になるし、それを操る御者も要る。そういったこまごましたものも、ぜーんぶ町から調達したけれど。町の物はほとんど老魔導士の私物みたいなもんだから、遠慮はいらなかった。

「あん?ここまでするのに、なんであんたを殺さないのかって?だってんなことしたら、俺たちは強盗殺人者になっちまうだろ。だからあんたを生かしておくんだ。確か、ダンジョンを制覇されて財宝を取られた場合でも、あんたら魔術師は訴えを起こさないんだったな?だから、ダンジョンを突破した俺たちがこの金をいただくのは、正当な行いだ。であんたは、その生き証人てわけ」

前にアニから聞いた話だ。ダンジョンとは、魔術師が己の持つ最高の技術を動員して建設されるものである。故に、そこを制覇されたという事実は、魔術師にとって最高に不名誉であり、決して口外しようとはしないと。俺は、その性質を利用することを思いついたのだ。
俺の下した決断を、アルルカはいたく気に入ったようで、何度も肩を叩いてきた。

「見直したわ!あんた、悪党の素質があるわね!」

「……褒めてないな、それ」

ウィルは、俺がかつて詐欺か恫喝をやっていたのではと疑ってきた。失礼なやつらだ、まったく。

「じゃあな、じいさん。もう二度と会わないから、これで永遠にサヨナラだ」

俺が最後に見た老魔導士の姿は、実に憐れなものだった。崩壊した屋敷の前にへたり込み、魔力をすべて使い果たした老魔導士は、実年齢よりも二回りほど老けて、かさかさに乾いた倒木のように見えた。けど、憐れみも長くは続かなかった。元々こうなったのは自業自得だ。それに、財産を根こそぎ奪うことには、老魔導士に俺たちの追跡を諦めさせる狙いもあった。財力を失えば、やつはほとんど何もできなくなるだろう。歳だから体の無茶は利かないし、ライラいわく、いくら高度な魔術を用いても、大陸の端から端まで人を探すのは困難だそうだ。

老魔導士の屋敷を後にした俺たちは、手始めに町の人たちを仲間に引き込んだ。町民たちのほとんどは奴隷だったから、故郷に返してやると言ったら喜んで賛同してくれた。ただし一部の住民、例えば宿屋のじいさんみたいな人は、ここを離れることを拒んだ。

「いや、わしはここに残る」

「でも、じいさん!」

「いいんじゃ。どうせわしには、ここ以外に行く当てもない。それに、ハザールの下にも、誰か一人くらいは残ってやらんとのぉ」

「じいさん……」

あの老魔導士にも、友達の一人や二人はいたらしいな。老魔導士は全ての財産を失ったが、彼らが居てくれれば、最悪野垂れ死ぬこともないだろう。俺も食い下がりはしなかった。
最終的には、五十人ほどの町人が集まった。

「じゃ、出発だ!」

町民たちと、老魔導士の財産を積んだ馬車は、出発の時点でかなりの長さになっていた。ライラが呼び出したストームスティードは、連結した馬車三台を引っ張る馬力を見せ、町民たちの度肝を抜いた。
そうして俺たちは、彼らの故郷を目指して旅を始めた。途中で奴隷商の馬車を見つけては、無理やり停車させて、半ば強引に全員を買い取った。立ち寄った町で行われていた、裏オークションにも突入した。そうやって湯水のように金を使い、増え続ける奴隷たち全員分の服と食事を賄ってなお、老魔導士の財産は尽きることを知らなかった。まあ実際は着実に減ってはいるんだけど、空いたスペースには人か食材が詰め込まれるので、減った気がしないんだよな。
とまあ、そんなこんなで、今に至るわけだ。

「……にしてもさ。ウィルはやっぱり、すごいよな」

「へ?な、なんですか、藪から棒に」

長い回想を終え、俺がしみじみと言うと、ウィルは面食らったような顔をした。

「料理しただけで、そこまで褒めなくってもいいですってば」

「いや、今だけの事じゃなくてさ。今回の一件、ウィルにはずいぶん無理難題を押し付けちゃったじゃないか。しかも全部やり遂げた。十分すごいことだって」

「そ、そう……ですかね?まあ確かに、大変ではありましたけど……あはは、面と向かって言われると、なんだか照れますね?」

ウィルは両手で、赤くなった頬を押さえた。ききき、かわいいな。もっとえばったって良さそうなもんなのに。

「でも、私一人の力じゃないですよ?桜下さんの作戦や、みなさんの協力があったからこそです」

「そりゃもちろんそうだけど、その上でそう思ったんだ。あ、そうだウィル。お前さ、なんかほしいものってないか?」

「え?ほしいもの?」

「ああ。前から思ってたんだよな。何かみんなに、贈り物ができたらって。ほら、買い物だって、消耗品しか買ってこなかったしさ」

「ああ、そう言われれば。こないだライラさんに買ってあげたのくらいですかね」

「だろ?いい機会だし、なんか贈らせてくれよ」

「て言っても……桜下さん、まさか、あの魔導士からぶんどったお金で買うつもりですか?うぅ~ん、ちょっとそれはぁ……」

「バカヤロ、ちゃんと俺が用意するに決まってるだろ。見損なうなぃ」

この世界じゃ、未成年でも割とあっさり仕事を受けられる。まあもちろん、報酬や内容はピンからキリまでだけど……そこらへんは、どうにかしてみせるさ。流石にウィルだって、そこまで桁外れなものは欲しがらないだろうし……だよな?

「そうですか……それじゃあ私、前から綺麗な宝石が欲しかったんです。青いやつと、赤いやつ」

「え……ほ、宝石?」

「ええ。私のロッドの装飾って、ガラス製のぱちものでしょう?本物にしてみたかったんですよね。やった、夢が叶いました!」

「あ、は、は……よ、よかった……」

宝石……しかも二つも……老魔導士の財産の中に、宝石があったような……ええ、ダメだダメだ!男に二言は無い!

「わ、わかった……まま任せとけ……」

ああ、だめだ。震える声には、悲しいほど自信がない……うぅ、一年後くらいには、一つは買えるだけ貯められるよな?我ながらとんでもない約束をしてしまったと、悲嘆していると……

「……ぷふっ……くくっ……」

「……?」

「あの、すみませ……うそ、冗談です……」

じょうだん……?ウィルは俺から顔をそむけて、プルプルと肩を震わせている……笑ってやがる!

「きっ、きききさま……かかか、からかったなぁ!」

「あはははは!ごめなさ、怒らないで!」

「うるせーバカ!ばーか!」

この、性悪幽霊め!俺はぼかぼかと背中に殴り掛かったが、幽霊であるウィルがそれで痛がるはずもない。むしろ、その間もずっと笑っていた。こ、こいつ!俺がせっかく、なけなしの男気を見せたのに……!

「うう、ちくしょう。もういいよ、どうせ俺は甲斐性無しだ……」

「はぁ、あはは。いじけないでください。ごめんなさい桜下さん。舞い上がってしまって、ちょっとからかいたくなっちゃったんです」

きゅ。ウィルは俺の手を、両手で握った。う、お。なんだ、いきなり……いつもひんやりしている手は、珍しくほのかに暖かい。それに、舞い上がったって。

「嬉しいです、桜下さん。本当に嬉しい……ありがとうございます」

「え、あ、そう……って。それも嘘じゃないだろな」

「ほんとですって。こんなに胸がどきどきいってる……聞いてみます?」

ウィルは握った手を、自分の胸の方に持っていこうとした。俺がぶんぶんと首を横に振ると、ウィルはなぜか少し残念そうな顔をした。

「でも、今すぐじゃなくてもいいですか?じっくり考えてからにしたいんです」

「あ、ああ……別にいいけど。でも、大したもんは用意できないぜ?言っといてあれだけどさ」

「分かってますってば。安心してください、さっきみたいな無茶なことは言いませんから。けど、この場で決めちゃうと、つまんないこと言っちゃいそうなので」

まあ、それなら……ウィルは時折イジワルだけど、基本的には優しい性格だ。あんまりな要求はしてこないだろう。

「わかった。じゃ、決まったら教えてくれ」

「はい。ふふふ、なんだか今から楽しみです」

「き、気が早くないか?」

「だって、初めてですもん……好きな人からの、贈り物なんて」

~~~!あああ、もう!どうしてこんな恥ずかしいことを、さらっと言えるんだ?それともまだ、からかわれているのか。気恥ずかしくなった俺は、ぼそぼそと一言二言呟いて、その場をすたこら退散した。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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