じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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15章 燃え尽きた松明

13-3

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13-3

宿に帰ってくるころには、夜は底に差し掛かろうとしていた。困ったことに、玄関の鍵はとっくに閉められてしまっていた。扉を破ろうか、いやいや窓から忍び込もうかと物騒な考えを巡らせていたが、ウィルが扉をすり抜けて、閂を外してくれたおかげで事なきを得た。

「さて、ひと眠りするかぁ……ふぁ~あ」

っと、あれ?俺たちが部屋に入っても、エラゼムは扉の外に突っ立ったまま、中に入ろうとしない。

「エラゼム?」

「……桜下殿。吾輩は、少し外を歩いてきてもよろしいでしょうか」

「え?」

一瞬疑問に思ったが……でも、そうかだよな。一人で過ごしたいんだろう。気持ちの整理をつけるために。

「ん、わかった。行って来いよ」

「かたじけない。感謝いたします」

エラゼムは律儀に頭を下げると、闇の中に消えていった。彼を見送った後、ウィルがぽつりとつぶやく。

「……よかった、でいいんですよね?」

「ん?まあ、そうだろうな。エラゼムの目的は、これで果たされたんだ」

「けど、それってつまり……」

まあ、ウィルの言いたいこともわかる。エラゼムの目的……すなわち、この世への未練が果たされたのなら。彼を現世に縛り付けるものは、もう何もない。

「でも、それはいいことだろ?本来、みんなそれが目標だったはずだぜ」

「それは、そうですけど……」

ウィルはどうしても割り切れないようだ。そりゃ、俺だってお別れは寂しいさ。けど俺は、みんなが旅立つときにも、引き止めたりしないと初めから決めている。わがままは言えない。

「……明日、どうする?」

フランが俺に訊ねてくる。

「そうだなぁ。送迎パーティーとかするか?」

「……あんまり喜びそうじゃないね」

「ハハハ、まあそうかも……なんにしても、まずは本人の意思を最優先だな。もしも一人にしてくれってんなら、俺はそうするつもりだよ」

長い間追い続けた主との再会だ。水入らずにしてくれと言うかもしれない。

「えー、そんなのってないよ!」

ライらが不満げな顔で言う。

「だって、ずっと一緒にやってきたじゃん!それなのに、最後は一人にしてくれだなんて……」

「まだそう言うって決まったわけじゃないさ。けど、もしそうなったらな」

「むぅ~。もしそんなこと言ったら、最後にまほーでぶっ飛ばしてやる」

お、おいおい……けど、あはは。ライラがこんなこというなんてな。最初はエラゼムのこと、あんなに毛嫌いしていたのに。

(いよいよなんだな……)

いつかはこの日が来ると思っていた。それを望んでもいた。けどいざとなると、やっぱり複雑だ。俺は明日、ちゃんとあいつを見送ってやれるだろうか?



その夜。俺は、エラゼムと出会ったばかりの頃の夢を見た。

(懐かしいな……あんな頃もあったっけ)

もう何十年も昔のことのようだ……けど実際は、一年も経っていない。ひゅーう、驚きだ。
俺が目を覚ますと、まだ部屋の中は薄暗かった。

「朝にしちゃ、ちょっと早いか?」

隣からはライラの寝息が聞こえてくる。さて、どうしよかな。二度寝でもするか?

「おはようなの、ダーリン♪」

ん?薄暗闇の中に、ぼやーっとした輪郭……ロウランか。

「よう、ロウラン。いまどんくらいの時間だ?」

「さっき陽が昇ったとこなの。朝の散歩にはいい時間じゃないかな」

散歩か……二度寝するよりは、いいかもしれないな。

「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」

「はーい。いってらっしゃい」

ふりふりと手を振るロウランに見送られて、俺はライラを起こさないように、そっと部屋を出た。
宿の外へ出ると、フランとウィルが並んで、木の上に腰かけていた。二人は出てきた俺を見て、珍しいものを見る目をする。

「桜下さん?ずいぶん早いですね」

「ああ。なんか、目が冴えちゃって。散歩にでも行ってこようかと思ってるんだ」

「そうなんですか」

「よかったら、二人も来るか?」

「私たちも?」

ウィルとフランは顔を見合わせてから、またこっちに向き直る。

「……せっかくですけど、遠慮しておきます」

「あ、そ、そう?」

がーん。まさか、どっちにもフラれるなんて……二人とも、ほんとに俺のこと好きなのか……?
いじけながら一人寂しく散歩に向かおうとした時、背中から声が掛けられた。

「行くなら、この先にある丘がいいと思う」

ん?フランの声だ。

「丘があるのか?」

「うん。そんなに遠くないから、散歩にちょうどいいよ」

へー。でも、わざわざ教えてくれるくらいなら、いっしょに来てくれてもいいのに……ちっ、いかんな。散歩くらい一人でいけるさ、バカップルじゃないんだから。俺はフランに手を上げて礼を言うと、その丘を目指して歩き始めた。

早朝の町は静かだ。聞こえてくるのは早起きな鳥の声だけ。そういや今気づいたけど、雨が上がっているぞ。まだ雲は残っているけど、長雨はやっと止んだようだ。

「晴れれば、意外といい町じゃないか」

大都市ってわけじゃないし、特別景観が美しいわけでもない。どちらかといえば、どこにでもある田舎町だ。だけどどこか穏やかで、懐かしい……
濡れた葉っぱで覆われた道。板で補強された窓。木の枝に引っかかったシャツは、どこかの洗濯物が飛ばされたのかな。それら全てに、人の営みがある。

(嵐の後だからかな。こう感じるのは)

これまでがずっと陰気だったからこそ、今がこんなにも穏やかに感じるんだろう。

(きっとメアリーも、こんな嵐の後にこの町に来たんじゃないかな)

嵐の後の町は、朝日を受けて輝いている。
顔を布で覆い、片袖に腕が通っていないおかみさん。セカンドミニオンのせいで迫害を受けながらも、日々神殿で人々を癒すミゲルとマルティナ。この町が不屈の町と呼ばれる理由が、ほんの少しわかった気がした。だからこそ、彼女も命を懸けたのだろう。
町の中を進んでいくと、途中で道が分かれて、林のほうへと続いていた。

「さて、どっちかな」

このまま真っすぐか、それとも折れるか。町の中をずっと行っても、丘は見つからないよな。ならきっと、この林の奥だろう。俺は林の方へ向きを変えた。

「おっ。ビンゴだ」

木立の向こうに緑の丘が見える。……おや?誰か、先客がいるぞ?

「あれ……エラゼム?」

「む?桜下殿ですか?」

丘の上に佇んでいたのは、エラゼムだった。なんでここに……

「あっ。まさか、あいつら」

ロウランが散歩を勧めたのも、ウィルが同行を断ったのも、フランがここを教えたのも、こう考えるとつじつまが合う。あいつら全員、エラゼムがいるって知っていたな。

「ったく、それならそうと言えばいいのに……」

「どうかなされましたか?」

「いいや。みんな意外と気ぃつかいだなって思っただけさ」

エラゼムはよく分かっていなさそうだったが、ま、説明するのもやぼだろう。俺は彼の隣に並ぶ。

「エラゼムは、何してたんだ?」

「吾輩ですか?吾輩は……」

エラゼムは言葉を区切ると、目線を空へと向けた。

「ここで……雲を、見ておりました」

「雲?」

「ええ。空を、光を、風を。この世界を、見ておりました。おそらくこれが、吾輩がこの体で見る、最後の朝でしょうから。見納め、というやつです」

「……」

そうだ、よな。これが、エラゼムと過ごす、最後の朝だ。あと数時間後には、彼はもう……

「……そっか。じゃあ、邪魔しちゃったかな」

「とんでもありません。むしろ、ありがたいほどです。桜下殿には、逝く前にお話がしたいと思っておりましたので」

「話?」

「はい」

エラゼムはこちらを見ると、そのまま足を曲げてひざまずいた。

「桜下殿。我が主よ。あなたには、どれほど感謝してよいのか分かりません。貴方のおかげで、吾輩は再びメアリー様と巡り合うことができました」

「わわっ、よしてくれよ。今回のことを言ってるなら、みんなの力あってこそだし、この町に来たのも成り行きだしな」

「いいえ。桜下殿でなければ、吾輩はこの日を迎えることはできなかったと、そう確信しております。あなたが私の主で、本当によかった」

な、なんだよ。改まって言われると、照れ臭いな……

「それを言うなら……俺だって、エラゼムが仲間になってくれてよかったよ。あんたのおかげで、俺は何度も命を救われた」

「騎士として当然のことをしたまでです。ですが、本懐を遂げられたのだとしたら、それほど嬉しいことはありません」

本懐か……エラゼムは城を、その時の城主だったバークレイを守れなかった。そのことを言っているんだろう。

「前にも言ったよな。今日この日まで、あんたは立派に務めを果たした。胸張って、メアリーさんに会いに行けよな」

「はい。狂気と憎悪にまみれた怪物ではなく、一人の騎士として逝けるとは思ってもみませんでした」

狂気と憎悪の、怪物?俺たちが出会う前の、悪霊だった時のエラゼムか。自分のことをそんな風に言うなんて、少し驚いてしまった。

「今のお前に慣れちゃって……そんな時があったことすら、忘れかけてたよ」

「とんでもない。むしろその当時こそが、吾輩の本性のようなものです。復讐に狂う怪物。桜下殿に出会わなければ、今頃は昨夜のモンスターのように、見境なく人を襲う化け物になっていたことでしょう」

復讐、か。エラゼムが言うと、重みが違う。あのサイクロプスの過去にも、きっと辛い何かがあったんだろうな。それともう一人、アルアもまた、復讐に憑りつかれている。

「復讐が虚しいものだとは、吾輩は申しません。そんな資格はありませぬから。しかし……こうして朝日を見ながら、誰かと一緒に居られるということは、嬉しいものですな」

「エラゼム……」

エラゼムはひざまずいたまま、深々と頭を下げた。

「全て、桜下殿のおかげです。ありがとうございました」

「っ……よせって。でも、ならこれで、思い遺すことはないな?」

「ええ、もう何も……」

……ん?エラゼムは、途中で言うのをやめてしまった。

「……エラゼム?」

「……桜下殿。吾輩は、目的を果たしました。しかしながら、桜下殿はいかがでしょうか」

「あん?どういうことだ?」

「桜下殿は……この先、情勢がどのように移ろっていくのか分かりませぬ。さいあく、貴方は戦場へ向かわざるを得ないやもしれません。それなのに、吾輩だけが……」

「え?おいおい。まだ決まったわけじゃないだろ。そりゃあ、第三勢力を作るっていう俺の目的からしたら、エラゼムが欠けるのは痛いさ。でもだからって、いつまでも付き合わせるわけにはいかないだろ。それこそ、この先どうなるか分かんないんだし」

「それは、そうですが……みなさまには、吾輩の剣のために多額の費用を捻出していただいたばかりです。その分の働きを返せたとは思えません。だというのに、吾輩だけぬけぬけと逝くのは……」

こ、こいつ。俺は呆れてしまった。ったく、どこまで真面目なんだか。

「……わーかった!そう言うなら、エラゼム!ちょっと付き合ってくれないか」

「は、はい?桜下殿?」

「最後の稽古だ。エラゼム、一戦俺と戦ってくれ」

「か、かしこまりました。では、枝を探して……」

「いいや。これで最後なんだから、お互い全力で行こうぜ。それぞれの得物でやろう。どうだ?」

俺は不敵に笑うと、腰元の短剣を引き抜いた。



つづく
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