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15章 燃え尽きた松明
5-1 森閑の森
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5-1 森閑の森
森閑の森は、異様に緑の濃い森だった。
見渡す限り、緑、緑、緑。木々の表面はコケに覆われ、岩は苔むして植物のようだ。それに何より、夜だっていうのに妙に明るい。
「なんでこんなに明るいんだ……?」
俺は明るい山道をびくびく歩きながら、小声でつぶやく。この森の中じゃ、絶対に大きな音を立ててはならない。だから馬にも乗れないし、大声も出せないんだ。隣をすたすた歩いていたフランが(山歩きとは思えないくらい軽快だ……)、ちらりとこちらを伺ってから、周囲に首を巡らせる。
「さっきから、何かが光ってるんだよ。そこらじゅう」
「なにかって……?」
「なんだろ……その辺を飛んでたり、葉っぱにくっついたりしてるけど。でも、はっきりした形が見えないんだ……」
へえ、目のいいフランですら見えないって?すると先を歩いていたアルアが、首だけこちらに振り返った。
「それは、たぶん“コ”と呼ばれるモノたち」
「うん?コ?」
俺が問い返すと、すぐ前にいるウィルが呆れた顔をした。
「やだ桜下さん、ばっちぃなぁ」
え?あ!しまった、そういうつもりじゃ……俺が慌てると、すかさずアルアは、口元に指を立てた。
「静かに……!大声を出せば、私たち全員、お陀仏ですよ」
「あ、ご、ごめん……」
「気を付けてください。……コとは、蟲という字を書きます。別次元にいる生き物だと考えられていて、私たちじゃその姿を捉えることはできないんだとか。だから、それが放つ光しか見えない」
「別次元の……なんでそんなもんが、この森にいるんだろ」
「この辺り一帯は、ユドの霊山から流れる地脈の影響で、霊的な力場になっているんです。ユドの霊山は、西にある霊峰のことです。すべてはそれのせいでしょう。さあ、そろそろ静かに」
はいはい。アルアに注意されて、俺は口を閉じた。この森に入ってから、アルアはずいぶん神経質になっている気がする。さっきから、ライラが足を踏み外したり、アルルカがあくびをしたりするだけで、勢いよく振り返ってくるからな。
「ひょっとしたら、アルアさんも怖いのかもしれませんね」
ウィルがそっと耳打ちしてくる。俺は目だけでうなずいた。この辺が地元のアルアは、この森の主の恐ろしさをよく理解しているのだろう。それでも夜に進むと言い出したあたり、案内役の務めは真面目に果たすつもりのようだ。
しばらく進むと、森が少しだけひらけた。柔らかな苔が絨毯のように広がり、その上を不思議な光……恐らくコが放つのだろう……が、ゆっくりと飛び交っている。俺たちは、そこで少しだけ休憩することにした。
「一晩歩けば、この山を越えられるのか?」
夜食の堅いパンをもそもそかじりながら、アルアに訊ねてみる。アルアはもぐもぐやって、口の中を空にしてから、質問に答えた。
「ええ。この森は、そこまで深くはないから。森を抜けた谷あいに、ミツキの町があるの。順調にいけば、それほど時間はかからないはずです」
「あ、そうなのか。よかったぁ、朝までこの調子で歩き続けるのかと思ってたから」
「そんな無茶な提案なら、はじめから言わないです。こっちの方が安全で確実だと思ったから、言ったわけで……」
ああああああああああああああああああああああああ!!!!
「んぐっ、ごほ、ゲホッ!」
びっくりして、心臓が飛び出すかと思った。とんでもなく馬鹿でかい声が、森の静寂を打ち破ったのだ。俺はとっさに、ウィルの方を向いた。またウィルのいたずらか?けどウィルは、ぶんぶんぶんと首を振っている。そらそうだ、さっきの声はもっと遠くから聞こえてきた。
「なっ、これは……!?誰が!」
アルアは目をかっと見開いて、俺たち全員を素早く見回す。けどみんな、驚きのあまり声も出ていなかった。突然奇声を発するなんて、いくら非常識なアルルカでさえ、やるはずがない。
「ここにいる人じゃない……?それなら、私たち以外が……」
アルアが小声でささやいている間に、二度目の奇声が聞こえてきた。
あああああああああ!!!
「くそっ!いったい、どこの誰が!いや、そもそも人なの!?」
「な、なあ。これって、マズいんじゃないのか……?」
この森では絶対に騒がしくしてはならないと、さんざん注意されてきたんだぞ。それなのに、どっかの誰だか知らないが、こんな馬鹿でかい大声を出して……もしくは、何かのモンスターの咆哮か?
だけど、気付いたこともある。二度目になって、俺も前よりは驚かなくなった。前はシーンとしていたところに突然来たもんだから、本当にびっくりしたんだ。けど二度目の声は、よく聞けばそこまで並外れて大きくはない。普通の人が普通に叫んだら、あんくらいになりそうだ。
「人間が、わざと叫んでるのか……?」
けど、いったい誰が、何のために?俺はその時、フランが苦虫を嚙み潰したような顔をしていることに気が付いた。
「フラン?どうしたんだ?」
「……この声。聞き覚えがある」
え?フランが聞いたことがあるってことは、俺も知っている奴か……?
「この声、あの手品師だ。あいつがどこかで叫んでる!」
「な、なんだって?」
あいつが?まさか……あっ、それなら!俺たちの後をゆっくりと付いてきていたのは、あいつだったのか!
「けどならあいつ、何考えてるんだよ!こんな大声出して、死ぬ気か!?」
するとその時、アルアがああっ!と、悲鳴のような声を出した。
「まさか……!そのために、後をついてきていたの……!?」
「なに?おいアルア、どういう意味なんだ!」
「わた、私、間違えてた!こ、こ、この森に来れば、なにも手出しはできないと思ってたの!けど、違う!あ、あいつは、自分もろとも、私達を破滅させるつもりなんだ!も、も、森の主を、呼び出して!」
なんだって……?俺が口を開こうとしたその瞬間、ザアアア、ビュウウゥゥ!と、強い風があたりに吹き付けた。あまりの強さに、吹き飛ばされそうだ。フランが俺の隣に駆け付け、ぎゅっと抱きしめて支えてくれなきゃ、そのままゴロゴロ転がっていただろう。
風がやむと、仲間たちはみんな地に伏せていた。エラゼムがライラをかばうように抱きかかえ、アルルカは片膝をついている。アルアは四つん這いになり、アルアの馬はひっくり返って、じたばたと足を動かしていた。まるで嵐の後のようだと思った、その時。
カラカラカラ……
どこからか、不思議な音が聞こえてきた。乾いた木の板同士を打ち鳴らしたような、高い音……きれいな、小気味いい音だ。だけど、その音が森中いたるところから聞こえてきた時には、さすがに不気味さの方が勝った。
「なんなんだ、これ……!」
さっきの風が、森中の鳴子をかき鳴らしているようだ。カラカラカラ、キャラキャラキャラ、キタキタキタ!幾重にも重なった音は、何かの笑い声のようにも聞こえる。
さっきまでの静けさから一転、音の濁流と化した森の中で、俺たちはおどおどと戸惑うことしかできない。
「……コが……」
え?アルアが、何かをつぶやいている。けどその内容よりも、俺はアルアの様子に目を見張った。アルアはガチガチと歯を鳴らし、顔は真っ青になっている。
「アルア……?」
「ヨビコが……ヨビコが、呼んでる……!」
「呼んで……?」
「来る!森の主が!ダイダラボッチが、出てくる!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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森閑の森は、異様に緑の濃い森だった。
見渡す限り、緑、緑、緑。木々の表面はコケに覆われ、岩は苔むして植物のようだ。それに何より、夜だっていうのに妙に明るい。
「なんでこんなに明るいんだ……?」
俺は明るい山道をびくびく歩きながら、小声でつぶやく。この森の中じゃ、絶対に大きな音を立ててはならない。だから馬にも乗れないし、大声も出せないんだ。隣をすたすた歩いていたフランが(山歩きとは思えないくらい軽快だ……)、ちらりとこちらを伺ってから、周囲に首を巡らせる。
「さっきから、何かが光ってるんだよ。そこらじゅう」
「なにかって……?」
「なんだろ……その辺を飛んでたり、葉っぱにくっついたりしてるけど。でも、はっきりした形が見えないんだ……」
へえ、目のいいフランですら見えないって?すると先を歩いていたアルアが、首だけこちらに振り返った。
「それは、たぶん“コ”と呼ばれるモノたち」
「うん?コ?」
俺が問い返すと、すぐ前にいるウィルが呆れた顔をした。
「やだ桜下さん、ばっちぃなぁ」
え?あ!しまった、そういうつもりじゃ……俺が慌てると、すかさずアルアは、口元に指を立てた。
「静かに……!大声を出せば、私たち全員、お陀仏ですよ」
「あ、ご、ごめん……」
「気を付けてください。……コとは、蟲という字を書きます。別次元にいる生き物だと考えられていて、私たちじゃその姿を捉えることはできないんだとか。だから、それが放つ光しか見えない」
「別次元の……なんでそんなもんが、この森にいるんだろ」
「この辺り一帯は、ユドの霊山から流れる地脈の影響で、霊的な力場になっているんです。ユドの霊山は、西にある霊峰のことです。すべてはそれのせいでしょう。さあ、そろそろ静かに」
はいはい。アルアに注意されて、俺は口を閉じた。この森に入ってから、アルアはずいぶん神経質になっている気がする。さっきから、ライラが足を踏み外したり、アルルカがあくびをしたりするだけで、勢いよく振り返ってくるからな。
「ひょっとしたら、アルアさんも怖いのかもしれませんね」
ウィルがそっと耳打ちしてくる。俺は目だけでうなずいた。この辺が地元のアルアは、この森の主の恐ろしさをよく理解しているのだろう。それでも夜に進むと言い出したあたり、案内役の務めは真面目に果たすつもりのようだ。
しばらく進むと、森が少しだけひらけた。柔らかな苔が絨毯のように広がり、その上を不思議な光……恐らくコが放つのだろう……が、ゆっくりと飛び交っている。俺たちは、そこで少しだけ休憩することにした。
「一晩歩けば、この山を越えられるのか?」
夜食の堅いパンをもそもそかじりながら、アルアに訊ねてみる。アルアはもぐもぐやって、口の中を空にしてから、質問に答えた。
「ええ。この森は、そこまで深くはないから。森を抜けた谷あいに、ミツキの町があるの。順調にいけば、それほど時間はかからないはずです」
「あ、そうなのか。よかったぁ、朝までこの調子で歩き続けるのかと思ってたから」
「そんな無茶な提案なら、はじめから言わないです。こっちの方が安全で確実だと思ったから、言ったわけで……」
ああああああああああああああああああああああああ!!!!
「んぐっ、ごほ、ゲホッ!」
びっくりして、心臓が飛び出すかと思った。とんでもなく馬鹿でかい声が、森の静寂を打ち破ったのだ。俺はとっさに、ウィルの方を向いた。またウィルのいたずらか?けどウィルは、ぶんぶんぶんと首を振っている。そらそうだ、さっきの声はもっと遠くから聞こえてきた。
「なっ、これは……!?誰が!」
アルアは目をかっと見開いて、俺たち全員を素早く見回す。けどみんな、驚きのあまり声も出ていなかった。突然奇声を発するなんて、いくら非常識なアルルカでさえ、やるはずがない。
「ここにいる人じゃない……?それなら、私たち以外が……」
アルアが小声でささやいている間に、二度目の奇声が聞こえてきた。
あああああああああ!!!
「くそっ!いったい、どこの誰が!いや、そもそも人なの!?」
「な、なあ。これって、マズいんじゃないのか……?」
この森では絶対に騒がしくしてはならないと、さんざん注意されてきたんだぞ。それなのに、どっかの誰だか知らないが、こんな馬鹿でかい大声を出して……もしくは、何かのモンスターの咆哮か?
だけど、気付いたこともある。二度目になって、俺も前よりは驚かなくなった。前はシーンとしていたところに突然来たもんだから、本当にびっくりしたんだ。けど二度目の声は、よく聞けばそこまで並外れて大きくはない。普通の人が普通に叫んだら、あんくらいになりそうだ。
「人間が、わざと叫んでるのか……?」
けど、いったい誰が、何のために?俺はその時、フランが苦虫を嚙み潰したような顔をしていることに気が付いた。
「フラン?どうしたんだ?」
「……この声。聞き覚えがある」
え?フランが聞いたことがあるってことは、俺も知っている奴か……?
「この声、あの手品師だ。あいつがどこかで叫んでる!」
「な、なんだって?」
あいつが?まさか……あっ、それなら!俺たちの後をゆっくりと付いてきていたのは、あいつだったのか!
「けどならあいつ、何考えてるんだよ!こんな大声出して、死ぬ気か!?」
するとその時、アルアがああっ!と、悲鳴のような声を出した。
「まさか……!そのために、後をついてきていたの……!?」
「なに?おいアルア、どういう意味なんだ!」
「わた、私、間違えてた!こ、こ、この森に来れば、なにも手出しはできないと思ってたの!けど、違う!あ、あいつは、自分もろとも、私達を破滅させるつもりなんだ!も、も、森の主を、呼び出して!」
なんだって……?俺が口を開こうとしたその瞬間、ザアアア、ビュウウゥゥ!と、強い風があたりに吹き付けた。あまりの強さに、吹き飛ばされそうだ。フランが俺の隣に駆け付け、ぎゅっと抱きしめて支えてくれなきゃ、そのままゴロゴロ転がっていただろう。
風がやむと、仲間たちはみんな地に伏せていた。エラゼムがライラをかばうように抱きかかえ、アルルカは片膝をついている。アルアは四つん這いになり、アルアの馬はひっくり返って、じたばたと足を動かしていた。まるで嵐の後のようだと思った、その時。
カラカラカラ……
どこからか、不思議な音が聞こえてきた。乾いた木の板同士を打ち鳴らしたような、高い音……きれいな、小気味いい音だ。だけど、その音が森中いたるところから聞こえてきた時には、さすがに不気味さの方が勝った。
「なんなんだ、これ……!」
さっきの風が、森中の鳴子をかき鳴らしているようだ。カラカラカラ、キャラキャラキャラ、キタキタキタ!幾重にも重なった音は、何かの笑い声のようにも聞こえる。
さっきまでの静けさから一転、音の濁流と化した森の中で、俺たちはおどおどと戸惑うことしかできない。
「……コが……」
え?アルアが、何かをつぶやいている。けどその内容よりも、俺はアルアの様子に目を見張った。アルアはガチガチと歯を鳴らし、顔は真っ青になっている。
「アルア……?」
「ヨビコが……ヨビコが、呼んでる……!」
「呼んで……?」
「来る!森の主が!ダイダラボッチが、出てくる!」
つづく
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