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15章 燃え尽きた松明
10-1 グランテンプル
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10-1 グランテンプル
「ふむ……見慣れない顔じゃな。外から来た方々か?」
爺さんは俺たちをぐるりと見回し、長い髭を撫でた。
「ミゲル、この方々はなんと?」
ミゲル、と呼ばれた若い修道士は、気まずそうな顔でぼそぼそと答える。
「……この方たちが、神殿に立ち入りたいと申しましたので、お断りをしていた所です。きちんと説明しても、全く聞き入れてもらえず……」
「なっ!いつ説明したって?外見で判断したって言ってただろ!」
「く、このっ!」
俺がすかさず噛みつくと、ミゲルもぎりっと睨み返す。俺たち二人の間を、シスターはオロオロした様子で、目を行ったり来たりさせていた。爺さんがため息をつく。
「ミゲル。事実のみを話しなさい。この方たちは、何か失礼を働いたのかね?」
「……」
「ミゲル」
「……いいえ。ですが、身なりからして怪しい連中です。神聖な場所には似つかわしくないかと」
くうぅ、言ってくれるじゃないか。俺は反撃しようとしたが、それより早く、爺さんの方がミゲルをたしなめた。
「これ、自分の目で見たものが全てだと思うなと、何度も言うたではないか。まして、お主のような未熟なまなこじゃと、見まごうことも多かろう」
静かに叱責されると、ミゲルは頬を赤くして黙りこんだ。ふーん、この爺さんには頭が上がらないみたいだな?
爺さんは俺たちに向き直ると、軽く頭を下げた。
「当方の若き杖が、失礼を申しました。この老いぼれに免じて、ご容赦を」
丁寧な言葉遣いだ。まだむかっ腹は立つけど、ここで礼儀を返せないと、今度はこっちが悪者だな。俺は深く息をしてから答える。
「いえ、まあそこまで気にしてはいません。俺たちがよそ者なのは事実だし。けど、怪しいもんじゃないっすよ」
「ええ、それは分かっております。本当に危険な人間なら、こうしてミゲルと問答を繰り広げはしないでしょう。無理にでも押し入ろうとしたはずじゃ」
ふむ、まあそれはそうだが。この爺さんは、ミゲルと違って冷静だな。
「それで、当方にはどういったご用件で?神殿に旅人が立ち寄るということは、治療か、解呪あたりですかの?」
「ええっと、一人は治療が必要です。こいつが……」
俺はそう言って、後ろを振り返った。ここに来たのは、エラゼムの城主を探す為でもあるが、治療ができるかもしれなかったからだ。
俺たちと一緒に来ていたアルアがうなずくと、前に一歩進み出た。すると老人の弛んだ目が、くわっと開かれる。
「おお、これはこれは。稀代の勇者の三代目様でしたか」
「はい。お世話になっております、ステイン牧師」
あれ?アルアのやつ、この爺さんと知り合いだったのか?きょとんとする俺たちを見て、アルアが小さくうなずく。
「こちらの塔を建てる際、勇者ファーストが建設費の支援をなさったのです。それ以来、当家とは何かと親しくしていただいています」
「いやはや、こちらこそ、英雄の家系に祝福を施せるなど、聖職者として大変名誉なことです」
ははぁ、だから和風の塔だったのか。きっと、ファーストのやつがデザインに口出ししたに違いない。アルアが一緒だと分かると、爺さんは態度を一変させた(けっ、現金なもんだ)。くわっと怖い顔をして、ミゲルを睨む。
「これ、ミゲル!お主、アルア嬢のお顔を忘れておったのか!」
これにはさすがに、ミゲルも青い顔をしていた。アルアに気付かずに、門前払いしようとしていたからな。けけけ、いい気味だ。持つべきものは権力だ。
「ステイン牧師、私は気にしていませんから」
「いやしかし、申し訳ないですじゃ。せめてもの弁明をさせてもらえるのなら、近頃妙なことが起こっておりましての……」
「妙なこと?」
「ええ。ああしかし、こんなところで立ち話もなんですな。さあ、お入りください。マルティナ、先に行って支度なさい」
マルティナと呼ばれたシスターは、はいと返事をすると、小走りで塔の中へと入っていった。爺さん、もといステイン牧師が、俺たちを中へ促す。
「さあさあ、アルア嬢も、旅の方々も、ぜひ。大したもてなしはできませんが、ゆっくりお話を伺いましょうぞ」
おお、ラッキー。話を聞いてくれるってよ。アルアの治療にちゃっかり便乗できたな。ニヤニヤ笑いながら脇を通り過ぎてやったら、ミゲルのやつ、真っ赤になってたな。くくくっ。
俺たちは牧師のあとに続いて、グランテンプルへと入って行く。
外観こそ東洋テイストが色濃く出ていたグランテンプルだが、中は意外と普通の西洋風建築で、アルアの家みたいに純和風って事はなかった。聞けば、もともとは内装もファーストが監修するはずだったのがだ、戦争が大詰めになったせいで暇がなくなったらしい。そのせいで中身はこっちの世界準拠になったわけだな。
神殿の中は静かで、俺たちの他は誰もいない。おかしいな、こんなに大きな塔なのに?他の修道士は別のフロアにいるのかな。
板張りの廊下を進んでいくと、とある一室に通された。テーブルとイスが数脚あるだけの、質素な部屋だ。先に行っていたマルティナが、カップにお茶を用意してくれていた。湯呑みに緑茶じゃなくて、俺は少しだけガッカリした。
「さあ、おかけください。マルティナとミゲルも来なさい。治療が必要とのことじゃからの」
シスターとブラザーである二人は、部屋の入り口のわきに並んで立った。俺たちが席につくと、ステイン牧師がアルアに話しかける。
「それで、アルア嬢。治療が必要なのは、貴女ということでしたかな?しかし見たところ、どこもお怪我はされておらんようじゃが」
「ええ、実は……」
アルアは懐から、小さな小袋を取り出した。袋を振ると、中からころりと、小さく白いものが転がり出る。根元から折れてしまった、アルアの犬歯だ。ステイン牧師が目を丸くして、まじまじと歯を見つめる。
「なんとまぁ……お気の毒に。しかし、不幸中の幸いでしたな。歯が残っているのであれば、元に戻すことは可能です。お怪我をされたのはいつ頃か?」
「一週間ほど前です」
「それならば、つけた後で腐ることもありますまい。さっそく施術に取り掛かりましょう。二人とも、しっかり頼むぞ」
ステイン牧師は、マルティナとミゲルを呼びつけた。二人はうなずくと、アルアのそばに立つ。マルティナはアルアに深々と頭を下げた。
「治療を担当させていただきます、マルティナと申します。治療の際には、お怪我をされた場所を手で押さえなくてはならないのですが、よろしいですか?」
「はい。構いません」
アルアの返事に、マルティナはうなずいた。そして机に置かれた歯をそっとつまむと、アルアの口元へ近づける。
「口を大きく開けていただけますか」
「わ、わかりました。……ほうでひょうは」
あー、とアルアが口を広げる。ぷくく、ちょっとマヌケ面だな。俺がにやけると、アルアはぎろっとこっちを睨んできた。おーこわ。あんまりジロジロ見ないどこ。
「それでは、始めます」
マルティナは折れた歯を、もとあった位置に押し付けた。彼女の手に、ミゲルも手を重ねる。二人は目を閉じると、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。だんだんと、二人の手から緑色の光が放たれ始める。
「「アマハステビア!」」
パァー!まばゆい緑の光が放たれ、二人の手元を照らす。光は徐々に弱まっていき、数秒ほどで完全に消えた。
「終わりました。これで元通りになったはずです」
え、もう?こんなに早いのか。二人が手を離したので、アルアは恐る恐る、自分の犬歯に触れた。おお、確かにくっついている。アルアの顔が明るくなった。ははは、よかったな。
「ありがとうございました。シスター、ブラザー、感謝いたします」
アルアが慇懃に頭を下げると、マルティナはわたわたと顔の前で手を振った。
「い、いえ!お役に立てたのなら、光栄です」
ずいぶんと腰が低い。仏頂面のミゲルとはえらい違いだ。俺は光の聖女・キサカを思い出した。回復系の術師は、みんな腰が低いのかな?
「ほっほっほ。いやあ、よかったよかった。これで、アルア嬢の問題は解決ですかな?」
ステイン牧師がにこにこと言う。でも、これで終わりじゃないぞ。次はこっちの要件だ。アルアはうなずくと、俺たちを手で示した。
「あの、こちらの方たちが、牧師に訊きたいことがあるそうなんです。お話を聞いていただけますか?」
「ほう、わしに?こんな老いぼれで答えられることがあればよいのですが」
アルアが話を振ってくれたので、俺はテーブルに少し身を乗り出した。
「牧師さん。実は俺たち、ある人物を探しているんです」
「人探し?わしらの下へ訊きに来るということは、神に仕える方ですかの?」
「か、どうかまでは分からないんすけど……牧師さんは、光の魔力ってご存じですか?」
ステイン牧師の白い眉毛が、ぴくっと震えた。ビンゴか?
「ふむ……光の魔力。非情に稀有な魔力と聞きますな」
「ええ。俺たち、その魔力を持っていた人を探しているんです」
「持って、いた?いるではなく?」
「ずっと昔の時代の人なんですよ。百年くらい前の……仲間の、とても大事な人なんです」
エラゼムの鎧が、きぃと音を鳴らす。さあ牧師よ、だいぶ絞り込めたんじゃないか?牧師は考え込むように髭を撫でていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……心当たりは、あります」
「おお!ほんとですか!」
「いや、あまりお喜びにはならんでください。おそらく、その期待には応えられません」
「え?」
そりゃ、どういうことだ?
「確かにわしには、その人物について思い当たるところはあります。しかし、その方についてお話しすることはできぬのです」
「な、なんで!」
「どうしてですか、ステイン牧師!」
おお?意外だな、アルアまでが、牧師を避難するような目で見ている。
「この方たちの身分を疑っているのなら、私が保証します!けして怪しい方たちではありません!」
思わぬ援護射撃。けどありがたい、牧師も断りづらそうにしているぞ。
しばらくすると牧師は、深いため息をついた。
「ふぅ。アルア嬢、あなたのお知り合いを疑っているわけではないのです。これはわし個人の意見というよりも、この神殿の意思でしてな」
「神殿の意思?」
「その方は、我が神殿に多大な恩恵を与えて下さった、聖人様です。神の生まれ変わりとも呼ばれた、とても偉大なお方だったと聞いております。その方の神聖をお守りするために、グランテンプルはその方のことをむやみに触れ回ることを禁じたのです」
「……要するに、教団関係者しか知ってはならないということですか?」
「端的に言えば、そうなります。どれほど高名な名であろうと、騙ろうとたくらむ不届き者はいるものですから」
それは、つまり……秘仏、みたいなことだろうか。一般には公開されず、それを管理する者だけが目にすることができる……
「そんな……そんなことが、ありますか!」
ウィルがいきなり声を荒げた。
「神聖を守るために秘密にするだなんて、矛盾もいいところです!出し惜しみしているだけじゃないですか!神の恩恵は、特定の個人が独占していいものじゃないのに!」
むう、ウィルの言うことももっともだ。ただ、それを俺が言ったところで、釈迦に説法だろうな……今は成り行きを見守るしかない。
「ですが……先ほども言ったように、この方たちは悪人ではありません。それでもですか?」
アルアは意外なほど食い下がってくれる。しかし、それでもステイン牧師は首を横に振った。
「心苦しいことです。こればかりは、わしの一存ではどうにもなりませぬ。皆様には、わがままを言っているだけに思えるかもしれませんな。しかし、どうか分かっていただきたい」
アルアは何も言えなくなってしまった。万事休すだ……
ウィルとライラが、どうしよう?という目でこっちを見てくる。くうう、俺だって同じだってのに。だけど、ここですごすご引き下がれるか!エラゼムのためにも、どうにか牧師を折らせないと。
(なにか、とっかかりがあれば……)
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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爺さんは俺たちをぐるりと見回し、長い髭を撫でた。
「ミゲル、この方々はなんと?」
ミゲル、と呼ばれた若い修道士は、気まずそうな顔でぼそぼそと答える。
「……この方たちが、神殿に立ち入りたいと申しましたので、お断りをしていた所です。きちんと説明しても、全く聞き入れてもらえず……」
「なっ!いつ説明したって?外見で判断したって言ってただろ!」
「く、このっ!」
俺がすかさず噛みつくと、ミゲルもぎりっと睨み返す。俺たち二人の間を、シスターはオロオロした様子で、目を行ったり来たりさせていた。爺さんがため息をつく。
「ミゲル。事実のみを話しなさい。この方たちは、何か失礼を働いたのかね?」
「……」
「ミゲル」
「……いいえ。ですが、身なりからして怪しい連中です。神聖な場所には似つかわしくないかと」
くうぅ、言ってくれるじゃないか。俺は反撃しようとしたが、それより早く、爺さんの方がミゲルをたしなめた。
「これ、自分の目で見たものが全てだと思うなと、何度も言うたではないか。まして、お主のような未熟なまなこじゃと、見まごうことも多かろう」
静かに叱責されると、ミゲルは頬を赤くして黙りこんだ。ふーん、この爺さんには頭が上がらないみたいだな?
爺さんは俺たちに向き直ると、軽く頭を下げた。
「当方の若き杖が、失礼を申しました。この老いぼれに免じて、ご容赦を」
丁寧な言葉遣いだ。まだむかっ腹は立つけど、ここで礼儀を返せないと、今度はこっちが悪者だな。俺は深く息をしてから答える。
「いえ、まあそこまで気にしてはいません。俺たちがよそ者なのは事実だし。けど、怪しいもんじゃないっすよ」
「ええ、それは分かっております。本当に危険な人間なら、こうしてミゲルと問答を繰り広げはしないでしょう。無理にでも押し入ろうとしたはずじゃ」
ふむ、まあそれはそうだが。この爺さんは、ミゲルと違って冷静だな。
「それで、当方にはどういったご用件で?神殿に旅人が立ち寄るということは、治療か、解呪あたりですかの?」
「ええっと、一人は治療が必要です。こいつが……」
俺はそう言って、後ろを振り返った。ここに来たのは、エラゼムの城主を探す為でもあるが、治療ができるかもしれなかったからだ。
俺たちと一緒に来ていたアルアがうなずくと、前に一歩進み出た。すると老人の弛んだ目が、くわっと開かれる。
「おお、これはこれは。稀代の勇者の三代目様でしたか」
「はい。お世話になっております、ステイン牧師」
あれ?アルアのやつ、この爺さんと知り合いだったのか?きょとんとする俺たちを見て、アルアが小さくうなずく。
「こちらの塔を建てる際、勇者ファーストが建設費の支援をなさったのです。それ以来、当家とは何かと親しくしていただいています」
「いやはや、こちらこそ、英雄の家系に祝福を施せるなど、聖職者として大変名誉なことです」
ははぁ、だから和風の塔だったのか。きっと、ファーストのやつがデザインに口出ししたに違いない。アルアが一緒だと分かると、爺さんは態度を一変させた(けっ、現金なもんだ)。くわっと怖い顔をして、ミゲルを睨む。
「これ、ミゲル!お主、アルア嬢のお顔を忘れておったのか!」
これにはさすがに、ミゲルも青い顔をしていた。アルアに気付かずに、門前払いしようとしていたからな。けけけ、いい気味だ。持つべきものは権力だ。
「ステイン牧師、私は気にしていませんから」
「いやしかし、申し訳ないですじゃ。せめてもの弁明をさせてもらえるのなら、近頃妙なことが起こっておりましての……」
「妙なこと?」
「ええ。ああしかし、こんなところで立ち話もなんですな。さあ、お入りください。マルティナ、先に行って支度なさい」
マルティナと呼ばれたシスターは、はいと返事をすると、小走りで塔の中へと入っていった。爺さん、もといステイン牧師が、俺たちを中へ促す。
「さあさあ、アルア嬢も、旅の方々も、ぜひ。大したもてなしはできませんが、ゆっくりお話を伺いましょうぞ」
おお、ラッキー。話を聞いてくれるってよ。アルアの治療にちゃっかり便乗できたな。ニヤニヤ笑いながら脇を通り過ぎてやったら、ミゲルのやつ、真っ赤になってたな。くくくっ。
俺たちは牧師のあとに続いて、グランテンプルへと入って行く。
外観こそ東洋テイストが色濃く出ていたグランテンプルだが、中は意外と普通の西洋風建築で、アルアの家みたいに純和風って事はなかった。聞けば、もともとは内装もファーストが監修するはずだったのがだ、戦争が大詰めになったせいで暇がなくなったらしい。そのせいで中身はこっちの世界準拠になったわけだな。
神殿の中は静かで、俺たちの他は誰もいない。おかしいな、こんなに大きな塔なのに?他の修道士は別のフロアにいるのかな。
板張りの廊下を進んでいくと、とある一室に通された。テーブルとイスが数脚あるだけの、質素な部屋だ。先に行っていたマルティナが、カップにお茶を用意してくれていた。湯呑みに緑茶じゃなくて、俺は少しだけガッカリした。
「さあ、おかけください。マルティナとミゲルも来なさい。治療が必要とのことじゃからの」
シスターとブラザーである二人は、部屋の入り口のわきに並んで立った。俺たちが席につくと、ステイン牧師がアルアに話しかける。
「それで、アルア嬢。治療が必要なのは、貴女ということでしたかな?しかし見たところ、どこもお怪我はされておらんようじゃが」
「ええ、実は……」
アルアは懐から、小さな小袋を取り出した。袋を振ると、中からころりと、小さく白いものが転がり出る。根元から折れてしまった、アルアの犬歯だ。ステイン牧師が目を丸くして、まじまじと歯を見つめる。
「なんとまぁ……お気の毒に。しかし、不幸中の幸いでしたな。歯が残っているのであれば、元に戻すことは可能です。お怪我をされたのはいつ頃か?」
「一週間ほど前です」
「それならば、つけた後で腐ることもありますまい。さっそく施術に取り掛かりましょう。二人とも、しっかり頼むぞ」
ステイン牧師は、マルティナとミゲルを呼びつけた。二人はうなずくと、アルアのそばに立つ。マルティナはアルアに深々と頭を下げた。
「治療を担当させていただきます、マルティナと申します。治療の際には、お怪我をされた場所を手で押さえなくてはならないのですが、よろしいですか?」
「はい。構いません」
アルアの返事に、マルティナはうなずいた。そして机に置かれた歯をそっとつまむと、アルアの口元へ近づける。
「口を大きく開けていただけますか」
「わ、わかりました。……ほうでひょうは」
あー、とアルアが口を広げる。ぷくく、ちょっとマヌケ面だな。俺がにやけると、アルアはぎろっとこっちを睨んできた。おーこわ。あんまりジロジロ見ないどこ。
「それでは、始めます」
マルティナは折れた歯を、もとあった位置に押し付けた。彼女の手に、ミゲルも手を重ねる。二人は目を閉じると、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。だんだんと、二人の手から緑色の光が放たれ始める。
「「アマハステビア!」」
パァー!まばゆい緑の光が放たれ、二人の手元を照らす。光は徐々に弱まっていき、数秒ほどで完全に消えた。
「終わりました。これで元通りになったはずです」
え、もう?こんなに早いのか。二人が手を離したので、アルアは恐る恐る、自分の犬歯に触れた。おお、確かにくっついている。アルアの顔が明るくなった。ははは、よかったな。
「ありがとうございました。シスター、ブラザー、感謝いたします」
アルアが慇懃に頭を下げると、マルティナはわたわたと顔の前で手を振った。
「い、いえ!お役に立てたのなら、光栄です」
ずいぶんと腰が低い。仏頂面のミゲルとはえらい違いだ。俺は光の聖女・キサカを思い出した。回復系の術師は、みんな腰が低いのかな?
「ほっほっほ。いやあ、よかったよかった。これで、アルア嬢の問題は解決ですかな?」
ステイン牧師がにこにこと言う。でも、これで終わりじゃないぞ。次はこっちの要件だ。アルアはうなずくと、俺たちを手で示した。
「あの、こちらの方たちが、牧師に訊きたいことがあるそうなんです。お話を聞いていただけますか?」
「ほう、わしに?こんな老いぼれで答えられることがあればよいのですが」
アルアが話を振ってくれたので、俺はテーブルに少し身を乗り出した。
「牧師さん。実は俺たち、ある人物を探しているんです」
「人探し?わしらの下へ訊きに来るということは、神に仕える方ですかの?」
「か、どうかまでは分からないんすけど……牧師さんは、光の魔力ってご存じですか?」
ステイン牧師の白い眉毛が、ぴくっと震えた。ビンゴか?
「ふむ……光の魔力。非情に稀有な魔力と聞きますな」
「ええ。俺たち、その魔力を持っていた人を探しているんです」
「持って、いた?いるではなく?」
「ずっと昔の時代の人なんですよ。百年くらい前の……仲間の、とても大事な人なんです」
エラゼムの鎧が、きぃと音を鳴らす。さあ牧師よ、だいぶ絞り込めたんじゃないか?牧師は考え込むように髭を撫でていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……心当たりは、あります」
「おお!ほんとですか!」
「いや、あまりお喜びにはならんでください。おそらく、その期待には応えられません」
「え?」
そりゃ、どういうことだ?
「確かにわしには、その人物について思い当たるところはあります。しかし、その方についてお話しすることはできぬのです」
「な、なんで!」
「どうしてですか、ステイン牧師!」
おお?意外だな、アルアまでが、牧師を避難するような目で見ている。
「この方たちの身分を疑っているのなら、私が保証します!けして怪しい方たちではありません!」
思わぬ援護射撃。けどありがたい、牧師も断りづらそうにしているぞ。
しばらくすると牧師は、深いため息をついた。
「ふぅ。アルア嬢、あなたのお知り合いを疑っているわけではないのです。これはわし個人の意見というよりも、この神殿の意思でしてな」
「神殿の意思?」
「その方は、我が神殿に多大な恩恵を与えて下さった、聖人様です。神の生まれ変わりとも呼ばれた、とても偉大なお方だったと聞いております。その方の神聖をお守りするために、グランテンプルはその方のことをむやみに触れ回ることを禁じたのです」
「……要するに、教団関係者しか知ってはならないということですか?」
「端的に言えば、そうなります。どれほど高名な名であろうと、騙ろうとたくらむ不届き者はいるものですから」
それは、つまり……秘仏、みたいなことだろうか。一般には公開されず、それを管理する者だけが目にすることができる……
「そんな……そんなことが、ありますか!」
ウィルがいきなり声を荒げた。
「神聖を守るために秘密にするだなんて、矛盾もいいところです!出し惜しみしているだけじゃないですか!神の恩恵は、特定の個人が独占していいものじゃないのに!」
むう、ウィルの言うことももっともだ。ただ、それを俺が言ったところで、釈迦に説法だろうな……今は成り行きを見守るしかない。
「ですが……先ほども言ったように、この方たちは悪人ではありません。それでもですか?」
アルアは意外なほど食い下がってくれる。しかし、それでもステイン牧師は首を横に振った。
「心苦しいことです。こればかりは、わしの一存ではどうにもなりませぬ。皆様には、わがままを言っているだけに思えるかもしれませんな。しかし、どうか分かっていただきたい」
アルアは何も言えなくなってしまった。万事休すだ……
ウィルとライラが、どうしよう?という目でこっちを見てくる。くうう、俺だって同じだってのに。だけど、ここですごすご引き下がれるか!エラゼムのためにも、どうにか牧師を折らせないと。
(なにか、とっかかりがあれば……)
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