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14章 痛みの意味
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老魔導士を打ち倒してから、二週間あまりが経った。今俺がいるのは、白波輝く朝の港だ。頭上ではカモメの群れが鳴き、早起きな漁師たちは、早朝にもかかわらず忙しく働いている。
ここは、ジェイコブスコーブという港町。一の国の北部に位置する町だ。一の国の海の玄関口であるこの町は、俺が今まで見た中で一番大きな港を構えている。何百人もが乗れそうな大きな帆船が何台も停泊し、漁師の乗る小さなボートはその何十倍もの数がある。市場には新鮮な魚介類が所狭しと並べられ、他にも漁師の集う酒場、旅人向けの宿屋、造船所など、活気に溢れたにぎやかな町だ。
で、なんで俺たちがここにいるかと言うと、ここから海外に向けた船が出ているからだ。
「桜下殿。出港の準備ができたようです。船長が、そろそろ乗船してくれと」
「ん、わかった」
エラゼムに返事をすると、大勢集まった赤毛の集団へと向き直った。
「みんな。いよいよ、ここでお別れだ」
赤毛の彼ら彼女ら……もとい、ヤーダラ族のみんなは、ほとんどが俺の言葉を理解できていないだろう。こっちの国の言葉が分かるのは、ごく一部だ。ただそれでも、何となく意味は伝わっているらしい。まあそうだよな、港についた時点で、察しはつくというものだ。
みんなの表情は、十人十色だった。緊張している者、興奮している者、ほっと安堵している者、もう涙腺が緩んでいる者。まちまちだ。でもみだいたいは、晴れやかな顔をしていた。
「みんな、元気でな」
俺はその後に、もう捕まらないでくれよなと付け足そうとしたが、やめた。彼らだって、好き好んで攫われてきたわけじゃないだろう。ただそれでも、最悪な再会だけは勘弁してもらいたいもんだ。
赤毛のヤーダラ族たちは、次々と船に乗り込んでいく。大型の帆船だ。俺たちが丸一日かけて港を調べ上げ、信頼できる船乗りに依頼して、用意して貰ったんだ。こんだけでかい船だと、チャーター代もなかなかで、さらに大人数を乗せるもんだから、老魔導士からぶんどった金銀銅貨はほとんどパアになってしまった。
(ま、本望だけどな)
もともとこの金は、奴隷たちを帰すために奪ったんだ。きっかり空になったんだから、むしろ上々の結果だよな。
ヤーダラ族のみんなは船に乗り込む際、俺たちと握手を交わしていった。嬉しそうなみんなの顔を見ると、こっちまで嬉しくなる。それでも何人かは、俺たちと目も合わせなかった。でも、仕方ないよなって思う。きっと彼らからしたら、俺たちも人攫いも、同じ囲いの人間なんだ。別の大陸から来た彼らには、こっちの国や民族の事なんて、分からないんだろう。俺たちが、彼らのことをよく知らないのと同じように。
そうしてほとんどを見送り、ついには二人を残すだけとなった。最後に残ったのは、マリカと、路上で競売に掛けられていた娘……確か、トネリコだ。
「いよいよ、これでお別れね……」
マリカは、俺の手を両手でしっかり握った。
「ありがとう、桜下。あなたたちがいなかったら、今頃わたし、どうなっていたか……感謝してるわ」
「おう。こっちこそ、助かったよ。マリカが通訳してくれたおかげで、みんなとのコミュニケーションには困らなかったしな」
「ううん。だって、みんなを助けるためだもの。わたしがしたことに比べたら、桜下たちがしてくれたことは、何倍も大きいわ……みんなだって、そう思ってるから。ね、トネリコ?」
マリカが隣のトネリコに振り向くと、トネリコはこくりとうなずいた。
「ヴォス、アドビステ、エゴ。グラティヴィ」
「桜下たちは恩人だって」
マリカが通訳すると、トネリコは深々と頭を下げた。へへ、なんだか、照れ臭いな?マリカは、俺以外の仲間にもきちんと礼を言った。
「フランも、エラゼムさんも、アルルカさんも、本当にありがとう。わたし、あなたたちのこと、忘れないわ」
フランはこくりとうなずき、エラゼムはうんうんと何度もうなずいている。アルルカは特に何も返さなかったが、悪い気分ではなさそうだった。そしてお人好しのウィルは、自分は呼ばれていないにもかかわらず、すでに瞳をうるうるさせていた。
「あ、そうだマリカ。俺から一つ、餞別があるんだけど」
「え、餞別?なにかしら?」
「まあ、大したもんじゃないんだけどさ……ほい」
俺はカバンから汚い小袋を取り出すと、それをマリカに渡した。じゃらりと音を立てるそれの中身を、マリカは不思議そうな顔で確かめる。すると……
「こっ……これ!ほうせっ……!」
「わー、ばかばか!大声出すなって!」
俺がぎゅっと口を押えたので、マリカの声は周りには響かなかった。たく、何のためにこんなボロ袋に入れて、こっそり渡したんだか、分からなくなるところだった。
「しーっ、静かにしろよ……高価なものを持ってるなんて、知ってる人はできるだけ少ない方がいいんだからな」
「……ぷあっ。ご、ごめんなさい。わかったわ」
マリカは袋の口をぎゅっと閉じて、両手で包み込んだ。
「で、で、でも。どうして、こんな……?」
「それ、今回の旅で余った分なんだ。だから遠慮しないでくれ」
さっき俺は、金銀銅貨は使い切ったと言った。けれど、まだいくつかの財宝……特に宝石のような、かさばらなくて価値の高い品は、手元に残しておいたのだ。
「それなら、こっそり持ってくのにぴったりだろ。袋一つ分しかないけど、結構な金額になるはずだぜ」
「ならどうして、わたしになんて……桜下たちが持っていればいいじゃない。今回の事、桜下たちは少しも得をしてないんでしょ?」
「まあな。でもそれ、餞別って言ったけど、ただのお小遣いってわけじゃないんだ。それはいわば、活動資金なんだよ」
「活動、資金……?」
「ああ。マリカ、それにトネリコにも。俺から一つ、頼みがあるんだ」
今回の旅をする中で、俺はみんなと話し合って、一つの事を決めていた。
「お前たちに、この国にいる全てのヤーダラ族を、救ってほしいんだ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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老魔導士を打ち倒してから、二週間あまりが経った。今俺がいるのは、白波輝く朝の港だ。頭上ではカモメの群れが鳴き、早起きな漁師たちは、早朝にもかかわらず忙しく働いている。
ここは、ジェイコブスコーブという港町。一の国の北部に位置する町だ。一の国の海の玄関口であるこの町は、俺が今まで見た中で一番大きな港を構えている。何百人もが乗れそうな大きな帆船が何台も停泊し、漁師の乗る小さなボートはその何十倍もの数がある。市場には新鮮な魚介類が所狭しと並べられ、他にも漁師の集う酒場、旅人向けの宿屋、造船所など、活気に溢れたにぎやかな町だ。
で、なんで俺たちがここにいるかと言うと、ここから海外に向けた船が出ているからだ。
「桜下殿。出港の準備ができたようです。船長が、そろそろ乗船してくれと」
「ん、わかった」
エラゼムに返事をすると、大勢集まった赤毛の集団へと向き直った。
「みんな。いよいよ、ここでお別れだ」
赤毛の彼ら彼女ら……もとい、ヤーダラ族のみんなは、ほとんどが俺の言葉を理解できていないだろう。こっちの国の言葉が分かるのは、ごく一部だ。ただそれでも、何となく意味は伝わっているらしい。まあそうだよな、港についた時点で、察しはつくというものだ。
みんなの表情は、十人十色だった。緊張している者、興奮している者、ほっと安堵している者、もう涙腺が緩んでいる者。まちまちだ。でもみだいたいは、晴れやかな顔をしていた。
「みんな、元気でな」
俺はその後に、もう捕まらないでくれよなと付け足そうとしたが、やめた。彼らだって、好き好んで攫われてきたわけじゃないだろう。ただそれでも、最悪な再会だけは勘弁してもらいたいもんだ。
赤毛のヤーダラ族たちは、次々と船に乗り込んでいく。大型の帆船だ。俺たちが丸一日かけて港を調べ上げ、信頼できる船乗りに依頼して、用意して貰ったんだ。こんだけでかい船だと、チャーター代もなかなかで、さらに大人数を乗せるもんだから、老魔導士からぶんどった金銀銅貨はほとんどパアになってしまった。
(ま、本望だけどな)
もともとこの金は、奴隷たちを帰すために奪ったんだ。きっかり空になったんだから、むしろ上々の結果だよな。
ヤーダラ族のみんなは船に乗り込む際、俺たちと握手を交わしていった。嬉しそうなみんなの顔を見ると、こっちまで嬉しくなる。それでも何人かは、俺たちと目も合わせなかった。でも、仕方ないよなって思う。きっと彼らからしたら、俺たちも人攫いも、同じ囲いの人間なんだ。別の大陸から来た彼らには、こっちの国や民族の事なんて、分からないんだろう。俺たちが、彼らのことをよく知らないのと同じように。
そうしてほとんどを見送り、ついには二人を残すだけとなった。最後に残ったのは、マリカと、路上で競売に掛けられていた娘……確か、トネリコだ。
「いよいよ、これでお別れね……」
マリカは、俺の手を両手でしっかり握った。
「ありがとう、桜下。あなたたちがいなかったら、今頃わたし、どうなっていたか……感謝してるわ」
「おう。こっちこそ、助かったよ。マリカが通訳してくれたおかげで、みんなとのコミュニケーションには困らなかったしな」
「ううん。だって、みんなを助けるためだもの。わたしがしたことに比べたら、桜下たちがしてくれたことは、何倍も大きいわ……みんなだって、そう思ってるから。ね、トネリコ?」
マリカが隣のトネリコに振り向くと、トネリコはこくりとうなずいた。
「ヴォス、アドビステ、エゴ。グラティヴィ」
「桜下たちは恩人だって」
マリカが通訳すると、トネリコは深々と頭を下げた。へへ、なんだか、照れ臭いな?マリカは、俺以外の仲間にもきちんと礼を言った。
「フランも、エラゼムさんも、アルルカさんも、本当にありがとう。わたし、あなたたちのこと、忘れないわ」
フランはこくりとうなずき、エラゼムはうんうんと何度もうなずいている。アルルカは特に何も返さなかったが、悪い気分ではなさそうだった。そしてお人好しのウィルは、自分は呼ばれていないにもかかわらず、すでに瞳をうるうるさせていた。
「あ、そうだマリカ。俺から一つ、餞別があるんだけど」
「え、餞別?なにかしら?」
「まあ、大したもんじゃないんだけどさ……ほい」
俺はカバンから汚い小袋を取り出すと、それをマリカに渡した。じゃらりと音を立てるそれの中身を、マリカは不思議そうな顔で確かめる。すると……
「こっ……これ!ほうせっ……!」
「わー、ばかばか!大声出すなって!」
俺がぎゅっと口を押えたので、マリカの声は周りには響かなかった。たく、何のためにこんなボロ袋に入れて、こっそり渡したんだか、分からなくなるところだった。
「しーっ、静かにしろよ……高価なものを持ってるなんて、知ってる人はできるだけ少ない方がいいんだからな」
「……ぷあっ。ご、ごめんなさい。わかったわ」
マリカは袋の口をぎゅっと閉じて、両手で包み込んだ。
「で、で、でも。どうして、こんな……?」
「それ、今回の旅で余った分なんだ。だから遠慮しないでくれ」
さっき俺は、金銀銅貨は使い切ったと言った。けれど、まだいくつかの財宝……特に宝石のような、かさばらなくて価値の高い品は、手元に残しておいたのだ。
「それなら、こっそり持ってくのにぴったりだろ。袋一つ分しかないけど、結構な金額になるはずだぜ」
「ならどうして、わたしになんて……桜下たちが持っていればいいじゃない。今回の事、桜下たちは少しも得をしてないんでしょ?」
「まあな。でもそれ、餞別って言ったけど、ただのお小遣いってわけじゃないんだ。それはいわば、活動資金なんだよ」
「活動、資金……?」
「ああ。マリカ、それにトネリコにも。俺から一つ、頼みがあるんだ」
今回の旅をする中で、俺はみんなと話し合って、一つの事を決めていた。
「お前たちに、この国にいる全てのヤーダラ族を、救ってほしいんだ」
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