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15章 燃え尽きた松明
14-1 最後の稽古
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14-1 最後の稽古
「お、桜下殿……」
剣を抜いた俺に対して、エラゼムは戸惑いを隠せないでいる。
「いいだろ?文字通り、真剣勝負だ。最後くらい手加減せずに、あんたの実力を見せてくれよ」
さあて、乗ってくるかな。
俺がエラゼムから教わっていたのは、恐ろしい大剣を振り回すような技術じゃない。剣術の基礎の基礎、それも防衛に特化した技ばかり教わってきた。だけどそのおかげで、俺は得物の長さが半分になっても、さほど影響を受けていないんだ。基礎技術は、どんな武器にも応用が利くからな。
(まったくのやけっぱちってわけじゃない)
俺に最低限の技術があることは、師範であったエラゼムもよく分かっているはずだ。
「……承知、いたしました」
ようし、やっぱり乗ってきた。
エラゼムは背中に背負っていた武器を手に取る。一見すると不格好な盾に見えるが、二つ折りにされていたそれを展開すると、身の丈ほどの巨大な剣になる。アダマンタイト鋼鉄で作られ、ドワーフによって鍛えられたその剣は、暁の弱い光のなかでも白銀に輝いていた。
「そうこなくっちゃな」
対する俺の剣は、三十センチあるかないかの短剣だ。いちおう、オリハルコンで作られ、ドワーフ製なことも同じだけど、エラゼムのと比べると爪楊枝くらいにしか感じない……それはたぶん、持ち主の技量もあるんだろう。
(だからこそ、本気で行くぞ)
俺は剣に魔力を込める。緋色の刀身がブゥーンと震えて、桃色の魔力が剣を覆う。俺の冥属性の魔力と一体化したソウル・ソードは、アンデッドに対して絶大な威力を誇るのだ。
「全力でいかしてもらうぜ。いちおう、飛び道具は使わないけど」
「桜下殿……かしこまりました。このエラゼム、全霊を掛けてお相手させていただきます」
よし、向こうも本気になったようだ。
俺たちは丘の上で、距離を取って睨みあった。ゆっくりと円を描くように足を運ぶ。こうして向き合うと、やっぱりプレッシャー感じるな。今まではずっと、背中ばかりを見てきたから。
「ああ、そうだエラゼム。一つ言い忘れてた」
「はい?なんでしょうか」
「この勝負、勝ったほうが負けたほうに命令できることにしようぜ」
「は、はい?」
「そっちが勝ったら、メアリーの下に逝って成仏していい。けど俺が勝ったら、あんたには俺の軍勢としてもうしばらく働いてもらうことにする」
「な……」
エラゼムは絶句している。悪いな、後出しじゃなきゃ、お前は受けてくれないと思ったんだ。
「だから俺は、本気だぜ。あんたも言った通り、我が軍勢には強い力が必要だ。お前ほどの死霊を逃すのは惜しいんでね」
「……吾輩が勝てば、吾輩は成仏してよいのですね?」
「おう。成仏したいんだったら、そっちも本気で俺を倒すんだな」
「……承知しました」
ビリビリビリッ!うお、こりゃすごい……エラゼムの敵意は、俺一人に集中している。久しいな、初めてこいつと戦った時以来の感覚だ。
「そう、こなくっちゃな……行くぜ!」
「来なさい!」
地面を蹴って、走り出す!剣のリーチは、あちらの方が圧倒的に広い。不用意に間合いに飛び込めば、一方的に切られる。だがその分、やつの剣は大振りだ。
(そのすきを突く!)
俺はエラゼムの間合いに入る寸前で、かかとを立てて急ブレーキを踏んだ。そのまま強引に後ろに飛び退く。間一髪、エラゼムの剣が目の前を掠めていった。
「スキありー!」
後ろに下がった足をさらに無理やり踏み込んで、エラゼムの懐へ突っ込む!
「甘い!」
だがそれは、エラゼムにも読まれていた。エラゼムは振るった剣を即座に引き戻し、もう一度斬りかかってきた。こうなると、圧倒的に不利になるのは俺だ。しかーし!
(そうくると思ってたさ!)
俺は体を倒してスライディングした。
「なに!?」
エラゼムの剣は俺の頭上で空を斬る。俺はそのまま、彼の股の間を潜り抜けた。
(取った!)
彼の鎧も、俺のソウルソードの前には意味をなさない。魔力の刃は、どんな鋼鉄だって貫通するのだ。俺は振り返ると、強引に腕を伸ばす。
「おりゃあああ!」
無防備な背中めがけて、剣を突き立てる!
ガキィーーン!
「っつぅ……!」
腕に凄まじい衝撃が走った。し、痺れる……!俺の剣は、エラゼムが伸ばした大剣に防がれていた。彼は振り返りもせずに、正確に俺の剣を止めて見せたのだ。
「……相変わらず、大したもんだぜ」
「……っ!」
キィーン!
早朝の空に、緋色の剣が舞った。弾き飛ばされた俺の剣は、丘の中ほどにとすっと落ちた。
俺は、負けたのだ。
「……あーあ。俺の負けだ、エラゼム」
「……」
エラゼムは剣を弾いた格好のまま、俺を見下ろしていた。
正直、万に一つも勝てるとは思っていなかった。負けた言い訳ってわけじゃないぞ?だって、数か月練習した俺と、百年以上剣を振るってきたエラゼムが戦って、俺が勝てるわけないじゃないか。それくらいは、俺にだって分かってたさ。
(本気で彼が欲しかったわけじゃない。本音が、訊きたかったんだ)
彼は、俺の剣を弾いた。つまりは、そういうことさ。
「……桜下殿。吾輩は……!」
ガシャン。エラゼムは怪我でも負ったかのように、剣を地面について、がっくりと膝をついた。
「吾輩は……」
「な?あんたの勝ちだ。それを望んでるってことなんだよ」
「しかし……」
「むしろこれで、あえて手ぇ抜いたりした日には、俺は本気でぶっ飛ばしてたぞ。いいんだよ、それで。もう十分だ」
たぶん俺が頼めば、彼はこの世に留まることを選んでくれるだろう。けど、それじゃダメなんだ。彼が逝くことを望んでいるのなら、俺はそれを願わなくちゃいけない。
それが、主としての……ネクロマンサーとしての、責任だと思うから。
「じゃあな、エラゼム。逝ってこい」
「……はい。ありがとう、ございました……!」
気付けば辺りは、ずいぶん明るくなってきていた。じき陽が昇るだろう。もう、夜は終わったのだ。
「さてと。そろそろ戻るか。あんまり遅いと、みんな心配するかもしれないし」
エラゼムとの最後の稽古を終え、俺は飛んで行った剣を鞘に戻すと、丘を下り始めた。
「そうですな。吾輩も少し出てくると伝えたきりでした。どこをほっつき歩いているのかと思われているかもしれません」
「いや、それはないと思うぜ。みんな丘にいるって知ってたから」
「はい?そうなのですか?」
エラゼムは面食らっている。知らぬは本人ばかりってな。
「……あれ?でも改めて考えると、少しおかしいな。エラゼム、行き先は伝えなかったんだよな?」
「ええ、そのはずですが」
「じゃあ、なんで……」
「……まあ、こっそりついてきてただけですけどね」
え?丘を下りた林の陰から、ウィルがひょこっと顔を出した。
「ウィル?なんだよ、いたのか」
「ええ。私だけじゃないですけど……」
な、なに?するとぞくぞくと、フラン、ロウラン、それにアルルカまで!
「お、お前ら!そろって覗きたぁ、趣味が悪いぞ!」
「だって、なんか声かけづらい雰囲気だったし」
「そうですよ。最後の方なんて剣で斬り合いなんか始めて、冷や冷やしました」
「でも、アタシああいうの好きだなぁ。男の友情って感じなの♪」
「それを言うなら、男の子じゃない?青臭いガキって、拳で語りたがるじゃない」
こ、こいつら、揃って言いたい放題……
「……そうだな」
「あれ、桜下さん?」
「……お前らとも、ちょうど語り合いたいと思ってたんだ。拳でなぁー!」
俺は腕をぶんぶん振り回しながら、四人を宿まで追いかけ回した。早朝から大騒ぎして、町民たちはいい迷惑だっただろう。俺たちの後ろからは、エラゼムが珍しく声を立てて笑いながらついてきていた。
つづく
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剣を抜いた俺に対して、エラゼムは戸惑いを隠せないでいる。
「いいだろ?文字通り、真剣勝負だ。最後くらい手加減せずに、あんたの実力を見せてくれよ」
さあて、乗ってくるかな。
俺がエラゼムから教わっていたのは、恐ろしい大剣を振り回すような技術じゃない。剣術の基礎の基礎、それも防衛に特化した技ばかり教わってきた。だけどそのおかげで、俺は得物の長さが半分になっても、さほど影響を受けていないんだ。基礎技術は、どんな武器にも応用が利くからな。
(まったくのやけっぱちってわけじゃない)
俺に最低限の技術があることは、師範であったエラゼムもよく分かっているはずだ。
「……承知、いたしました」
ようし、やっぱり乗ってきた。
エラゼムは背中に背負っていた武器を手に取る。一見すると不格好な盾に見えるが、二つ折りにされていたそれを展開すると、身の丈ほどの巨大な剣になる。アダマンタイト鋼鉄で作られ、ドワーフによって鍛えられたその剣は、暁の弱い光のなかでも白銀に輝いていた。
「そうこなくっちゃな」
対する俺の剣は、三十センチあるかないかの短剣だ。いちおう、オリハルコンで作られ、ドワーフ製なことも同じだけど、エラゼムのと比べると爪楊枝くらいにしか感じない……それはたぶん、持ち主の技量もあるんだろう。
(だからこそ、本気で行くぞ)
俺は剣に魔力を込める。緋色の刀身がブゥーンと震えて、桃色の魔力が剣を覆う。俺の冥属性の魔力と一体化したソウル・ソードは、アンデッドに対して絶大な威力を誇るのだ。
「全力でいかしてもらうぜ。いちおう、飛び道具は使わないけど」
「桜下殿……かしこまりました。このエラゼム、全霊を掛けてお相手させていただきます」
よし、向こうも本気になったようだ。
俺たちは丘の上で、距離を取って睨みあった。ゆっくりと円を描くように足を運ぶ。こうして向き合うと、やっぱりプレッシャー感じるな。今まではずっと、背中ばかりを見てきたから。
「ああ、そうだエラゼム。一つ言い忘れてた」
「はい?なんでしょうか」
「この勝負、勝ったほうが負けたほうに命令できることにしようぜ」
「は、はい?」
「そっちが勝ったら、メアリーの下に逝って成仏していい。けど俺が勝ったら、あんたには俺の軍勢としてもうしばらく働いてもらうことにする」
「な……」
エラゼムは絶句している。悪いな、後出しじゃなきゃ、お前は受けてくれないと思ったんだ。
「だから俺は、本気だぜ。あんたも言った通り、我が軍勢には強い力が必要だ。お前ほどの死霊を逃すのは惜しいんでね」
「……吾輩が勝てば、吾輩は成仏してよいのですね?」
「おう。成仏したいんだったら、そっちも本気で俺を倒すんだな」
「……承知しました」
ビリビリビリッ!うお、こりゃすごい……エラゼムの敵意は、俺一人に集中している。久しいな、初めてこいつと戦った時以来の感覚だ。
「そう、こなくっちゃな……行くぜ!」
「来なさい!」
地面を蹴って、走り出す!剣のリーチは、あちらの方が圧倒的に広い。不用意に間合いに飛び込めば、一方的に切られる。だがその分、やつの剣は大振りだ。
(そのすきを突く!)
俺はエラゼムの間合いに入る寸前で、かかとを立てて急ブレーキを踏んだ。そのまま強引に後ろに飛び退く。間一髪、エラゼムの剣が目の前を掠めていった。
「スキありー!」
後ろに下がった足をさらに無理やり踏み込んで、エラゼムの懐へ突っ込む!
「甘い!」
だがそれは、エラゼムにも読まれていた。エラゼムは振るった剣を即座に引き戻し、もう一度斬りかかってきた。こうなると、圧倒的に不利になるのは俺だ。しかーし!
(そうくると思ってたさ!)
俺は体を倒してスライディングした。
「なに!?」
エラゼムの剣は俺の頭上で空を斬る。俺はそのまま、彼の股の間を潜り抜けた。
(取った!)
彼の鎧も、俺のソウルソードの前には意味をなさない。魔力の刃は、どんな鋼鉄だって貫通するのだ。俺は振り返ると、強引に腕を伸ばす。
「おりゃあああ!」
無防備な背中めがけて、剣を突き立てる!
ガキィーーン!
「っつぅ……!」
腕に凄まじい衝撃が走った。し、痺れる……!俺の剣は、エラゼムが伸ばした大剣に防がれていた。彼は振り返りもせずに、正確に俺の剣を止めて見せたのだ。
「……相変わらず、大したもんだぜ」
「……っ!」
キィーン!
早朝の空に、緋色の剣が舞った。弾き飛ばされた俺の剣は、丘の中ほどにとすっと落ちた。
俺は、負けたのだ。
「……あーあ。俺の負けだ、エラゼム」
「……」
エラゼムは剣を弾いた格好のまま、俺を見下ろしていた。
正直、万に一つも勝てるとは思っていなかった。負けた言い訳ってわけじゃないぞ?だって、数か月練習した俺と、百年以上剣を振るってきたエラゼムが戦って、俺が勝てるわけないじゃないか。それくらいは、俺にだって分かってたさ。
(本気で彼が欲しかったわけじゃない。本音が、訊きたかったんだ)
彼は、俺の剣を弾いた。つまりは、そういうことさ。
「……桜下殿。吾輩は……!」
ガシャン。エラゼムは怪我でも負ったかのように、剣を地面について、がっくりと膝をついた。
「吾輩は……」
「な?あんたの勝ちだ。それを望んでるってことなんだよ」
「しかし……」
「むしろこれで、あえて手ぇ抜いたりした日には、俺は本気でぶっ飛ばしてたぞ。いいんだよ、それで。もう十分だ」
たぶん俺が頼めば、彼はこの世に留まることを選んでくれるだろう。けど、それじゃダメなんだ。彼が逝くことを望んでいるのなら、俺はそれを願わなくちゃいけない。
それが、主としての……ネクロマンサーとしての、責任だと思うから。
「じゃあな、エラゼム。逝ってこい」
「……はい。ありがとう、ございました……!」
気付けば辺りは、ずいぶん明るくなってきていた。じき陽が昇るだろう。もう、夜は終わったのだ。
「さてと。そろそろ戻るか。あんまり遅いと、みんな心配するかもしれないし」
エラゼムとの最後の稽古を終え、俺は飛んで行った剣を鞘に戻すと、丘を下り始めた。
「そうですな。吾輩も少し出てくると伝えたきりでした。どこをほっつき歩いているのかと思われているかもしれません」
「いや、それはないと思うぜ。みんな丘にいるって知ってたから」
「はい?そうなのですか?」
エラゼムは面食らっている。知らぬは本人ばかりってな。
「……あれ?でも改めて考えると、少しおかしいな。エラゼム、行き先は伝えなかったんだよな?」
「ええ、そのはずですが」
「じゃあ、なんで……」
「……まあ、こっそりついてきてただけですけどね」
え?丘を下りた林の陰から、ウィルがひょこっと顔を出した。
「ウィル?なんだよ、いたのか」
「ええ。私だけじゃないですけど……」
な、なに?するとぞくぞくと、フラン、ロウラン、それにアルルカまで!
「お、お前ら!そろって覗きたぁ、趣味が悪いぞ!」
「だって、なんか声かけづらい雰囲気だったし」
「そうですよ。最後の方なんて剣で斬り合いなんか始めて、冷や冷やしました」
「でも、アタシああいうの好きだなぁ。男の友情って感じなの♪」
「それを言うなら、男の子じゃない?青臭いガキって、拳で語りたがるじゃない」
こ、こいつら、揃って言いたい放題……
「……そうだな」
「あれ、桜下さん?」
「……お前らとも、ちょうど語り合いたいと思ってたんだ。拳でなぁー!」
俺は腕をぶんぶん振り回しながら、四人を宿まで追いかけ回した。早朝から大騒ぎして、町民たちはいい迷惑だっただろう。俺たちの後ろからは、エラゼムが珍しく声を立てて笑いながらついてきていた。
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