上 下
607 / 860
15章 燃え尽きた松明

3-2

しおりを挟む
3-2

「なあ、おい。さっきのは、どうなんだよ?」

俺は馬上から、並走するアルアへと声を掛ける。
旅芸人の一座のもとを発ってから、五分くらい。いい加減、アルアも頭の血が下がっている頃合いだろう。

「……」

と、思ったんだけど……アルアはしかめっ面で前を睨むばかりで、答えようともしない。はぁー、まだご機嫌斜めなのかよ?

「しょーがねーなぁ。エラゼム、頼む」

俺はエラゼムの背中を、手の甲で叩いた。鎧がゴンゴンと音を立てる。いちおうアルアにも、年長者を敬う礼儀くらいは備わっているらしいからな。彼に訊いてもらった方が、手っ取り早いだろう。

「承知しました。あー、アルア嬢?吾輩は、先ほどの一件についてほとんど存じておりません。一度ご説明願えぬか」

流石にエラゼムのことは無視できないのか、アルアは渋々と言った様子で口を開いた。

「……別に、大したことではありません。不埒な男がいましたので、折檻をしてやっただけです」

「不埒、ですか。しかし彼は、一座の芸人だったのでは?客に対して礼節を欠く態度を取るとは、少々考え難いですが」

「……」

アルアはしばし閉口してから、低い声で言った。

「……あの男は、つまらない手品を言い訳にして、私の下着をスろうとしたのです。下品な男。当然の報いです」

ああ、あいつ……フランにやったのと同じ手品を、アルアに対してもやったのか。どうしようもない男だな。怒るのも無理はないとも思うけど、でもあんなに打ちのめすのは、さすがにやり過ぎだ。下手すりゃ腕が折れていたんだぞ?

「そっ……んんっ、んんっ。それは、なるほど災難でしたな」

エラゼムは少し上擦った声を整えてから、ですが、と続ける。

「確かに見上げた行動だとは思えませぬが、それを理由に過剰な折檻を加えられたとしたら、その男は理不尽を感じるやもしれませんな」

「理不尽?あなたは、あの男の肩を持つというのですか」

「いいえ。吾輩は、正義は常に公正であるべきだと思うだけです」

エラゼムの静かな回答。アルアはぐっと言葉に詰まってから、ぼそりと呟いた。

「……私だって、同じように思っています」

それきりアルアは口をつぐんでしまった。

「呆れたものですね」

ウィルが、俺の背中でぽつりとこぼした。

「それは、誰が?」

「あの手品師の男性も、アルアさんも、です。彼の冗談はいやらしい上に大して面白くありませんでしたけど、あそこまでボコボコにされるほどのものじゃありませんよ」

「やっぱり、そう思うか?」

「まあ、ビンタの一発くらいなら、しょうがないって感じですけど。それにアルアさんのあれは、単に怒っただけでもないと思うんですよね」

「ん?というと?」

「あれですよ、憂さ晴らし。無茶な命令を押し付けられて、むしゃくしゃしてた所をからかわれたものだから、ぷちんときてしまった。そんなところじゃないですか?」

「えぇぇ、それじゃあただの八つ当たりじゃないか」

「ですね。あの男性を気の毒には思いませんが、サーカスの皆さんに迷惑をかけたのは……」

「いただけない、よなぁ。うーん」

俺が気にしているのも、結局のところそれだ。アルアがこの先ずーっと不機嫌で、行く先々でさっきみたいな揉め事を起こしまくるとしたら、たまったものじゃない。

「一言、言っといたほうがいいかもな」

逆上される可能性もなくはないが、いい加減俺も、イライラしてきていた。アルアの不機嫌が、こっちにまで伝染してきそうだ。

(まあけど、分からなくもないんだけど)

俺は、祖父を誰かに殺された経験はない。だけど、仲間を手に掛けられそうになった時は、俺だって強い憎悪を覚えた。家族を奪われた痛みは、それに近いんじゃないだろうか。だからといって、理不尽を許す気にはなれないけど。

(アルアの奴は、おじいちゃんっこだったのかな)

いや……たぶんそれはないな。ファーストの正確な享年は分からないけど、召喚された歳は俺とほとんど変わらないはず。仮に十四歳だったとして……

「なあアニ」

『はい?なんですか』

「ファーストって、召喚されてから何年こっちで過ごしたんだ?」

『約十二年ですね。十六年前に死亡しています』

「てことは、せいぜい三十かそこらか……」

じゃ、孫であるアルアが直接顔を合わせるのは無理があるな。面識はないはずなのに、アレなのか……よほど祖父を尊敬しているのか、はたまた。

(こうして考えると、アルアのことは、ほとんど知らないや)

もちろん、奴が教えてくれるはずもないので、しかたのないことだけどさ。あいつが二の国の勇者を恨むのには、祖父の因縁以外にも、別な理由があるのだろうか?



夕日が辺りを照らすころ、次の村の明かりが、彼方にぽつぽつと見えてきた。あそこが、今日のお宿か。村の名前はソトバと言うらしい。
村につく前に、俺はアルアへと話しかけた。ちょうど目的地手前で速度を落としてきていたので、話しかけやすくて助かる。

「なあ、あんた。一言、言っておきたいんだけどさ」

「……なにか」

アルアは前を向いたままで、こちらを見ようともしない。けーっ!いいですよ、いいですよ。まったく。

「おたくが俺を嫌うのは結構だ。けどな、だからって行く先々でケンカを吹っ掛けるのはやめてもらいたい」

「ケンカ?さっきのことを言っているのなら、あれはあちらが」

「それはさっき聞いたよ。でも、ありゃやりすぎだ。俺たちまで余計な因縁持たれちゃ、たまんないぜ」

「……ふんっ。私だって、好きでお前と一緒にいるわけじゃない」

「わーってるってば。けどな、お前がそうやってあちこちで揉め事ばかり起こすんだったら、俺はあんたを置いていくからな。それで女帝殿が文句つけてきたって、知るもんか」

もともと面倒を避けるために、渋々アルアの同行を承知したんだ。それなのに、かえって手間が増えるのでは、本末転倒もいいとこだ。

「……何も知らないくせに、よくそんな口を!」

アルアはようやくこちらを見たが、その顔は怒りでゆがんでいる。

「お前、閣下が単なる思い付きで、私を遣わせたと思っているの?」

「あ?違うのか」

「馬鹿が。お前たちを監視するために決まっているでしょう。お前たちが違法な手段で入国したのであれば、二の国の密偵の可能性がある。それ確かめるために、私を同行させたんだ」

おっと。え、そういう理由だったのか?それは考えていなかった。その場の思い付きだとばかり思っていたのに……やっぱりあの女帝、腹の底が読めない。

「それは……その」

「せいぜい、言動には気をつけることね。少しでも不審な点があれば、全て閣下に報告するから」

アルアはそれだけ言うと、プイッと顔を背けて、先に行ってしまった。

「マジかよ。あいつ、ノロのスパイだったのか……」

「なんだかタイヘンだね~」

「ああ、ホントだよ。ウィル……」

「へ?私、何も言っていませんよ?」

あん?だって今、耳元で声がしたんだぞ。俺の背後にはウィルしかいないはずじゃ……不思議に思って振り向こうとすると、俺のすぐ隣に、薄桃色の髪の女の子が浮かんでいた。

「うわっ!ロウラン!?」

「もー、ダーリンったら。いい加減慣れてほしいの。毎回バケモノみたいなリアクションされて、アタシ、かなしい……」

ロウランはわざとらしく眉根を下げた。つっても、いきなり隣に人が現れたら、誰だってビックリするわい。

「でロウラン、今度はなんでまた?」

「えー。理由がなきゃ、出てきちゃダメなの?」

「ダメじゃないけど……お前が出てくるときは、大抵なんかの理由がある時だろうが」

「ぶー。つまんないなぁ。ボクはキミに毎日会いたいよ、くらい言ってほしいの」

「あ、桜下さん。それ私も言ってほしいです」

「言うかっ!」

ウィルもロウランも、二人して俺をからかいやがって!そんなに年下をいじって楽しいか?

「きゃははは。ま、冗談もさておくの。今回出てきたのはね、最近調子がいいからなの」

「ったく、最初から本題で来いよ……で、調子がいい?」

「うん。ダーリン、最近はマメに、アタシにアレを注いでくれたでしょ?」

「魔力、な。なんで伏せる?……まあ確かに、最近はよくしてたな。それがどうかしたか?」

「えへへ。おかげさまで、かなり力が戻ってきたの。そろそろ実体で動けそうだから、そのほーこくをね」

おお!ロウランの本体はミイラで、魔力は当の昔に、すっかり涸れ果ててしまっていた。だからずーっと、霊体でコミュニケーションを取っていたんだけれど。

「そうか。ははは、やったな!」

「ロウランさん、よかったですね!」

俺とウィルが口々に祝うと、ロウランは照れたようにはにかんだ。

「ありがとうなの。ふふ。これでようやく、ダーリンに直接触れられるよ。人の温もりなんて、何百年ぶりかなぁ……とっても楽しみ♪」

「あ、ああ、うん」

あんまりベタベタされるのは、俺の精神衛生上よろしくないから、やめてほしいけれど……ロウランのやつ、ちゃんと聞いてくれるかな?

「あ、ロウランさん。一つ言っておきますけど」

ん?背中でウィルが、ロウランの方へ身を乗り出すのが分かる。

「うん?なぁに?」

「ロウランさんが、桜下さんと触れ合うのは否定しませんが。絶対、えっちなことはダメですからね!」

ぶふっ。な、何を言い出すんだ!

「ええー、どうして。アタシは体の隅々まで、ダーリンの温もりを味わいたいの」

「ダメです!ライン越えは、私とフランさんが許しませんよ。無理やりなんてもってのほかです!」

「ぶーぶー。じゃあ、同意の上ならいいの?」

「桜下さんは、同意なんてしませんもの。ね?」

ね、と言われても……ウィルのやつ、これを確かめるために、この前探りを入れてきたのか?

「しないよ、するわけないだろ。そんなおっかないこと」

「おっかない?」

「んなことしたら、フランに生皮剥がされちまうよ」

俺が冗談めかすと、ウィルとロウランはくすっと笑った。だがすぐに、ウィルが「ぴっ」とおかしな声を出す。

「ウィル?」

「あの、桜下さん……隣に……」

隣?ロウランがすぐ隣にいるけど。その逆の事かな?俺が反対側に振り向くと……赤い瞳。並走していたフランと目が合ったぞ……!?

「ひえっ。ふ、フラン……」

「どうしたの?続きは?」

「いや、あの、ごめんなさい……」

「どうして謝るの?謝んなくていいよ、本当のことだもの」

さぁーっと、血の気が引いていく。今の俺なら、例えいま目の前に、絶世の美女が素っ裸で現れたとしても、理性を保っていられる自信がある……



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

EDGE LIFE

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:20

スパイだけが謎解きを知っている

ミステリー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:3

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:591pt お気に入り:20

【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:240

秘密の聖女(?)異世界でパティスリーを始めます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:4,834

mの手記

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:646pt お気に入り:0

処理中です...