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15章 燃え尽きた松明
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「ねえ!そんなことより、今は大事なことがあるでしょ!?」
あん?話がまとまったところで、黒焦げのアルルカががばっと立ち上がる。
「なんだよ?なんかあったっけ?」
「あたしよ!あ、た、し、が、いるでしょが!」
アルルカは一言話すたびに、ドスドスと地団太を踏んだ。無駄に露出の多い体がぶるぶる揺れると、焦げたススがぱらぱらと落ちる。
「ああ、そういうことか。すっかり忘れてた」
「ひ……酷いわ!うわーん!」
え?アルルカは両手で顔を覆うと、ばっとしゃがみこんでしまった。
「あ、アルルカ?」
「うわーん、うわーん」
「え、うそ、泣いてるのか?わ、分かったよ。悪かったって。今治すから」
俺は動揺しながら、ひとまずしゃがんだアルルカの体を起こさせる。アルルカは両手を目に当てて、えんえんと泣いている。
(こんな子どもみたいな仕草、普段のこいつなら考えられない……)
何がそんなにショックだったんだろう?雷に打たれたこと?それとも、俺がちゃんと心配してやらなかったからか?今さながら、罪悪感がこみあげてくる。
「ディシっ……んんっ。ディストーションハンド・ファズ!」
狼狽して噛んでしまったが、呪文はきちんと成功した。黒焦げになっていたアルルカが元通りになる。だってのに、アルルカはまだ泣き続けていた。
「えーん、えーん」
「おい、もう治ったんだぞ?痛みはないはずだろ?」
「傷ついたのよ!こんなに痛い目に遭ったのに、わすれてたなんて……ひどいわ!」
そ、そんなこと言われても……だって、いっつも「ちっとも痛くないわ」って顔、していたじゃないか。それこそ、眉間にダガーナイフが刺さった時だってさ?
「弱ったな。どうすりゃいいんだよ……」
頭を抱えたい気分だ……と。フランとウィルが心底呆れた顔で、こっちを見ていることに気付いた。そう言えばさっきから、慌てているのは俺一人だ。なんだよ、友達甲斐のないやつらだな!
「二人とも、見てないで手伝ってくれよ!」
「手伝うって……何を?」
「そうですよ。桜下さん、騙されないでくださいね。その人は……」
あん?一体何のことだ。ウィルが続きを言いかけたところで、俺の袖がぐいっと引っ張られた。
「おわっ」
「ねえっ!あいつらより、あたしを見なさいよっ!」
おでこが触れ合いそうなほど近くで、アルルカの双眸に見据えられる。
「あたし、ふっかぁーーーく傷ついたの!だから補償を希望するわ!」
「ほ、補償?」
「そう。それくらいいいでしょ」
「うん、まあ……」
さすがに悪かったから、俺はおどおどと、アルルカの提案にうなずいた。と、なぜかウィルがあちゃーと天を仰ぐ。
「すぐ騙されるんですから……」
「え?騙され……?」
「よーし!いいって言ったわね!?言質取ったわよ!」
あ、あれ?いきなりアルルカが元気になった。と、いうより……やつの目元。ちっとも濡れてなんてないじゃないか。
(てことは……ウソ泣き!)
最初から、全部演技だったのか……!
「てめぇ、謀ったな……!」
「ほらほら、さっさと行くわよ」
うわ!アルルカは目にも止まらぬ速さで、俺の足をひょいと抱え上げて、お姫様抱っこをしてきた。ななな、何のつもりだ?
「こら、アルルカ!下ろせって!」
「嫌」
ひ、一文字……俺の威厳って……
アルルカは俺の抵抗の一切を無視して、窓に近づいていく。ガラス窓はひとりでにパッと開け放たれた。え?おいまさか、外に行く気か?正気かよ!
「おい、アルルカ!みんな、こいつを止めてくれ!」
「あら、さっき補償してくれるって言ったのは、どこのどいつかしら?」
「ぐっ……」
それはまあ、その通りだが……ウィルとフランも、お手上げだとばかりに首を振っている。くうぅぅぅ!
「そんじゃ。ちょっと借りるわよ」
「待て、早まる……うわー!」
アルルカは何の躊躇もなく、嵐吹きすさぶ外へと飛び出した!
ビュオオオォォォ!すさまじい風と雨が、俺の顔を殴りつける。せっかく雨宿りできてたってのに!
「ぶはっ、アルルカ!この大馬鹿ヴァンパイア!また雷に打たれたらどうするんだ!」
「おばかはあんたよ。それが何だっていうの?」
「は、はぁ?」
「嵐なのは雲の下だけでしょうが。なら、その先に行けばいいわ!」
ギューン!アルルカが翼を振り下ろすと、俺たちは一気に加速する。黒雲がぐんぐんと近づいてくる!突っ込むぞ!
「うわあぁぁ……」
ここはどこだ?雲の中なのか?打ち付ける雨、吹き付ける風。ものすごいGが掛かって、俺は卒倒寸前だ。
カッ……
突然、真っ黒な雲の中に、白い明滅がほとばしった。雷だ。雷が雲の中を走っている。俺は嵐も忘れて、ぽかんと口を開けた。
白く、あるいは紫がかった電流は、雲の中をジグザクに伝って、そのエネルギーをあちこちに振りまいていく。するとその箇所の雲が、火が灯ったようにぼうっと明るくなるんだ。まるで、お祭りの提灯に火を灯して回っているようで……
(嵐の中が、こんな風になっていたなんて)
俺は怒りも恐怖も忘れて、その光景にほけーっと見入っていた。
ふいに、辺りが静かになった。雨の音も、雷鳴も聞こえない。
俺たちはいつの間にか、雲を抜けていた。
「う……嵐を、突っ切ったのか?」
「ええ。ほら、御覧なさいな」
アルルカの声は、ことのほか穏やかだった。その声に促されて、俺はあたりを見渡してみる。
「うわ……」
そこには、別世界のように静かな夜空が広がっていた。星がまたたき、美しい満月が昇っている。信じられない……地上はあんなに荒れ模様なのに、空の上はこんなにも静かだなんて。眼下には、分厚い雲がどこまでも広がっている。あれを抜けてきたってことか……
「すげえ……」
「でしょう?どんな嵐だってね、空そのものを吹き飛ばすことはできないのよ。人間はバカだから、そのことを知らないのね」
「うっせ……は、はっくしょん!うぅ、けど寒みぃぞ……」
雲より高い所にいるからな、濡れた体が結構冷える。洟を垂らした俺を見て、アルルカはうえーという顔をした。誰のせいでこうなってんだ!
「まったく、手がかかるガキねぇ。ドライフリージア!」
アルルカが呪文を唱えると、うお!?俺の服がぴしぴしと凍り始めた。
「ひいぃ!余計寒くしてどうすんだよ!」
「それでいいのよ。あんた、知らないの?氷って、実は乾燥してんのよ」
は?氷が、乾燥?そうこうしている間に、俺の全身には花びらのような氷がびっしりと生えていた。アルルカがそれを軽く手で払うと、花びらは簡単にはがれて、夜空にひらひら舞っていく。すべての花弁が取り払われると、俺の服はすっかり乾いていた。
「おお、ほんとだ。乾いてる……」
「水を凍らせてそれを取れば、乾くに決まってんでしょ」
むむむ、確かに。フリーズドライとか言うしな……氷の魔法も、意外と汎用性あるもんだ。ともかく、服が乾いたおかげでいくらか過ごしやすくなった。それでも寒いことに変わりはないけど。
「で?ここまで連れてきたのはどうしてだ?まあ聞かなくても、だいたいわかるけど」
「んふふ、察しがいいわね。こんなに月が青いんだもの。さっきから、うずうずしちゃってるのよね」
アルルカは爪の先で、俺の胸をくすぐってきた。やめろ!ったく……
にしても、青い月、か。まあ確かに、不思議なことが起きてもおかしくないシチュエーションだ。ヴァンパイアに連れさられて、血を吸われるとかね……
「はぁ、わかったよ。さっきのお詫びも兼ねてだ」
「お詫び?あんたさっきの、本気にしてんの?ほんっとにバカねぇ~」
「お前なぁ!いちいち馬鹿にしないと好意を受け取れないのか!?だいたい、お前が言い出したんだぞ!」
くそ!思い出したら腹立ってきた。なんで俺は、あんな見え透いた芝居に引っかかっちまったんだ?アルルカはそんな俺を見て、楽しそうにくすくす笑っている。
「ほんとあんたって、どっか抜けてるわよね。戦いとかでは割と冴えてんのに」
「けっ。おだてたって、もう引っかからないぞ。するなら早くしてくれ」
「あら、かわいくない。まあけど、あたしも我慢の限界だし。そろそろいただこうかしら」
アルルカがふーっと息を吹きかけると、俺の胸元のボタンが勝手に外れた。さっきの窓と言い、これもヴァンパイアの権能の一つだろうか。
「ね、それじゃマスクを外して?」
はいはい。俺はアルルカの顔に手を伸ばす。ふと、いたずらをしたくなった。ここで俺がお預けをしたら、アルルカのやつ、どんな反応をするだろう?
……やめた。こいつはMっ気があるから、逆に喜ばれてしまいそうだ。
俺がマスクに触れると、かちゃりと音がして金具が外れた。アルルカの白すぎるほど白い顔があらわになる。うぅ、やっぱりよくないな、夜にヴァンパイアと密着するなんて。青い月に照らされたやつの顔を、美しいと思ってしまった。
「それじゃ、いただきまー……」
アルルカが俺の首元に顔をうずめる。こいつの唾液には麻酔の効果があるので、最初は首を舐めるとこから始まるんだ。痛くしないためとはいえ、これ結構くすぐったいんだよなぁ。
チクッ。
「いてっ。あれ、今なにした?」
「んーん、ひゃんにふぉ」
べろりと、湿った舌の感触。うぅ、始まったか。でも変だな、ならさっきのちくっとした痛みは何だったんだろ?たまたま牙が当たったのかな。
十分に舐め終わると、アルルカは牙を突き立てて、俺の血を吸った。じわぁっと生暖かい感覚が、牙を刺されたところから広がる。吸血行為自体は一瞬だ。アルルカが毎回シチュに拘るから時間が掛かるけど、本来なら一分も掛からないのだ。
「ん~……ぷはぁ。あぁ~、やっぱりおいしぃ……」
アルルカは味を反芻しているのか、牙や唇をしきりにぺろぺろ舐めている。下品だなぁ、もう。犬か猫じゃあるまいし。
「まあいいや。これで終わりだろ。さ、さっさと戻ろうぜ」
「え~?せっかく雲の上に来たってのに、もう戻るの?」
「んなこと言っても……もう血はやらないぞ。補償なら十分だろが?」
「そうだけど、そうじゃなくてぇ。もっとゆっくりしてきましょうよ。あたしとデートさせてあげる」
「デートぉ?」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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あん?話がまとまったところで、黒焦げのアルルカががばっと立ち上がる。
「なんだよ?なんかあったっけ?」
「あたしよ!あ、た、し、が、いるでしょが!」
アルルカは一言話すたびに、ドスドスと地団太を踏んだ。無駄に露出の多い体がぶるぶる揺れると、焦げたススがぱらぱらと落ちる。
「ああ、そういうことか。すっかり忘れてた」
「ひ……酷いわ!うわーん!」
え?アルルカは両手で顔を覆うと、ばっとしゃがみこんでしまった。
「あ、アルルカ?」
「うわーん、うわーん」
「え、うそ、泣いてるのか?わ、分かったよ。悪かったって。今治すから」
俺は動揺しながら、ひとまずしゃがんだアルルカの体を起こさせる。アルルカは両手を目に当てて、えんえんと泣いている。
(こんな子どもみたいな仕草、普段のこいつなら考えられない……)
何がそんなにショックだったんだろう?雷に打たれたこと?それとも、俺がちゃんと心配してやらなかったからか?今さながら、罪悪感がこみあげてくる。
「ディシっ……んんっ。ディストーションハンド・ファズ!」
狼狽して噛んでしまったが、呪文はきちんと成功した。黒焦げになっていたアルルカが元通りになる。だってのに、アルルカはまだ泣き続けていた。
「えーん、えーん」
「おい、もう治ったんだぞ?痛みはないはずだろ?」
「傷ついたのよ!こんなに痛い目に遭ったのに、わすれてたなんて……ひどいわ!」
そ、そんなこと言われても……だって、いっつも「ちっとも痛くないわ」って顔、していたじゃないか。それこそ、眉間にダガーナイフが刺さった時だってさ?
「弱ったな。どうすりゃいいんだよ……」
頭を抱えたい気分だ……と。フランとウィルが心底呆れた顔で、こっちを見ていることに気付いた。そう言えばさっきから、慌てているのは俺一人だ。なんだよ、友達甲斐のないやつらだな!
「二人とも、見てないで手伝ってくれよ!」
「手伝うって……何を?」
「そうですよ。桜下さん、騙されないでくださいね。その人は……」
あん?一体何のことだ。ウィルが続きを言いかけたところで、俺の袖がぐいっと引っ張られた。
「おわっ」
「ねえっ!あいつらより、あたしを見なさいよっ!」
おでこが触れ合いそうなほど近くで、アルルカの双眸に見据えられる。
「あたし、ふっかぁーーーく傷ついたの!だから補償を希望するわ!」
「ほ、補償?」
「そう。それくらいいいでしょ」
「うん、まあ……」
さすがに悪かったから、俺はおどおどと、アルルカの提案にうなずいた。と、なぜかウィルがあちゃーと天を仰ぐ。
「すぐ騙されるんですから……」
「え?騙され……?」
「よーし!いいって言ったわね!?言質取ったわよ!」
あ、あれ?いきなりアルルカが元気になった。と、いうより……やつの目元。ちっとも濡れてなんてないじゃないか。
(てことは……ウソ泣き!)
最初から、全部演技だったのか……!
「てめぇ、謀ったな……!」
「ほらほら、さっさと行くわよ」
うわ!アルルカは目にも止まらぬ速さで、俺の足をひょいと抱え上げて、お姫様抱っこをしてきた。ななな、何のつもりだ?
「こら、アルルカ!下ろせって!」
「嫌」
ひ、一文字……俺の威厳って……
アルルカは俺の抵抗の一切を無視して、窓に近づいていく。ガラス窓はひとりでにパッと開け放たれた。え?おいまさか、外に行く気か?正気かよ!
「おい、アルルカ!みんな、こいつを止めてくれ!」
「あら、さっき補償してくれるって言ったのは、どこのどいつかしら?」
「ぐっ……」
それはまあ、その通りだが……ウィルとフランも、お手上げだとばかりに首を振っている。くうぅぅぅ!
「そんじゃ。ちょっと借りるわよ」
「待て、早まる……うわー!」
アルルカは何の躊躇もなく、嵐吹きすさぶ外へと飛び出した!
ビュオオオォォォ!すさまじい風と雨が、俺の顔を殴りつける。せっかく雨宿りできてたってのに!
「ぶはっ、アルルカ!この大馬鹿ヴァンパイア!また雷に打たれたらどうするんだ!」
「おばかはあんたよ。それが何だっていうの?」
「は、はぁ?」
「嵐なのは雲の下だけでしょうが。なら、その先に行けばいいわ!」
ギューン!アルルカが翼を振り下ろすと、俺たちは一気に加速する。黒雲がぐんぐんと近づいてくる!突っ込むぞ!
「うわあぁぁ……」
ここはどこだ?雲の中なのか?打ち付ける雨、吹き付ける風。ものすごいGが掛かって、俺は卒倒寸前だ。
カッ……
突然、真っ黒な雲の中に、白い明滅がほとばしった。雷だ。雷が雲の中を走っている。俺は嵐も忘れて、ぽかんと口を開けた。
白く、あるいは紫がかった電流は、雲の中をジグザクに伝って、そのエネルギーをあちこちに振りまいていく。するとその箇所の雲が、火が灯ったようにぼうっと明るくなるんだ。まるで、お祭りの提灯に火を灯して回っているようで……
(嵐の中が、こんな風になっていたなんて)
俺は怒りも恐怖も忘れて、その光景にほけーっと見入っていた。
ふいに、辺りが静かになった。雨の音も、雷鳴も聞こえない。
俺たちはいつの間にか、雲を抜けていた。
「う……嵐を、突っ切ったのか?」
「ええ。ほら、御覧なさいな」
アルルカの声は、ことのほか穏やかだった。その声に促されて、俺はあたりを見渡してみる。
「うわ……」
そこには、別世界のように静かな夜空が広がっていた。星がまたたき、美しい満月が昇っている。信じられない……地上はあんなに荒れ模様なのに、空の上はこんなにも静かだなんて。眼下には、分厚い雲がどこまでも広がっている。あれを抜けてきたってことか……
「すげえ……」
「でしょう?どんな嵐だってね、空そのものを吹き飛ばすことはできないのよ。人間はバカだから、そのことを知らないのね」
「うっせ……は、はっくしょん!うぅ、けど寒みぃぞ……」
雲より高い所にいるからな、濡れた体が結構冷える。洟を垂らした俺を見て、アルルカはうえーという顔をした。誰のせいでこうなってんだ!
「まったく、手がかかるガキねぇ。ドライフリージア!」
アルルカが呪文を唱えると、うお!?俺の服がぴしぴしと凍り始めた。
「ひいぃ!余計寒くしてどうすんだよ!」
「それでいいのよ。あんた、知らないの?氷って、実は乾燥してんのよ」
は?氷が、乾燥?そうこうしている間に、俺の全身には花びらのような氷がびっしりと生えていた。アルルカがそれを軽く手で払うと、花びらは簡単にはがれて、夜空にひらひら舞っていく。すべての花弁が取り払われると、俺の服はすっかり乾いていた。
「おお、ほんとだ。乾いてる……」
「水を凍らせてそれを取れば、乾くに決まってんでしょ」
むむむ、確かに。フリーズドライとか言うしな……氷の魔法も、意外と汎用性あるもんだ。ともかく、服が乾いたおかげでいくらか過ごしやすくなった。それでも寒いことに変わりはないけど。
「で?ここまで連れてきたのはどうしてだ?まあ聞かなくても、だいたいわかるけど」
「んふふ、察しがいいわね。こんなに月が青いんだもの。さっきから、うずうずしちゃってるのよね」
アルルカは爪の先で、俺の胸をくすぐってきた。やめろ!ったく……
にしても、青い月、か。まあ確かに、不思議なことが起きてもおかしくないシチュエーションだ。ヴァンパイアに連れさられて、血を吸われるとかね……
「はぁ、わかったよ。さっきのお詫びも兼ねてだ」
「お詫び?あんたさっきの、本気にしてんの?ほんっとにバカねぇ~」
「お前なぁ!いちいち馬鹿にしないと好意を受け取れないのか!?だいたい、お前が言い出したんだぞ!」
くそ!思い出したら腹立ってきた。なんで俺は、あんな見え透いた芝居に引っかかっちまったんだ?アルルカはそんな俺を見て、楽しそうにくすくす笑っている。
「ほんとあんたって、どっか抜けてるわよね。戦いとかでは割と冴えてんのに」
「けっ。おだてたって、もう引っかからないぞ。するなら早くしてくれ」
「あら、かわいくない。まあけど、あたしも我慢の限界だし。そろそろいただこうかしら」
アルルカがふーっと息を吹きかけると、俺の胸元のボタンが勝手に外れた。さっきの窓と言い、これもヴァンパイアの権能の一つだろうか。
「ね、それじゃマスクを外して?」
はいはい。俺はアルルカの顔に手を伸ばす。ふと、いたずらをしたくなった。ここで俺がお預けをしたら、アルルカのやつ、どんな反応をするだろう?
……やめた。こいつはMっ気があるから、逆に喜ばれてしまいそうだ。
俺がマスクに触れると、かちゃりと音がして金具が外れた。アルルカの白すぎるほど白い顔があらわになる。うぅ、やっぱりよくないな、夜にヴァンパイアと密着するなんて。青い月に照らされたやつの顔を、美しいと思ってしまった。
「それじゃ、いただきまー……」
アルルカが俺の首元に顔をうずめる。こいつの唾液には麻酔の効果があるので、最初は首を舐めるとこから始まるんだ。痛くしないためとはいえ、これ結構くすぐったいんだよなぁ。
チクッ。
「いてっ。あれ、今なにした?」
「んーん、ひゃんにふぉ」
べろりと、湿った舌の感触。うぅ、始まったか。でも変だな、ならさっきのちくっとした痛みは何だったんだろ?たまたま牙が当たったのかな。
十分に舐め終わると、アルルカは牙を突き立てて、俺の血を吸った。じわぁっと生暖かい感覚が、牙を刺されたところから広がる。吸血行為自体は一瞬だ。アルルカが毎回シチュに拘るから時間が掛かるけど、本来なら一分も掛からないのだ。
「ん~……ぷはぁ。あぁ~、やっぱりおいしぃ……」
アルルカは味を反芻しているのか、牙や唇をしきりにぺろぺろ舐めている。下品だなぁ、もう。犬か猫じゃあるまいし。
「まあいいや。これで終わりだろ。さ、さっさと戻ろうぜ」
「え~?せっかく雲の上に来たってのに、もう戻るの?」
「んなこと言っても……もう血はやらないぞ。補償なら十分だろが?」
「そうだけど、そうじゃなくてぇ。もっとゆっくりしてきましょうよ。あたしとデートさせてあげる」
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