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15章 燃え尽きた松明

10-2

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10-2

ステイン牧師は、話は終わったとばかりに、今にも席を立ちそうだ。なにか、とりあえずなにか言わないと!

「あ……そ、そう言えば、牧師。さっき確か、最近妙なことが起こるって、言ってませんでした?」

俺は苦し紛れに、さっき牧師がこぼしていたネタを振った。もはや単なる時間稼ぎでしかなかったけど、とにかく話を引き延ばすんだ。その間に、どうにかして突破口を探すしかない。
幸い、ステイン牧師は話に乗ってきた。

「おお、そういえばそうでした。それのせいで、ミゲルはああもイラついておったんじゃ」

「なにか、事件でも?」

「うむ、事件と言うほど大事でもないのじゃが……」

すると、壁際で話を聞いていたミゲルが、むっとした。彼自身は、大事だと思っている様子だな。

「実は、近頃この神殿の周囲に、妙な輩がうろついているようでして」

「妙な輩?」

「うむ。そやつは、なんと言えばいいのか……そこにいるマルティナの、熱心なファンのようでな」

「へ?ファン?」

俺がきょとんとすると、ミゲルの隣にいたマルティナが、顔を青くしてうつむいた。赤くじゃなくて、青くするのか?

「初めは、彼女の周辺にうろつくだけじゃった。だが次第に、町で彼女の出自やら何やらを嗅ぎまわったり、遠くから彼女を監視したりと、目に余る行為が増えていきましての」

それって……つまり、ストーカー?

「まだ百歩譲れば、その程度は目をつむれたのじゃが。がしかし、とうとう本人のみならず、他の神殿の人間にまでちょっかいを掛けるようになってしまっての」

「ちょっかいって……」

「まあ、直接彼女に襲い掛かったのじゃな。幸い、その時は別のブラザーが一緒じゃったおかげで、事なきを得たのじゃが。次はそのブラザーが大けがを負わされてしまった。彼が一人で町へ出た、帰りのことじゃったよ」

「うわ、それは……」

報復ってことだ。可愛そうに、そのブラザーは逆恨みをされたんだな。マルティナも辛そうに、唇を噛んでいる。ミゲルはそんな彼女を痛ましそうに見つめていた。

「そんなことが起きると、他のブラザーやシスターたちも怯え初めまして。次は自分かもしれんとなると、誰もマルティナに近づきたがらんのです。ただでさえ……っと、失礼」

ん?今一瞬、何かを言いかけたか?すぐにごまかされてしまって、突っ込むことはできなかったけど……

「そんなわけで、今この塔にはわしらしか人はおらんのです。他の者たちは町か、併設した母屋に移っています」

「なるほど、どうりで人がいないわけだ……」

ステイン牧師はうなずくと、再三のため息を漏らした。

「ふぅ。と言うわけで、ミゲルはあなたたちを不審な輩と思い込み、排除しようとしたわけです。そやつはこれほどまでに存在感を放っているにもかかわらず、素性への手がかりを何一つ残してはおりません。顔も年齢も、ともすれば人数すらも定かではないため、ヤマアラシの如く見境なく針を立てているというわけですじゃ」

なるほど、だから門前払いだったと。ちらりと見ると、ミゲルは恥じるどころか、むしろ当然だとでも言うような顔をしていた。
黙って聞いていたアルアは、何かを考えるようにうつむいた後、ゆっくりと牧師に話しかける。

「素性が一切分からないなんて、不気味な話ですね。さぞ不安に過ごされていることでしょう」

「いや、まったくです。なにせ、心当たりが全くない。わしらがアコギな商売をしているならともかく、神の杖にどんな者が恨みを抱くというのか」

ステイン牧師はうんざりだとばかりに首を振る。アルアはうなずくと、さらに続けた。

「お察しします。そのような輩が蔓延っているのなら、安心して旅人を受け入れることもできませんわ」

するとアルアは、意味ありげにちらりとアイコンタクトを送ってきた。な、なんだ?それの意味するところは……あ!

(そういうことか!ナイスパスだぜ!)

俺は息を吸うと、ステイン牧師の顔をまっすぐに見つめた。

「牧師。俺たちから、提案があるんすけど」

「はて。提案?」

牧師が怪訝な顔をする。前置きはなしだ。単刀直入に、切り出せ!

「俺たちで、その不審者を捕まえて見せますよ。だからその代わりに、あなたが知っていることを全部教えてくれませんか」

「はい?」

牧師は目を丸くし、仲間たちは息をのんだ。アルアだけは、小さくうなずいている。

「その輩をとっ捕まえれば、この神殿に大きな貢献をしたことになるでしょう?俺たちが信頼できるって証拠にもなる。条件としちゃ、十分じゃありませんか」

「それは、そうじゃが……じゃが、そんなことはまず無理じゃよ。なにせ、わしらですらほとんど手がかりを掴んでおらん。まさに雲をつかむような話じゃ」

「でも、不可能じゃない。確かに難しいけど、なんとか方法を探してみます」

「むう……」

牧師は考え込んでいるようだ。俺と仲間たちは、ハラハラとその様子を伺っている。

「……無論、輩を捕えてくれるのであれば、わしらとしてもありがたい話です。しかし、あくまで決まりは決まりじゃ。どれほどの恩人であっても、曲げることは難しいと思うがのぉ……」

ステイン牧師は、俺の目を見据える。弛んだまぶたの向こうで、瞳がキラリと光った気がした。

(試されているな)

牧師は、確証をするつもりはないんだ。俺たちが無事に犯人を捕まえても、秘密を明かしてくれないかもしれない。その上で、条件を呑むかどうかを訊ねている……上等だ。

「それでも、俺は信じてみるつもりっすよ。いずれにせよ、まずはこっちが示さないと」

俺の返事に、牧師は満足そうに微笑んだ。

「わしらがあなたたちに命じることはできますまい。あなたたちが何をしようと、それはそちらの自由です」

要するに、勝手にやる分にはこちらも認知しない、好きにしろって意味だな。よし、仮の段階ではあるが、契約成立だ。

「じゃあ、自由にやらせてもらいます」

「そうですか。ご健闘を願っとります。まあ、わしらが何か手伝えるわけでもありませんが。マルティナ、せめてお見送りをしなさい」

マルティナはうなずくと、扉の横に立った。話は済んだ、俺たちも立ち上がる。部屋を去る前に、俺はふと思いついて、ステイン牧師に振り返った。

「牧師、一つだけ聞いていいですか」

「なんでしょう」

「この神殿には、町の人たちはよく来るんですか?」

「……ええ。何といっても、ここは町人たちにとっても大切な場所ですから」

「やっぱりそうなんですね。わかりました、ありがとうございます」

俺は礼を言うと、小部屋を出た。

「ねー、最後の質問て、どういう意味だったの?」

廊下に出ると、ライラが袖をくいくいと引いてくる。

「んー、そうだな……ちょっとだけ、探りを入れてみた、ってとこかな?」

「探り?」

「ああ。言ってはみたけど、結構無茶なことをしようとしてるからな……少しでも情報を得とこうと思ってさ」

となれば、当人と話せる今はまたとない機会だ。俺は廊下を歩きながら、マルティナの方を向く。今思えばだけど、ステイン牧師もまた、こうなるように配慮してくれた気もするな。

「マルティナさん。訊きたいんだけど、いいかな?」

「……はい。事件について、ですよね」

マルティナも分かっていたらしい。なら話は早いな。

「できる限り、あなたの知ってることを教えてくれないかな。嫌なことを思い出させて悪いけど……」

「いえ、私としても、犯人が捕まれば嬉しいですから。ただ……」

「ただ?」

「……ごめんなさい。牧師様もおっしゃっていたけれど、本当に手掛かりはほとんどないの。直接見たこともほとんどなくて、襲われた時は黒いフードとマントを着ていたから……」

「それって、全くっすか?背格好とか、体格とかも?」

「マントだったから……体は大きかったので、恐らく男性だとは思うのですが」

「男ってだけか……でも、一度襲撃を受けたんすよね?それなら多少なりとも、声を出したりしていたんじゃ?あと、武術の心得もあるってことになるよな。それでも、さっぱり?」

するとマルティナは、はたと足を止めた。

「……なんだかその言い方だと、まるで心当たりがあって当然のようですが。ひょっとしてあなたは、私がよく知っている人たち……この町の中に犯人がいると考えているんですか?」

マルティナの目は鋭い。釣り目がちだから、余計にそう見えるんだろうな。さて……

「うーんと……だってそいつは、そこそこ前からこの辺をうろついているんだろ?ふらっと流れてきた旅人が、そんなに長期間留まれるわけないからさ」

大きな旅団ならともかく、個人の旅人の備蓄なんて、普通は一週間分もない。現に俺たちだって、寄る町寄る町で補給をしているんだ。

「長いこと留まってるってことは、どこかに拠点を持ってる可能性が高いだろ。もちろん、犯人が入念な準備をしていて、町の外に基地を作ってるのなら話は別だけど。マルティナさんは、そんな計画的犯行をする相手に恨まれる節があるのか?」

「……私自身は、ないと思っていますが」

「だったらやっぱり、町にいるって考えたほうが自然かなって」

するとマルティナは、観念したようにため息をついた。

「はぁ……さっき牧師に、町人がよく来るのかと質問したのも、そういう理由ですか。驚きました、そこまで見透かされていたなんて」

「いや、何となく思ったことを言っただけっすけど……」

俺が頬をかくと、マルティナは再び廊下を歩きだした。俺たちも後に続く。

「そう……確かにこの神殿には、町の人がよく訪れます。私たちが町へ出向くことも多いですし、それほど大きな町でもないので、ほとんどの人とは顔見知りです。ただ、その上で、私たちには犯人の正体が分からなかったのです」

「って、ことは……よく知っている人の特徴は、そいつになかったってことですか」

「はい。もともとこの町は、体のあまり丈夫でない人が多い町。武芸を嗜む人は滅多にいません。身のこなしや気配などで、私はすぐに町の人ではないと悟りました。だけど犯人は、町に長く留まっている……となると、もう考えつくのは、私たちの知らない町民しか残っていませんでした」

古くからある神殿の人間が、知らない町民……

「……つい最近、町に来た人?」

「お見事、正解です。ここ一カ月以内に、外からやって来た方が三人いらっしゃいます。ただ、それはあくまでも可能性にすぎません。繰り返しますが、明確な証拠は何一つ残っていないのです。私たちとしても、何の証拠もなく、町の人を疑うこともできなくて……」

「そこに、俺たちがやってきたってことっすね」

「ええ。ステイン牧師も、内心ではあなたたちを応援していると思います。もちろん、私も」

なるほどな。さっきマルティナは、町の人たちはほとんど顔見知りだと言った。そんな神殿の人間が、おおっぴらに町民を疑うようなことはできないってわけだ。俺たちの来訪は、まさに渡りに船だったのだろう。

「できることなら、あなたたちの願いが叶えられればいいのですが……」

マルティナも、さすがに牧師に意見できる立場ではないらしい。言葉尻を濁したので、俺は仕方ないという風に首を振った。

「そこはまあ、やれるだけやってみますよ」

「はい。よろしくお願いいたします」

マルティナはこちらを向くと、深々と頭を下げた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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