上 下
632 / 860
15章 燃え尽きた松明

8-5

しおりを挟む
8-5

「行っちゃった……」

ライラがぽつりとつぶやく。なんだか、嵐のような出来事だったな……

「ち、ちょっと!なんなの、あの女は!」

うわ。アルアがいきなり、俺の胸倉に掴みかかってきた。アルアはそのまま、ガクガクと俺を揺さぶる。

「あいつ、魔王軍との繋がりがあるんじゃないの!?戦争の動向を知ってるということは、スパイの可能性がある!そんな奴を自由にしてはおけない!」

「あ、わ、おち、つけって」

「落ち着いてなんていられない!」

だからって、なんで俺を揺するんだ?フランがイライラした様子で割って入らなければ、いつまでもそうしていただろう。

「やめろ!この人に当たっても、どうにもならないでしょ」

「で、でも!これは重大な問題だ!だいたい、あいつは何なの?あなたたちの知り合い?」

「もし教えてほしいのなら、黙って待ってて。お前が騒げば騒ぐほど、説明がややこしくなるから」

フランのド正論に、アルアはぐっと唇を噛んで黙った。やれやれ、やっと静かになったか。

「ったく、アルア。俺たちだって驚いてただろが。こっちだってよく分かんねーんだよ。いきなりあんなこと言われて」

「けど、あの人はあなたたちを知っている風だった!」

「ああ、知り合いではあるんだ。ただ、旅先で一度会っただけだ。詳しい素性は何にも知らない」

「なら……全くのデマカセの可能性もある、ていうこと?」

「うーん、そこまで断言してもいいものか……とりあえず、今分かっていることと照らし合わせてみようぜ」

俺たちは移動も惜しんで、その場に輪になって座った。正確には、移動を惜しんだのはアルアのみだ。ちぇっ、今しがた戦闘があったばっかりで、座り心地はよくないんだけどな。これ以上焦らすと、アルアがドカンと爆発しそうだから。

「さて、アルア。俺は西の情勢に詳しくない。傭兵のあんたなら、何か知ってるんじゃないか?」

「ええ……西の戦線、フィドラーズグリーン戦線の状況は、今のところ目立った動きはないそうよ。だけど、確実に魔王軍は活動を再開している。準備は着々と進んでいると見て間違いないって」

「なら、近々戦いが起こるっていうペトラの言葉とは、一致するな……」

「いいえ、今すぐってわけじゃない。準備は進んでいるけれど、それが一カ月後か、一年後かは分からないの。動くかに見えて、結局空振りに終わったことも何度もあったから」

「あ、そうなの?うぅ~ん、だとしてもずいぶんアバウトだな。一年後ならまだしも、一か月後だったらどうすんだよ?」

「だから今、帝都から先遣観測部隊が派遣されたとこ。万が一即座に動き出しても、三千人の兵が食い止めてくれるから、一大事にはならないはず」

ほう、三千人。なかなかの数だ。だが……

「でもペトラは、敵はかなり強いっぽいって言ってたよな?以前の戦いとは一味違うとか、魔王よりもっとやべー奴がいるとか……」

「だから!それが正しいのかどうかを聞いているの!」

またペトラの目が血走り始めた。エラゼムが咳ばらいを一つして、静かな口調で話し出す。

「現時点で確実なのは、ペトラ嬢が情勢をかなり正確に把握していたということですな。彼女は西がきな臭くなっていることを知っており、それに対して勇者が出向くことになるだろうことを知っていた」

「そうだな。戦争が始まることを予期していた。それもただの戦いじゃない、魔王と勇者の対決だ……」

「その上で、ペトラ嬢はさらなる内情をも知っているそぶりを見せました。ところで、あの場にもう一人、戦について詳しそうな人物がおりましたな」

「へ?そんな奴いたっけ?」

ペトラ以外って、俺たちの誰かか?いいや、俺たちは戦争についてほとんど知らない。アルアでもないとなると、残ったのは……

「あ!マスカレードか!」

「そうです。覚えていますでしょうか?ペトラ嬢が現れる直前、あやつは桜下殿に対して、何やら揺さぶりをかけようとしておりましたな」

「ああ、そうだった!たしか、戦争に行かないと後悔することになるって……!」

そうだった。あの野郎もまた、なんかを知っている風だったじゃないか。それに考えてみれば、そもそも一番初めに開戦の兆しを報せてきたのがマスカレードだ。あいつが戦況に詳しくても、何の不思議もない。

「ペトラ嬢とマスカレード、両者が同じ情報を得ているかどうかは定かではありませぬ。しかし二名とも、此度の戦を只ならぬもののように言っていたことが気掛かりです」

「うん、そうだな……二人とも、何かが起こることを知っているみたいだった……」

あの二人ほどの人物が、風の噂程度にそそのかされているとは思えない。やっぱり二人とも、何かの情報を握っているんだ。

「なんかあるってのは、間違いないと見てよさそうだな」

するとまたも、アルアが噛みついてくる。

「あんな怪しい奴らのこと、信用できるわけ?それにもし本当だとしたら、あいつらはスパイだ!捕まえないと!」

「あのなぁ……できることとできないこと、考えて話せよな。あいつらの強さは、その目で見ただろ?どっちか一方だけでも捕まえられたら快挙だな」

「ぐっ……ううぅぅぅぅ~!」

アルアはよっぽど悔しいのか、両の拳を地面についてうなだれた。

「まあ、できることと言ったら、今回の事を事細かく覚えておいて、後でノロ女帝に教えるくらいか。情報の真偽は女帝がするんじゃないか?」

「……悔しいけど、そうするしかなさそう。いずれにせよ、まず一番に閣下にお知らせしないと……」

「あー、で、どうする?情報は鮮度が命って言うけど、あんただけ先に帰るか?」

アルアからしたら、一刻も早くノロの下へ馳せ参じたいところだろう。そんな状態で、俺たちの案内をする気があるかな。

「……ここからなら、ヒルコの町はそう遠くない」

うなだれていたアルアは、ゆっくりと顔を上げた。

「最後まで、任務は全うします。あなた達を無事に町まで護衛するのが、傭兵としての私の務めです」

お。アルアはあくまで、任務を優先するようだ。こっちからしたら正直どっちでも問題ないけど、まあ途中でほっぽり出されるよりは気分はいい。

「そうか。じゃ、すぐにでも出発するか。こんなとこにいつまでも居てもしょうがないし」

「ええ、そうしましょう」

敵と戦った場所でいつまでもぼやぼやしているのは馬鹿だけだ。俺たちは速やかに馬に乗り込み、移動を再開した。

「あ、そういや。しまった、訊くの忘れてた!ロウラン!」

走り出したタイミングで、俺はあることを思い出した。隣でフランに引っ張られているロウランに、俺は大声で話しかける。

「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど!」

「なぁに、ダーリン?何でも答えてあげるよ♪理想の初夜のシチュエーションはね」

「違う!そうじゃなくて、さっきのペトラのことだよ」

俺が遮ると、ロウランはつまんなそうに頬を膨らました。フランがじろりと横目で睨んでいる……

「ぶー。つれないなぁ。それで、ペトラって確か、さっきの真っ黒い女の人?ダーリン、あの人とどーいう関係なの?」

「いや、さっきも言っただろ、昔一度会っただけだって。なんでそんな目で見るんだ……」

「ふ~ん……まあいいや。それで、あの人がどうしたの?」

「あれ?ロウラン、あいつの顔に見覚えないか?前に一度話しただろ、お前の記憶の中に出てきたっていう」

「うぅん……?……ああ~!思い出したの。そう言えばそんなこと言ってたねぇ」

ロウランは完全に忘れていたようだ。ペトラを直接見ても、なんにも言ってなかったしなぁ。

「お前、ペトラを見ても、なんにも思い出さなかったのか?」

「う~ん、そうだねぇ。というよりは、その記憶に出てきたって人の事自体を思い出せない感じかなぁ」

「ああ、よく覚えてないって言ってたっけか。三百年前だもんな」

「そうなの。さっきの黒い女の人を見ても、ピンとは来なかったなぁ。ああでも、雰囲気は似てたかもね。ちょっと寡黙そうな感じとか。あ、ねえねえ。あの人ってガイコクジン?」

「外国人かって?まあ、一応そうなるのかな」

ペトラの出身地は、外の大陸だったはずだ。

「外人だと、何かあるのか?」

「うーん、おぼろげなんだけど。その人、アタシの国の人じゃなかった気がするんだぁ。どこか遠くから来てて、それでいつも忙しそうにしてて……」

「遠くから……確かに、一致するな。忙しそうにってのは、何か役割があったからか?」

「うーん、よく分かんない……あの人は、魔術師だったはずなの。アタシに魔法を掛けたんだし。でも、魔術師って忙しくするものなのかなぁ?」

「それは……どうなんだろ」

俺のイメージじゃ、魔術師ってのはどっしり構えて、あまり動き回らない感じだ。まあもっとも、例外はいくらでもあるだろうが……俺の視線を感じたのか、ライラが不思議そうにこっちを見ている。

「それにねダーリン。念のため言っとくけど、アタシの記憶は三百年前のものなの。あの人って三百歳以上なの?」

「ああ、まそうだよな」

「ちょっとだけ、偶然が重なっただけ。そう考える方が妥当なんじゃない?」

「うーん……」

ロウランは暗に、ここまでにしとけと言っているんだろう。確かに、悩みすぎても答えは出なさそうだ。彼女の言う通り、珍しい偶然だったと笑い飛ばす方が楽なのだろうけど……

(でも、気になるよな、やっぱり)

ペトラは一体、何を知っているんだろう?彼女は魔王と人類の戦争に、何か関わっているのだろうか?だとしたら、敵なのか、味方なのか。

(……きな臭くなってきたな)

俺は人類の発展だとか、勇者の使命には興味ない。戦争にも行かないつもりだったが……戦いの方が、じわりじわりと、その腕をこちらに伸ばしてきているような気がする。それは俺だけじゃなくて、もっと他のところにも……
俺の心を反映したかのように、空は少しずつ雲を増し、どんよりとした天気になりつつあった。遠くで雷鳴がしている……

ずずずううぅぅぅぅん……



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

EDGE LIFE

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:404pt お気に入り:20

スパイだけが謎解きを知っている

ミステリー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:3

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:20

【BL】死んだ俺と、吸血鬼の嫌い!

BL / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:240

秘密の聖女(?)異世界でパティスリーを始めます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:4,834

mの手記

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:646pt お気に入り:0

処理中です...