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15章 燃え尽きた松明
9-1 嵐の夜
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9-1 嵐の夜
ピカッ!ガラガラガガーン!
「うわー!くそっ、降ってきやがった!」
「きゃあー!」
ウィルのつんざくような悲鳴も、叩きつけるような雨音にかき消されてしまう。
ヒルコの町も目前に迫った山道で、俺たちは突然降り出した豪雨に見舞われていた。
「あともう少しで町につきます!辛抱してください!」
先を走るアルアが声を張り上げる。アルアの馬は泥水を跳ね上げながら、緩い下り坂を駆けていた。山ももうほとんど下りきっているので、馬は走らせやすい。が、流れる雨水が道に幾筋もの川を作っているので、足下のコンディションはサイアクだ。馬がツルっと足を滑らせないか心配だし、泥水が跳ね上がって顔に降りかかる。ぶーっ、ぺっぺっ!幸い(?)滝のような雨が降っているから、すぐに流れ落ちてくれるけど。
ピカッ!
「どわっ」
「いやぁ!」
一瞬、目の前が真っ白に染まった。そして数瞬の後に、大気を震わせるほどの轟音が鳴り響く。ガガガガガーン!すぐそばに雷が落ちたようだ。ウィルは幽霊のくせにしっかり怖がっているし、雷恐怖症の俺からしても気が気じゃない。
「見えました!町です!」
アルアの声がかすかに聞こえてきた。町?ほんとにあんのか?雨がひどすぎて前が見えない!なんだっていいから、今は一刻も早く屋根のあるところに行きたい気分だ。
雷は高い所に落ちやすいらしい。この辺には木がたくさん生えているから、俺たちに直撃するリスクは低いとは思うんだけど……
「……ん?ちょっと待てよ」
「お、桜下さん?何かあったんですか?」
「いや、なんか忘れてる気が。一人だけ、えらい高い所にいた気がするんだけど……」
その時だった。またしても辺りがフラッシュを焚いたように真っ白に染まり、すぐそばで雷鳴が響く。ガラガラ、ビシャーン!うわわ、今度のは近いぞ。すぐ真上から聞こえたみたいな……
「ぎゃーーーー!」
あ?頭上からすごい悲鳴が。まさか……な?
「もう、なんなのよぅ。最近あたし、こんなのばっかり……」
またしても真っ黒焦げになってしまったアルルカが、べそべそと鼻をすすっている。すげぇ、マンガみたいに髪がもじゃもじゃになっている。しかも口を開くたんびに、中から煙が……
笑っちゃ悪いんだけど、思わず吹き出しそうになってしまった。
「ぐすん、くすん。あたし、何か悪いことした?」
「いやしたでしょ。妥当な天罰じゃない」
こんな時でも、フランのツッコミは容赦がない。アルルカはべそをかくのをやめて、いーっという口をした。やれやれ、ほんとに仲がいいんだから。
「とりあえず、一部屋で頼めるかな」
俺はタオルで顔を拭きながら、宿のおかみさんに話しかける。
ここはヒルコの町の旅宿“シジン”。旅人向けの安宿ということもあって、簡素な木造平屋建ての宿だ。
雷雨に追い立てられるように町へとついた俺たちは、そのまま一直線に宿へ向かった。尊い犠牲があったばかりだったから、とにかく屋根の下に避難したかったんだ。
すっかり濡れ鼠になった俺たちを見て、おかみさんは一瞬ギョッとしていたが、それで追い返されるようなことはなかった。まあ、旅人なんて品位とは無縁の連中だろうからな、慣れているんだろう。ところで、おかみさんは顔の半分をスカーフで覆っていた。それに、片方の袖に厚みがない。腕を通していないみたいだ。
「なんだろう?変わったファッションだな……」
「桜下さん。たぶん、後遺症です。昔にご病気をされたんじゃないでしょうか」
あっ、そうだったのか……アニいわく、この町は疫病や災害に見舞われることが多いらしい。おかみさんも過去に、疾病に犯されたことがあるのかもしれないな。
無事にチェックインが済むと、とりあえずアルルカを部屋に運び込むことにした。さすがに落雷の直撃はヴァンパイアにも効いたようで、足が震えて立てないんだ。心優しいフランは彼女を運ぶ役目を快く引き受け、そして両足を掴んでずるずると部屋まで引きずっていった。あれはぜったい、日ごろの仕返しの意味が込められているんだろう。
ところで。
「アルア、お前は部屋を取らないのか?」
俺は、玄関口でじっと佇んでいるアルアに振り返る。彼女の鳶色の髪からは、ポタポタと水滴が滴っていた。早く拭かないと風邪ひいちまうぞ。
「……」
「アルア?」
「……やっぱり、私は戻ります」
「え?おいまさか、今すぐにか?無茶だって!外はひどい嵐だぞ!」
「それでもです!あの二人の情報は、一刻も早く報告しないと!」
二人ってのは、ペトラとマスカレードのことだろう。あの二人が言っていた、西での戦争のことを気にしているんだ。
「つっても……せめて、嵐が収まるのを待ってもいいんじゃないか。こんな中出てったら、お前も無事じゃ済まないかもしれないだろ」
「危険は承知のうえです。それにこの辺りの土地は、何度も走ったことがあるもの。このくらいの嵐なら、きっと行ける」
ぐはー、この石頭!こうなると、アルアは意地でも行こうとするだろう。俺たちは仲間ではないわけだから、それ自体は自由だ。村に着いた事で、彼女の任務も終わったしな。強要することもないんだけど……
「でもお前、歯はどうすんだよ?」
アルアは今の今まで折れた歯のことを忘れていたのか、はっとした顔になった。
「そ、れは……」
「ここの神殿は、治療で有名なんだってさ。せっかくここまで来たのに、治さずに帰る気か?」
「でも……今すぐに死ぬ怪我じゃないし、後にしても……」
「んー、なあ?そもそもさ、その情報って、そんなにすぐ報せなきゃいけない事か?結局今分かってることなんて、なんか怪しい奴が怪しいことをしているってだけだろ。価値のない情報とは言わないけど、あまりにも不確定要素が多すぎないか?」
「……」
「だったら、きちんと用事を済ませてからの方がスマートだろ。なんだったら、まだ俺たちの護衛が必要だってことにするか?この町を歩くのは、俺たち初めてだしな」
最後の一文は、アルアに効いたようだった。
「……確かに、任務を途中で放棄するのは、よくないけど」
「だろ?ここまで来たら、百パーセントの成果で帰れよ。中途半端じゃなくて」
「……わかりました。お言葉に甘えます」
お、アルアが折れた。へー、正直ダメもとだったのに。俺の意見なんか聞かないかと思っていた。
「では、私も部屋を取ることにします。あなたたちも、動くのは明日からでしょう?」
「ああ、残念だけど。じゃまた明日、よろしくな」
「わかりました。では」
アルアは軽く一礼すると、おかみさんに話しかけに行った。やれやれ、堅物も困ったもんだな。
「え?アルアさん、帰るつもりだったんですか?この雨の中を?」
部屋に入ってからさっきのことを話すと、仲間たちは呆れた顔をした。ウィルは額を押さえて首を振っている。
「あの娘……ちょっと、周りが見えていなさすぎるんじゃないですか?不感症なのかしら。雨にも気づいてないんじゃ……」
「ふか……ただまあ、歯はきっちり治せって言っておいたよ。この町には、治療ができる神殿があるみたいだから」
「ですか。それなら、まあ、よかったですね。いちいち心配するのも面倒ですし」
うむ、ウィルの言うとーりだ。アルアとの距離感は、これくらいでいい。
「まあ、あいつのことはそれでいいや。それよりも、ようやくたどり着いたな」
ヒルコの町を目指した目的は、エラゼムの城主を探すため。ここまでずいぶん掛かったけど、ようやく本題に入れるぜ。
「けど、本格的な探索は明日からだな。外がこれじゃあ……」
俺は窓へと目を向ける。窓ガラスには、ひっきりなしに雨が叩きつけられていた。エラゼムもうなずく。
「もちろんです。天候の回復を待ってからにいたしましょう」
「そうか?でも、災難だな。せっかく着いたってのにさ」
「ははは、そんなこともありませぬ。無事に到着したのですから、これ以上焦る必要はありません、痕跡は逃げては行きませんから」
ふむ、それもそうか。どうにも最近は追っかけられることが多かったから、せっかちになっているな。エラゼムの言う通り、後はゆっくり調査をすればいいんだ。それに……
(もしも、ここにメアリーがいたのなら……)
ひょっとすると、ここでエラゼムは、己の目的を果たすことができるかもしれないのだ。もしそうなったら、彼の思い遺すことはなくなる。その後は……
ああ、いかん!むしろ、そうなるべきなのに!主である俺が、応援しないでどうする!
(ともかく、明日からが本番だ。頑張ろう)
俺は改めて、そう決意した。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「うわー!くそっ、降ってきやがった!」
「きゃあー!」
ウィルのつんざくような悲鳴も、叩きつけるような雨音にかき消されてしまう。
ヒルコの町も目前に迫った山道で、俺たちは突然降り出した豪雨に見舞われていた。
「あともう少しで町につきます!辛抱してください!」
先を走るアルアが声を張り上げる。アルアの馬は泥水を跳ね上げながら、緩い下り坂を駆けていた。山ももうほとんど下りきっているので、馬は走らせやすい。が、流れる雨水が道に幾筋もの川を作っているので、足下のコンディションはサイアクだ。馬がツルっと足を滑らせないか心配だし、泥水が跳ね上がって顔に降りかかる。ぶーっ、ぺっぺっ!幸い(?)滝のような雨が降っているから、すぐに流れ落ちてくれるけど。
ピカッ!
「どわっ」
「いやぁ!」
一瞬、目の前が真っ白に染まった。そして数瞬の後に、大気を震わせるほどの轟音が鳴り響く。ガガガガガーン!すぐそばに雷が落ちたようだ。ウィルは幽霊のくせにしっかり怖がっているし、雷恐怖症の俺からしても気が気じゃない。
「見えました!町です!」
アルアの声がかすかに聞こえてきた。町?ほんとにあんのか?雨がひどすぎて前が見えない!なんだっていいから、今は一刻も早く屋根のあるところに行きたい気分だ。
雷は高い所に落ちやすいらしい。この辺には木がたくさん生えているから、俺たちに直撃するリスクは低いとは思うんだけど……
「……ん?ちょっと待てよ」
「お、桜下さん?何かあったんですか?」
「いや、なんか忘れてる気が。一人だけ、えらい高い所にいた気がするんだけど……」
その時だった。またしても辺りがフラッシュを焚いたように真っ白に染まり、すぐそばで雷鳴が響く。ガラガラ、ビシャーン!うわわ、今度のは近いぞ。すぐ真上から聞こえたみたいな……
「ぎゃーーーー!」
あ?頭上からすごい悲鳴が。まさか……な?
「もう、なんなのよぅ。最近あたし、こんなのばっかり……」
またしても真っ黒焦げになってしまったアルルカが、べそべそと鼻をすすっている。すげぇ、マンガみたいに髪がもじゃもじゃになっている。しかも口を開くたんびに、中から煙が……
笑っちゃ悪いんだけど、思わず吹き出しそうになってしまった。
「ぐすん、くすん。あたし、何か悪いことした?」
「いやしたでしょ。妥当な天罰じゃない」
こんな時でも、フランのツッコミは容赦がない。アルルカはべそをかくのをやめて、いーっという口をした。やれやれ、ほんとに仲がいいんだから。
「とりあえず、一部屋で頼めるかな」
俺はタオルで顔を拭きながら、宿のおかみさんに話しかける。
ここはヒルコの町の旅宿“シジン”。旅人向けの安宿ということもあって、簡素な木造平屋建ての宿だ。
雷雨に追い立てられるように町へとついた俺たちは、そのまま一直線に宿へ向かった。尊い犠牲があったばかりだったから、とにかく屋根の下に避難したかったんだ。
すっかり濡れ鼠になった俺たちを見て、おかみさんは一瞬ギョッとしていたが、それで追い返されるようなことはなかった。まあ、旅人なんて品位とは無縁の連中だろうからな、慣れているんだろう。ところで、おかみさんは顔の半分をスカーフで覆っていた。それに、片方の袖に厚みがない。腕を通していないみたいだ。
「なんだろう?変わったファッションだな……」
「桜下さん。たぶん、後遺症です。昔にご病気をされたんじゃないでしょうか」
あっ、そうだったのか……アニいわく、この町は疫病や災害に見舞われることが多いらしい。おかみさんも過去に、疾病に犯されたことがあるのかもしれないな。
無事にチェックインが済むと、とりあえずアルルカを部屋に運び込むことにした。さすがに落雷の直撃はヴァンパイアにも効いたようで、足が震えて立てないんだ。心優しいフランは彼女を運ぶ役目を快く引き受け、そして両足を掴んでずるずると部屋まで引きずっていった。あれはぜったい、日ごろの仕返しの意味が込められているんだろう。
ところで。
「アルア、お前は部屋を取らないのか?」
俺は、玄関口でじっと佇んでいるアルアに振り返る。彼女の鳶色の髪からは、ポタポタと水滴が滴っていた。早く拭かないと風邪ひいちまうぞ。
「……」
「アルア?」
「……やっぱり、私は戻ります」
「え?おいまさか、今すぐにか?無茶だって!外はひどい嵐だぞ!」
「それでもです!あの二人の情報は、一刻も早く報告しないと!」
二人ってのは、ペトラとマスカレードのことだろう。あの二人が言っていた、西での戦争のことを気にしているんだ。
「つっても……せめて、嵐が収まるのを待ってもいいんじゃないか。こんな中出てったら、お前も無事じゃ済まないかもしれないだろ」
「危険は承知のうえです。それにこの辺りの土地は、何度も走ったことがあるもの。このくらいの嵐なら、きっと行ける」
ぐはー、この石頭!こうなると、アルアは意地でも行こうとするだろう。俺たちは仲間ではないわけだから、それ自体は自由だ。村に着いた事で、彼女の任務も終わったしな。強要することもないんだけど……
「でもお前、歯はどうすんだよ?」
アルアは今の今まで折れた歯のことを忘れていたのか、はっとした顔になった。
「そ、れは……」
「ここの神殿は、治療で有名なんだってさ。せっかくここまで来たのに、治さずに帰る気か?」
「でも……今すぐに死ぬ怪我じゃないし、後にしても……」
「んー、なあ?そもそもさ、その情報って、そんなにすぐ報せなきゃいけない事か?結局今分かってることなんて、なんか怪しい奴が怪しいことをしているってだけだろ。価値のない情報とは言わないけど、あまりにも不確定要素が多すぎないか?」
「……」
「だったら、きちんと用事を済ませてからの方がスマートだろ。なんだったら、まだ俺たちの護衛が必要だってことにするか?この町を歩くのは、俺たち初めてだしな」
最後の一文は、アルアに効いたようだった。
「……確かに、任務を途中で放棄するのは、よくないけど」
「だろ?ここまで来たら、百パーセントの成果で帰れよ。中途半端じゃなくて」
「……わかりました。お言葉に甘えます」
お、アルアが折れた。へー、正直ダメもとだったのに。俺の意見なんか聞かないかと思っていた。
「では、私も部屋を取ることにします。あなたたちも、動くのは明日からでしょう?」
「ああ、残念だけど。じゃまた明日、よろしくな」
「わかりました。では」
アルアは軽く一礼すると、おかみさんに話しかけに行った。やれやれ、堅物も困ったもんだな。
「え?アルアさん、帰るつもりだったんですか?この雨の中を?」
部屋に入ってからさっきのことを話すと、仲間たちは呆れた顔をした。ウィルは額を押さえて首を振っている。
「あの娘……ちょっと、周りが見えていなさすぎるんじゃないですか?不感症なのかしら。雨にも気づいてないんじゃ……」
「ふか……ただまあ、歯はきっちり治せって言っておいたよ。この町には、治療ができる神殿があるみたいだから」
「ですか。それなら、まあ、よかったですね。いちいち心配するのも面倒ですし」
うむ、ウィルの言うとーりだ。アルアとの距離感は、これくらいでいい。
「まあ、あいつのことはそれでいいや。それよりも、ようやくたどり着いたな」
ヒルコの町を目指した目的は、エラゼムの城主を探すため。ここまでずいぶん掛かったけど、ようやく本題に入れるぜ。
「けど、本格的な探索は明日からだな。外がこれじゃあ……」
俺は窓へと目を向ける。窓ガラスには、ひっきりなしに雨が叩きつけられていた。エラゼムもうなずく。
「もちろんです。天候の回復を待ってからにいたしましょう」
「そうか?でも、災難だな。せっかく着いたってのにさ」
「ははは、そんなこともありませぬ。無事に到着したのですから、これ以上焦る必要はありません、痕跡は逃げては行きませんから」
ふむ、それもそうか。どうにも最近は追っかけられることが多かったから、せっかちになっているな。エラゼムの言う通り、後はゆっくり調査をすればいいんだ。それに……
(もしも、ここにメアリーがいたのなら……)
ひょっとすると、ここでエラゼムは、己の目的を果たすことができるかもしれないのだ。もしそうなったら、彼の思い遺すことはなくなる。その後は……
ああ、いかん!むしろ、そうなるべきなのに!主である俺が、応援しないでどうする!
(ともかく、明日からが本番だ。頑張ろう)
俺は改めて、そう決意した。
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